「ラン?」
「えっ?」
「も、もしかして今のって回線落ち?」
「そういえば何となくランの体が透けてたような……」
「いやいや、そんなのありえないって、僕達はアミュスフィアを使ってるんじゃなく、
メディキュボイドを使ってログインしてるんだよ?」
スリーピング・ナイツのメンバー達は、ランが回線落ちした事で大混乱に陥っていた。
今のこの状況は、ランが死亡した、
もしくはそれに近い状態にある可能性を示唆しているからである。
その時ユウキが首を横に振りながらこう言った。
「大丈夫、ランは無事だよ、ボクにはそういうの分かるから」
それは双子の繋がりのせいなのだろうか、
ユウキは少なくとも、ランがまだ生きている事だけは確信していた。
その時ボス部屋の扉が開き、ハチマン達が中に入ってきた。
「ハチマン君!」
「お前ら、遂にやったな、おめでとう」
「あ、う、うん、ありがとうハチマン……」
そんなユウキの喜び半分、戸惑い半分な表情を見たハチマンは首を傾げた。
「ん、どうした?戦闘内容に不満でもあるのか?」
「ち、違うんだよ兄貴、ランが、ランが……」
ジュンにそう言われ、ハチマンはきょろきょろと辺りを見回した。
「そういえばあのエセ痴女がいないな、一人で暴走して転移門の解放にでも向かったのか?」
「ランがエセ痴女なのは認めるけど、違うんだよ兄貴、
ランが戦闘の山場で回線落ちしちまったんだよ!」
「………………何だと?」
「何ですって!?」
むしろその言葉により大きな反応を示したのはユキノであった。
ユキノはソレイユの経営に参加する予定であるので、
メディキュボイドについてもよく勉強しており、
そんな事がありえないのを熟知していたからである。
一方きょとんとしているのはキリトであった。
「なぁ、回線落ちくらいでどうしてそんなに驚いてるんだ?」
「そうか、キリトには説明した事はなかったな、実はこいつらは眠りの森のメンバーなんだ、
今はアミュスフィアじゃなくメディキュボイドを使ってログインしてる」
「メディキュボイドって例のアレか、
詳しくは知らないんだが、どんな機能を持ってる機械なんだ?」
「私が説明するわ」
その間にユウキは、ハチマンに自分が感じた事を伝えていた。
「でもハチマン、多分ランの命に別状は無いと思う」
「………ランが生きてるって感じるのか?」
「うん多分、ううん、絶対」
「そうか」
ハチマンはそれで安堵したような表情をした。
一方キリトはユキノの説明を受け、表情を厳しくしていた。
「その仕様って事は、ランが無事だとしても、状況はかなりまずいな、
こっちの事は俺達に任せてハチマンは情報収集の為に直ぐ落ちた方がいい」
「それなら三十五層まで走って街で落ちた方がいいんじゃないかな、
ここだとどうしても体がしばらく残っちゃうから誰かが残らないとだし」
そのアスナの提案にハチマンは頷いた。
「そうだな、ここで待っててもらうのは申し訳ないし、全力で走れば一分くらいで着くだろ」
「兄貴が同盟の奴らに襲われても困るしね」
ノリがそう言ったが、ハチマンは首を横に振ってそれを否定した。
「大丈夫だ、あいつらは全滅させた。よし、行くぞ」
「ええっ、あっ、待って兄貴!」
「あの人数を全滅ってマジかよ!ヴァルハラおっかねえ……」
そんなジュンの肩を、セラフィムがポンと叩いた。
「私達を恐がるのは敵対してくる人達だけ」
「そうそう、俺達は一般プレイヤーに愛されるギルドだからな!」
「そう真顔で言われると少し恥ずかしいわね」
「ははははは、ヴァルハラは本当に楽しいギルドだね」
「あなたも一般の人達には優しくね、サトライザー」
そんな会話を繰り広げながら、ハチマンとアスナを先頭に彼らは走り出した。
「アスナ、俺は街に着いたら即落ちる、こっちの事はアスナに任せた」
「うん、任せて!ランの事、お願いね」
ランの事が気になるだろうに、今の自分に出来る事はまだ何も無いと分かっているからか、
アスナは努めて明るい表情を作ってそう言った。
