ログアウトした後、八幡は真っ先に経子に連絡を入れた。だが電話は一向に繋がらない。
同様に凛子もまったく着信に反応せず、
焦った八幡は考えに考えた末に、現地にいる可能性の高い一人の人物の存在を思い出した。
『prrrrrrrr、prrrrrrrr』
(これで駄目なら小猫あたりに連絡して様子を見に行かせるしか……)
『あっ、八幡君?良かった、多少落ち着いたから丁度連絡を入れようと思ってたんだよ』
「って事はめぐりんは今眠りの森ですか?一体何があったんです?」
『うん、実は………』
八幡が思いついた人物とはめぐりであった。
めぐりの説明によると、いきなり藍子の病状が悪化し、
脳波がかなり乱れた為にメディキュボイドとの接続も切れ、
そのまま藍子は集中治療室へと運び込まれたらしい。
『でも努力の甲斐があって今は落ち着いたみたい、とりあえずだけどね』
「………実際アイの状態はどうなんですか?」
『うん、私は医者じゃないから軽々しい事は言えないけど、次に発作が起こったら………』
それ以上めぐりは何も言わなかった。それで色々と察した八幡はめぐりにお礼を言い、
経子に連絡してくれるように伝言を頼んだ上で電話を切った。
「とりあえず経子さんから話を聞かないと……その前に俺がやれる事は……」
八幡は最初に宗盛に連絡を入れ、この後すぐに会えるようにアポをとった。
ついでに紅莉栖にも連絡を入れ、宗盛との話に同席してくれるように頼んだ。
八幡の知る限り最高の頭脳を持つ紅莉栖であれば、
八幡が気付かない事にも気付いて助言をしてくれるかもしれないと期待したからである。
ちなみにクルスは大人しく八幡の傍で待機している。
もし何かあった時にすぐに動けるようにである。
「そういえば剣士の碑の方はどうなったかな」
「あ、それならネットで見られますよ、自動更新なのでもう結果が分かるはずです」
「すぐに確認してくれ」
「はい、え~と………あっ、やりました八幡様、ちゃんと八人全員の名前が記載されてます」
「そうか、それは何よりだったな」
「はい!」
そして八幡が落ち着いたのを見計らい、クルスは八幡にお茶を差し出してきた。
「八幡様、お茶を」
「おう、悪いな」
八幡はそれを飲んで一息つくと、クルスにこう話しかけた。
「マックス、とりあえずランは大丈夫みたいだが、次に発作が来たらアウトだそうだ」
「そう………ですか」
「とりあえずもうすぐ経子さんから連絡があると思うから、そこで話をした後、
可能な限りの手を打って、宗盛さんの所に行く事になる、そのつもりで準備しておいてくれ」
「分かりました」
ちょうどその時八幡の携帯に経子から着信があった。
「経子さん、アイはどうなりましたか?」
『気を揉ませてしまってごめんなさいね八幡君、連絡が遅れてごめんなさい。
アイちゃんは今はもう落ち着いたわ、意識もハッキリしてるわよ』
「良かった………経子さん、アイを救う為に、何か俺に出来る事はありますか?」
『ちょっとメディキュボイドのデータ管理の人手が足りないから、
ソレイユから技術者を回してもらえると助かるわ、医学の知識が無くても全然問題ないわよ』
「分かりました、優秀なのを向かわせます」
『医者の増員は結城本家に頼んだから問題ないとして、
あとは症状を抑える薬なんだけど、兄さんから送ってもらったデータを見たわ。
確かに効果はありそうだけど、まだ人に使える段階じゃないみたいね……』
「その事で何か手は無いか、これから宗盛さんの所に行くつもりです」
『そう、そっちはお願いね。後はアイちゃんのメンタル面の問題なんだけど、
今はかなり気落ちしてしまっていて、何とか元気付けてあげたいと思ってるのよね』
「後で明日奈達にそっちに行ってもらうつもりですが、
とりあえず俺が話します、電話の声をあいつに届ける事は可能ですか?」
『分かったわ、スピーカーモードにするからちょっと待ってて』
そしてしばらく間が開いた後、電話の向こうからアイの声が聞こえてきた。
多少くぐもった声なのは、おそらくガラス越しに喋っているからなのだろう。
『八幡?聞こえる?』
「おう、聞こえるぞアイ、元気そうで何よりだ」
『あは、元気とはとても言えないかも?でもまだ生きてるわ』
その藍子の弱々しい言葉に八幡は胸が締め付けられた。
「まだ?何を言ってるんだお前は、
お前には俺がよぼよぼになった時に世話をしてもらう予定なんだからな」
『それはシモの世話的な?』
「お前は相変わらずだなおい……」
『でもまあそれは私と八幡の子供か孫にお願いしましょう、
その時は私も八幡同様によぼよぼのお婆ちゃんになってるはずだしね』
さすがの八幡も、この状況でその言葉を否定するのは困難であった。
「ああ、そうしよう」
その瞬間にアイがとても元気そうな声でこう叫んだ。
『よし、言質をとったわ!経子さん、今の八幡のセリフ、聞いたわよね?』
『え、ええ、聞こえたわ』
「うわ、マジかよお前、何でそんなに元気なんだよ」
『違うのよ、アイちゃんったら、八幡君の声を聞いた瞬間に急に元気に……』
『シーッ、経子さん、それは八幡が調子に乗るから言っちゃ駄目!』
「お前は本当に……」
