「よし、ちょっと急ぐか」
「おいシノン、お前は筋肉ゴリラなんだから、頑張って走れよ」
「筋肉ゴリラって何よ、ははぁ、さてはハチマン、
私の事が好きでたまらないから、その裏返しでつい私にちょっかいを出したくなるのね」
「へいへいその通りその通り」
「くっ、なんかむかつくわね……」
そんな軽い会話を交わしながらも全力で走り、
あっという間に迷宮区の入り口前にたどり着いたハチマン達を、レコンが出迎えた。
「待たせたなレコン、今どんな状況だ?」
「はい、同盟のメンバーはほぼ全員中に入りました、数えたから間違いありません」
「全員だと?全部で何人いた?」
「僕の知らない間に新規加入のギルドでもない限り、八十人とちょっとですね。
姿を隠して会話を盗み聞きした限りでは、既にボス部屋前に、二十人ほどいるみたいです」
「全部で百人を超えるのか、同盟は思ったよりも大所帯なんだな」
「そんなに多かったら全員でボスに挑むのは無理じゃないの?」
「うん、いつもはローテーションを組んで、
八人×六~八人のアライアンスで挑んでいるみたい」
どうやらレコンはシノンに対してだけフランクな口調になるようだ。
それも当然である、この中でレコンより年下なのはシノンだけなのだ。
「まあ毎回全員が集まれる訳じゃないだろうしな」
「でも今回はほぼ全員が集まっているのね」
「はい、同盟存亡の危機だとか言って、無理やり集合させたみたいです」
「ほうほう、あいつらもどうやら、
自分達のケツに火がついている事を分かってるみたいだな。
よし、そういう事ならレコンも俺達と一緒に奥に行くぞ、
派手な喧嘩になるからしっかり準備してな」
「はい、お供します」
こうしてレコンを加え、七人は同盟の主力を追いかけ始めたが、
丁度タイミングが悪く敵のリポップと重なってしまい、
中々先行する同盟の主力との差をつめる事が出来なかった。
そうこうしている間に、スリーピング・ナイツがボス部屋前へと到着した。
「うわ、結構人がいるね」
「でもまだ挑戦出来る人数じゃないと思う。人数が揃っている方が優先されるってのが、
通常のプレイヤー同士の自治ルールだけど……」
そう言いながらアスナが一歩前に出た。
何だかんだいって、この中で一番知名度が高いのはアスナなのである。
「ごめんなさい、私達、これからボスに挑戦したいんだけど、そこを通してもらえる?」
「バ、バーサクヒーラー……」
そのアスナが話しかけたプレイヤーは筋骨隆々としたごついプレイヤーであったが、
たじろいだ様子でそう言った。
「わお、やっぱりアスナって凄いんだねぇ」
「見た目は正反対なのに、相手が一般人で、アスナがヤクザのおっさんみたいな」
「ラン、おっさんは余計」
アスナに即座にそう突っ込み、ランはペロリと舌を出した。
「おっと、失言失言」
「それに絶刀と絶剣か……」
どうやらそのプレイヤーはディエルステージにいたのだろう、
ランとユウキを見てそう呟いた。
「で、どうかしら、悪いんだけど、早く答えてもらえるかな?」
「す、すまん、答えはノーだ、何故ならもうすぐ俺達もボス部屋に突入する予定だからだ」
そのプレイヤーは腰が引けていたが、仲間達の視線を一身に受けているせいか、
頑張って踏みとどまってそう言った。
「そうなの?その人数で?」
「あんた達に言われたくないが、俺達もすぐに人数が増えて、準備も終わる予定だ」
「すぐ?すぐってどれくらい?」
「本隊が到着するのはあと少し、準備を全部含めると一時間くらいだな」
「はぁ!?」
その言葉は、さすがのアスナも看過出来なかったようだ。
そもそもそれだけ他のパーティを待たせるとなると、
普通は戦闘での順番の取り合いになってもおかしくないケースである。
「さすがにそれは無いんじゃない?プレイヤー間の自治ルールは当然知ってるでしょう?」
「それはもちろん知っているが、俺にはここを譲っていいか決める権限は無いんだよ!」
「じゃあ権限を持っている人を出して」
「そ、それが、うちのトップ連中は後続の中にいるんだよ……」
「話にならないわね、それじゃあ先に入らせてもらうわ」
アスナはそう言ってそのプレイヤーの横をすり抜けようとしたが、
その前に他のプレイヤー達が立ち塞がった。
「………どういうつもり?同盟は自治ルールを遵守しないと?」
「どうもこうもねえ、俺達はただ立っているだけだ、
通りかかったら俺達を押しのけていくんだな」
「言うに事欠いて……」
「アスナ、もういいわ」
そんなアスナにランがそう声をかけた。
「うん、もういいんじゃないかな」
それにユウキも同意する。
「もういいって、どうするつもり?」
「戦いましょう」
「戦おう」
二人は同時にそう言い、アスナはその言葉に驚いた。
「確かにここはそうなってもおかしくない場面だけど、それでいいの?」
「ええ、私、嫌いなのよね、組織力に胡坐をかいてルールを捻じ曲げようとする輩って」
「そうそう、正義は我に在り、ってね」
「分かったわ、それじゃあそうしよっか」
三人は並んで立ち、同盟のプレイヤー達にニヤリと笑いかけた。
「ほ、本気か?」
「先に喧嘩を売ってきたのはそっちだと思うけど?」
「ぐっ、た、確かに見方によってはそうかもしれないが……」
そう言いながらそのプレイヤーが後ろ手で何か合図を出したのをアスナは見逃さなかった。
「その合図は何?不意打ちでもするつもり?