「とりあえず転移門をアクティベートしたら、アスナ達は剣士の碑に向かってくれ。
もし回線落ちのせいでランの名前が無かったら、もう一回チャレンジする事になるからな」
「あっ!」
その事は考えていなかったのか、アスナは驚きの声を上げた。
「うん、そうだね、確認してみる」
「まあ駄目でもまた挑戦すればいい、当然ランも一緒にな」
「うん、一緒にね」
ハチマンは力強くそう言い、アスナは笑顔を返した。
そして三十五層に着いた直後、ハチマンとセラフィムはログアウトし、
一同はそのまま剣士の碑へと向かった。
「うわ、すごい人……」
「ん、何か演説してる奴がいるな」
「あれは同盟の幹部の一人ですね」
レコンのその言葉に、一同は表情を険しくした。
「戦場に現れなかった臆病者の一員か」
「そうね、一体何を言っているのかしらね」
「このままだと剣士の碑に近寄れないし、ちょっと聞いてみるか」
だが丁度演説が終わった所だったらしく、
そのプレイヤーは何かのメディアの取材を受け始めた。
その腕章にはMMOトゥデイと書かれている。
「ん?あれはシンカーさんか?」
「あ、そうかも、一体何を話してるんだろうね」
「とりあえず行ってみましょう」
一同はそのまま堂々とそちらに近付いていき、それと共に辺りの群集がどよめいた。
「お、ヴァルハラだぜ!」
「一緒にいるのはスリーピング・ナイツか?」
「絶対零度様、その馬鹿を論破してやってくれよ、
さっきから訳の分からない事を言ってるんだよ!」
「剣王様、その馬鹿をぶちのめしてやって下さい!」
そんな声が聞こえ、キリトとユキノは顔を見合わせた。
「何の事だ?」
「まあシンカーさんに話を聞いてみましょう」
「そうだな」
どうやらシンカーもこちらに気付いたらしく、笑顔でこちらに手を振ってきた。
その横にいる同盟のプレイヤーはこちらを見てやや逃げ腰になっている。
「やぁやぁキリト君ユキノさん、ちょっと取材させてもらってもいいかな?」
「シンカーさん、これは何の騒ぎですか?」
「う~ん実はね……」
一時間ほど前になるだろうか、同盟のプレイヤーが大量に街に戻されてきたらしい。
そのほとんどは、顔を青くしながらどこかに去っていったが、
一部のプレイヤーが残り、転移門から現れた別の集団と合流して、
いきなりあちこちで騒ぎ始めたらしい。その内容は、
『ボス部屋前でヴァルハラに問答無用で襲われた、話し合いをする暇もなかった』である。
それに一部の者が呼応し、大騒ぎになったようだ。
だがシンカーが言うにはその賛同者は連合のプレイヤーのみであり、
その他の大多数の者達は、それを冷めた目で見ていたようだ。
「いやぁ、たまたまここにいたうちのスタッフから連絡を聞いて飛んできた時には、
ここはもう一触即発の状態だったんでね、取材って事で介入したと、まあそんな訳かな」
「なるほど、シンカーさんやりますね」
「ははっ、まあこれもお仕事って奴さ」
シンカーは楽しそうにそう笑った。
「で、この人の主張は大体聞けたんですか?」
キリトはそう言いながら同盟の幹部らしきプレイヤーをじろっと睨んだ。
そのプレイヤーはたじろいだが、他人の視線があるせいか、虚勢を張るように胸をそらした。
もしかしたら、自分達の主張を否定する証拠など、
何も無いとたかをくくっているのかもしれない。
「うん、まあ大体はね」
「それじゃあ今度はこちらの番ね、シンカーさん」
「そうしてもらえるとありがたいね、
こういう事は一方からの主張だけを載せるのは不公平だからね」
「さすがシンカーさん、分かってるわね」
「いやぁ、ははは」
「その上でこちらから提供したい物があるのだけれど」
「ほうほう、何ですか?」
「今回の経緯の全てを録画した動画よ」
その瞬間に同盟幹部の表情はあからさまに青ざめ、周りの観客達はわっと盛り上がった。
「マジかよ、動画だってよ」
「あいつの言う事は信じられないけど、何があったのかは興味あるよな」
「絶対零度様、私達にも見れるようにして下さいね!」
