ここで話は少し遡る。
渡米した八幡達は、連日結城清盛の長男である宗盛から新薬に関する説明を聞き、
新たな投資に関する事や、支援体制の拡充などを話し合い、忙しい日々を送っていた。
「宗盛さん、メディキュボイドの調子はどうですか?」
「うん、これは凄い医療器具だね、優先的に回してくれて本当にありがとう」
「いえ、薬の開発に役立てて頂ければそれで」
八幡達より先行してここに運び込まれ、
ソレイユのスタッフ達によって設置されたメディキュボイドの視察を終えた八幡は、
これで急ぎの案件はあらかた片付いたなとほっと一息ついた。
「八幡様、お疲れ様です」
「ああ、マックスに萌郁もな、後は朱乃さんやクリス達の方の進捗次第だから、
それまで少しのんびりするか」
「それじゃあエルザも誘ってお土産でも買いに行きましょうか、
後になって買ってる時間が無いとかなったらみんなに怒られちゃいますから」
「お土産………楽しみ」
萌郁も横でそんな微妙に意味不明な事を言ったが、
おそらく買い物にいって土産物を探すのが楽しみという意味なのだろう。
以前に比べれば萌郁はしっかりと感情を出してくるようになっており、
今も笑みを浮かべていた為、八幡はそんな萌郁の事を微笑ましく思っていた。
今この場にいるのは八幡とクルス、それに護衛役の萌郁の三人だけであった。
朱乃は大学のえらい人と折衝中であり、紅莉栖とダルは病院のシステム関連の視察をした後、
今は紅莉栖の伝手を頼って、ニューロリンカー関連の話をする為に、
色々な技術者の所を回っているらしい。茉莉はその護衛として同行している。
そして八幡は、宗盛に近くのショッピングエリアの事を教えてもらい、
エルザと合流する為に滞在しているホテルへと向かった。
「よぉエルザ、今日はどうしてたんだ?」
「ソレイユのアメリカ支社に行って、ALOのテーマソングの英語版とか歌ってきた!」
「えっ、何だそれ、そんな話があったのか?」
「ううん、本当はアメリカのユーザー向けの記事の為のインタビューだけだったんだけど、
その場で前からたまに歌ってたフル英語バージョンを披露したら、
それが妙にスタッフの人達に受けちゃって、ついでに録音してきたの!
アメリカで発売されるグッズの購入特典にするんだって!」
「そうなのか、試しにちょっとここで歌ってみてもらっていいか?」
「うん、別にいいよ!この部屋は防音だし、多少大きな声で歌っても平気だよね?」
そう言ってエルザは朗々と歌い始めた。
それが終わった後、八幡達三人は盛大な拍手をした。
「おお」
「凄い……」
「綺麗な歌声……」
「ふふん、私はただの変態じゃなく、歌が歌える変態だからね!」
「いやお前、それ、自分で言う事じゃないだろ……
あ、そうだエルザ、一応今の歌は録音しておいたけど、
これ、後でアスナに送ってやってもいいか?」
「うん、別にいいよ!」
「ありがとな、それじゃあそうするわ」
そして四人はそのまま買い物へと向かった。
「あ、ここかぁ、この間ここの前を通りかかって気になってたんだよね」
「エルザは時間があいた時にちょこちょこ出かけてるよな、
でも危ない所には絶対に行くなよ、お前はリアルじゃ別に強くはないんだからな」
「私の事が心配?」
エルザは嬉しそうにそう言い、八幡は顔を背けながらこう答えた。
「当たり前だろ、っていうかお前だけじゃなく全員が心配だ」
「まあ大丈夫だよ、ほら、銃もちゃんと持ってるし」
「うわっ、お前、いくら許可をとっているとはいえ、そんな物を人前で出すんじゃねえ」
「護身用の豆鉄砲なのが不満だけどね、まあ今の私にはお似合いかなぁ」
「いいから早く仕舞え、許可が取り消されたら大変だからな」
「は~い」
そして一同はあちこちの店を見て回り、買った物を纏めて日本に送る手配をした後、
そのまま近くにあるレストランに行って食事をとり、
ホテルに戻った後に八幡の部屋に集まってのんびりと雑談をして過ごした。
そしてそろそろ寝るかという頃に、その事件は起こった。
「それじゃあそろそろ寝るとするか」
「うん、それじゃあ寝よっか!」
そう言ってエルザがいきなり着ている服を脱ぎ、八幡のベッドに潜りこんだのである。
「………おいお前、いきなり何をしちゃってるの?」
「寝る準備!」
「いや、そこは俺のベッドなんだが……っていうかさっさと自分の部屋に戻れよ」
「戻ってほしいの?いくら出す?」
「え、そうくるの!?」
