ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第840話 気にしないで、仲間でしょ?

 ガブリエルの勧誘に成功し、八幡達は意気揚々と滞在しているホテルに戻った。

そして関係各所に連絡を入れた後、さすがに疲れたのだろう、

八幡は明日奈達が出発する時間まで仮眠をとる事にした。

 

「それじゃあ俺はちょっと寝てくるわ」

「はい、私は先にALOにログインして待ってますね」

「それならガブリエルをヴァルハラ・ガーデンに案内してやってくれ。

誰かを迎えに出すって事はもう伝えてあるからな」

「分かりました、私が案内して、他のみんなを驚かせてやります」

 

 八幡はそう言ってベッドに横たわり、

クルスは先に一人でALOにログインする事になった。

ちなみに萌郁は紅莉栖達を迎えに出かけている。

 

「それじゃあ後でな」

「あ、八幡様、一応部屋の鍵をお預かりしておいていいですか?

何かあった時に直接部屋に伺えるようにしておきたいので」

「ん、そうか?分かった、それじゃあこれを」

 

 八幡はそう言って部屋の鍵をクルスに渡した。この辺り、相変わらず脇が甘い。

クルスは自分の部屋に戻ってアミュスフィアを持ってくると、

ドアに張り付いて八幡の気配を探り、八幡が眠りについたのを見計らって部屋の中に入った。

 

「萌郁もいない事だし、八幡様は私が守らないと……

そう、これはあくまで護衛であって、別に八幡様の寝顔を見たいだとか、

決してそういった邪な理由ではないのです」

 

 クルスは一体誰に向かって話しているのかは分からないが、

そう独り言を言って、八幡の隣に横たわった。

 

「もしかしてALOから戻ったら、八幡様がうっかり私に抱き付いていたりとか?

きゃぁ、そんなラッキースケベイベントが本当にあったらどうしよう」

 

 クルスはとてもレアな素の喋り方でそう呟くと、そのままALOへとログインした。

 

 

 

「もしかしてサトライザー?」

 

 スタート地点できょろきょろしつつも、強者のオーラを出しているプレイヤーを見付け、

セラフィムは即座にそう声を掛けた。

 

「あ、ああ、君は?」

「私、クルス、ここではセラフィムね」

「ああ、八幡が迎えを出してくれると言っていたが、君だったのか、

まさか仕事でゲームをやる事になるとは思わなかったが、今後とも宜しく頼む」

「それはハチマン様の冗談」

 

 セラフィムにいきなりそう言われ、サトライザーはあんぐりと口を開けた。

 

「え?いや、だって仕事だと……」

「確かにそういう側面もある、でも仕事というのは嘘、

ハチマン様は多分、あなたと一緒に楽しい時間を過ごしたいだけ」

「楽しい時間?」

「そう、仲間と共に過ごす楽しい時間、そしてちょっぴりの戦闘、

多分今までのあなたに足りなかったもの」

「俺に足りなかったもの……」

 

 サトライザーはその言葉に面食らったものの、決して悪い気はしていなかった。

 

「それじゃあここでの私達のホームに案内するわ、

道中はちょっと人が多いかもしれないけど、基本こちらに関わってくる人はいないわ。

もし話しかけられても適当にあしらってね」

「それはどういう……」

「行けばわかる」

 

 セラフィムはそう言って歩き出し、サトライザーもその後に続いた。

そして転移門の前で、セラフィムはサトライザーに手を差し出した。

 

「その手は?」

「転移は初めてだろうから、今回は私と一緒に飛びましょう。

手を繋いでいれば目的地が同じだと判断されるから、

私の後に続いて門を通り過ぎてくれればいいわ」

「分かった」

「本当はこの手は八幡様専用なのだけれど、今日は特別よ」

 

 セラフィムのその言葉を聞き、サトライザーは思わずこう言った。

 

「なるほど、君もハチマンの事が好きなんだね」

「もしかして今頃気付いたの?」

「ああ、仕事中はそういう事は極力考えないようにしてきたからね」

「そう、ハチマン様は私の全て、そして私の全てはハチマン様のもの」

「なるほど、ハチマンはモテるんだな」

「これからもっと実感させられる事になるわよ」

「分かった、覚悟しておく」

 

 そして二人は転移門を潜り、二十二層へと転移した。

 

「こっちよ」

「あ、ああ」

 

 二人はヴァルハラ・ガーデンへと向かって歩き出した。当然もう手は繋いではいない。

 

「あの人だかりは?」

「多分うちのファンよ、まあいつもの事」

「あれが全部………?」

 

 そこには今日も多くのプレイヤーが詰め掛けていたが、、

その中を歩く見知った後ろ姿に気付いたセラフィムは、そのプレイヤーに声を掛けた。

 