ユキノはその呼びかけに笑顔で手を振り、
そしてシンカーは興奮した表情でユキノにこう言った。
「動画があるんですか!?」
「ええ、うちはハチマン君からの指示で、基本他のギルドと関わる時は、
録画機能をフル活用して全員分の視点の映像を保存しているのよ」
それは以前、メイクイーンで運用されていた、
プレイヤー視点での映像を外部に見せる機能の応用である事は言うまでもない。
その機能は既に実装されており、
それを利用した動画配信もじわじわとその数を増やしつつあるところである。
「そうなんですか!いやぁ、さすがですね!全員分ってところがまたいいですね!」
「ええ、ハチマン君曰く、こういうのは複数の視点からの動画が無いと、
編集を疑われるから駄目、との事よ」
「ええ、そうなんですよ、さすがはハチマンさんです」
「あ、でもごめんなさい、おそらくこちらの……」
そう言いながらユキノはスリーピング・ナイツの方を見た。
「私達の到着前にボス部屋前で揉めたスリーピング・ナイツ側の映像だけは、
それに参加していたうちのアスナ一人分の映像しかないと思うわ」
「あ、それなら大丈夫だよユキノ、客観カメラもこっそり起動させておいたから、
一応複数視点で撮影してあるよ」
「あら、さすがねアスナ」
「うん、ハチマン君からこういう事に関しては口をすっぱくして言われてるからね」
「シンカーさん、そういう訳だから、後で動画のデータをお渡しするわ」
「ありがとうございます」
「ただしちょっと編集するわよ」
ユキノはそう言いながら群集に呼びかけた。
「一応こちらからは、編集なしの音声カット版と、
こちらのプライベートに関わる部分をカットした編集版を提供するわ、
後の動画の扱いはMMOトゥデイさんにお任せするけど、検証はみんなに任せるわ!
少し時間がかかると思うから、みんな、公開される日を楽しみに待っていてね」
それは間接的なMMOトゥデイの宣伝でもある。さすがはユキノ、抜け目が無い。
「そんな訳なんで、MMOトゥデイの更新にしばらくご注目下さい!」
シンカーがそう言ってその場をまとめ、
そしてキリトとシノンは横で呆然と立ち尽くしていた同盟幹部に冷たい声で言った。
「分かったら消えろ、うちに喧嘩を売るって事がどういう事か教えてやる」
「そうそう、あまり調子に乗るんじゃないわよ、この覗き魔野郎」
「ひっ………」
その男は悲鳴を上げて逃げ去り、群集達も満足したのか半数ほどが立ち去っていった。
これによって剣士の碑への道が開け、一同はそちらへとゆっくり近付いていった。
「あ………」
「おお………」
「あっ…………たぁ…………」
そこにはランも含め、きっちり八人全員の名前が表示されており、
スリーピング・ナイツは安堵のあまり、その場にへたり込んだ。
その時シンカーが驚きの声を上げた。
「あ、あれ?その他の表記が無いじゃないですか!
まさか八人だけでボスを攻略したんですか!?」
「うん、まあそういう事」
「それは凄い、これは快挙ですよ!いやぁ、記事の更新を頑張らないと!」
「シンカーさん、二戦分ありますけど、その動画も提供しますよ?」
「えっ、本当ですかアスナさん、今度何かで必ずお礼はします!」
その瞬間に観客達から大歓声が上がった。
「マジかよ!」
「あのヴァルハラでさえまだそんな事一度も出来てないぞ!」
「凄え!スリーピング・ナイツ凄え!」
「あ、いや、ヴァルハラはやってないだけで、多分やろうと思えば……」
ユウキが慌ててそう言おうとしたが、それはレコンが止めた。
「それはこの場で言う事じゃないですよ、さあ、新たな英雄として、みんなに応えないと」
ユウキはそう言われ、観客達の方を振り返った。
そこは凄まじい熱気で溢れており、その大声援に手を振って応えながら、
ユウキは今ここにいない姉の事を思っていた。
(ラン、この声が聞こえる?これはみんなボク達に向けられた声援だよ!
だから早く戻ってきて!)
こうしてこの日、リーダーが不在ではあるが、ALOに新たな英雄が誕生した。