ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第861話 ゼクシードは真実を知る

「ここがソレイユか………」

 

 ゼクシードこと茂村保は、タクシーを利用してソレイユ本社前に到着していた。

ソレイユ本社の場所を調べる手間も惜しみ、感情のままタクシーに飛び乗った為、

思ったよりも長い距離を利用する事になってしまい、その分料金も嵩んだが、

仮にもGGOのトッププレイヤーであるゼクシードには、余裕で許容出来る金額であった。

そしてゼクシードは生まれて初めてソレイユの門をくぐり、受付へと向かった。

 

「思ったより人が少ないな………もっと人が沢山いるってイメージだったんだけどな」

 

 中に入るとそこは閑散としており、保はそんな感想を抱いたが、

当然それは、眠りの森に多くの社員が動員されていた為である。

そして保は受付をチラッと見てそこに誰もいない事を確認し、

更にそこに近付こうとする者も誰もいないのを確認してからそちらに一歩足を踏み出した。

受付の女性と話している最中に他の人に後ろに立たれると、

何となく気後れしてしまうだろうと思ったからである。

普通に人と会話するだけなら保はまったく平気なのだが、

やはりこういう場だと、そういった場面とは勝手が違うのであろう。

 

「いらっしゃいませ、ソレイユへようこそ!」

 

 受付にいたのはウルシエルこと漆原えるであった。

えるは保がもじもじしているのを見て、先に話しかける事にしたらしい。

この気の遣い方はさすがである。

 

「あっ、す、すみません、え~と、茂村保と申しますが、

雪ノ下雪乃さんに、こちらに来るようにと言われたのですが」

 

 保はそう、落ちる間際にニャンゴローに言われた通りの事をえるに伝えた。

 

「あっ、次期社長のお友達の!話は承っております、すぐに雪ノ下をここに呼びますね」

「友達………僕が八幡の友達………?あっ、はい、友達です、お願いします」

 

 保は一瞬衝撃を受け、おかしな受け答えをしたが、えるは笑顔を崩さない。

 

「それではそちらのソファーにお掛けになってお待ち下さいね」

 

 えるにそう進められ、保はえるに会釈をしてそのソファーに座った。

 

「友達、友達か………」

 

 そう呟く保の顔は若干ニヤついていた。

他人から八幡の友達認定をされたのがとても嬉しかったのだと思われる。

それから少しして、奥から複数の女性の声がし、保は何げなくそちらの方を見て息を呑んだ。

 

「う……受付さんも美人だと思ったけど、ソレイユには何故こんなに美人が多いんだ……」

 

 保は自分でも気付かないままにそう声に出し、それに対して受付からこんな返事があった。

 

「あちらは全てお知り合いのはずですよ、茂村さん」

 

 その『受付さん』は保に向けてそう言い、保の心臓は跳ね上がった。

 

「あ、あ………す、すみません!失礼な事を言ってしまって……」

「褒められたのに失礼だなんて思ってませんよ」

 

 えるがそう言って微笑んだ為、保は思わず赤面し、

雪乃達が向こうからこちらに向かっている事など頭から飛んでしまった。

 

「いや、あ、あの、とにかくすみません!」

 

 保はそう言って立ち上がろうとしたが、

その弾みに足をもつれさせ、その場に転倒してしまった。

 

「痛ってぇ……」

「大丈夫ですか?」

 

 気が付くと目の前にえるの整った顔があり、保は思わずその顔に見蕩れてしまった。

この後ゼクシードはソレイユを訪れる度、偶然えるがその受付を担当する事になり、

二人はいつしか付き合い始める事になるのだが、それはまだ先のお話である。

 

「茂村さん、大丈夫?」

 

 その時前方から別の女性のそんな声が掛けられた。

見上げるとそこにはえるとは毛色の違う黒髪の美人が心配そうに保を見下ろしており、

おそらくそれが雪ノ下雪乃なのだろうと保は推測した。

 

「す、すみません、お恥ずかしいところを」

 

 そう言って保は立ち上がり、おずおずとこう口に出した。

 

「ええと、雪ノ下雪乃さん………でいいのかな?」

「ええ、私がユキノよ、ゼクシードさん」

 

 ユキノは保の事をそう呼び、それで保の緊張は一気に解れた。

そちらの呼ばれ方の方が慣れていて楽だったからである。

 

「初めまして、ユキノ」

「はい、初めまして」

 

 二人はそう挨拶を交わし、ゼクシードは冗談めかしてこう言った。

 

