アスナがド派手に飛んでいった後、残されたヴァルハラ組は、
同盟を迎え撃つべく準備を進めていた。具体的には……………ジャンケンである。
「よし、誰があのセリフを言うかジャンケンな!」
「ここを逃したら次はいつになるか分からないから負けられないな」
「他に勝負に参加したい奴はいるか?」
二人で盛り上がるハチマンとキリトを、ユキノは冷めた目で見つめていた。
「………あなた達は一体何をやっているのかしら」
「ユキノこそ何を言ってるんだ」
「これは天下分け目の関が原の戦いなんだよ!」
「そこまでなの?私には分からない世界だわ……」
「何を言ってるんだ、お前のカイゼリンも元ネタは一緒だぞ」
「えっ?」
そう説明され、ユキノの目が飛び出さんばかりに大きく見開かれた。
「そ、そうなの?」
「ああ、ちなみにヴァルハラの武器は基本そうだぞ」
「そ、そうだったの?それは私も勝負に参加しないといけないかしら……」
「おう、参加しろ参加しろ、他はいいな?よし、勝負だ!」
「ジャ~ンケ~ン!」
「「「ポン!!!」」」
その勝負の勝者はさすがというべきか、ユキノであった。
「うわああああああ!」
「くそ、負けた!」
「申し訳ないと思うけど、勝負と聞いて手を抜く訳にはいかないものね」
「まあジャンケンだから、手の抜きようがないがな」
「で、何と言えばいいの?」
「よし、教えてやるから耳を貸せ」
「………私は耳が弱いから、息を吹きかけたりしないでね、ハチマン君」
「いや、そんな事はしねえよ!?」
そんなやり取りの間に、同盟のプレイヤー達はどんどんこちらに迫ってくる。
ハチマンはそれを見て、ユキノの耳にこしょこしょとセリフを耳打ちした。
「いいかユキノ、いかにも強者感を醸し出しながらこう言うんだ、
『ここは通行止めだ、他を当たれ』とな」
「なるほど、それは確かに燃えるわね」
「だろ?」
そう言ってハチマンはそれ以上何もせずにユキノから離れた。
そんなハチマンにユキノが抗議をする。
「ちょっとハチマン君、せっかくのフリだったのに、何故息を吹きかけないの?」
「いいから早くしろ!」
「もう、今度はちゃんとやるのよ」
ユキノはそう言って微笑みながら、通路の中央に仁王立ちした。
その威厳は凄まじく、それを見た同盟のプレイヤーの足が一瞬鈍る。
そしてユキノは敵に向かって手を横に払いながら、ノリノリでこう叫んだ。
「ここは通行止めよ、他を当たりなさい!」
そしてユキノは素早く詠唱に入り、敵の目の前に腰くらいの高さの氷の壁を生成した。
ドン!ドン!という音と共に、敵が足止めされていく。
それはサトライザーをして感嘆する程の、見事な伊達女っぷりであった。
「「「「「おお~!」」」」」
残りの五人はユキノに惜しみない拍手を送り、ユキノは振り返ると、
満面の笑みで仲間達に向かってこう言った。
「はぁ、思ったよりもかなり気持ちがいいものね、さあ、敵を蹴散らしましょう!」
「「「「「おお!」」」」」
その言葉を受けてセラフィムが飛ぶ。氷の壁の前に降り立ったセラフィムは、
ドン!と盾を前に出し、辺り一帯に響き渡るような大音声で叫んだ。
「我が名はイージス、我が盾を簡単に貫けると思うな!」
その声に呼応するかのように、
セラフィムの個人マークであるセラフィムイージスが光を放つ。
ちなみにこれ自体には何の意味も無いのだが、相手を威圧する効果は抜群だ。
ある意味対プレイヤー限定のパフォーマンスと言えよう。
「レコン、行け」
「はい!」
セラフィムを飛び越えてその前に降り立ったレコンは、
そのハチマンの指示を受け、凄まじい速度で敵のど真ん中へと突撃した。
「何だこいつ」
「なめやがって!」
「囲んで潰せ!」
当然レコンに敵が殺到してきたが、その瞬間にレコンは準備していた魔法を発動させた。
「ダーク・クラウド!」
その瞬間にレコンを中心に、真っ黒な煙が辺りに充満していった。
「くそっ、煙幕か」
「何も見えねえ!」
「うぎゃっ!」
「ぐがっ………」
「弓での攻撃だ!盾持ちは上に盾を構えろ!」
そのレコンの魔法に合わせ、シノンは魔力を使って矢を増やし、
一発辺りの威力はそれほどでもないが、凄まじい数の光の矢を雨あられと敵に降らせた。
レコンは当然その場から既に離脱済だ。
「オラオラオラオラオラオラ!」
「勇ましいな、シノン」
「後はあんた達に任せたわよ」
「おう、まとめてぶった斬ってやるさ」
そしてついにハチマン達の出番が訪れた。
セラフィムの左右にハチマンとキリトが立った瞬間に、同盟のプレイヤー達はどよめいた。
「くっ、覇王と剣王だぞ」
「あそこを突破ってどうやるんだよ……」
「お前ら、相手も同じプレイヤーなんだ、とにかく数で押せ!」
後方からそんな声がかかり、前の方にいたプレイヤー達は、
覚悟を決めたような表情で二人に殺到した。
だがその頭上から死神が舞い降りた。サトライザーがセラフィムの頭上を飛び越え、