「シノン!」

「あれ、セラ?確か今はアメリカじゃなかったっけ?」

「ちょっとハチマン様からの頼みで、新人を連れてきた」

「そうなの?へぇ、あなたが新人さん?私はシノン、宜しくね」

 

 シノンはそう言いながらサトライザーに手を差し出してきた。

 

「俺はサトライザーだ、これから宜しく頼むよ」

 

 サトライザーがそう自己紹介をした瞬間に、シノンの手が止まった。

 

「え?サトライザーってあのサトライザー?第一回BoBの優勝者の?」

「確かに俺はそのサトライザーだが、君はよくそんな事を知っているね」

「だって私、第三回BoBの優勝者だもの」

 

 そう言われたサトライザーは、驚きのあまり目を見開いた。

 

「本当かい?女性なのに凄いんだな君は」

「あなたにそう言われるのは痛し痒しね、で、セラフィム、どうしてこんな事に?」

「ハチマン様が決めた事」

「そう、ならいいわ」

 

 それであっさりと納得した様子のシノンを見て、サトライザーは目を剥いた。

 

「そ、それでいいのかい?」

「だってハチマンが決めた事でしょ?私はそれに従うだけ、ここでもリアルでもね」

 

 その主体性の無さはあまりいい事では無いように思われるが、

そう言ったシノンの顔が紅潮していた為、サトライザーは、

おそらくこれは男女の関係の事を比喩して言っているのだろうと考えた。

 

「そうか、君もハチマンの事が好きなんだね」

 

 思わずそう口に出したサトライザーに、シノンは満面の笑みでこう答えた。

 

「そうよ、悪い?」

「いや、悪くない」

「ならいいわ」

 

 サトライザーは笑顔でそう答え、シノンもそう頷いた。

丁度その時二人組の女性プレイヤーが、三人に声を掛けてきた。

 

「あ、あの、姫騎士様、必中様、今日もザ・ルーラー様はいらっしゃらないんですか?

最近姿が見えないので、ちょっと心配で………」

「姫騎士とか必中とかザ・ルーラーって何の事だい?」

 

 サトライザーはその聞き慣れない言葉について、そっとシノンに尋ねた。

 

「私達の二つ名よ、私が必中、セラが姫騎士イージス、

ザ・ルーラーってのはハチマンの事ね」

「ああ、なるほど、そういえば俺にもあったわ」

「そうなの?何て名前?」

「死神」

「……………そ、そう、ピッタリすぎて言葉も出ないわ」

 

 若干気まずい雰囲気が流れる中、その横でセラフィムは、その女性と和やかに話していた。

 

「ハチマン様は今ちょっと旅行に行ってるの、でも元気だから大丈夫よ」

「そうですか、それなら良かったです!」

「うちのリーダーが心配かけてごめんなさいね」

「いえ、こちらこそ不躾な質問をしてしまってすみませんでした!」

 

 その女性はそう言って頭を下げ、サトライザーはその女性に何気なくこう尋ねた。

 

「君はハチマンの事が好きなのかい?」

「す、好きっ!?い、いえ、私はただ憧れているだけで、

そんな恐れ多い事は考えてもいません!お姿が見られるだけで十分です!」

 

 その反応を見てサトライザーは、

これがヴァルハラの女性メンバーと一般人の違いなんだろうと実感した。

ハチマンに対する本気度がまったく違うように感じられたのだ。

 

「あ、あの、ヴァルハラの新しいメンバーの方ですか?」

「ああ、一応そういう事になっているね」

「そうですか、これからの活躍をお祈りしていますね!」

「ああ、ありがとう」

 

 サトライザーはそう言って手を差し出し、その女性は驚いた顔でその手を握ると、

とても嬉しそうな表情で仲間達の方へと去っていった。

 

「君達は随分と人気があるんだね」

「そうね、私達はヴァルハラだもの。あなたも今の反応で分かったでしょう?

でもまああんなものじゃないわよ」

「それは想像もつかないな」

「まあいずれ実感する事になるわ、それじゃあ行きましょ」

 

 そしていつもの如く、サトライザーの加入を示すシステムメッセージが拠点前に鳴り響き、

そこに集まっていた者達は、

またヴァルハラに新しいメンバーが加わった事を知って大いに盛り上がった。

 

 

 

「ここは………」

「どう?ちょっと凄いでしょ?」

「言葉もないな」

 

 サトライザーは、ヴァルハラ・ガーデン内部の豪華さに圧倒されていた。

そこに事前にハチマンから連絡をもらっていたナタクとスクナが現れた。

 

「セラフィムさん、そちらの方が?」

「うん、サトライザーさん」

「そうですか、僕は主に鍛治を担当しています、ナタクです」

「私はスクナよ、裁縫や革細工を主にやっているわ」

「初めまして、サトライザーです、これからお世話になります」

 

