ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第863話 ゼクシード、初めてのアルバイト

「この度こちらでアルバイトをさせて頂く事になった茂村保です、宜しくお願いします」

 

 久々にソレイユにアルバイトに来た詩乃は、

いきなり知らない男性から、そんな堅苦しい挨拶を受けた。

 

「あ、うん、私は朝田詩乃、宜しくね」

 

 それに対する詩乃の受け答えは淡々としたものであった。

詩乃は身内が相手だとそれなりに社交的な対応が出来るが、

他人が相手だと、まあ常にこんな感じなのである。

 

「茂村君、それじゃあ今から説明しますね」

「ありがとうございます!」

 

 保は女子社員に連れられ、隣のブースへと入っていった。

 

(随分と真面目そうな人ね)

 

 詩乃はそう思いながらもバイトを始め、

一定の成果が出たと判断した為、自主的に休憩に入った。

ここでのバイトは基本、時間内に十五分の休憩さえとれば、

休憩自体はいつでも入っていい事になっている。

ちなみに今は、ソレイユの業績拡大に伴って、

一日のバイト時間が任意で四時間まで延ばせるようになっており、

その場合の休憩時間は十五分追加される。そして詩乃がいる休憩室に、保が入ってきた。

 

「あら、さっきの……」

「あっ、先輩、お疲れ様です」

「茂村さんの方が年上なんだし、そんなに畏まらなくても……」

「いえ、こういうのは大事ですから」

「そ、そう?まあいいけど……」

 

 調子は狂いっぱなしであったが、さりとて保が悪い人だとはどうしても思えず、

詩乃は保から付かず離れずの距離を保つ事にした。

そして数分後、スマホで熱心に何か調べていた保が、

誰かからメッセージでも来たのか、ぼそりとこう呟いた。

 

「ん、ユッコとハルカか、何々、公式に第四回BoBの発表があった、か、

ふ~ん、とりあえず見てみるか……」

 

 その声は聞こえるか聞こえないかの大きさであったが、

詩乃はその声を聞き逃さなかった。

詩乃は驚いて立ち上がり、そんな詩乃に保も驚いたような視線を向けた。

 

「い、いきなりどうしたんですか?先輩」

「あ、あんた今、ユッコとハルカって……」

「ああ、ちょっとしたゲームでの知り合いって奴です、チームメイトですよ」

「チ、チームメイト!?じゃ、じゃああんた、もしかしてゼクシードなの!?」

「へ?」

 

 保はその言葉にキョトンとし、詩乃にこう聞き返した。

 

「そうか、考えてみればここでバイトするって事は………えっと、誰?

その喋り方からすると、ああ、名前、確か詩乃って……それじゃあもしかしてシノン?」

「う、うん、私、シノン」

「そうか、ソレイユでバイトって時点で最初に気付くべきだった、

ここでバイトしてるのって、基本ハチマンの知り合いだけって認識でいいのかな?」

「うん、そんな感じ。いやぁ、驚いたわ、ゼクシードってリアルだとそんな感じなのね」

「そんなに驚く事かい?このくらい普通だろ?」

「ああ、うん、まあそう言われると確かにそうかも」

 

 詩乃は自身がファーストフードでバイトしていた時の事を思い出しながらそう言った。

 

「ゼクシードはお金が必要なの?」

「ああ、もうすぐお金が大量に必要になりそうでね、

女の子二人をエスコートしないといけないんだよ」

 

 そう言われた詩乃は、訳知り顔でこう尋ねてきた。

 

「それってランとユウキの事?」

「知ってたのか?」

「ううん、ただ昨日、あんたが眠りの森に行ったって事だけは知ってたからさ」

「そっか、まあそういう事さ、あの二人の望みを出来るだけ叶えてやりたいんだ」

「もちろん悪い意味じゃないわよね?」

「当然だ。あの二人は八幡のおかげでこの先何十年も生き続けていく、それが運命って奴さ」

「そっか、うん、そうだね、もしお金が足りなかったらカンパするわよ、闇風とたらこが」

「そこはシノンじゃないんだ」

 

 保はその詩乃らしい言葉に思わず噴き出した。

 

「私がカンパするのは最後の手段よ、頑張りなさい、男の子でしょ?」

「言われなくても頑張るさ、僕はあの二人の師匠なんだからね」

 

 そう強い意思を示す保を、詩乃は尊敬の念を持って見つめていた。

 

「ところでシノンはいつもここでバイトを?