八幡は堪えきれずに涙を流し、声が少し涙声になった。
『八幡……もしかして泣いてるの?』
「ばっかお前、そんな訳あるかよ、俺が泣くのは明日奈に怒られた時だけだ」
『ハ、ハッキリ言っちゃうんだ……』
「当たり前だ、俺にはアスナ以外に怖いものなんて無い」
『ユキノさんは?』
「訂正する、怒ったユキノはちょっと怖い」
『随分と正直ね』
「いや、まあ俺は基本嘘吐きだけどな」
八幡はそう言うと、こっそりと涙を拭いた。
『それよりも八幡、ボス戦はどうなったの?』
「おおそれだ、アイは途中で落ちたんだったよな、おめでとう、
お前達は無事にALOの歴史に名を残した、もちろんお前もだ」
『本当に!?』
「いくら俺が嘘吐きでもこんな事で嘘をついてどうするよ、
疑うならネットで調べてみろ、結果が載ってるから」
『そっか、良かった………』
そして電話の向こうから、藍子の大きな声が聞こえてきた。
『みんな、やったよ!』
その瞬間に周りから拍手が聞こえてきた。
どうやら他のスタッフ達も藍子を賞賛しているようだ。
詳しい事情は知らないだろうに、空気が読める事この上ない。
『八幡君、そろそろ……』
そして経子の声が聞こえ、八幡は藍子にこう呼びかけた。
「おいアイ、お前はとりあえず休んどけ、
あとこれだけは言っておくけどな、アメリカから帰ったら最初にそっちに行くから、
お前はちゃんと俺を出迎えるんだぞ、絶対に約束だ、絶対に忘れるなよ」
『もう、仕方ないわね、このとてもかわいくて胸の大きい私が出迎えてあげるんだから、
泣きながら感謝して私の胸にしゃぶりつくのよ』
「………考えておく」
『ええ、考えておいて』
藍子は楽しそうにそう言うと、一拍置いた後に八幡に向けてこう言った。
『ねぇ八幡、私は死ぬ気で抗うわよ』
「おう、抗え抗え、俺も自分に出来る事は全部やる」
『待ってるわ、ダ~リン』
「お~いダ~リン、呼んでるぞ~!」
『そこは素直にうんって言うところでしょう!?』
「もうその手には乗らん、それじゃあまたな、アイ」
『うん、またね、八幡』
そして通話は終了し、八幡はすぐに動き始めた。最初に八幡が電話したのは陽乃である。
「姉さんか?頼みがある」
『眠りの森の事ならもう手は打ったわよ』
「さすがに早いな……とりあえず技術者が多めに欲しいって事らしいんだが」
『大丈夫よ、オペレーションD8を発動したわ、
みんなやる気満々で、ローテーションとか組んでくれてるわよ』
「え、そこまでするか!?」
『そこまでするわよ、私はあなたが泣くところを見たくないもの』
その言葉に八幡は胸が熱くなった。
「あ、ありがとな、姉さん」
『どういたしまして。それに忘れてるかもしれないけど、あの子は私の弟子でもあるのよ』
「そうだったな、とりあえずキットを迎えに出させて明日奈に眠りの森に行ってもらう、
後はそうだな……かおりもあいつと顔見知りだから、一緒に行ってもらうとしよう」
『分かったわ、こっちの事は任せて』
「頼むぜ姉さん」
『ええ、私もこの後すぐに現地に向かうわ』
次に八幡が電話をしたのは清盛のところであった。
「おいじじい、死ぬ前に一ついい事をしろ」
『いきなり何じゃい、儂はこう見えて結構忙しいんじゃぞ?』
「アイ………いや、ランがやばい、じじいも眠りの森に手伝いに行ってやってくれ」
『何じゃと?我が弟子が?
なるほど分かった、丁度暇じゃったし、久々に腕を振るってやるわい』
「じじい、今忙しいって……」
『予定を全部キャンセルすればそれは暇だって事じゃ!急ぐからもう切るぞ、
結果的にお主の言う通りになったな、儂がこっちに残っておったのは幸いじゃ。
ところで宗盛と話はしたかの?』
「これから向かう予定だ」
『そうか、何か思いついたらすぐにこっちに知らせるんじゃぞ』
「了解、そっちの事は頼んだ」
『おう、任せろい』
「…………宜しくお願いします」
最後に八幡はそう言った。それを聞いた清盛はかなり慌てたようだ。
『お主が強気じゃないのはちょっと気持ちが悪いのう』
「悪い、結構余裕が無くてな」
『ベストは尽くす、絶対にランは助けるぞい』
「ああ、助けよう」
二人はそう誓い合って通話を終えた。
最後に八幡が連絡をしたのはキットである。
「キットか?悪いが明日奈を自宅で拾って、そのままソレイユでかおりを拾ってくれ。
そうしたらそのまま二人を眠りの森に運んでやってくれないか?」
『分かりました、八幡』
「一応今の状況を説明しておく」
八幡はそう言ってキットに事情を説明し、
頭のいいキットはソレイユの社内ネットワークなども利用し、
今の状況を完璧に把握してくれた。
「それじゃあ頼むぞ」
『はい、任せて下さい』
「キット、こっちこっち!」
『お待たせしました明日奈、たまには運転席にどうぞ』
「うん、ありがとう!」
『このままかおりを迎えにソレイユに向かいます』
「あっ、そうなんだ、かおりも来てくれるんだね」
『かおりだけじゃありません、ソレイユの社員が全員動きます』
「えっ!?そ、そうなの?」
『はい、詳しい事はかおりに聞いて下さい』
「うん分かった!それじゃあ行こっか!」
そして無事にかおりを拾ったキットと明日奈は、そのまま眠りの森へと向かった。