「久々に寝すぎてしまった……」
八幡が目を覚ますと、時刻は既に朝九時となっていた。
今日は特に予定も無い為に、誰も八幡を起こそうとしなかったのである。
「とりあえず飯を食うか……」
そう言って八幡は、昨日買っておいたスーパーのパンをもぐもぐと食べ始めた。
ホテルのレストランなり何なりで食べるのが普通なのだろうが、
八幡は生来の貧乏性からそれを面倒臭いと思ったらしく、
前日からこうするつもりで買い物を済ませておいたのだった。
「さて、一応他の連中に今日の予定を聞いておくか」
八幡はそのまま部屋を出て、他の者達が泊まっている部屋を順番にノックしていった。
最初はクルスの部屋である。
「あ~、俺だ、八幡だ」
「あっ、八幡様、おはようございます」
八幡が部屋のドアをノックすると、直ぐにクルスが返事をし、顔を出した。
「今朝はよく寝てたみたいですね」
「ん、もしかして俺の部屋を訪ねたりしてたか?」
「いいえ、壁越しに『マックス、愛してるぞ!』と八幡様の寝言が聞こえたので」
「………で、今日はマックスはどうするつもりなんだ?」
クルスは八幡にスルーされても何のその、笑顔を崩す事なく平然とこう答えた。
「八幡様と一緒に行動します」
クルスはニコニコとそう言うだけで、それ以上何も言おうとはしない。
「そ、そうか」
「はい、そうです!」
「わ、分かった、また後で連絡するわ」
「はい、お待ちしてますね」
次に八幡が訪れたのは萌郁の部屋である。
「あ~、俺だ、八幡だ」
「八幡、おはよう」
萌郁もクルス同様に、八幡のノックに応えて直ぐに顔を出した。
「萌郁は今日は何か予定があるのか?」
「八幡の護衛」
「ああ、今日はオフだし、萌郁も自由に行動してもらっていいんだが……」
「なら八幡の護衛」
「そ、そうか……分かった、また後で連絡する」
八幡は萌郁に気圧され、そう答えるしかなかった。
そして最後はエルザの部屋であったが、こちらはもう出かけたのか不在であった。
エルザは八幡達とは基本別行動で、
ソレイユのアメリカ支社の人間が毎日迎えに来る事になっているのだ。
「まあいいか、働いているなら良し、もし暇になったらあっちから連絡してくるだろ」
そして八幡は部屋に戻り、朱乃や紅莉栖に連絡しようと携帯を手にとり、
そこで初めて明日奈からの着信とメールに気が付いた。
「あれ、明日奈から電話があったのか、気が付かなかったな」
八幡はそう思い、最初に明日奈からのメールを読んだ。
「はぁ?スリーピング・ナイツ単独で三十四層を攻略だと?それはまたいきなりだな」
メールを詳しく読んで詳細を理解した八幡も、
さすがに同盟のちぐはぐさには違和感を覚えたようだ。
「日本に戻ったら、同盟は徹底的に調査してみる必要があるな」
八幡はそう思いつつ、明日奈に電話を掛けたが繋がらない。
「う~ん、今は日本は夜十一時くらいだよな、もう寝ちまったかもしれないな」
八幡はそう思い、どうせ今日はオフなんだし、今日の深夜にでも見物に行こうと思い、
その旨を明日奈にメールしておく事にした。
『マジか、面白そうだから俺も後でALOに顔を出すわ、
レクチャーもひと段落したし、それくらいの時間は作れると思う』
「これで良しっと、さて、とりあえず理事長に……」
八幡は先ず朱乃に連絡を入れ、今日の予定を聞いた。
『こっちの予定?そうねぇ、今日いっぱいは折衝に時間がかかると思うけど、
明日にはそっちに合流出来ると思うわ』
「分かりました、面倒な事をお願いしてすみません」
『うふ、こういうのは慣れてるから平気よ』
さすがは雪ノ下家の陰の権力者たる朱乃である。こういう時はとても頼りになる。
そして八幡は次に紅莉栖に連絡をとった。
『あら八幡?こっちは順調よ、そっちはどう?』
「ああ、こっちも何も問題はない。一応今日はオフにする予定だ」
『そう、こっちも明日にはそっちに合流出来るわ、