「それにしても、やっぱりユキノの時とニャンゴローの時じゃ、

ユキノの時の方が素に近いんだね」

「当たり前よ、あんな女性が実在する訳ないでしょう」

 

 ユキノは笑いながらそう言い、釣られてゼクシードも笑った。

 

「で、こちらの方々は……」

 

 ゼクシードは後ろでニコニコしている三人の女性に会釈をしながらユキノにそう尋ねた。

 

「こちらは私の姉よ」

「ソレイユで~っす、ゼクシード君、初めまして!」

「あっ、ソレイユさんでしたか、

ああ、そういえば二人は姉妹だと聞いた事があったかもしれません」

 

 ソレイユにだけは、その発するオーラから、つい敬語になってしまうゼクシードであった。

 

「うん、私達、とても仲がいい美人姉妹で恋のライバルなの」

「ははっ」

 

 ゼクシードはその言葉に愛想笑いをするしかなかった。

内心では、どう返事せいっちゅうねん等と考えている。

 

「そして私はユイユイだよ、ゼクシード君、初めまして!」

「あーしはユミーだよ、宜しくね」

「ああ~!言われてみると雰囲気があるね」

 

 ゼクシードは極力相手の胸に視線を走らせないように気を付けながらそう言った。

さすがに身内と呼べる女性達に、後で悪く言われるのは勘弁して欲しいと思ったからである。

 

「今日はいつも一緒にいるイロハはいないのかい?」

「ああ、イロハちゃんは私達より一つ年下だからね」

「あーし達、春からここで働き始めるんだけど、今日たまたまここに居合わせて、

ゼクシード君が来るっていうから挨拶しておこうかなってね」

「そうだったんだ、それはそれはわざわざありがとう」

 

 ゼクシードはそんな相手の気遣いを素直に嬉しいと感じた。

以前のゼクシードは孤高を気取っており、他人とリアルで繋がりを持つ事を忌避していたが、

今はそういうのもまあ悪くないなと思い始めていたのである。

 

「さて、それじゃあユキノちゃん、ゼクシード君をお願いね」

「ええ、早速行くとしましょうか。詳しい話は車の中でね」

「ああ、お願いするよ」

 

 そして別れ際にユミーはゼクシードにこう言った。

 

「ね、ねぇ、ゼクシード君、これからも八幡と友達でいてやってね、

あいつ、リアルでの男友達が少ないから、さ」

 

 そうユミーが頬を赤らめつつ目を逸らしながら言う姿を見て、

ゼクシードは当然だという風に胸を張った。

 

「正直さ、あいつと仲良くなったキッカケが思い出せないんだけど、

今じゃもうかけがえのない友達だと思ってるから、これからも必ずそうすると約束するよ」

「ん、ありがと」

 

 三人はそのまま立ち去っていき、ユキノが歩き出そうとしたその瞬間に、

ゼクシードはユキノを呼び止めた。

 

「あっ、ごめん、ちょっとだけ待っててもらっていいかな?」

「え?ええ、大丈夫よ」

 

 そしてゼクシードは受付に向かって走っていき、えるの前に立った。

 

「あれ、茂村さん、どうかされましたか?」

「いえ、あの、さっき僕が転んでしまった時はご迷惑をおかけしました、

それに今日は色々とどうもありがとうございました」

「いえいえ、茂村さん、またいらして下さいね」

「はい、機会があれば」

 

 えるはそう微笑み、ゼクシードはペコリと頭を下げ、ユキノの方へ歩き去った。

 

「ごめん、お待たせ」

「ゼクシードさん、あなたって意外と律儀なのね、

とても昔、シャナ達といがみ合っていた人と同一人物だとは思えないわ」

「それを言わないでくれって」

「ふふっ、それじゃあ行きましょうか」

 

 二人はそのままキットの所に向かい、ゼクシードがキットに驚くというお約束を経た後、

眠りの森への移動が開始された。

 

「今から向かう眠りの森というのはどういう場所なんだい?」

「終末医療施設よ」

「週末?土日限定みたいな?」

「ああ、いえ、そちらの文字ではなくて……」

 

 ユキノはそう言ってゼクシードの方を見たが、その顔がとても厳しいものだったので、

ゼクシードが本来の意味を知りながらもわざと冗談でそう言った事に気が付いた。

おそらく終末という言葉を口に出したくはなかったのだろう、

ゼクシードは口元を引き締め、苦しそうな声でこう呟いた。

 

