ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第853話 アイの時間

 明日奈、かおり、理央、それにユウキとノリ、シウネーの六人は、

『眠らない森』に移動した後、そこからアイとユウの家に移動した。

六人の会話は弾み、場は大いに盛り上がっていた。

一方その頃ランは、三十五層を経由してスリーピング・ガーデンに戻り、

予想通り誰もいない事を確認した後、ALOからログアウトし、眠らない森に到着していた。

 

「ただいま~?」

「おっ、ラン、お帰り」

「経子さんに聞いたらもうログインしたって聞いてたからさ、

やっぱりボス部屋から三十五層まで歩いてたの?」

「うん、まあそんな感じというか、それしか選択肢が無かったのよね」

 

 そんなランを出迎えたのは、今まさに自宅に戻ろうとしていた男子組であった。

 

「………体の方は大丈夫?」

「ああ、うん、まあお察しの通りよ」

「そっか……」

 

 ランの病気についてよく知る三人は、それ以上何も言わなかった。

スリーピング・ナイツの中では基本、湿っぽい事を言うのはご法度なのだ。

 

「でもまあきっと兄貴が何とかしてくれるよ」

「あんまり他力本願なのは良くないのかもだけど、俺達にはどうする事も出来ないしなぁ」

「そうね、まあ過度の期待をしてはいけないと思うけど、今は八幡を信じるしかないわね。

で、他の三人はどこ?今眠りの森に明日奈達が来ているから、

モニター越しにでも話せればって思ってこっちに来たんだけど」

「ああ、それなら……」

 

 ジュンに事情を聞いたランは、慌てて自宅への扉を潜った。

そして久しぶりの自宅に郷愁を感じる余裕もなく、

窓から部屋の中を覗いたランは、楽しそうにお喋りをする六人の姿を見付け、

やや落ち込んだ気分になった。

 

「うぅ……私がいないのにあんなに楽しそうに……

きっと私なんていらない子なんだわ……」

 

 どうやらランは自分の病気について、さほど気にしてはいないように振舞っていたものの、

実際はやはり落ち込んでいたらしく、ネガティブな気分になるのを抑えられなかったようだ。

そしてランは踵を返し、今日は眠らない森かスリーピング・ガーデンで一人で寝ようと、

とぼとぼと自宅を後にしようとした。その瞬間にドアが開き、中から六人が飛び出してきた。

 

「もう、ラン、何で中に入ってこないの?」

「ラン、お帰り!」

「時間がかかってたみたいだから、私達からこっちに来ちゃったよ」

「今日は寝ないでパジャマパーティーだって、超ウケるよね!」

 

 その言葉通り、よく見ると全員がかわいいパジャマ姿になっており、

そんな事にすら気付かなかった事を理解したランは、

改めて自分がまったく余裕が無い精神状態だった事を理解し、少しへこんだ。

 

「わ、私がここにいるって事、気付いてたの?」

「当たり前じゃない、ハチマンが来たらすぐ分かるようにって、

外からここに人が来たら、室内にいてもすぐ分かるように調整したのはランでしょ?」

「そ、そうだったわね、久しぶりすぎてすっかり忘れていたわ」

 

 そう言いながらランは、目から涙をこぼしていた。

 

「わっ、ラン、何で泣いてるの?」

「うぅ、だってみんな楽しそうだったから、私の事なんかどうでもいいのかなって………

でもそんな事無かったって思って安心したらつい……」

 

 それはとても珍しい、ランの弱気な姿であった。

ランは年の割にはしっかりしている方だが、

やはり年相応に感受性も強いという事なのだろう。

 

「そんな事あるわけないでしょ」

「そもそも私達はランが遅いからこっちに来たのに、無視なんかするはずないじゃん!」

「ほら、中に入って入って」

「う、うん」

 

 ランは明日奈に促されてそのまま中に入った。

そこは本当に久しぶりの我が家であり、ランは少し感動しながらこう言った。

 

「た、ただいま」

「「「「「「お帰りなさい」」」」」」

 

 六人の言葉は見事にハモり、ランがそれで再び泣く事になったのはご愛嬌である。

それはとても愛に溢れる優しい風景であった。

 

「それじゃあ気を取り直して、私を囲むパジャマ女子の会を始めましょうか!」

 

 ランは涙を拭き、自分の顔をパンと叩いてそう宣言した。

そしてとてもいい笑顔で全員の顔を見ながらこう付け加えた。

 

「みんな、いい?今日は揉んで揉んで揉みまくるわよ!」

 

 その瞬間に、明日奈とかおりと理央が固まった。

ユウキにノリ、そしてシウネーは慣れているのか特に反応を示さない。

 

「えっと、冗談だよね?」

「場を盛り上げる為………みたいな?」

「いやいや二人とも、認識甘くない?だってあのランだよ?」

 

 明日奈とかおりが恐る恐るそう言ったが、理央は真っ向からそれを否定した。

その言葉通り、ランは突如として服を脱ぎはじめ、いきなり全裸になった。

ここはゲーム内ではなくアルゴ作の居住空間なので、そういった事が可能なのだ。

 

「な、ななな何で脱いだの!?」

「えっ?何って私がパジャマに着替えるだけよ?」

「別に全裸になる必要は無いじゃない!」

「私はここではいつも、全裸にパジャマだけど」

「いやいや、誰か男が来たらどうするの?」

「ここに男はハチマンしか入れないわよ、

そもそもハチマンだったら別に見られてもよくない?」

 

