ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第849話 オペレーションD8再び

 その日かおりは業務を終え、寮の自室に戻ろうとしていた。

 

「かおり、お疲れ~!」

「あっ、舞衣、お疲れ!」

「「イェ~イ!」」

 

 二人は特に意味もなくハイタッチをかます。

受付の折本かおりと開発の岡野舞衣、二人は何故かとても仲良しなのである。

 

「今日はこの後どうするの?」

「う~ん、今日は仕事中に甘い物が食べたくて仕方がなかったんだけどさ、

かおりもそういう事ってあるよね?」

「あるある!それある!」

「で、夕飯は軽めにして、その分ガッツリと甘い物を食べに行こうかな、

なんて思ってるんだけど、かおりも行く?」

 

 かおりはニコニコ顔でそう言う舞衣に、恨めしそうな視線を向けた。

 

「舞衣っていくら食べても太らなさそう。

私も行きたいけど、最近ちょっとお腹の辺りのお肉が気になってさぁ……」

「え~?全然気にならないよ?」

 

 そう言いながら舞衣は、かおりのお腹をさすった。

 

「いやぁ、それでも雪乃とか詩乃と比べるとちょっと………ね」

「ああ、八幡さんに直接目の前で比べられるのが嫌なんだ!」

「ちょ、ちょっと舞衣、声が大きいから!」

 

 かおりは慌てて舞衣の口を押さえ、きょろきょろと辺りを見回した。

だが幸いこちらに意識を向ける者はいない。

というかその会話が聞こえたであろう全員が、その事についてはスルーしていた。

八幡とかおりが受付でよく話しているのは周知の事実であり、

かおりが八幡の事を好きなのもまた、一目見れば分かってしまう為、

今更かおりが何を言っていようと誰も気にも留めないのである。

 

「まあいいや、それじゃあかおりは行かないって事でいいよね?」

「うん、残念だけど目標体重になるまで我慢する……」

「あ、もうオーバーしてるんだ……」

「う、うん、八幡にご飯に連れてってもらうとつい食べすぎちゃって……」

「色気より食欲!?」

「いや、だって八幡が選ぶお店のご飯って本当に美味しいんだよ?」

「だからかおりは駄目なのよ……」

「えっ?私が美味しそうにご飯を食べてるのを見て、八幡もよく褒めてくれるよ?

『かおり、いつもお前は本当に美味そうに飯を食うよな』って」

「だからかおりは駄目なのよ……」

「大事な事だから二度言いました!?何それウケるし」

「いや、ウケないからね?」

 

 次に八幡に誘われた時、かおりがまた同じ事をするのがこの反応から容易に想像出来る。

 

「それじゃあ理央かウルシエルでも誘ってみようかな」

「うん、ごめんね、また誘ってね!」

 

 二人がそう言って別れようとした瞬間に、

突然寮内に設置されているスピーカーが、ザザッと音を発した。

 

「えっ?」

「ここのスピーカーが使われるのって……」

 

 直後に寮と社内両方に、薔薇の声でアナウンスが流れ始めた。

 

『全社員に通達、たった今、オペレーションD8が発動されました。

あんた達、二度目になるけど今回も気合いを入れていくわよ!

それに関して今回は、社長からみんなに今回のオペレーションの説明があるわ、傾注!』

 

 そして次に、スピーカーから陽乃の声が聞こえてきた。

 

『ちょっと長くなるけどみんな、聞いて頂戴。

うちが深く関わっている終末医療用施設、眠りの森において、

今まさに一人の女の子が苦しんでいるわ。

終末医療施設で苦しんでいるという事の意味は分かるわね?

そしてみんなも知っていると思うけど、今八幡君はアメリカに行っているわ。

その目的は、彼女……正確には双子の姉妹が二人とも同じ病気にかかっているから、

彼女達、なんだけど、その病気を治す為の新薬の開発状況の説明を受ける事。

だけど八幡君がまだ不在である今日、双子の姉の容態が悪化してしまったの。

そして残念な事にその新薬は、まだ人に投与出来る段階ではないと聞いているわ。

でも八幡君は、この日の為に色々と準備をしてきているのよ。

その姿を私はよく知っているし、正直に言うと勝算はあるのよ。

でもそれにはもう少し、ほんの少しだけ時間が必要なの。

その双子の姉妹は彼にとって、家族同様の存在なの。

だからもし彼女達に何かあったら、八幡君はきっと深い悲しみに包まれる事になるわ。

きっと何も手につかない程意気消沈し、毎日枕を涙でぬらす事になる。

私はね、彼にそんな思いをさせたくはないの。

だからみんな、八幡君に力を貸して!彼女に力を貸して!