召喚獣を使っての覗き見といい、同盟って本当にどうしようもない人の集まりなんだね」
「う、うるせえ!こうなったらやるぞお前ら!」
その瞬間に三人に向け、後方にいた魔導師達から火球が飛んだ。
だがそんな単純な攻撃がこの三人に当たるはずがない。
「言っておくけど今の状況は動画にとっておいたわよ」
「もう言い訳出来ないね、かわいそう」
「え、二人とも本当に?やるなぁ、私はそこまで思いつかなかったよ」
口調はのんびりであるが、三人は火球を避けるのと同時に、
凄まじい動きで目の前の敵を吹き飛ばした。
だが同盟の先遣隊は、逆に嬉しそうに歓声を上げた。
「え、何この人達、ドMなの?」
「違う、ラン、後ろ!」
「えっ?」
ノリにそう言われて振り返ったランは、
遠くから数え切れない程の同盟のプレイヤー達がこちらに殺到してきているのを見た。
どうやら前にいる者達は、その姿を見て歓声を上げたらしい。
「ど、どうする?」
「さすがにあの数はまずいわね、
負けるかどうかはやってみないと分からないけど、ボス戦に支障が出てしまうわ」
「こうなったら前にいる連中を速攻でぶっ倒して、
早く中に入っちまうしか手がないんじゃないか?」
「そうだね、それしかないね」
アスナはそのジュンの言葉に同意し、覚悟を決めた。
だがその瞬間に、後方から混乱するような声が聞こえてきた。
「まずい、ヴァルハラだ!」
「でも数は少ないぞ」
「後方のギルドはあいつらの足止めを、前にいるギルドはそのまま前方へと走れ!」
その声を聞き、スリーピング・ナイツはヴァルハラの援軍が駆けつけてくれた事を知った。
「まさか兄貴!?」
「半分くらい敵を引き受けてくれれば、こっちの負担が減るな!」
「うん、何とかなるかも!」
そう言ってスリーピング・ナイツは元気百倍で敵へと突撃を開始した。
だがそれは過小評価である。そもそもハチマンが、
相手の半分を引き受けるなどという消極的な手段をとるはずがないのだ。
「アスナさん」
「きゃっ!」
自分も一緒に突撃しようとしたその矢先、
突然自分の横の何も無い空間からそんな声が聞こえ、アスナは堪らず悲鳴を上げた。
「あっとすみません、僕です、レコンです」
「レコン君?いつからここに?」
「ついさっきです、姿を消してあいつらの間をすり抜けてきました」
レコンは何気なくそう言って姿を現したが、それは凄い技術である。
何しろレコンの姿隠しは、他人に触れると解除されてしまうのだ。
つまりレコンはあれだけの大人数の中を、誰にも接触する事もなくすり抜けてきたのである。
「レコン君、ここには一体誰が来てくれたの?」
「全部で七人です、もうまもなく到着しますよ。
ハチマンさんの他は副長が全員と、あとシノンとセラフィムさんです」
「それって人数が……」
合わなくない?そう言いかけたアスナの目の前で、
何とハチマンとキリトが横の壁を走ってきた。相変わらず人間離れした二人である。
二人はそのまま着地すると、滑って勢いを殺しつつ、ピタリとアスナの前で止まった。
「待たせたな、アスナ」
「おうおう、また派手な事になってんなぁ」
「ハチマン君、キリト君!」
「お~いユキノ、早くしろよ」
ハチマンが後方に大きな声でそう呼びかけた瞬間に、敵がひしめく通路の真ん中に、
ドン、ドン、ドン!と氷の柱が何本も立った。その上を仲間達が走ってくる。
最初に到着したのはシノンであった。
「アスナ、お待たせ」
「シノノン!」
そして重装備の癖に、軽々とその後に続くのはセラフィムである。
その後に華麗な身のこなしでユキノが続く。その姿はとても後衛とは思えない。
「ユキノ!セラ!」
そして殿を努めるのはサトライザーであった。
仲間の安全確保の為に、最後尾での移動を自ら志願したのである。
「まさか姉さん?………じゃ、ないね、
あれ?それってオートマチック・フラワーズだよね?誰?」
サトライザーのオートマチック・フラワーズを見て、
まさかソレイユかと思ってそう呼びかけたアスナは、
