ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第845話 決着、そして

「よし、君で最後!」

「くっ、くそおおおおおお!」

 

 スリーピング・ナイツの相手をしていた二十人のプレイヤーは、

アスナがヒーラーを屠ったのをキッカケに一気に崩れ、

最後の一人が今まさにユウキに倒されたところであった。

 

「これで全員片付いたわね」

「ハチマン達が後続を全部引き受けてくれたからね」

「あっちは今どんな感じなのかしら」

 

 ランが後方を気にしつつそう言い、一同はそれに釣られて後方を眺めた。

その瞬間に辺り一帯に、ユキノの大音声が響き渡った。

 

「ここは通行止めよ、他を当たりなさい!」

 

 そしてスリーピング・ナイツの眼前で、ヴァルハラの激しい戦いが開始された。

 

「おお」

「やっぱり強え……」

「総合力じゃ敵わないなぁ」

「結局私達って、編成が偏りすぎなのよね」

「ん?ラン、どうかした?」

 

 何故かランは会話に加わって来ず、プルプルと震えていた。

 

「………るい」

「ん?」

「ずるい」

「へ?」

「ずるいずるいずるい!私だってあのセリフを言ってみたいのに!」

 

 そう言って顔を上げたランは、どこから取り出したのか、また例のハンカチを咥えていた。

 

「またか……」

「というかそのハンカチ、常に持ち歩いてるの?」

「昭和か」

「もうそれランの持ちネタになってるよね」

「ネタとかじゃなく本気で羨ましいの!」

「ああ、はいはい、分かったからハチマン達が戦ってくれてる間にさっさと行くよ」

「あっ、ちょっとユウ、お姉ちゃんに対してその態度は何!?

って、引っ張らないで!ちゃんと自分の足で歩くから!」

 

 そのままランはユウキにズルズルと引きずられていき、

スリーピング・ナイツは再びボス部屋へと突入した。

 

「ヨツンよ、私は戻ってきた!」

 

 中に入るなりランはそう叫び、他の者達はさすがに呆れた。

 

「切り替え早っ!」

「何かしらのネタを挟まずにはいられないんだな……」

「まあランだから仕方ないね」

「さてみんな、アスナに教えてもらった修正点を心に留めながら、

今度こそあいつをやっつけてやりましょう!」

 

 そんな仲間からの感想はどこ吹く風で、ランはそう声を上げ、

テッチに突撃の指示を出した。

 

「テッチ、戦闘開始よ!」

「了解だよ」

 

 こうしてスリーピング・ナイツの二度目のヨツン戦が開始された。

 

「敵の攻撃は受け止めるんじゃなく流す意識で、盾の角度に注意」

 

 テッチはアスナのアドバイスを愚直にこなし、

敵からの被ダメを一~二%減らす事に成功していた。

 

「敵が左足を引いたら後退、敵が左足を引いたら後退」

 

 ジュンはとにかく敵からの一番痛い攻撃だけは回避する事に専念していた。

これが地味なようで、かなり魔力の節約に繋がっている。

 

「範囲攻撃、来るわよ!」

 

 そしてランが敵の範囲攻撃に対して注意を喚起し、

他のアタッカー陣が余計なダメージをくらわないように上手く調節していた。

こういった地味な行動の蓄積が、戦線維持には実に有効である。

アスナは仲間達が上手くやってくれている事に喜びつつも、

前回の戦いとの違いを脳内で計算し、

戦闘可能時間をクリア可能なラインまで何とか伸ばそうと、

仲間達の一挙手一投足を見逃さないように、細心の注意を払って戦闘を進めていた。

最近はヴァルハラの大戦力が前提での攻略ばかりだった為、

ここまで細かい指示をするのは久々だったが、

アスナは戦闘中に身も心も研ぎ澄まされ、

まるでSAO時代に戻ったかのような錯覚を覚えていた。

 

「みんな、集中、集中だよ」

 

 その自分に言い聞かせるようにも聞こえる言葉に対しての返事はないが、

その事をアスナはまったく気にしなかった。

それは他の仲間達が戦闘に集中出来ているという証拠でもあるからだ。

 

「もう少し、あと少し………よし、遂にここまで来れたよ」

 

 戦闘開始から四十分、ついにアスナは勝利を確信し、思わずそう呟いた。

 

「テッチ!」

 

 アスナはテッチに何度もヒールを掛け、そのHPを完全に回復させる。

 

「シウネー、後はお願い!」

「任せて下さい!」

 

 アスナはそう言って剣を抜き、ヨツンへと突撃を開始した。

それが合図となり、ジュンが、ノリが、そしてタルケンが、

ヨツンに持てる最大威力の攻撃を叩きこむ。

 

「おらおらおらおらおら!」

「くらえ!」

「行っけぇ!」

 

 その瞬間にヨツンのHPゲージがぐぐっと減り、ついにヨツンは発狂モードへと突入した。

 

「アイゼン!」

 

 それに対応し、テッチがアイゼンを倒立させ、必死の形相でその攻撃を受け止める。

 