今回のミッションの目的は、可能な限りの彼女の延命よ、

畑違いなのは承知の上で、システム面の完璧な運用、

そして医療スタッフのケアを、交代でみんなにお願いしたいの。

各人の奮闘を期待します、この戦い、絶対に勝利しましょう!』

 

 陽乃の演説はそこで終了し、しばしの静寂の後、ソレイユの敷地が揺れた。

文字通り揺れたのである。ソレイユの近くを歩いていた通行人は、さぞ驚いた事であろう。

 

「うおおおおおお!」

「次期社長の大切な人を死なせてたまるかよ!」

「ソレイユ魂を見せてやれ!」

「必要最低限の準備だけでいい、みんな、急げ!」

「悪い、今日の約束はキャンセルさせてくれ、理由?

うちの次期社長の大切な人がピンチなんだよ!」

「何人かは会社に残って可能な限り前倒しで仕事を片付けるぞ!居残り組の選抜を急げ!」

 

 舞衣もこの事態を受け、自分も動かなくてはとかおりの方を見た。

だが何故かかおりは動かない。

 

「かおり?どうしたの?」

「あ、ご、ごめん、今社長が言ってた双子って、もしかして私の知ってる子達かなって……」

「あ~………」

 

 舞衣は、そういえばかおりはソレイアルとしてあの子達と接していたなと思いつつ、

正直にその事をかおりに告げた。

 

「うんそう、八幡さんが家族だと思っている双子って言ったらあの二人の事だよ」

「や、やっぱり!どうしよう、私、行かなくちゃ!」

「だから今から行くのよ、かおり、準備準備!」

「そ、そうだった!急がなきゃ!」

 

 丁度そこに、遠くから二人を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「舞衣さん、かおりさん!」

「あ、理央!理央も今のアナウンスは聞こえたわよね、早く準備準備!」

「ごめんなさい、オペレーションD8については前に教えてもらいましたけど、

いざ発動された時にどう動けば……」

 

 その理央の言葉で、二人は理央がまだ正式に入社しておらず、

オペレーションD8の説明を詳しく受けていない事に気が付いた。

 

「あ~そっか、前に聞かれた時は簡単にしか教えてなかったよね、

オッケー、私が説明するね、舞衣、先に行ってて!」

「それじゃあ後は任せたよかおり!」

「うん、任せて!」

 

 そしてかおりに説明を受けた理央は、驚いた顔であんぐりと口を開けた。

 

「なるほど、就業時間とか関係なく全社が一丸となって動くんですね」

「うん、まあそうかな。理央はまだ正式な社員じゃないから不参加でもいいと思うけど」

「いえ、もちろん参加します。それにしても凄い盛り上がり……」

「今回で二度目なんだけど、前回もこんな感じだったよ」

「あ、説明に書いてありましたね、殺人犯を捕まえたとか」

 

 理央はその事にあまり実感が沸いていなかったようだが、

今回の件で、それくらいは可能なんだろうなとソレイユの底力に感動した。

 

「実際前回の時ってどんな感じだったんですか?」

「うん、前の時はみんなでローラー作戦って奴をやったんだよね」

「ローラー作戦ですか……」

「うん、まあSAO絡みの案件でね、八幡と詩乃の命もちょっと危なかったみたい」

「詩乃も関わってるんですか!?」

「そうだよ?今度詩乃に話を聞いてみれば?」

「そ、そうしてみます」

 

 さすがの理央も、親友の命が危なかったと聞いては平静ではいられなかったようだ。

 

「で、私はどうすればいいですか?」

「う~ん、理央はレスキネン部長の指示を仰いだ方がいいかもね、

立ち位置的には結構特殊だし?」

「分かりました!」

 

 そして理央はレスキネンに電話を掛け、かおりの方に振り返った。

 

「私はかおりさんと一緒に眠りの森に行っていいそうです」

「オッケー、それじゃあ泊まりの可能性もあるし、

最低限の着替えとか色々準備して、十分後にまたここで待ち合わせしよっか」

「はい、分かりました!」

 