「アイとユウはそこにいるんだね」

「………ええ」

「彼女達はずっとそこにいるのかい?」

「ええ、その通りよ」

「という事はつまり、僕もそこにいた?」

「そうね、何から話せばいいかしらね」

「最初からで頼むよ」

「………分かったわ」

 

 そしてユキノは事の顛末、その全てをゼクシードに語って聞かせる事にした。

 

「事の顛末は、『死銃事件』であなたがそのターゲットにされた事よ」

「………やっぱりそういう事だったんだね」

 

 ゼクシードが知る事実は、誰かが家に侵入して薬物を自分に注射し、

そのせいで自分が昏睡状態に陥ったという事だけであった。

犯人については八幡がゼクシードとシュピーゲルの関係に気を遣ったせいで、

まだ逃亡中だとしか知らされておらず、家の鍵を強固なものに付け替える処置が成され、

それ以降、ゼクシードは色々あった事もあり、いつしかその事を忘れていったのである。

だが薄々そうじゃないかと思ってはいたのだろう、

ゼクシードはとても苦い顔をしながらユキノにそう言った。

 

「という事はつまり、僕を襲った犯人は………シュピーゲルだったんだね」

「ええ、その通りよ」

「そうか、シュピーゲルが……」

「あなたと彼の関係は知ってるわ、気を落とさないでね」

「いや、多分これは僕の自業自得なんだよ、

あの時の僕は確かにAGIタイプのプレイヤーにひどい事を言っていた、

実際僕の言葉を信じてAGIを上げてしまったプレイヤーも多くいる事だろうし、

シュピーゲルに恨まれるのも当たり前さ」

 

 その言葉はゼクシードの口からスラスラと流れ出した。

おそらくゼクシードは以前からその事を仮定し、考えてもいたのだろう。

そうでなければシュピーゲルが自分を襲う事になった理由を、

こんなに正確に一瞬で予想出来るはずはない。

 

「でもそれは間違いだった、闇風君がそれを証明したわ、そうでしょう?」

「ああ、AGIタイプもSTRタイプも関係ない、要は本人の努力次第だったんだよね」

「そういう事よ、だから悪いのは心が弱かったシュピーゲル君であって、

絶対にあなたではないわ」

「それでも俺は、いつかシュピーゲルに謝りたい」

「………そんな機会がくればいいわね」

「面会に行くって手もあるんだろうけど……」

「それはさすがに時期尚早ね」

「………そうだね、もう少し落ち着いてからの方がいいね」

 

 ユキノはそう言い、ゼクシードはその言葉に頷いた。

 

「で、話を続けると、貴方は親戚の手によって知り合いの病院に運び込まれたの。

でも体面を気にしたのか、その事は表には出てこなかった。

そんな貴方を八幡君が強引に別の場所に移動させ、高度な治療が受けられるようにした。

その施設がこれから行く眠りの森、あそこにはメディキュボイドがあるのよ」

「メディキュボイド……そうか、だから僕は治療中も意識を保ったまま……」

 

 ゼクシードのおぼろげな記憶だと、確かVR空間にある家で、

シャナとユッコとハルカに会って、そこで暮らすようになって………

 

「そして僕はシャナ達から治療を施すと聞かされ、そのままVR空間で過ごした。

あれはやっぱり現実にあった出来事だった、そういう事だよね?」

「ええ、その通りよ」

「でもどうしてシャナが僕なんかの事を……」

「単純にあなたがいなくなるのが嫌だったんでしょうね、

ほら、人生にはやっぱりスパイスが必要だと思うもの」

「僕はスパイスか」

「あの頃はいいライバルをしていたじゃない、そして今は頼れる仲間」

「そうだね、少年マンガの王道を地でいってる感じだね」

「まあ他にも色々と因縁はあったのだけれど、それは今回は置いておきましょう」

「そして僕は、あの二人に紹介されたと」

「そういう事ね、そろそろ着くわよ」

 

 そのユキノの言葉にゼクシードは顔を上げた。

そこにはあまり病院に見えない落ち着いた建物があり、

ゼクシードはその建物を感慨深く見つめた。

 

「ここが僕が居た施設、そしてあの二人が今もいる施設」

「ええそうよ、ゼクシード君、眠りの森へようこそ」

 

 こうしてゼクシードは、再び眠りの森へと足を踏み入れた。




ちょっと長くなりすぎたので二つに分けました、待望の再会は明日となります!
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