ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第864話 アメリカチームの戦い、そして

 アメリカ組の中で、神崎エルザだけが、自分が成すべき事を見つけられずに悩んでいた。

自慢ではないが、エルザは家事が一切出来ない。それはもう何も出来ない。

ましてや他人のお世話など出来るはずもなく、

この状況では八幡にセクハラをしてムードメーカーになるなどという事も出来ず、

エルザは無力感に包まれ、眠れない夜を過ごしていた。

 

「むぅ……モエモエはみんなの護衛、クルクルはみんなのお世話、

クリスティーナとダル君は中と外を行ったり来たりしながらデータベースを作成中、

ユイちゃんとマリリンはみんなの健康管理、

ママノンは日本と連絡をとりつつ政財界とのパイプを構築してるし、

私だけが何の役にもたってない………」

 

 実際のところ、八幡的にはそれでまったく構わなかった。

何故なら元々エルザはアメリカ行きの随員の予定に入っていなかったからである。

実際八幡も、エルザには好きにしろと言ってくれていたのだが、

エルザはとにかく八幡の役にたちたかったのだ。

もちろん藍子と木綿季の為に何かしてあげたいという気持ちもかなり大きかったのだが、

やはりエルザにとっては八幡が全てなのである。

そして考えあぐねたあげく、エルザは自分に何かやれる事がないか朱乃に相談する事にした。

 

「あ、あの~……」

「あらエルザちゃん、私に何か用事?」

「実はその……私にも何か仕事がもらえないかなって……」

 

 エルザは自分も何か八幡の役にたちたい事、

でもどうしていいのか分からない事などを切々と朱乃に訴えた。

そこにはいつものフリーダムな神崎エルザの面影はまったく無く、

朱乃はストレートにその事をエルザに指摘した。

 

「らしくないわね」

「だ、だって、やっぱりこんな時に、いつもみたいな態度はとれないもん!」

「ああ、そっちの事じゃなくてね、そうね……エルザちゃんは一体何?」

「え?何って?」

「みんなそれぞれ自分に出来る仕事をこなしている、

それじゃあエルザちゃんの仕事って何?」

「それは………シンガー?」

「なら歌えばいいんじゃないかしら、歌は世界を救うんでしょう?

なら女の子二人くらい簡単に救えるんじゃない?」

「あっ!」

 

 エルザはその朱乃の言葉で自分が何者なのか思い出せたようだ。

 

「私は神崎エルザ、私に出来るのは、歌う事だけ!」

 

 エルザは朱乃にお礼を言うと、部屋に戻り、二人の為の曲の製作を開始した。

 

「エルザちゃんは八幡君の事が本当に好きなのねぇ」

 

 朱乃はそんなエルザに微笑ましさを感じつつも、自分の仕事に戻った。

その朱乃もまた、不眠不休に近いペースで働き続けている。

何といっても通常の百倍の速度で、有効かもしれない薬の材料が提示されてくるのだ。

本社にその材料の在庫を照会し、無ければ入手方法を調べさせ、

可能な限り早く入手出来るように手配を進めるその手腕は、

朱乃にとっては畑違いの分野にも関わらず、ここまで何の破綻も見せていなかった。

さすがは雪ノ下家のラスボスと呼ばれるだけの事はある。

 

 だがそんな朱乃でも、輸入に頼らざるを得ない材料に関しては、やや苦労していた。

その助けとなったのが、嘉納大臣に紹介された、厚生労働大臣の柏坂健である。

彼は八幡と同級生の柏坂ひよりの父親であり、

嘉納派の若手のホープとして少し前に入閣した人物である。

彼は嘉納からのその頼みをむしろ前のめりに引き受けた。

公私混同をするような男ではないが、超法規的措置をとったとしても、

今回の件は、その病に苦しむ者達の福音となると信じるが故の行動であった。

だがひよりの件がまったく影響していなかったという事は絶対に無い。

情けは人の為ならず、八幡の今までの行いは、巡り巡って一番助けが欲しい場面で結実した。

 

