ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第832話 私達には時間が無いのよ

「レコン君!」

「アスナさん、こっちです」

 

 レコンから連絡を受けた一同は、慌てて剣士の碑へと向かい、

周囲の注目を集めながら、そこでレコンと合流した。

 

「あっ、あれってさっきの……」

 

 そこには先ほどヨツンヘイムで狩りをしていたギルドの姿があり、

揉めている相手は知らないギルドのようであったが、後方にはスピネルの姿もあり、

どうやら双方ともに、かなりの人数がここに集まっているように見えた。

 

「で、今の状況は?」

「はい、元々あそこにいる同盟の連中が、

剣士の碑の三十四層の所に自分達が名前を載せる予定になっていると言っていたのを、

たまたま通りかかった中堅ギルドの連中が聞き咎めたのが発端らしいです」

「えっ、でもあの人達さっき、このままだと俺達の出番は当分無さそうだなとか、

どこもボスに挑もうとしないんだから仕方ないとか、

中堅どころの攻略ギルド連中はさっさと動けとか言ってたよ?

それって自分達は攻略しないって事じゃないのかな?」

「そこですよね、確かにこの層に着いてから同盟の連中は、

積極的に攻略に出るつもりはないって散々アピールしてるんですよ、

それは当然、『全然攻略に出ない癖に何言ってんだ』って言われますよね」

「だよねぇ」

 

 そんな二人の会話に、スリーピング・ナイツの他の者達も混ざってきた。

 

「それは怒って当然だよね」

「本当になんなんだろうね、言ってる事とやってる事がバラバラじゃない」

 

 丁度その時、ジュエリーズのスピネルが外からこう叫んだ。

 

「本当に何なんだよお前ら、言ってる事とやってる事がデタラメすぎて意味不明だぞ。

ヴァルハラみたいにとは言わないが、筋くらいは通せよ!」

 

 やはり皆、同じような感想を抱いていたのだろう。

途端に周りから、そうだそうだと声が上がる。

その中には一般プレイヤーもかなり混じっており、

同盟の行動のうさんくささが周知されてきているのは間違いないようだ。

その事を自覚しているのだろう、同盟の連中は、冗談だ冗談だと繰り返すばかりで、

とにかくこの場を早く離れようとしているのか、逃げ腰でしきりに相手を宥めていた。

 

「いや、だから冗談なんだって、そんなにマジになるなよ」

「本当に冗談だったのか?お前らの普段の態度を見ていると信用出来ないんだよ!」

 

 そういった言葉の応酬を繰り広げているうちに、同盟側が押し黙る事が多くなってきた。

だがその表情は明らかにイラついており、

このままだといずれ爆発するだろうと思われたその矢先の事である。

 

「おら、何とか言えよ!お前らはお偉い同盟様なんだろ!」

「……………せえ」

「あん?」

「うるせえっつってんだよ!」

 

 同盟のプレイヤーがいきなりそう怒鳴り出し、場はシンと静まりかえった。

 

「そもそも階層攻略をキッチリやってるんだから、俺達はえらいに決まってんだろ!

それなのにいつもいつもヴァルハラヴァルハラって、

ハチマンの方がよっぽどえらそうじゃないかよ、ふざけんな!」

 

 その言葉が放たれた瞬間に、アスナに視線が集まったのは当然の事だろう。

だがアスナはそういったセリフは言われ慣れている為、苦笑しただけであった。

その横を二筋の風が駆け抜け、アスナは思わず目を瞑り、髪を押さえた。

 

「誰がえらそうだって?」

「キミがハチマンの何を知ってるの?」

 

 慌てて目を開くと、そのプレイヤーの首筋には、

今まさに刀と剣が突きつけられているところだった。言うまでもなくランとユウキである。

 

「おい、あれって……」

「絶刀と絶剣だ……」

「バーサクヒーラーとつるんでるのか」

 

 周囲からそんな声が上がる中、ランとユウキはそのプレイヤーを睨みつけていた。

 

「な、何だよ、お前らには関係ないだろ?」

「私達の二つ名がハチマンからもらったものだって事は、

この前私がぶちのめした人達から聞いて知ってるでしょう?」

「それで関係ないはないよね」

「さあ、どっちを相手にする?」

「もしかして群れないと何も出来ないのかな?」

 

 二人に交互にそう凄まれ、そのプレイヤーはさすがにまずいと思ったのか、

下を向いて素直に謝罪した。

 

「う………すまん、ハチマンについての言葉は撤回する」

「そう、それならその事についてはいいわ」

 

 二人は武器をしまい、そのプレイヤーは助かったという風に胸をなでおろした。

だが二人はその場から動こうとしない。

 

「………まだ何か?」

「スピネルさん、ちょっといいかしら?」

 

 ランはそのプレイヤーを無視し、スピネルをこの場に呼んだ。

 