 ランのその言葉にかおりと理央は思わず明日奈の方を見た。

だが明日奈は笑顔を崩さなかった為、

その内心でどんな葛藤が繰り広げられているのかは分からない。

 

「まあ別にいいんじゃないかな、ほらラン、早く着替えちゃいなよ」

 

 だが直後に明日奈がそう言った為、二人はホッと胸を撫で下ろした。

どうやら明日奈は今日はランの好きにさせるらしい。そう推測しつつも二人は、

自分達まで便乗して羽目を外しすぎないようにしようとアイコンタクトで合図し合った。

そしてランももそもそとパジャマに着替え、パジャマパーティーが再開される事となった。

 

「それじゃあまず、ここのテーブルとソファーを全部片付けましょう、

そして一面に沢山布団を敷き詰めるのよ!」

 

 ランのその提案はすぐに実行され、七人は全員思い思いにごろごろする事となった。

そこからはハチマンに関する思い出だとか、

学校でのハチマンがどうだとか、ALOでのハチマンがどうだとか、

飽きもせず延々とハチマントークが繰り広げられる事となった。

 

「ふう、やっぱりハチマンネタは盛り上がるわね」

「まあそれが通じるのはここでだけだけどね」

「ボクも沢山ハチマンの話が聞けて、楽しかったなぁ」

「それじゃあそろそろお待ちかねの………」

 

 そう言ってランが一同の胸の辺りをぐるりと見回した為、

一同はスッと後ろに下がり、ランから距離をとった。

唯一それに気付かなかったのは理央である。

理央はその時たまたまコロンと後ろに寝そべった為、ランの動きに気付いていなかった。

ランから見ればその姿はさぞ美味しそうに見えた事であろう。

無防備な姿で仰向けに寝転がる理央は、

ランという狼にとっては目の前にぶら下げられたウサギのようなものであった。

当然一同は、そんな理央に気の毒そうな視線を向けた。

 

「理央ちゅわぁん、いっただっきまっす!」

 

 相変わらず昭和なランは、某世界的大泥棒のようなセリフを吐きながら宙を舞い、

マウントを取る形で理央の上に着地した。

 

「きゃっ!な、何?」

「うふふふふ、うふふふふふふ」

 

 慌てて体を起こそうとした理央であったが、それは当然不可能であった。

見ると目の前には手をわきわきさせるランの姿があり、

他の者達が遠くから自分に同情するような視線を向けているのに気が付いた理央は、

自らの失策を悟りつつも駄目元で助けを求めた。

 

「だ、誰か助け………」

 

 その瞬間に全員がゴメンというようなジェスチャーをし、

そのまま五人はハチマントークを再開した。

 

「は、薄情者!!」

「ふっ、そんな誘うような格好をしていた理央が悪いのよ、

さすがはエロの伝道師だと感心すらしたわ」

「ちっ、違っ、そんな意図はしていないし、私はそもそもエロくなんかないから!」

「さて、それはどうかしらね」

 

 そう言ってランは理央の胸を鷲掴みにし、そのまま揉み始めた。

 

「っ、ちょ、駄目、駄目だってば!」

 

 だがランが手を止めてくれるはずもなく、しばらくそうされていた理央は、

解放された後に頬を赤く染めながらこう呟いた。

 

「うぅ……これはもう八幡にお嫁にもらってもらうしか……」

「「「「「「何でそうなる」」」」」」

「いや、この流れなら言えるかなって思って……」

 

 どうやら理央は意外とタフなようである。

 

「しかしハチマンと言えばさ、アメリカからここにはログイン出来ないのかしらね?」

「ん?出来るはずだよ」

 

 そう普通に答えたのは理央であった、なんとも立ち直りが早い。

昔の理央なら考えられないその姿を咲太辺りが見たら、

ソレイユで鍛えられているんだなと微妙にズレた感想を述べたかもしれない。

 

「えっ、そうなの?」

「うん、別にリアルの距離とかほとんど関係ないし」

「それじゃあ試しにメールしてみよっか?」

 

 そう言い出したのは明日奈であった。さすがに明日奈がいる場面で、

自分が呼ぶと言えるような勇気のある者はこの場にはいないので、それも当然である。

 

「えっ、いいの?」

「うん、もちろん」

「やった、正妻様のお墨付きだわ!」

「ハ、ハチマン君にエッチな事はしちゃ駄目だからね!」

 

 明日奈はそう言いながらコンソールを開いた。

 

「あ、ここでのコンソールってALOと同じ仕様なんだね」

「そう言えばそうだったかしらね」

 

 その明日奈の言葉を受け、ランも同じようにコンソールを開いた。

 

「………えっ?」

「どうしたの?何かおかしな事でもあった?」

「う、うん、あれ、え、待って待って、嘘、どうして?」

 

 そう戸惑うランのコンソールには、

アクティブなスリーピング・ナイツのメンバーのリストが表示されており、

当たり前だがずっと黒い表示のままだったメリダとクロービスの名前が、

アクティブ扱いで白く表示されていたのであった。




すみません、今日休日出勤になってしまい、書き溜めが不可能になってしまったので、
今週のどこかでお休みさせてしまう事になるかもしれません!

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