自宅でやってもいい事になってるのは知ってるよね?」

「うん、私はこっちでやる方が飲み物も自由だし、色々な人とも会えるから、

時間がある時はこっちでやってる事が多いかな」

「なるほど、僕の場合はここで働いた後、

眠りの森に移動する関係でこっちでやる事にしたって感じかな。

ここの方があそこに近いんだよね。自宅でやっても結局トータル時間は同じなんだけど、

何かあった時にここにいた方が、移動時間が短く済むからって理由もあるかな」

「へぇ、色々考えてるのね」

「出来る事を疎かにして後悔はしたくないんだ」

「そっか、頑張ってね」

 

 詩乃は保にそうエールを送り、二人はそのままバイトへと戻った。

 

 

 

 そしてバイトの時間が終了し、二人はほぼ同じタイミングで、

帰り支度はもう済ませた状態でシャワールームから出てきた。

 

「あら、ゼクシードも今上がり?」

「シノンもか、お疲れ様」

「せっかくだし駅まで一緒に行く?正直この辺りって意外とナンパが多いのよ」

 

 詩乃はそう言ってフラグを立てた。

こういう場合、大体そのフラグは成立してしまうものだ。

 

「そうだね、こんな僕でもまあ、男避けくらいにはなるんじゃないかな」

「その時はお願いね、それじゃあ行きましょっか」

 

 そして二人はソレイユ本社から出ようとして、そこで偶然漆原えると鉢合わせた。

 

「あ、茂村さんも今上がりですか?」

「あ、はい、漆原さんもお疲れ様でした」

「ウルシエルも今上がりなんだ」

「こら詩乃、その名前で呼ばないの!」

「八幡が相手だと許してるじゃない」

「………私がいくら抗議しても八幡さんは聞いてくれないからね」

「ははっ、あいつらしいですね」

「それじゃあせっかくだし、駅まで一緒に行きましょうか」

「うん、行こ行こ、ほらゼクシード、行くわよ」

「へいへい」

 

 こうして三人は連れ立って駅へと向かった。

 

「茂村さんはこの後眠りの森ですか?」

「あ、はい、あの二人と話をして帰るのが日課なんで」

「ふふっ、かおりが凄く褒めてましたよ」

「そう言われると照れますね」

「私も素直にえらいと思う」

「そうかい?ありがとう、シノン」

 

 三人はそんな会話を交わしながら仲良く駅へと歩いていった。

そしてもうすぐ駅が見えるか見えないかという所まで来た時、

シノンの立てたフラグがここで成立した。

 

「そこのかわいいお姉さん達、ちょっといい?」

「二人とも凄い美人だよね、もし良かったら……」

 

 そう言って二人組の若い男が声をかけてきたのである。

 

「いいえ、良くないで~す」

「ごめんなさ~い」

 

 えると詩乃は、そのまま相手をスルーして歩き去ろうとした。

だが今回の相手は引かなかった。

 

「そんなつれなくしないでよ」

 

 そう言いながら、片方の男がえるの腕を掴んだのだ。

おそらくこの辺りでソレイユの者に手を出すと、どういう事になるのか知らないらしい。

 

 曰く、法務部にとことん追い込みをかけられる。

 曰く、直ぐに周辺の店に顔写真が周り、近くの店が何も売ってくれなくなる。

 曰く、近くにある露店の店主達にフルボッコにされる。

 

 他にも色々な都市伝説めいた話が広がっており、

この辺りの治安はソレイユの人間に限ればとてもいい状態なのである。

少し調べればその辺りの逸話はいくらでもネットに転がっているのだが、

この男達はおそらく情報弱者なのだろう、

自分達の置かれている状況がどんな状況なのかをまったく分かっていない。

事実、保が動こうとする前に、既に周りの露店の店主達が、

ギラリと目を光らせて動き始めていた。

そして保がその男に手を伸ばした瞬間に、その男の体が一回転した。

 