「お、おう、何だ?」

「一応確認するけど、あなた方は三十四層のボスに一番乗りするつもりはないのよね?」

「お、おう、その予定だ」

「で、同盟もその予定はないと」

「あ、ああ」

「そう……」

 

 ランとユウキは顔を見合わせて頷き合い、続けてこう言った。

 

「ならばこの層の攻略にはうちが出るわ」

「まあ初見クリアなんて出来ないだろうけど、ここで停滞してるよりはマシだよね?」

「というか、私達には時間が無いのよ」

「そんな訳で明日、ボク達はボスに挑ませてもらうね」

 

 二人のその宣言を聞いた同盟のプレイヤー達は、次々とこう言った。

 

「おいおい、お仲間のギルドはやらないって言ってるはずだろ?」

「何だよ、結局中堅ギルド連合は動くのか?」

「だったら最初から動けば良かったじゃないかよ」

 

 だがその言葉はスピネルが明確に否定した。

 

「いや、俺達もその話は初耳だし、一応準備はしてあるし情報も集めてあるが、

すぐに動けるような状態じゃないぞ」

「はぁ?それじゃあ一体………」

「あなた達は何故そう余計な事ばかり考えてしまうのかしら、

うちが出ると言ったでしょう?もちろん単独で突撃するに決まってるじゃない」

「なっ、た、単独?スリーピング・ナイツのメンバーは実はもっと多いのか?」

「いいえ、ここにいる八人だけよ」

 

 その言葉には、当事者達だけじゃなく周囲の者達も絶句した。

だが不思議と頭から否定するような言葉は出てこなかった。

絶刀と絶剣に加えてバーサクヒーラーがいるのだ、もしかしたらやるかもしれない、

スリーピング・ナイツには、そういった期待を抱かせる独特の雰囲気があった。

 

「それじゃあ私達は準備があるからこれで失礼するわ」

「明日を楽しみに待ってるといいよ!」

 

 二人はそう言って踵を返し、残された者達も慌しく動き出した。

 

「おい、どうする?」

「とりあえず他のギルドにこの事を伝えて会議を開いてもらおう」

「俺達も他のギルドに連絡を入れろ!」

「これは忙しくなりそうだな」

 

 

 

「これは忙しくなりそうだね………」

 

 そのセリフを今一番実感しているのはアスナであった。

 

「アスナ、ごっめ~ん」

「これ以上待たされるのが我慢出来なかったの、

申し訳ないのだけれど、協力してもらえるかしら」

「うん、それはもちろん!幸い耐性装備も全耐性で揃えてあるし、

あとは細かい物を買い足すくらいでいけるよきっと!」

 

 アスナは申し訳なさそうな二人に対し、笑顔でそう言った。

内心では攻略を練り直さなければいけない事に焦りもあったが、

そんなそぶりは決して見せる事はない。

 

『というか、私達には時間が無いのよ』

 

 先ほどのランのその言葉が、アスナの心に響いていたからである。

 

「まあ三十四層は練習のつもりで、目指すは三十五層って事で」

「そうだね、一度ボス戦を経験しておくのは大事かもね」

「よし、それじゃあ帰って準備だな!」

「やってやろう!」

 

 そのままスリーピング・ナイツは拠点へと戻り始め、

その道中でアスナはそっとレコンに耳打ちした。

 

「レコン君、直接揉めてた同盟のギルドのメンバーで、

一人だけローブを着てた人がいたのを覚えてる?」

「あっ、はい、いましたね」

「あの人を中心に色々探ってみてもらえる?

こんな事になっちゃったから、あまり時間が無くて申し訳ないんだけど」

「大丈夫です、任せて下さい」

「それじゃあお願いね」

「はい」

 

 続けてアスナは一緒に付いてきてくれていたナタクに申し訳なさそうに声を掛けた。

 

「そんな訳でナタク君、アイテムの追加発注を……」

「任せて下さい、戻ったらすぐにとりかかりましょう!」

 

 こうして各陣営の動きは急加速し、それぞれが慌しく動き始めた。

さすがにその日中に攻略を纏める事は出来ず、

テキパキと準備の指示を出した後、早めにログアウトした明日奈は八幡に連絡を入れた。

 

「う~ん、やっぱり忙しいんだろうなぁ」

 

 だが八幡が電話に出る気配は無く、明日奈は八幡と直接話すのを諦め、

八幡に事情を説明するメールを入れた。

 

「さて、今日はとりあえず疲れたから明日早起きして攻略を纏めよっと」

 

 明日奈は体調の事を考えて早めにベッドに横たわり、そのまま眠りについた。

 

 そして次の日、さすがに時間が足りない為にところどころ穴はありそうだったが、

スリーピング・ナイツはアスナのレクチャーを受け、攻略を即席で頭に叩き込んだ後、

三十四層の迷宮区へと出撃したのだった。


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