ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第862話 未来についての話をしよう

 眠りの森は、医療施設にしてはとても慌しい雰囲気に感じられ、

ゼクシードはストレートにその事を感想として口に出した。

 

「ここは随分人が多いんだね」

「いつもはそうじゃないのよ、ただ今はソレイユ社で、『オペレーションD8』

という危機管理プログラムが発動されていて、そのせいで社員の多くがここに動員されて、

必死に彼女達の命を繋ぎとめようと努力しているのよ。

今はまだ二人の症状は落ち着いているのだけれど、

次に何かが起こったら、ここは今以上の戦場になると思うわ」

「戦場か………」

 

 ゼクシードはその言葉に危機感を覚え、同時に身が引き締まるのを感じた。

 

「なら………絶対に勝たないとね」

「ええ」

 

 そんな二人を見つけたのか、向こうから三人のこれまた美女が、二人の方に歩いてきた。

かわいいとしか言いようのない正統派アイドルのような美女と、

活発に見え、人懐っこそうな美女、そして何となく放っておけないタイプの眼鏡美女である。

そして中央の正統派アイドルが、雪乃に声を掛けてきた。

 

「雪乃、到着したんだ!そちらが茂村君?」

「ええ、ゼクシード君よ」

 

 雪乃がそう言い直したのに合わせ、空気の読める明日奈は即座に呼び方を変えた。

 

「そっか、ゼクシード君、今日は来てくれて本当にありがとう」

「あ、ああ、えっと……」

 

 相手が誰なのか分からないゼクシードは口ごもったが、

それを見た明日奈は即座に自分の失敗を悟ったのか、すぐに自己紹介をした。

 

「ごめんね、つい気がはやっちゃって。私は明日奈、結城明日奈だよ、

初めまして、ゼクシード君」

「あっ、ああ、アスナだったのか、こちらこそ初めまして」

 

 ゼクシードはそう言って明日奈に手を差し出した。

昔はピトフーイ絡みでフルボッコにされた事もあり、苦手意識もあったものだが、

最近ではそんな意識はまったく感じなくなっていた。

そして二人が握手をした後、残りの二人も自己紹介を始めた。

 

「私は完全に初めましてだね、ソレイユの受付をしています、折本かおりです、宜しくね」

「こちらこそ宜しくお願いします」

「えっと、わ、私は双葉理央、リオンだよ、宜しくね、ゼクシード君」

「ああ、ロジカルウィッチ!」

「う………いざリアルでそう呼ばれると、恥ずかしいね」

「それじゃあ明日奈、私はめぐり先輩に用事があるから後は任せるわね」

「うん、任されました」

 

 そう言って雪乃は去っていき、明日奈はゼクシードを連れ、奥へと進んでいった。

かおりとリオンはその後ろから付いてくる。

その道中では何度もソレイユの社員らしき者達が声を掛けてきた。

 

「明日奈さん、おはようございます」

「おはようございます、今ご出勤ですか?」

「はい、今から朝まで頑張ります!」

「無理はしないで下さいね、今日も宜しくお願いします」

 

 万事がこんな感じであり、ゼクシードは明日奈のその風格漂う姿に舌を巻いた。

中には明日奈の事を奥方様と呼ぶ者もおり、そんな時明日奈は照れながらこう答えていた。

 

「やだなぁ、まだ気が早いですよ」

「あっ、すみません、つい」

「ううん、私も早くそうなれればいいなって思うんですけど、

その前に大学に行かないといけませんしね」

「いっそ学生結婚でいいんじゃないですか?というか今すぐ結婚しちゃってもいいんじゃ」

「正直それも可能だし、うちの親もそう言ってるんですけどね」

「それなら今度次期社長に、プロポーズはいつするんですかって聞いておきます!」

「ふふっ、お願いします」

 

 この会話から、二人がどれほど社員達に慕われているのかがよく分かる。

 

「むしろ明日奈からしちゃえば?プ・ロ・ポ・ー・ズ」

「えっ?か、かおり、からかわないでよ」

 

 その少し後にかおりが明日奈をからかうようにそう言った。

 

「そうそう、ベッドの中でそう言えばイチコロだって」

「ちょっ、理央、おっさん臭い!」

「だって明日奈さんが片付いてくれないと、私も含めて他のみんなも全員片付かないよ?」

「それは確かにそうかもだけど!」

「最終的には一体何人家族になるんだろうね、うん、楽しみだなぁ」

「うぅ……プレッシャーが凄い………」

「私達からのプレッシャーなんか大した事ないでしょ、

年齢的に、社長や秘書室長からのプレッシャーの方が凄いはず」

「た、確かにね……」

 