 その八幡であるが、八幡達の作業は遂に大詰めに達していた。

 

「宗盛さん、見て下さいこのデータ、求めていたのはこれですよね?」

「どれどれ………おおっ、そうそう、これだよこれ、

このルートを突き詰めていけば、絶対に完成までこぎつけられるはずだ」

「ここが最後の正念場ですね、死んでもやり遂げますよ」

「君がもしここで死んだら僕が各方面にフルボッコにされるくらいじゃ済まないから、

出来れば死なないように頼むよ」

「あ、いや、何かすみません………」

 

 それでも場はとても明るかった。待機中だったメンバーも総動員され、

メリダとクロービス、それに宗盛、八幡、紅莉栖、ダルの六人は、

正解のルートに到達する為に、一心不乱に作業を続けていた。

 

「ごめん、ユイちゃんがそろそろ落ちろって」

「そうか、後は任せてくれ」

 

 最初に限界が来たのは、やはり体力的に劣る紅莉栖であった。

脳の性能はこの中で一番なのだが、いかんせん耐久力は、体力頼みな部分があるのだ。

 

「ごめん八幡、そろそろ僕も限界だお」

「おう、アメリカまで引っ張ってきた上に、こんな苦労をさせちまって本当に悪い」

「いいっていいって、僕達友達じゃない」

「………ありがとな、ダル」

 

 次にダウンしたのはダルであった。

この辺り、ユイは中で何があろうと絶対に時間を伸ばしてくれる事はない。

その代わりにその人が耐えられる限界ギリギリに強制ログアウト時間を設置してくれており、

そのおかげで今回の薬品開発が、実に効率良く進んだ事は間違いないのだ。

今回一番褒められるべきは、ユイと茉莉の体調管理組であろう。

 

「こんな事ならもっとダイエットして鍛えておくべきだったお」

「いや、十分だ、外で紅莉栖と一緒にフォローに回ってくれ。

あ、でもせっかくだから、この機会にちょっとは痩せろ」

「そんな殺生な!っと、時間だわごめん、後は宜しくだお」

 

 そしてダルがログアウトし、宗盛もそろそろ危なくなってきた。

一番早くからログインしていた八幡が、一番長く耐えられているのは、

ひとえに二年間のSAO生活で耐性が出来ていた事と、普段から鍛えていたせいである。

その事だけ見ても、八幡の二年間は決して無駄ではなかったのだ。

その二年間があったからこそ、今回の双子を救う事が可能になったのである。

 

「八幡君、僕もそろそろ時間みたいだ、最後まで見届けられなくてすまない」

「いえ、先生がいてくれたからここまで来れたんです、後は俺達に任せて下さい」

「そうですよ、勉強したとはいえ、僕達はやっぱりにわかですから」

「そうね、クロービスは確かにちょっと勉強不足よね」

「くっ………」

 

 確かにそれは事実だった為、クロービスは悔しそうな顔をした。

その感情の豊かさはとてもAIとは思えない。

だがこれはアマデウスというシステムが優秀なのであり、

まったくのゼロからAIが自我を持つに至るには、まだまだ時間がかかる事だろう。

キズメルとユイも、元の人格が茅場晶彦によって設定されていた為、

完全にゼロからとは言えないのだ。

 

「それじゃあ外で朗報を待っているよ」

「はい、ご期待下さい」

 

 こうして八幡だけが残る事になり、クロービスとメリダも作業に戻った。

 

「しかし兄貴はVRへの耐性が高いわよね」

「まあSAOにいた時間が長かったからな」

 

 SAOという言葉を聞いた瞬間に、メリダの手がほんの一瞬だけ止まり、

すぐにまた動き出した。

 