 そして理央とかおりはそれぞれ準備をし、十分後に同じ場所で合流した。

 

「それじゃ行こう!」

「はい!」

 

 そして二人は寮から出て、会社の正門前へと移動した。

 

「うわ、凄い人……」

「あっ、あんな所に社長が」

 

 見ると何台も停まっているバスの前で、

陽乃がバスに乗り込もうとする全員に声を掛け、敬礼をしていた。

 

「社長自ら激励ですか」

「うん、だからみんな、社長と八幡に絶大な忠誠を誓ってるんだよね、まあ私もなんだけど」

「確かにちょっと胸が熱くなりますね」

「周りの人達はびっくりだろうけどね」

 

 そう言ってかおりは正門の方を見た。そこには凄まじい数の野次馬が集まっており、

やんややんやと出発する社員を応援していた。

 

「盛り上がってんな~、ソレイユ」

「前にも確かこんな事があったわよね」

「お前ら人助けだって?頑張れよ!」

 

 どうやら野次馬達にはそんな感じのアバウトな説明が成されたようだ。

 

「ソレイユって凄い……」

「もう理央もその一員みたいなものじゃない」

「うん、かおりさん、私、もっと頑張る!」

「うんうん、頑張りなさい!」

 

 かおりは先輩風を吹かせつつ、理央と共にバスに乗り込む列に並んだ。

そして陽乃の前に来た時、陽乃がかおりにこう言った。

 

「あ、かおりちゃんはバスに乗らなくていいわよ」

「えっ?私、居残り組ですか?」

「ううん、さっき八幡君から電話があってね、

かおりちゃんは明日奈ちゃんと一緒に動いてくれだって。

もうすぐ明日奈ちゃんがキットに乗って到着するから、

かおりちゃんはそっちで移動して頂戴」

「なるほど、分かりました!」

「あ、あの、社長」

 

 その時理央が陽乃にそう声を掛けた。

 

「ん、なぁに?」

「さっき社長が話してた双子って、もしかして藍子ちゃんと木綿季ちゃんの事ですか?」

「あら、理央ちゃんは二人の事、知ってるの?」

「はい、前に八幡に、眠りの森に連れてってもらったので」

「ああ、なるほどなるほど、そういう事……

それじゃあ理央ちゃんもかおりちゃんと一緒に移動すればいいわ」

「いいんですか?」

「うん、多分八幡君は、ラン………藍子ちゃんを元気付ける為に、

知り合いを動員したんだと思うから、理央ちゃんもそっちに回ればいいんじゃないかな?」

「分かりました、ありがとうございます!」

「ううん、適材適所って奴だからね」

 

 そして陽乃は表情を改め、二人に向かって敬礼した。

 

「それでは二人の健闘を祈ります!

藍子ちゃんは実は私の弟子でもあるから、くれぐれもあの子の事をお願いね」

「「はい!」」

 

 二人も陽乃に敬礼を返し、そしてしばらくして明日奈が到着し、

二人はそのままキットに乗り込んだ。

 

「かおり、それに理央ちゃんもこっちなんだ、さあ、乗って乗って!」

「お、お邪魔します」

「うわ、明日奈がキットの運転席にいるのって何かウケる」

「座ってるだけで何もしてないけどね」

 

 そして道中でかおりと理央は、先ほどまでの出来事を明日奈に説明した。

 

「理央ちゃんもランとユウキと知り合いだったんだね」

「うん、みんなと面識があるよ」

「こっちはまあ、そんな感じかな」

「なるほど、二度目のオペレーションD8が発動されたんだね。

ソレイユに着いたらバスが沢山停まってたから何かと思ったよ」

「そういえば明日奈は前の時はいなかったんだっけ?」

「いなかったっていうか、GGOの中にいたんだよね、

だから後で話は聞いたんだけど、オペレーションD8ってのがどんな感じなのか、

いまいち想像出来なかったの」

「そうだったんだ、それじゃあ眠りの森に着いたらもっと驚くと思うよ。

何たってうちの社員のほとんど全員が集合してるはずだから」

「そ、それは想像も出来ないや……」

 

 そして眠りの森が近付いてくるに連れ、明日奈の目にとんでもない物が見えてきた。

それは見渡す限りの人、人、人であった。

 

「ちょっ……」

「何これ凄い……」

「ほら、だから言ったでしょ?」

 

 さすがの明日奈もその光景には絶句する事しか出来なかった。


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