中々の収穫よ、帰ってから色々と実験してみたい事が沢山出来たわ』
「そ、そうか、相変わらず実験大好きっ子だな、クリスティーナ」
『べ、別に好きじゃないわよ!あとティーナとか言うな!』
予定に関する話を終えた後、八幡はとある事を思い出し、紅莉栖にこう尋ねた。
「ところでダルは近くにいるか?」
『橋田?いるけどどうかしたの?』
「いや、実は昨日萌郁がな……」
八幡は昨日の萌郁の行動を紅莉栖に説明した。
『はぁ……やっぱり橋田はどうしようもない変態なのね』
紅莉栖がそう言った瞬間に、後ろからダルの声で、
『ありがとうございます!』
と聞こえた為、八幡は頭痛を感じ、こめかみを押さえた。
「まあそんな訳で、今度シメるからなってダルに伝えといてくれ」
『分かったわ、本当は私や茉莉からも一言言ってやりたいけど、
聞こえたでしょ?私達が罵っても、橋田の奴は喜ぶだけなのよね』
「ああ、茉莉さんの毒舌は、あいつにとってはご褒美だろうからな……」
『そうなのよ………』
二人は同時に、はぁ、とため息をつくと、明日の再会を約束し、通話を終えた。
「さて、全員揃うのは明日として、差し当たり今日はこれからどうするかな」
八幡はそう考え、何となくゲーム関連のニュースを漁り始めた。
「お?ザスカー社がGGOのイベントをやってるのか、
場所は………う~ん、この州だって事は分かるが、土地勘が無いから何ともだな、
ちょっとマックスと萌郁と相談してみるか」
八幡はそう思い、二人を部屋に呼んだ。
「八幡様、どこに行くか決まりましたか?」
「それなんだが、ちょっとこれを見てくれよ」
「これは………へぇ、なるほど、この近くですね」
「お、場所が分かるのか?」
「はい、この付近の地図は頭に入ってますので」
「さすがというか……という訳で、これに行ってみようと思うんだが、どう思う?」
「いいんじゃないでしょうか、ね?」
「うん、興味がある」
クルスも萌郁もその提案に同意し、
ついでに可能ならザスカーの人間に挨拶しようという事になり、
八幡は社員証を持ってそれなりにフォーマルな格好をし、
萌郁はSPらしい服装をする事になった。ちなみにクルスは単純におめかししただけである。
「それじゃあ行くか」
こうして三人は、近くで開催されているザスカー社のGGOのイベント会場へと向かった。
「おお、中々盛況だな」
「さすがは本場ですね」
会場は若い人でごった返しており、凄まじい熱気が感じられた。
「とりあえず誰かザスカーの人に挨拶だけしておきたいな」
「八幡様、あそこにスタッフが集まっているみたいです、ちょっと聞いてみましょうか?」
「お、悪いがちょっと頼むわ」
「はい、お任せ下さい」
クルスは八幡から社員証を借り、そのスタッフ達に話しかけた。
どうやら本物と証明する為だろうか、ホログラム機能を使って宙に映像を浮かべている。
そのせいか、スタッフ達の動きが慌しくなり、
ほどなくしていかにも陽気そうな人物が現れ、八幡の方に向かって歩いてきた。
「やぁ、君がソレイユの部長のHIーKIーGAーYA君?もしかしてシャナかな?」
その人物は、流暢な日本語でそう話しかけてきたが、
さすがに比企谷というのは発音しにくいらしい。
シャナの名前が出てきた事から、どうやら前の源平合戦の時に、
ソレイユ側と話をしてくれた中の誰かなのだと思われる。
八幡は少し迷いながらも、もう知られているのならと思い、その言葉に頷いた。
「確かに俺がシャナです、なので俺の名前が言いにくいなら、
今後はシャナと呼んでくれていいですよ、あと日本語がお上手ですね」
最後の言葉はわざと冗談めかして言ったのだが、
その事も分かってくれたようで、相手はこう返してきた。
「ははは、テンプレって奴だね、
日本語は日本のアニメを見るのに必要だったから学んだんだよ、
僕はジョン・ジョーンズ、良かったらジョジョと呼んでくれ」
その男性はドヤ顔でそう言い、八幡は目を見張った。