「ねぇ兄貴」

「ん?どうした?」

「……えっとね、私、実は病気になる前に、SAOのベータテスターをやってたんだ」

「そうなのか?」

「メリダ、そうなの!?」

「うん、一番付き合いの長いアイとユウは知ってるんだけど、

他の人には言ってないから、クロービスが知らないのは当然ね」

「そうなのか?でもあいつらからそういう話を聞いた事は無いな」

「うん、口止めしてたからね。私は製品版が出た頃にはもう病気を発症してしまってて、

病院の先生にナーヴギアの使用を禁止されたせいでSAOに囚われる事は無かったけど、

もしかしたら兄貴とは、SAOで知り合ってたかもしれないんだよね」

「メリダが攻略組に参加してたらその可能性は高かっただろうな」

「そしたら私が兄貴の彼女になってた可能性はあるのかな?」

「いや、無いな、俺と明日奈が知り合ったのは、SAOの開始直後だからな」

「そうだったんだ、ちぇっ」

 

 メリダはとても残念そうにそう言った。

 

「実は一度、アイとユウの前でさ、

ナーヴギアを被ってSAOにログインしようとした事があるんだよね」

「それは途中参加的な意味でか?」

「うん、どうせ死ぬなら現実世界で死ぬのもSAOで死ぬのも一緒かなって思って」

「そうか」

 

 八幡はその行為を肯定も否定もしなかった。実際にメリダはSAOに行っていない為、

ここで余計な事を言っても仕方がないと思ったのだろう。

 

「でもアイとユウに止められちゃってさ、自暴自棄になってた私に、

いつか三人でギルドを作ろう、そして一緒に新しい世界を冒険しようって、

二人はそう言ってくれたんだよね」

「そうだな、冒険はいいもんだ」

「でも結局私の体はそれに耐えられなくて、二人を残して先に死ぬ事になっちゃったけど、

まだジュンやテッチ、タルやノリにシウネーが残ってるし、

あの二人には、残されたみんなをさ、

もっともっと色々な冒険に連れてってもらわないといけないんだよね」

「ああ、そうだな」

「だからあの二人は絶対に死なせる訳にはいかない、クロービスもそう思うわよね?」

「うん、僕もみんなを残して死んじゃって申し訳なかったけど、

だからこそ残されたみんなには生きていて欲しいからね」

「という訳で最後の追い込みよ、クロービス、気合い入れていくわよ!」

「僕達はもうスリーピング・ナイツじゃないけど、

今こそスリーピング・ナイツ魂を見せる時だね!」

 

 二人はやる気満々でそう言い、そんな二人に八幡は、ぼそりと呟いた。

 

「いや、お前達は今でもスリーピング・ナイツだぞ」

「ああ、うん、気持ちの上ではそのつもりだよ!」

「いやいや、そういう意味じゃなくてな、

もう少ししたら、お前達はまあうちの製品限定だからALOになるんだが、

そこで完全に復帰する事になるからな、今はただ休んでるだけだ」

「へっ?」

「ほえ?」

 

 八幡がいきなりそんな事を言い出し、二人はおかしな声を上げた。

 

「今の私達の状態でALOってプレイ出来るの?」

「悪い、今はまだ無理だ。だがニューロリンカーの開発がもう少し進めば可能だ」

「そうなの?」

「ああ、というかまあ、別にお前達の為に開発してるとかじゃなく、規定路線なんだけどな」

「えっと、どういう事?」

「さっぱり分からないよ兄貴」

「お前達、ニューロリンカーの仕様は理解してるよな?」

「あ、うん、アマデウスのシステムを活用して、

その人の記憶をコピーされたAIが本人の代わりに高速思考を行い、

擬似的に時間がゆっくり流れるような状態にするんだよね」

「そしてその記憶を本人の脳に書き戻す事で、本人の記憶との整合性をとる、で合ってる?」

「ああ、合ってるぞ。それでだ、仮にニューロリンカー用のゲームがリリースされた場合、

それをプレイする事になるのは誰だと思う?」

「ほえ?それは………」

「えっと……」

 

 そして二人はその答えに思い当たり、目を見開いた。

 

