サトライザー達が飛行訓練を終えた丁度その頃、
起きる予定の時刻をとうに過ぎてもまだ寝ていた八幡は、まどろみの中にいた。
(ん、この抱き枕、中々調子がいいな……)
その時突然近くでビ~っという聞きなれた音が聞こえた。
(ん、今のはアミュスフィアの音か?何だ?)
上手く働かない頭でそう考えた八幡は、何とか体を起こそうとしたが、
丁度その時八幡のスマホに着信があり、八幡はうとうとしながらその電話に出た。
「はい、比企谷です」
「あ、八幡さん、僕ですレコンです」
「おう、レコンか、どうした?」
「いきなりすみません、もしかして寝てましたか?」
「いや、大丈夫だ、それで何かあったか?」
「あ、はい、八幡さんは、召喚スキルについて何かご存知ですか?」
「召喚スキル?ああ、あの偵察用スキルな」
「偵察用?」
「おう、召喚出来るのはかなり弱い魔物のみで、召喚主と視界の共有は出来るが、
戦闘にはまったく使えない、まさに斥候職の為にあるようなスキルだな。
SAOの時も召喚スキル持ちがいたんだが、実は使い魔が敵に感知されると、
主人まで感知されちまうっていう欠点があってな、
何度もトレインを引き起こしてからまったく使われなくなったっていうネタスキルだな、
で、それがどうかしたのか?」
「はい、実は例の同盟のプレイヤー、召喚スキル持ちみたいなんです」
「ほう?」
「それで考えたんですけど、使い魔をボス部屋に紛れ込ませる事って可能だと思いますか?」
その時八幡の脳裏に、昼にドローンを使った時の記憶が蘇った。
「どうだろう、実験した事が無いから分からないが、
でもよく気付いたなレコン、俺にはその発想は最初から無かったわ、
使い魔と主人は一心同体だと思っていたからな」
この時八幡の脳裏にあったのは、シリカとピナである。
召喚スキルとテイマースキルはまったく違うが、
普段からシリカ達と接していた八幡は、そう考えるのが普通になっていたのである。
「でもそれなら辻褄が合うな、同盟が絶対に一番手でボス部屋に突入しない理由、
そして二番目に入って必ず初見突破する理由、
そうか、あいつらそんな事をやってやがったか」
「どうします?」
「ルール上は別に禁止だっていう決まりは無いが、
それででかい顔をされるのは気に食わないな、
いずれ何らかの注意喚起はするとして、とりあえずレコン、その事をアスナに伝えてくれ」
「分かりました」
「って、もうこんな時間かよ、
ちょっと仮眠するつもりだったが随分と寝ちまったようだ、アスナはもうボス部屋か?」
「え~と、あ、はい、たった今居場所がボス部屋に変わりました」
「それじゃあ急いで連絡してやってくれ、多分メッセージなら問題なく届くだろう。
俺も後でそっちにログインするから」
「はい、僕はこのまま同盟の動きを監視しますね」
「悪いな、頼むわ」
そして八幡はスマホを置き、どうしようか考えながら抱き枕に顔を埋めた。
「なるほどなぁ、さて、どうしたもんか」
「とりあえず各方面に、突入時の注意喚起でもしますか?」
「そうだな、今出来るのはそのくらいだよなぁ……」
「では私からジュエリーズ辺りに連絡を入れておきますね」
「おう、いつも悪いな、マックス」
「いいえ、こういった役得もありますからお気になさらず」
「役得?何かお前に役得なんかあったか?」
「はい、私は今、とても幸せです!」
その瞬間に八幡の脳が一気に覚醒した。
今自分は誰と話しているのだろうか、この部屋には俺しかいなかったはずだ、
そもそもこの部屋には抱き枕など無かったはずだ、
というか普通のホテルにはそんな物は存在しない。
そう考えて頭を上げた八幡の視界に入ってきたのは、
今まさに自分が顔を埋めていたであろう、
まるでパジャマのような見覚えの無い布地に包まれた、とても柔らかい二つの物体であった。
「な、何だこれは」
「私の胸です、八幡様」
「おおそうか、相変わらずお前はいい胸をしてるな………って違う!