相手がまったく知らない男性だったせいで混乱した。
「君はハチマンの事を愛しているかい?」
「それ、この状況で聞く事か!?」
「あっ、はい、ハチマン君の事を愛してます、早く結婚したいです」
「アスナも真面目に答えなくていいからな」
そんなハチマンの突っ込みも何のその、
サトライザーはこういった戦場には慣れているらしく、平然とした顔でこう言った。
「なぁに、こんな有象無象の相手よりも、
先ずはハチマンの正式なパートナーに挨拶をするべきだと思ってね」
そのハチマンとの仲の良さそうな様子に、
目の前のプレイヤーが誰なのか心当たりが無かったアスナは更に混乱した。
あえて言うならこういうノリでハチマンと話すのはヒースクリフくらいだが、
彼はもうこの世には存在しない。
「えっと………ついノリで答えちゃったけど、本当にどちら様?」
「おっと失礼、前回アメリカに来た時に会ったサトライザーだ、
今度ハチマンの誘いでソレイユに就職する事になったから、今後とも宜しく」
「え、ええ~!?」
「ちなみにこいつには新しく副長になってもらったからな、こき使ってやるといい」
「ははっ、手厳しいなハチマン、だが期待には応えさせてもらうよ」
「ほ、本当に?」
「本当の本当だ。ほらアスナ、ランやユウキが大変そうだぞ、早く手伝ってやれよ」
「あっ、そうだった!」
「こっちは俺達に任せておけ、何とかするから」
「ごめん、お願い!」
アスナは慌てて剣を構え、スリーピング・ナイツが戦っている戦場の様子を観察した。
ランは重い攻撃を連続で敵に叩きこみ、ユウキはいつものように軽くステップを踏みながら、
敵の股の間をすり抜けたり敵の背中に乗ったりと、
変幻自在の動きで敵を翻弄して確実に敵のHPを削ってはいるが、
その大部分が敵のヒーラーによって回復されてしまっていた。
今自分が成すべき事は敵の後衛、特にヒーラーの排除!
そう判断したアスナは、一気に敵との距離を詰める為にとあるソードスキルを選択した。
だがそれには少し距離が足りない。
「ハチマン君、距離が足りない、回転!」
「おう」
それでアスナが何をしたいか悟ったのか、ハチマンはアスナの手を握った。
その瞬間にアスナがさりげなくハチマンの口にキスをする。
「なっ………」
「むむっ」
「アスナ、ず、ずるい!」
それを見たユキノ、シノン、セラフィムの三人が抗議の声を上げるが、
そんな三人にアスナはウィンクしながらこう言った。
「ふふっ、お守りお守り」
そしてアスナはハチマンの周りをぐるりと回った。
要するにハチマンに手を握ってもらった状態で、
ハチマンの周りをぐるりと回転するように走り、助走距離を稼いだのである。
「行ってこいアスナ」
「うん!」
そして打ち合わせなしの二人の見事なコンビネーションを経て、
ハチマンの力も加わる事により、アスナは弾丸のように飛び出した。
その手に持つ暁姫がまばゆい光を放つ。
「シウネー、しばらく支えてて!」
「わ、分かりました!」
隣を通過する時にシウネーにそう声をかけたアスナは、
次に前方にいるユウキにこう声を掛けた。
「ユウキ、避けて!」
「へ?うわあああ!」
慌てて飛びのくユウキの横を通り過ぎたアスナは、
そのまま敵を蹴散らしながら光となって直進していく。
細剣の最上級突撃技、フラッシング・ペネトレイターである。
「おおおおおおおお!」
アスナはそう雄叫びを上げながら、
障害物も何のそので一直線に敵のヒーラーへと突進していく。
その移動を阻めるようなプレイヤーは誰もおらず、
アスナはそのまま両足を地面に滑らすように減速し、ピタリとヒーラー達の横で止まった。
「バ、バーサクヒーラー……」
ヒーラー達は思わずそう呟いた。その言葉には畏敬の念が篭っているように聞こえたが、
そんな彼らにアスナは容赦なく剣を振り上げた。
ヒーラー達はこうして成す術もなく倒され、
それをもってスリーピング・ナイツ、ヴァルハラ連合軍と、
同盟との戦いの火蓋が本格的に切って落とされた。