 その会話を黙って聞いていたゼクシードは、

やっぱり女って怖いと内心でガクブルしていた。

羨ましくないといえば嘘になるが、それでもあれだけの自分に思いを寄せる女性達を、

喧嘩させずに仲良くさせている八幡を、内心では素直に凄いと思いすらした。

 

(でもこういう立場にはなりたくないよなぁ……)

 

 ゼクシードはそう考えつつ、黙って三人と一緒に進んでいった。

 

「さあ、それじゃあゼクシード君、このアミュスフィアを使ってね」

「これを使えばあの二人に会えるのかい?」

「最初にログインするのはゼクシード君が使ってたおうちだよ、

何か困るようだったら室内にマイクがあるから声をかけてね」

「ありがとう、でも多分大丈夫かな、何となく覚えてるし」

「それじゃああの二人と楽しく話してきてね」

「女性との会話はあまり得意じゃないんだけどね」

 

 ゼクシードはそう言いながらアミュスフィアを被った。

 

「リンク・スタート」

 

 その瞬間にゼクシードは妙に見覚えのある場所に立っていた。

 

「ここは………」

 

 そこはそれなりの広さの草原の中に立つ一軒家であった。

ドアは既に開いており、中に入ると何がどこにあるのか手にとるように理解出来る。

 

「やっぱり僕はここにいたんだな」

 

 ゼクシードはそう呟き、外に出て家の裏手に回った。

そこには一枚のドアが何の支えも無しに立っており、呼び鈴のような物が宙に浮いている。

ゼクシードは少し躊躇いながらもそのボタンを押した。

 

『……は~い』

『……どちら様?』

 

 その口調から、二人が若干警戒している事が分かった。

ゼクシードは何と言おうか少し迷った後、緊張しながらこう答えた。

 

「僕だ、ゼクシードだ」

『えっ?ゼクシード師匠?』

『師匠だ!』

『待って、今マスクを探すから!』

『どこにしまったっけかな』

 

 インターホン越しにそんな声が聞こえ、ゼクシードは、

ああ、そういえば二人はずっとマスクを付けてたっけと思いつつ、

辛抱強く二人から声が掛かるのを待った。

 

『ごめん、お待たせ!』

『ドアは開けといたから入っていいよ!』

「あ、ああ、ありがとう」

 

 そしてゼクシードはドアを開け、一歩前へと踏み出した。

そこには二人の少女がおめかしして立っており、その顔にマスクは………つけていなかった。

 

「マスクが見つからなかったから、もうこのままでいいかなって」

「うん、師匠は八幡のマブダチだから、何も心配する事はないだろうしね!」

「ふふっ、私達のあまりのかわいさに驚いた?

でも惚れては駄目よ、私達は二人とも八幡の物なんだから」

「そうそう、バイヤクズミって奴!」

「ははっ、そんな気はまったく無いから大丈夫だよ、でもまあ二人がかわいいのは認める」

 

 その言葉に二人は少し照れたような表情をした。

 

「師匠はボク達の顔を見るのは初めてだよね?」

「ああ、確かにそうだね」

 

 二人はそんなゼクシードを見てクスクス笑った。

 

「師匠、何その話し方」

「昔はもっと乱暴で強気な感じじゃなかった?」

「自分の事、俺とか俺様って呼んでたしね」

「あ、ああ、実はこっちが素なんだよ」

「そうなんだ」

「それにしても初めて見たけど、二人ともやっぱりそっくりなんだね」

「それはまあ双子だしね」

「エロそうなのがアイで、素直そうなのがボクだよ!」

「子供なのがユウで、大人の色気があるのが私よ」

「ごめん、違いがまったく分からないよ、いや、分かるんだけど」

 

 ゼクシードはそう言いながら頭をかき、二人はそんなゼクシードを家へと誘った。

 

「それじゃあ師匠、こっちこっち」

「おもてなしの準備はしておいたわ」

「そ、そうかい、それはありがとう。女性の家に上がりこむのは気が引けるから、

本当はうちに来てもらえれば良かったんだけど、

ほら、僕の家ってば今はもう何も無いからさ」

「ふふっ、そうよね」

「ささ、上がって上がって」

 

 こうしてゼクシードは二人の家のリビングへと通された。

この家に入れてもらった男は八幡以外ではゼクシードが初めてである。

 

「それにしてもいきなりで驚いたわ、

もし再会するとしたらこっちが主導だと思っていたのに、とんだサプライズね」

「八幡の差し金なのかな?」

「ああ、多分そうなんだろうね、今日いきなりあいつにそう言われたんだよ」

「くぅ、八幡め、今度お仕置きね」

「お仕置きされるのはアイの方だと思うけどなぁ」

「それはそれでアリね」

「アリなんだ………」

 