先頭にいたプレイヤーを頭から真っ二つにしたのである。
「な、何だ!?」
「見た事がない奴だぞ!」
「でもあいつが着ているあの服、ヴァルハラの副長の専用装備じゃないのか?」
「おいおい、新規メンバーなのに副長かよ、どれだけ強いんだ?」
そんな声はどこ吹く風で、サトライザーは向かってくる敵を文字通りに斬りまくった。
「何だよこいつ!」
「う、うわああああああ!」
「死神、死神だ!」
「タンク連中が紙みたいに倒されていくぞ!」
ハチマンとキリトはそのサトライザーの戦いぶりに、思わず目を奪われていた。
「おいハチマン、そのうちあいつと戦うんだろ?本当に勝てるのか?」
「勝てるのか?じゃない、勝つんだ」
「なるほど、まあハチマンが負けたら俺が仇をとってやるよ」
「チッ、言ってろバ~カ!」
そして二人もサトライザーの横から敵に突撃した。
三人はまるで竜巻のように敵を蹂躙していく。
この乱戦状態では敵も安易に魔法攻撃をする訳にもいかず、
敵の魔導師達はまごまごするばかりであり、
そこに再突撃したレコンが後方で再びダーク・クラウドを使い、
そこにシノンが光の矢を降らせていく。
何とかハチマン達の攻撃を掻い潜って前に出た敵のプレイヤーは、
容赦なくセラフィムの盾にぶっ飛ばされ、ハチマン達に潰されていく。
負った傷は瞬時にユキノが癒し、いくらダメージを与えても、
ヴァルハラ組のHPはまったく減る事が無い。
広いフィールドならともかく、この狭い通路では同盟の数には何の意味も無く、
たった六人のヴァルハラ軍団により、同盟の『七十人』のプレイヤー達は駆逐されていった。
「何なんだよこれは……」
「誰だよヴァルハラと敵対しようなんて言い出した奴は!」
「ふざけんな、ふざけんな!」
同盟は今や完全に瓦解しており、既に戦線を維持する事は不可能になっていた。
既に戦況は残敵掃討の段階に移っており、ヴァルハラの優位はもはや動きようがない。
そんな折、レコンがハチマンの所に戻ってきた。
「ハチマンさん、敵の数が少し足りません、どこかで行き違った可能性があります」
どうやらレコンは真面目に敵のリメインライトの数を数えたらしい。
レコンのこういう所をハチマンは、とても高く評価しているのだ。
「何人くらいだ?」
「おおよそ十人、同盟の首脳陣の数と一致します」
「なるほど、そいつらは一般のプレイヤーに戦わせて自分達は高見の見物か」
「かもしれません」
「それじゃあそろそろここに到着するかもしれないな」
「どうしますか?偵察に出ますか?」
「そうだな、すまないがそうしてくれ」
「分かりました」
レコンはハチマンの指令を受けて、入り口の方へと走っていく。
その間にも敵はどんどん殲滅されていき、
やがて同盟のプレイヤー達は全員リメインライトとなった。
ハチマンはチラリとボス部屋の入り口を見たが、
そもそもヒーラーを失った二十人程度のパーティがスリーピング・ナイツに敵うはずもなく、
アスナ達は既にボス部屋に突入した後であった。
「頑張れよ」
ハチマンがそうボソリと呟いた時、サトライザーが話しかけてきた。
「幻想的な光景だね」
「だろ?」
「でもこれは全て敵の死体なんだよね、もし魂が見えたらこんな感じなんだろうか」
「かもしれないな」
「そういえば日本にも死者の魂を川に流す祭りがあるんだったか」
「灯篭流しか、死者の魂を流すんじゃなく供養の為に供え物を流すんだが、
まあ今度機会があったら見にいってみるといい」
「なるほど、今度調べてみるよ」
そんな風流な会話を交わしていたハチマンとサトライザーの傍に、
キリトが嬉しそうな顔で近付いてきた。
「いやぁ、斬った斬った、久々の派手な戦いだったな」
「少し前に猫が原で暴れたばかりだと思うが」
「猫!?猫がどうしたの!?」
そこに食いついてきたのはユキノである。
「ユキノ、自重、自重」
「この前猫カフェに付き合ってあげたのにまだ足りないの?」
「猫と遊ぶのに終わりは無いのよ!」
「あはははは、とてもあんな戦いの後の会話だとは思えないね」
サトライザーはとても楽しそうにそう笑った。
「うちの戦いは毎回こんな感じだ、どうだ?楽しいだろ?」
「ああ、楽しいね、あともう少しきつくても問題はないよ」
「それは頼もしいな、これから宜しくな」
この後、結局同盟の首脳陣は姿を現さなかった。おそらく逃げ出したのだと思われるが、
彼らは街に戻ってすぐに、ヴァルハラに襲われたと一般プレイヤーに訴えた。
だがその訴えを信じた者は、懐かしき連合のプレイヤーのみであった。
そしてその少し後にヴァルハラ側から動画が公開され、
同時に同盟が攻略の為に何を行っていたのかが広く知れ渡る事となり、
ルール違反ではなかったが批判の嵐に晒された同盟は、
あまりの批判の凄まじさにたった一晩で音を上げて解散を宣言し、
この日からボス攻略に関しては、中堅ギルドが乱立する群雄割拠の時代を迎える事となった。