「あっ、私達と同じAIだ」

「そうだそうだ、僕達と同じ存在だ!」

「まあそういう事だ、うちはゲームメーカーだからな、

ニューロリンカーでゲームが出来るようにするって事は、

つまりお前達もまたゲームが出来るって事だ」

「嘘!?」

「本当に!?」

「本当だっての、だから期待してくれていい、ちなみにもうすぐ試作品が完成予定だ」

「うおおおおお!」

「やった!凄く嬉しい!」

 

 二人はその事が本当に嬉しいようで、作業の手を止めて八幡の周りをくるくる回り始めた。

 

「おいおいお前達、手は止めないでくれよな」

「あっ、そうだった!」

「ごめん兄貴、作業を続けるね」

「おう、そうしてくれ」

 

 そう言いながらも八幡は、優しい目で二人の事を眺めていた。

 

「俺達が復帰した時にランとユウキがいないなんて事には絶対にさせないぞ!」

「あと少し、あと少し頑張れば……」

 

 二人は先ほど以上に作業に没頭し、八幡もペースを上げた。

そして遂に念願のその時がやってきた。クロービスがいきなり手を止め、こう叫んだのだ。

 

「よし、今かなりピピッときた!兄貴、多分これ、これで間違いないよ!」

「おっ、クロービス、手応えあった?」

「うんメリダ、これでいけると思う」

 

 八幡は渡されたその組成データをプログラムに乗せ、様々な数値をチェックした。

 

「おお………」

「いけてるでしょ?」

「ああ、間違いない、これで完成だ」

「やった!」

「これで二人は助かるね!」

「よし、今データを纏めて外に送る」

 

 八幡がそう言って作業を始めようとした時、ユイが八幡に警告を発した。

 

「パパ、まもなく限界時間が訪れます、そろそろログアウトして下さい!」

「悪いユイ、これを外に送らないと……」

「それなら兄貴、俺達がやっておくから!」

「そうだよ兄貴、本当に危ないから落ちないと……」

「あと少し、もう少しだ」

「パパ、時間がありません!まもなく強制切断されます!」

「それならそれでいい、よし、これで完成だ!」

 

 八幡はそう言ってバーチャルコンソールのボタンを押し、その瞬間にアラートが聞こえ、

八幡はVRラボから強制切断される事となった。

だがここで誰も想定していなかった事が起こった。

八幡がデータを送信するのとログアウト処理が重なった為、

システムに若干の遅延が発生したのである。

データの送信が後だったら何の問題も無かったのだが、

順番的に先だった為にそちらが優先されてしまい、

八幡のログアウトが十秒ほど遅れる事になってしまったのである。

 

「来た、来たわよ!先生、結城先生!」

「待ってくれ、今データをチェックしてみる………

おお、これだ、これさえあればあの二人の病気は劇的に改善する!

この薬さえ飲み続けていれば、以後は一般人とまったく変わらない生活が送れるはずだ!」

「うおおおお、キターーーーーーーー!」

「八幡様、やりましたね!」

 

 八幡の限界時間をきちんと把握していたクルスは、

八幡と喜びを分かち合おうとそう声を掛けたが八幡からの返事はない。

 

「あれ、八幡様?八幡様!」

 

 クルスが慌ててそう言った瞬間に、

八幡が装着しているニューロリンカーから電子音が聞こえてきた。

 

『VRラボからログアウトしました』

 

「えっ?」

「クルス、どうしたの?」

「い、今八幡様がログアウトしてきたんだけど、、

ログアウトしましたってメッセージがその強制切断の時間よりも十秒くらい遅くて……」

「何だって!?」

「何ですって!?」

「そ、それはまずいお!」

 

 そして茉莉の前に設置された、

擬似ニューロリンカーと言うべきモニターにユイの姿が映し出された。

これ自体はそういう仕様なので特におかしな事は無いのだが、

問題は映し出されたそのユイの姿であった。画面の中のユイは、号泣していたのだ。

 

「ユイちゃん、一体何があったの?」

「ごめんなさい、ぐすっ……シ、システムの遅延が起こって、

それを何とかしようと頑張ったんですけど………パパが、パパが………」

 

 そして八幡は、そのまま目を覚まさなかった。


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