 そんな二人の漫才を見て、ゼクシードは思わず頬を緩めた。

 

「師匠、どうしたの?」

「いや、ハッキリとは覚えていないんだが、前もこんな感じだった気がするって思ってね」

「ああ、確かにそうだったかも」

「二人が実在してたなんて、少し前までは夢にも思わなかったよ」

「ふふっ、どう?驚いた?」

「ああ、二人の名前を聞いた時に、まるで電気が走ったような感覚を覚えたよ」

 

 二人と普通に話しているだけで、ゼクシードの脳裏には、

二人と過ごした思い出の日々が蘇ってきていた。

この二人は今でもこんなに明るく生きている、

だがこの二人は話によると、明日をもしれない命らしい、そんなの理不尽じゃないか!

そう思った瞬間に、ゼクシードの目からは、ぽろぽろと涙がこぼれていた。

 

「し、師匠、どうしたの?」

「どこか痛いの?」

「ああ、そうだね、胸が痛いんだ」

 

 その言葉に二人は顔を見合わせた。

 

「………もしかして、私達の病気の事を聞いたの?」

「ああ、だから八幡は、僕にここに来るように言ったんだと思う」

「ボク達が死ぬ前に、ちゃんとお別れが出来るように?」

「それは絶対に違う」

 

 ゼクシードは泣きながら顔を上げ、キッパリとそう言った。

 

「君達は絶対に死なない、その為に八幡は今も頑張っているはずだ。

君達は知らないかもしれないけど、今外では凄く沢山の人が、君達の為に頑張ってるんだ。

だから安易にそういう事を言うんじゃない、

僕がここに来た理由はそうだな、君達が自由に外を出歩けるようになった後、

一緒にどこに遊びに行くか、その計画を練る為だ」

「………それって今考えたんだよね?師匠」

 

 アイはそんなゼクシードを見ながらクスクスと笑った。

 

「ふふん、今考えたのかどうかは誰にも検証出来ない、

つまり今僕が口に出した事が全てであり絶対の真実だ、

だから二人とも、これから遊びの計画を立てるぞ!」

「「お~!」」

 

 二人はそんなゼクシードに乗せられて、片手を上げながらそう答えた。

 

「よし、それじゃあ早速二人の希望を聞こうか、二人は八幡とどこに行きたい?」

「う~ん、八幡と一緒にメイド喫茶に行って、三人でメイドのコスプレをしてみたいわ」

「それは八幡にも着せるって事でいいのかな?」

「うん、そういう事」

「分かった、八幡の説得は僕に任せろ、フェイリスに頼めば何とかしてくれるはずだ」

「「さすが師匠、頼りになる!」」

 

「海にも一度くらいは行ってみたいよね」

「確かに際どい水着で八幡を悩殺してやりたいわ」

「ふむ、だが今はもう秋だしそれは来年だな、

来年の春あたりにボクが二人に水着を買ってあげよう、

だがさすがに水着選びに付きあうのは僕が恥ずかしいから、

僕が八幡に、二人の水着選びに付きあうようにキッチリと言い聞かせておくとするよ」

「「さすが師匠、頼りになる!」」

 

「そういえば前に八幡が、軽井沢の別荘が云々って言ってたような」

「任せろ、それも夏の方がいいかもだから、僕が予定を立てておくとする」

「ちゃんとした女子会ってのもやってみたいなぁ」

「分かった、明日奈さんに計画を立ててもらうとしよう」

「それにねそれにね」

「ああ、どんどん来い!全部僕が実現してやる!」

 

 二人はその後も、やりたい事をどんどん列挙していき、

ゼクシードは胸をドンと叩いてその実現を約束した。

このままだとゼクシードは破産確実なのだが、今のゼクシードはそんな事は気にしない。

この二人の為なら貯金は全部無くなってもいいし、

足りない分は八幡辺りに頼んでバイトをさせてもらえばいい、

幸い闇風と薄塩たらこにソレイユでのバイトに誘われた事もあるし、

可能な限り頑張って働けば、それくらいの金を溜めるのは不可能ではないはずだ。

それでも足りなかったら八幡に出世払いで借りればいい。

ゼクシードはそう考え、二人の話をずっと聞き続けていた。

その目からはもう涙は流れていない。

今のゼクシードとアイ、ユウは、未来への希望に満ちており、

実際外で二人の体調データを見ている者達も、そのデータの上向きぶりに驚いていた。

 

「ゼクシード君、凄いね……」

「さすが頼りになるね」

 