え?も、もしかしてマックスか?」
「えっと………は、はい」
八幡は慌てて体を起こして周囲を観察した。
見ると自分の隣には顔を紅潮させたクルスが横になっており、
その横にはアミュスフィアが置いてあった。どうやらさっきの音はこれだったらしい。
「ど、どうしてこんな事に!?」
「はい、八幡様をお守りする為、念の為に隣に寝てALOにログインしたのですが、
起きたら八幡様が私の胸に顔を埋めていました、
もしかして抱き枕か何かだと勘違いされていましたか?」
「そ、そうだな、さっきまでそう思ってたわ」
八幡は顔を青くしながらそう答えた。
「その状態で電話がかかってきて、その内容が聞こえてしまった為、
私なりに対応策を考えていたところ、八幡様が私に問いかけるような事を仰られたので、
それに対して自分なりの考えを述べたと、まあそういう流れですね」
「そ、そうか、助言ありがとな………」
「はい!」
クルスは嬉しそうにそう答えた。
「で、ここからが本題なんだが……」
「はい」
「ええと、俺はお前にその、セクハラまがいな事を他にしでかしたりはしてないよな!?」
「それはありえません八幡様、何故なら八幡様が私に何かしたとして、
それを私がハラスメントだと受け取る事は絶対に無いからです」
それを聞いた八幡は、やっぱり自分は何かしたのかと、
汗をだらだらとたらしながらこうう言いなおした。
「俺の言い方が悪かった、俺は寝てる最中に、お前に何かエロい事をしたか?」
クルスはそれに倒して満面の笑みでこう答えた。
「大丈夫ですよ八幡様、私の体に異常はみられません、
もしかしたら全身をまさぐられたりはしたかもしれませんが、そのくらいです」
「そ、そうか、それなら良かった、いや、良くはないが……」
「私にとってはご褒美なのですが」
「そ、そうか、残念ながら俺はその事をまったく覚えていない………
いやいや、そうじゃない、決してそれが残念などという事はない、
というか、こういう事はあまり感心しないな、俺の身を案じてくれる気持ちは嬉しいが、
間違いが起こったら大変だから、あまり軽率にこういう事はするんじゃないぞ」
「私としては間違いが起こってしまうのはむしろ望むところなんですが、
八幡様を困らせてしまったのは不本意です、本当に申し訳ありません」
「いやいや、まあ分かってくれればいい」
「はい、初めてはアスナと三人でって約束しましたから、今後は気を付けます!」
そのクルスの言葉に八幡は盛大に頬を引きつらせた。
「そ、そうだな、気を付けてくれ」
「はい!」
そして二人はベッドの端と端に座りなおし、お互いにやや乱れていた着衣を直した。
はたから見ると完全に事後であったが、今は着替え直す時間が惜しかった。
「さてマックス、事情は分かっているな」
「はい、大体は」
「うちの対応はさっき言った通りだが、問題は今まさに戦っているであろうアスナの事だ。
マックスはアスナがどう動くと思う?」
「そうですね……」
クルスは少し考え込むようなそぶりを見せた後、顔を上げてこう言った。
「アスナの気性だと、初見で勝てればそれでよし、
もし駄目だったら続けてもう一回同じボスに挑もうとするのでは?」
「つまりもし負けた場合に一戦だけで終わらせて、
三十五層に挑戦し直すような事はしないと思うんだな?」
「そう思います、アスナはあれで、負けず嫌いですからね」
「俺も同じ意見だ、しかも今回は、一緒にいるあいつらもそうだしなぁ……」
八幡はスリーピング・ナイツの面々の顔を思い浮かべながらそう言った。
特にランはそういった傾向が強い気がする。
「それでネックとなるのは同盟の動きですね、うちが介入しつつあるこの状況で、
この層は諦めるか、それともいつも通りに二番手で突入してあっさり攻略してしまうか、