「このラインからは絶対に引かない!」

「そして真打ち登場よ、花鳥風月!」

 

 その瞬間に弾丸のように飛び出してきたランが、ヨツンに大技を叩きこむ。

ランはそのまま硬直状態に陥ったが、アスナはそのランの横を擦り抜け、

オリジナル・ソードスキルであるスターリィ・ティアーを放った。

 

「おおおおおおおお!」

 

 アスナがさすがなのはここからだった。

アスナはヨツンの膝を蹴り、スターリィ・ティアーの五発目を放った瞬間、

自身が硬直に入る直前に後方へと飛んだのだ。

それにより、ヨツンの目の前にはランだけが残された。

 

「GGGGGGOOOOOGYAAAAAAH!」

 

 その時ヨツンがいきなり吠えた。さすがにこの連続攻撃はたまらなかったのであろうか、

ヨツンは目の前にいるラン目掛けて手に持つ棍棒を叩きつけた。

 

「ラン、危ない!」

 

 その攻撃にはテッチが間一髪で間に合った。

テッチはそのままその場に踏みとどまり、ヨツンと力比べの格好になる。

 

「長くはもたないよ、ユウキ、後は任せた!」

「ラン、ごめん!」

 

 その声は頭上から聞こえ、テッチは思わず顔を上へと向けた。

ヨツンとテッチが力比べに入ったのを好機と思ったのだろう、

ユウキはランの背中を踏み台にし、ヨツンの頭上へと飛び上がっていたのだ。

その時ユウキの脳内で、ここに来る途中にアスナが言った言葉が再生された。

 

『さっきの戦いの最後に使ってもらった私達三人のソードスキル、

あれで削れたのは敵のHPの一割五分だった。

敵のHPが残り二割になったらジュンとノリとタルケンに全力で攻撃してもらって、

そしたら敵は発狂モードに入るけど、多分その時点でパーティにはもう余力はない、

だからそこまで持っていけたら、私達三人で勝負を決めよう』

 

「これで決める!マザーズ・ロザリオ!」

 

 その声と共に、ヨツンの体に連続して衝撃が走る。

だがヨツンはむざむざとやられる訳にはいかないとばかりに手に持つ棍棒を振り上げ、

ユウキ目掛けて振り下ろそうとした。それはアスナには予想外の行動であった。

 

「まずい、まさかあんなに機敏に動けるなんて!」

 

 ユウキのマザーズ・ロザリオは突き技である為、その発動開始から終了まではかなり早い。

その為アスナはその間に敵が反撃可能などとは予想もしていなかった。

だがそんなアスナの読み違えをしっかりとフォローしてくれる仲間がまだ残っていた。

 

「させません!」

 

 その瞬間にヨツンの顔面で光が弾けた。その魔法を放ったのは後を託したシウネーである。

シウネーは他の者達が次々とソードスキルを放っている間もヨツンから目を離さず、

ヨツンが動いた瞬間に、ヨツンの顔目掛けて魔法を放ったのであった。

 

「GGGGGUUUAAAA!」

 

 攻撃モーションに入っていたヨツンはその攻撃で動きを止め、

そんなヨツンにユウキはマザーズ・ロザリオの最後の一撃をくらわせた。

 

「これで終わりだ!」

 

 その言葉と共にヨツンの体にかつてない衝撃が走り、爆発と共にヨツンが急に静かになる。

そして一同が固唾を飲んで見守る中、ヨツンの体は光の粒子となって消えた。

 

「終わっ………た?」

「かな?」

 

 誰かが生唾を飲み込む音が聞こえ、その瞬間にシステムメッセージが宙に表示された。

 

『CONGRATULATIONS!』

 

 同時にアインクラッド中に、メッセージが流れる。

 

『アインクラッド三十四層のフロアボスが討伐されました』

 

 その言葉は徐々に全員の脳に染み渡っていき、そして一同は喜びを爆発させた。

 

「よっしゃあ!やってやったぜ!」

「ALOの歴史に名を残しましたね!」

「ふう、やっぱり勝つと、疲労感も心地いいね」

「シウネー、ナイス!」

「我ながらあれは会心でした!」

「アスナ!」

「きゃっ!」

 

 その喜びの輪に加わろうとした矢先に、ユウキがアスナの名を呼びながら抱き付いてきた。

 

「アスナ、ありがとう!」

「お礼なんて言う必要はないよ、これはみんなの勝利なんだから!」

「でもアスナがいなかったら絶対に勝てなかったと思うもん!」

「まあ役にたてたなら良かったかな、さあ、みんなでお祝いしよ?」

「うん!お~いラン、ランも早くこっちにおいでよ!」

 

 見るとランはまだそこに敵がいるかのように戦闘体勢をとっており、

そんなユウキの呼び掛けにもまったく反応しない。

 

「ラン?」

「お?何だ?」

「どうしたんですかね」

 

 そして一同が訝しげな顔でランに近寄った瞬間に、ランの姿が唐突に消えた。 


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