「え、マジですか、リアルでそう呼ばれるのが可能なんてちょっと羨ましいですね、
分かりました、それじゃあジョジョで」
二人は固く握手をし、三人はスタッフルームへと通された。
「さて、はるばる日本からようこそ!今日はいきなりで驚いたけど、観光の途中とかかい?」
「そうですね、たまたまこの近くで仕事があって、今日はオフなんですよ」
「なるほど、今度はちゃんと招待状を出す事にするよ」
「はい、こちらも何かイベントをやる時はそちらに招待状を出しますね」
二人の会話はとても和やかであった。おそらく馬が合うのだと思われる。
実はこのジョジョは、ザスカーの次期社長と目されており、
ザスカーとソレイユの次世代のトップ同士が偶然知り合ったという事になる。
この出会いは二社の将来にとって、とても幸運なものとなった。
「それにしても素敵な女性を二人も連れて、羨ましいなぁ………あ、あれ?」
ジョジョはクルスと萌郁を見ながらそう言った。
二人とも日本人離れしたプロポーションをしている美人であり、
ジョジョはその事をとても羨ましく感じたようだ。
だが最後にぽかんとしたような顔でクルスの方を見ていた為、
その理由が分からずに八幡は首を傾げた。
「こちらは間宮クルスと桐生萌郁、うちのスタッフです」
二人もそう紹介され、ジョジョと握手をしたが、
ジョジョは何故かクルスの方を気にしているように見えた。
「ところで今日はユーザー参加型のイベントバトルがあるんだけど、
良かったら出場してみないかい?
観客も強いプレイヤーが参加してくれれば盛り上がると思うんだよね」
「それってどんな形式ですか?」
「BoB方式さ、まあフィールドが狭いから、早くに決着がつくんだけどね」
「へぇ、個人戦ですか?」
「個人戦と団体戦があるよ、団体戦の方は三人のチームを作る事になるね」
「それならどっちも参加が可能ですね」
「どっちもかい!?」
さすがにこの言葉には、ジョジョも驚いたらしい。
ジョジョはクルスと萌郁を交互に見ながら八幡にこう言った。
「さすがにジョークだよね?え?この可憐な女性二人も戦えるのかい?」
「マックス………クルスは経験者だから大丈夫です、
萌郁は経験者じゃないですが、銃の扱いには慣れているので多分いけると思います」
「マジで!?」
ジョジョのそのセリフに三人は思わず噴き出した。
アメリカ人に『マジで!?』と言われるのは、確かにくるものがある。
「それじゃあやっぱりクルスは、マスケティア・イクスなのかい!?」
「あ、はい、よくご存知ですね」」
「おおおおおお!」
その瞬間に、周りにいたスタッフも驚く程の音量でジョジョが叫び声を上げた。
「やっぱりそうなのか!顔がそっくりだったから、もしかしたらって思ってたんだよ!」
「「あ」」
八幡とクルスは、その言葉でそういえばそうだったと思い出す事となった。
「マスケティア・イクス!戦争の動画を何度も見返したよ、
あの動画は日本語だったから僕が通訳してあげてたんだけど、
それとは関係なくあの動画は何度も見たんだ!」
ジョジョは興奮したようにそう言い、泣きながらクルスの手を握った。
「シャナとの出会いは本当に感動的だった、
そして今こうしてリアル・ワールドでも一緒にいる訳だ、おめでとう、本当に良かったね!」
「あ、ありがとうございます」
あの時の自分の行動を見て感動してくれた人がいた事にクルスは胸を熱くした。
そして周りのスタッフ達もその声を聞き、次々とクルスに握手を求めてきた。
どうやらマスケティア・イクスの名は、ザスカーのスタッフ内では有名のようだ。
「それじゃあ個人戦と団体戦、どっちも参加って事でいいかな?」
「そうですね………それじゃあ個人戦は俺が、団体戦は三人で出ます」
こうして八幡は、異国の地で思わぬイベントに参加する事となった。
ジョジョが言う動画とは、350話の事ですね!もう500話近く前の事になるのかと驚きです……