どちらを選ぶのか何とも言えませんよね」
「レコンの調査結果次第では、俺達も動く事になるか」
「はい、アスナ達だけで同盟全体とやり合うのは少し厳しいかと」
「だな、よしマックス、とりあえずユキノに連絡をとってくれ、俺はキリトに連絡をとる」
「その二人だけでいいんですか?」
「おう、ついでにこの機会に、
サトライザーに衝撃のデビューって奴をさせてやろうと思ってな、
それにはあまりこっちの人数は多くない方がいい」
「確かにそうですね」
「ついでに新しい副長をキリトとユキノにお披露目だ」
「あの二人、驚くでしょうね」
「どうだ、面白いだろ?」
「はい、とても」
二人はそう言ってクックッと悪い顔で笑い合うと、キリトとユキノに連絡を入れ、
二人がログイン可能な時間に合わせて自らもログインする事にした。
「それじゃあマックス、祭りの始まりだ」
「はい、わっしょいしていきましょう!」
二人はそう言って、それぞれ自分の部屋からALOにログインした。
一方ボス部屋に突入したアスナは、
丁度そのタイミングでレコンからのメッセージを受け取っていた。
「あっ、ごめん、ちょっと誰かからメッセージが来たみたい、
大事な内容だと困るから、ちょっと先に確認していい?」
「うん、別にいいよ」
「ごめんね、ありがとう」
結果として、ここで先にメッセージを確認した事は、
スリーピング・ナイツにとってはまさに僥倖な出来事となった。
「えっと、何々………えっ、そういう事なの?」
アスナも召喚スキルについては知っていたが、その認識は八幡と同じようなものであった。
最初にアスナがやったのは、自分達の会話を聞かれないように音楽を流す事である。
幸いにもアスナは攻略後のお祝いで披露しようと思っていた曲を持っており、
その曲を今このタイミングで流し始めた。
「あれ、これってALOのテーマソング?」
「神崎エルザだ!」
「でもこれって英語バージョンなんかあったっけ?」
「ふふっ、本邦初公開だよ、ちょっと前にハチマン君が送ってきてくれたの」
「マジか!テンション上がるぜ!」
「さすがは兄貴!」
「最高だね!」
これにより、仮にどこかに同盟が放ってきたスパイ召喚獣がいたとしても、
スリーピング・ナイツの会話を聞く事は難しくなった。
そしてアスナは仲間達を集め、レコンから送られてきたメッセージの内容を説明した。
「えっ、本当に?」
「そういう事だったのか」
「あいつら汚いね」
「まあルール上はセーフなんでしょうけど、さすがにちょっと……」
「なのでみんなにはさりげなく周囲を観察してみて欲しいの。
術士は扉の前にいたし、どこかにあのトカゲがいるかもしれないから」
一同はこっそりと辺りを伺い、あのトカゲのような召喚獣がどこかにいないか探し始めた。
そしてユウキが真っ先にその存在を確認した。
「あっ、いた!」
「どこ?」
「ほら、ボクの正面、岩の陰!」
「あ、本当だ」
「やっぱり……」
「召喚獣はこの中に入れるんだね」
「他のプレイヤーは弾かれるのにね」
「さて、どうする?」
「とは言えとりあえず戦うしか手は無いよね?」
「まあ一発でクリアすれば問題なくね?」
「アスナが立ててくれた作戦なら大丈夫でしょ!」
「そうだといいんだけど……」
アスナは自分の立てた作戦には自信を持っていた。
だが何か見落としているような気もしており、それが何か分からずに若干焦りを感じていた。
だがそんなそぶりを仲間達に見せる訳にもいかず、アスナは殊更に笑顔を作ってこう言った。
「うん、とにかく頑張って、同盟の鼻をあかせてやろう!」
「「「「「「「おう!」」」」」」」
そしてアスナは音楽のボリュームを少し下げ、仲間達の声がお互いに届くようにした。
「それじゃあ始めよう、私達の戦いを!」
こうしてスリーピング・ナイツ初のボス戦が、遂に幕を開けた。