まさかのエルザからの条件の提示であった。
「おいマックス、こいつを何とかしてくれ」
「分かりました、ほらエルザ、八幡様が困ってるわよ、さっさと服を着なさい」
「え~?八幡は喜んでると思うけど?」
「別に喜んでねえよ!」
「だってよ?」
「八幡は照れ屋さんだから、絶対にそう言うんだって。
それじゃあ試しにクルスも脱いでみなよ、八幡は絶対に喜ぶから」
「あっ、お前!」
八幡はこの流れはやばいと本能的にそう思った。
当のクルスはそう言われ、少し考え込んだ後に八幡の方をちらっと見てきたが、
八幡はここで安易に先ほどのエルザの発言を否定する事が出来ない。
ここで『別にマックスが脱いでも嬉しくなんかない』と言うのは簡単だが、
そうすると八幡が全てであるクルスが悲しむ事は目に見えているからだ。
(やばいやばいやばい、何かいい言い訳は……)
そしてやっと浮かんだ言い訳は、誰が聞いてもどうかと思うものであった。
「マ、マックス、そういうのは明日奈がいる時の方が、より嬉しいかな」
「なるほど、最初は複数でという事ですね!」
クルスは目を輝かせ、脱ぎかけていた服を元に戻した。八幡、完璧なやらかしである。
だがその言葉をこの場で否定する事は出来ず、エルザもニヤニヤしながら大人しく服を着た。
「八幡様、その機会をお待ちしていますね!」
「八幡、まさか吐いた唾は飲み込まないわよね?」
「お、おう、もちろんだ、俺は嘘は言わん」
(やべ、今後は今以上に慎重に、
夜に俺と明日奈ともう一人が三人で同じ部屋に泊まるとかが無いように気をつけないとだ)
そしてクルスとエルザはここまでずっと静かにしていた萌郁に声をかけた。
「モエモエ、それじゃあ自分の部屋に戻ろ?」
「その前に私は護衛について、八幡君と相談しないと」
「あ~、明日はオフにするんだっけ、分かった、それじゃあ先に戻るね」
「うん」
クルスとエルザはそのまま入り口の方へ消えていき、直後にドアが開閉する音がした。
「それじゃあ八幡君、護衛についての話を」
「おう、そうだな、まあその前に、明日の行動をどうするかなんだよな」
「それもそうだけど、先ずは今夜の護衛の話から」
「今夜?」
八幡は、今夜は特に出かける予定は無いがと疑問に思い、
何かあっただろうかと萌郁に確認しようと思い、そちらに目を向けた。
「んなっ!?」
そこには上着を脱いで下着姿になった萌郁の姿があり、八幡は思わずそんな声を上げた。
「も、萌郁、その格好は……」
「添い寝して護衛をしないといけないから」
「べ、別に添い寝する必要はないし、そもそも同じ部屋で一晩過ごす必要も無いよな?」
「大丈夫、ただの護衛だから、何もやましい事は起こらない。
それに八幡君に何かがあったら多くの人が悲しむ」
「うっ……」
その正論に八幡は一瞬言葉を詰まらせた。
八幡はどう説得すればいいものか、再び頭を悩ませたが、中々いい答えは浮かんでこない。
だがその時、八幡にとって救いの神が現れた。
「そこまでよモエモエ!」
「まさかの正攻法とは……」
それはつい先ほど立ち去ったはずのクルスとエルザであった。
「二人とも、どうして……」
「ふふん、こんな事じゃないかと思って出ていったフリをして、玄関に隠れてたのよ」
「抜け駆けは許さない、さあ萌郁、服を着ようか」
「くっ……ダル君に教えてもらった作戦にこんな穴が……」
「ダル!?今ダルって言ったか!?」
八幡は後でダルをしめようと心に誓い、
その後、三人が部屋を出ていくのを自分の目で確認し、
やっと一人になれた事にほっと安堵し、ベッドに横たわった。
(はぁ、もう少しハッキリと拒絶するべきなんだろうか、でもあいつらはなぁ……)
八幡の身内の中で、明日奈以外に八幡がどうしてもきつく当たれない者が何人かいる。
八幡の所有物と言ってもいい小猫と萌郁、八幡の被保護者である優里奈とそれに準ずる詩乃、
八幡と会う事に全てを賭け、自らを犠牲にしながらそれを成し遂げたクルス、
そして八幡が進学をやめさせて引っ張ってきた理央である。
エルザはそれに準ずる立場ではあるが、
こちらは逆に、きつく当たってもまったく堪えないのが問題だ。
(まあいいや、今日は疲れた、寝よ………)
今のドタバタのせいで時刻はもう深夜二時を回っており、
八幡は布団を被ると、すぐに熟睡してしまった。
そして明け方近くに八幡の携帯が鳴り、画面に明日奈の名前が表示されたが、
八幡がその事に気付くのは数時間遅れる事となった。