(こっちはみんなのおかげで何とかなりそうだよ、

だから八幡君、お願い、早く二人を助けてあげて)

 

 それからしばらく話し続けていた三人だったが、最初にユウが大きなあくびをした。

 

「ふわぁ………」

「ユウ、眠いのか?」

「うん、今日は昼間からみんなで素材狩りにいってたんだよね」

「それじゃあそろそろ寝るといい、続きは明日にでもまた話そう、

迷惑じゃなければこれから毎日会いに来るから」

「えっ、いいの?やった!」

「それじゃあ今度は私達が知らない八幡の話でも聞かせてもらおうかしら」

「それじゃあ僕が、知ってる限りのGGOの話でもしてあげようか、

まあその中では僕もかなり格好悪い姿を晒してるけど、

それで二人が喜ぶならそんなのは何の問題もないからね」

「そうなの?ふふっ、それは楽しみね」

「師匠、約束だよ!」

「ああ、約束だ」

 

 ゼクシードは左右の手の小指を出し、二人と指きりをした。

そして二人に別れを告げてログアウトしたゼクシードの手を、

頬を紅潮させた三人娘が固く握ってきた。

 

「凄いよゼクシード君、二人が凄く元気になった!」

「そ、そうなのかい?それなら良かったよ………本当に」

「病は気からって、全てじゃないんだろうけどやっぱり本当なんだね」

「だろうね、僕自身もここに入院してた時に、あの二人にどれほど元気をもらったのか、

正直想像もつかないレベルで助けられてたんだと思う」

「あの二人はいつも元気いっぱいだもんね」

「まあアイのセクハラは勘弁して欲しいけどね」

「ああ~!」

「あるある」

 

 そのゼクシードの冗談に、理央がこうアドバイスをしてきた。

 

「そういう時は『そういうのは八幡にしてくれ』って言えばいいんじゃないかな」

「いいねそれ、今度言ってみるよ」

 

 今の四人は未来への希望に満ちていた。そこに雪乃が戻ってきた。

 

「あら、みんな楽しそうね」

「聞いて雪乃、ゼクシード君が凄かったの、かなり二人の体調が改善したんだよ!」

「あら、それは良かったわ、ゼクシード君、本当にありがとう」

「いや、これは僕の為でもあるからね、僕も二人に恩返しをしたいんだ」

 

 ゼクシードはそう言いつつ、少し言いにくそうに雪乃にこう切り出した。

 

「ところで雪乃、君は闇風君やたらこ君がしているソレイユのアルバイトの事について、

詳しかったりするかい?」

「あら、ゼクシード君はお金を稼ぎたいの?」

「ああ、実はアイとユウを色々な所に連れていく約束をしてしまってね、

何としても実現しないといけないから、ちょっと真面目に稼いでみようと思ってさ」

「それでアルバイト?安易な手段に逃げない所は本当に尊敬するわ」

 

 そう言われたゼクシードは、照れた表情でこう言った。

 

「ありがとう、まあそれで思いついたのがソレイユでのバイトだってのは、

自分としても八幡に頼ってるみたいで複雑なんだけど、

実は前に闇風君とたらこ君にそのバイトに誘われた事があるから、

どうせなら知り合いの所で働ければと思ったんだよ」

「なるほどね、分かったわ、私から話を通しておくから、後日連絡するわね」

「ありがとう、恩にきる」

「ううん、回りまわってそれが八幡君のためにもなる事なのだから、

私としても積極的に協力させてもらうわ」

「すまないけど宜しく頼むよ」

 

 ゼクシードは嬉しそうに頷くと、続けて全員の顔を見ながらこう言った。

 

「あ、あともう一つ頼みがあるんだけど、誰かフェイリスと連絡がとれないかな?」

「フェイリスと?ゼクシード君が?」

「珍しい組み合わせだよね」

「確かにそうね」

「何か用事でもあるの?」

「ああ、実は……」

 

 ゼクシードはそこで、アイとユウが八幡にメイド服を着せようとしている事を話した。

 

「えっ、何それ、凄く見てみたい」

「私からフェイリスさんに、店を予約出来るように打診しておくわ」

「君達、ちょっと前のめりすぎじゃないか?」

「いやいや、そんな大イベントを見逃したら一生後悔するじゃない」

「そ、そういうものなのかい?」

「そうね、そんな感じかな」

「な、なるほど……」

 

 こうして八幡がいない所で色々な計画が進められる事となり、ソレイユからゼクシードに、

ソレイユとゼクシードの家、そして眠りの森、全てに行けるような定期券が支給され、

次の日からゼクシードはアルバイトを始め、その後に眠りの森に寄るという生活を始めた。

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