 そう軽く挨拶を交わした後、ナタクとスクナはいきなりサトライザーを、

奥の工房へと連れていった。

 

「それじゃあ早速行きましょう」

「武器と装備のバランス調整をしますからね」

「えっ、もう武器と防具が完成しているの?」

「ええ、設計図はもうありますから、素材さえあれば一瞬で出来ますよ」

「仕事早っ!」

 

 こうしてサトライザーは二人に連れていかれ、

セラフィムとシノンはスリーピング・ナイツについて話を始めた。

 

「そういえばアスナ達はそろそろ出発?」

「うん、確かそうかも」

「見送りに行く?」

「う~ん、私達が行って騒ぎになると、余計なプレッシャーをかけちゃうかもだし、

凱旋してきたところを迎えるくらいでいいんじゃないかな?」

「それもそうか、それじゃあそれまでサトライザーに飛び方でも教えておく?」

「うん、そうしよっか」

 

 そして二人の前に、

ナタクとスクナの手によって装備の調整を終えたサトライザーが姿を現した。

 

「えっ?そ、その格好………もしかして副長になるの?」

「ええ、その通りよ」

「副長?副長ってどういう事だい?」

「セラ、どういう事?」

「全部ハチマン様からの指示。実力から考えると妥当。私も一秒で首を刎ねられたしね」

「えっ?お、俺が君にそんな事を?」

 

 その言葉に一番驚いたのは、当のサトライザーであった。

 

「あなたは覚えていないでしょうけど、第一回BoBに私も出場していたから」

「そ、そうなのか、すまん、全然覚えてない」

「でしょうね」

 

 サトライザーは恐縮していたが、そんなサトライザーの肩を、セラフィムはポンと叩いた。

 

「気にしないで、これからはシャナ様と共に楽しく暮らしていきましょう」

「楽しく、ね」

 

 それでサトライザーも気が楽になったのか、リラックスしたような顔をした。

副長に任命された驚きは、その言葉でどこかに飛んでいってしまっている。

サトライザーがその重みを知る事になるのは、もう少し先の事であった。

 

「それじゃあ早速だけど、飛び方の練習をしに行きましょう、

今日は暇だから、私がみっちりと鍛えてあげるわ」

「そうか、ALOでは空を飛べるんだったね、それは楽しみだ」

「僕はここで落ちておきますね、

実はハチマンさんからの頼みを果たす為に、寝てないんですよ」

「そうなのかい、俺の為に本当にすまない」

「いえいえ、趣味でやってる事ですから」

 

 恐縮するサトライザーに、ナタクは笑顔でそう答えた。

 

「私もそんな感じ、まあハチマンの頼みだから別にいいんだけどね、

その変わり今度、ふ、二人きりで食事にでも連れてってもらおうかしら」

 

 スクナが顔を背けながらも、何かを期待するように紅潮した表情でそう言うのを見て、

サトライザーは今日三度目となる質問をした。

 

「そうか、やっぱり君もハチマンの事が好きなのか」

「うっ、い、今は出遅れた感があるけど、

この中で一番早くにあいつと知り合ったのは私なのよ」

「なるほど、そうなんだね」

 

 サトライザーはそんなスクナの態度を微笑ましく感じた。

そしてサトライザーは二人に丁寧にお礼を言った。

 

「今日は本当にありがとう、副長が何をすればいいのかまだ分からないが、精一杯頑張るよ」

「気にしないで下さい、仲間なんですから」

「そうそう、でももし何かあったら私達を守ってね、私達は戦闘力はあまりないのよ」

「分かった、約束しよう」

 

 こうしてナタクとスクナはログアウトし、残った三人はそのままアルンへと向かい、

サトライザーの飛行訓練が行われる運びとなった。

そして三時間後、ちょっと休憩という事になり、

三人は一旦街に戻ってからログアウトする事にした。

フィールドでログアウトするのは、ローテアウトの必要があり面倒だからである。

 

「いやぁ、色々教えてもらえて本当に助かったよ」

「というかあんた、コツを掴むのが早すぎよ、

もうコントローラー無しで自由自在に飛びまわってるじゃない」

「こういうのは得意なんだ」

「それにも限度があるわよ!」

「まあまあ、上達が早いのはいい事だよシノン」

「そうだけど、やっぱりちょっと悔しい……」

「で、休憩の後はどうする?」

「そうね、街の色々な施設を案内しましょうか」

「そうね、それがいいかも」

「何からなにまで本当にすまないね」

「気にしないの、仲間でしょ?」

「あ、ああ、そうだね」

 

 そして三人はログアウトし、クルスは八幡のベッドで目を覚ました。


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