「てめえら、いい加減うぜえんだよ!」

 

 その声の主は………何とえるであった。

どういう技術なのか、えるは自分の腕を掴んできた男を投げ飛ばしたようだ。

 

「ここはソレイユの城下町だよ、

ここで私達に手を出すって事がどういう事か分かってんのかい?ああん?」

「い、いいえ、すみません、知らないです」

 

 倒れている男はテンパった口調でそう言い、

もう一人の男もどうしていいのか分からないように見えた。

 

「フン、周りをよく見てみな」

「周り?うおっ」

 

 気が付くと、一同は周りにある露店の店主達に囲まれていた。

 

「何だ、えるちゃんだったのかい」

「男連れだったから気付かなかったわ」

「なら俺達が出るまでもなかったかな」

「うん、まあ大丈夫かな、でもみんな、いつもうちの社員を助けてくれてありがとうね」

「なぁに、ソレイユの人達はみんな凄く丁寧だしな」

「いつも色々買ってもらってるし、気にせんでくれ」

「で、それはそうと、私が男連れだとどうして私だって気付かないのかな?」

 

 そうえるが口に出した瞬間に、店主達は脱兎の如くその場から逃げ出した。

 

「それじゃあえるちゃん、気を付けて帰ってな!」

「その男共をあまりボコらんようにな!」

「あっ、ちょっと!まったくもう、私を何だと思ってんのよ!」

 

 そう言いながらえるは男の手を離し、とても面倒臭そうにこう言った。

 

「はぁ、もういいわ、あんたらさっさとどっかに消えな」

「ひっ!」

「す、すんませんっしたぁ!」

 

 二人はそう言って逃げ出し、えるはため息をつきながら詩乃と保に向き直った。

 

「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね」

「え、いや、ええ~!?ウルシエルってそういうのが素なの?」

「あ、ううん、さっきみたいなのは殴り合いの喧嘩をする時くらいかな、

普通にいつもの喋り方はこんな感じよ」

「な、殴り合い、するんですね………」

「あっ、い、いいえ、ああいうのは月に数回だけ………ですよ?」

「それでも多いわよ!」

「そ、そうかな?」

 

 えるはそう言ってシュンとした。

 

「ごめんなさい、私って昔から男みたいだってよく言われてたの。

弟の方が私よりもよっぽど女らしいのよね」

「それはそれで問題があると思うけど……」

「はぁ、こんなんだからいつまでたっても恋人が出来ないのよね、

まあいいわ、私の恋人は仕事、うん、もう一生独身でも別にいいわ」

 

 えるは諦めたような表情でそう言った。その目からは薄っすらと涙がこぼれている。

 

「そんな事ない、いつかえるさんの事をちゃんと分かって愛してくれる人が現れるよ!」

「どうかな………茂村さんも、今のを見て引いたでしょ?」

「いいえ、そんな事はないです、僕は格好いいなって思いました」

「えっ?」

「でも僕はえるさんを誘えません、僕は見た目も普通ですし、

特にお金持ちって訳でもありませんから、きっとえるさんとは釣り合わないですからね、

むしろ僕と一緒にいたら、えるさんが下に見られちゃうと思うんで」

「そ、そんな事は……」

「まあ今の事はもう忘れましょう、ほら、周りの人達がこっちを見てますよ、

ここはまったく普通の態度でやりすごしましょう、

そして家に帰って美味しい物を食べて、今日はぐっすり寝ちゃいましょう、

それが精神衛生的に一番いいと思いますからね」

「あ、あの………は、はい」

 

 そのえるの返事を聞いて、詩乃の第六感がピン!と反応した。

 

(こ、これはもしかして、脈があるんじゃないかしら)

 

 この日から詩乃は、えるの前でマメに保の話をするようになり、

そのせいもあってえるも保を意識するようになった。

だがこの二人は全く恋愛に慣れておらず、二人の関係が多少なりとも進展したのは、

それから数ヶ月後、えるが勇気を出して保を食事に誘ったのが最初となる。


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