ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第865話 日本チームの動向、そして明日奈は

「八幡様、八幡様!」

「落ち着いてクルス、とりあえずあなたは萌郁さんを呼んできて。

ここは私に任せなさい、これでも私は脳科学の世界的な権威なのよ」

「で、でも……」

「いいから早く!八幡の努力を無駄にしたいの?」

「わ、分かった」

 

 クルスは非常に珍しい紅莉栖の怒声を聞き、弾かれるように部屋を飛び出した。

 

「さてと、茉莉さん、結城先生、八幡の体に異常が無いか、チェックをお願いします」

「わ、分かったわ」

「任せてくれ」

「橋田、あんたは一刻も早く、八幡達が見つけ出した薬のレシピを日本に届けるのよ」

「り、了解だお!」

「ユイちゃんは私と一緒にVRラボにお願い、中にいる二人にも協力してもらわないと」

「は、はい!」

 

 さすがは紅莉栖である、その論理的思考はこんな状況でも決して揺るがない。

 

「橋田、ついでに朱乃さんに状況を説明しておいて、

詳しい事は、中から戻ったら私から説明するわ」

「分かった!八幡の事は頼んだお!」

「任せなさい」

 

 紅莉栖は胸をドンと叩き、再びVRラボへとログインした。

先ほどログアウトしたばかりで休憩時間が足りない為、限界まであまり時間の余裕は無いが、

二人に話を聞くだけなので、問題は無いだろう。

 

「あれ、紅莉栖さん、どうしたんですか?それにユイちゃんまで」

「薬のデータは日本に送れましたか?」

 

 二人はまだ研究を続けていたらしく、何かの作業中であった。

それもそのはず、メリダとクロービスの戦いは、

スリーピング・ナイツの他のメンバーの為の薬を開発するまで、まだまだ継続中なのである。

 

「実はね……」

 

 そして紅莉栖が状況を伝えると、さすがの二人もその手を止めた。

 

「ええっ?兄貴が!?」

「た、確かに兄貴の姿が消えるのが少し遅いなって思ってたけど……」

 

 さすがの二人もまさか外がそんな事になっているなどとは夢にも思っていなかったらしい。

 

「紅莉栖さん、どうしますか?」

「私はこの後仮眠しないといけないの、そうしないとここに入れないからね。

その間に三人には八幡の脳に書き戻された記憶データに齟齬が無かったか調べて欲しいの。

主に入出力データの比較とノイズの有無ね」

「わ、分かりました!」

「兄貴、待ってて、今私が助けてあげるから!」

「パパ、絶対にママの所に連れ戻しますからね!」

 

 三人は決意も新たに作業に入り、紅莉栖はそのままログアウトした。

 

「あっ、紅莉栖さん、早かったですね」

「ええ、まあ確認だけでしたから」

 

 紅莉栖が寝たと思ったらすぐ起き上がってきた為、茉莉は驚いたようにそう言った。

だがよく考えればそれは当然である為、茉莉は直ぐに自分の作業に戻った。

 

「後は三人の解析結果次第だけど、とりあえず今は休まなきゃ」

 

 紅莉栖はそう呟くと、朱乃に事情を説明し、仮眠をとる為に近くのベッドに横になった。

 

「私まで倒れたら本当にまずい事になっちゃう、急がば回れ急がば回れ……」

 

 気丈に振舞ってはいたものの、やはり脳の疲労が激しかったのだろう、

紅莉栖は目覚ましをかけると同時にすぐに寝息をたて始め、

宗盛とダルも何かあったらすぐ知らせてくれと茉莉に頼み、仮眠する事にしたのであった。

 

 

 

 一方アメリカ組と入れ替わりで修羅場に突入したのは日本組である。

ちなみに八幡の状態については朱乃の判断で、まだ陽乃以外には誰にも伝えられていない。

これは藍子と木綿季が誰かから話を聞き、ショックを受ける事を防ぐ為の措置であった。

 

「めぐり、材料の手配の進捗は?」

「現在八十二パーセントです」

「みんなの頑張りのおかげで多少余裕があるけど、

材料だけ集まってもそれで済む訳じゃないのよね……」

「とりあえず中間素材の作成には順に着手しています、問題は輸入関係の材料ですね、

いくつか検査の関係で空港で止められている材料があります」

「とにかく急がせて!嘉納さんや柏坂さんが協力してはくれるけど、

それに甘えずこちらからも要望は続けて」

「はい!」

 

 そんな中、アスナとラン、それにユウキは、

朝から三人で放つ共有オリジナルソードスキルの開発に着手していた。

 

「メンテ中に色々考えておいたものの、中々技が繋がらないね」

「要は技と技の繋がりなんだろうけど……」

「何かヒントでもあればなぁ……」

 

 だがやはりそう簡単に事が運べるはずもなく、

三人は直ぐに行き詰まり、こうしてうんうんと唸りながら意見を出し合っていたのである。

 

「あっ、そろそろゼクシード師匠が来る時間だ」

「もうそんな時間?それじゃあ私は一旦落ちるね」

「あっ、待って、せっかくだし、師匠に意見を聞いてみない?

案外ALOにまったく縁の無い人の方が、客観的な意見を言ってくれるかもだし」

「そういうのってあるかもね、そうだね、そうしよっか」

 

 三人はそう相談し、ゼクシードに話を聞いてみる事にした。

 

「二人とも、お待たせ!おおっと、今日はアスナさんも一緒なんだね、ははははは」

 

 ゼクシードは妙にハイテンションな調子でそう挨拶してきた。

 

「ゼクシード君、バイトの調子はどう?」

「いやぁ、凄く楽しいね、

まさかこんなに楽しくお金が稼げるなんて思っていなかったというか、

もっと早く闇風君達の誘いに乗っておけばよかったと今は後悔しているよ」

「そっか、それなら良かった」

 

 その会話について、ランとユウキは何も言わなかった。

内心ではそこまでしてもらって申し訳ないという気持ちは持っていたのだが、

ここで余計な事を言って、ゼクシードのプライドを傷つけるのは避けたかったからである。

 

「それでね師匠、今日はちょっと意見を聞きたい事があってさ」

「ほう?僕に分かる事ならいいんだけど、まあ何でも聞いてくれ」

「えっとね」

 

 そして三人は、出来るだけ詳しく共有ソードスキルについて説明した。

 

「ふむふむ、なるほど……」

「師匠、何か思い付く事とかってある?」

「そうだね、素人考えで良ければ無くもないかな」

「それでいいよ、聞かせて聞かせて?」

「本当に思い付きなんだけどね」

 

 ゼクシードはそう言って、ユウキの方を向いた。

 

「なぁ、ユウキのマザーズロザリオってのは十一連ソードスキルなんだよね?」

「う、うん」

「それを分解して、三人で試しに撃ってみるっていうのはどうかな?

それなら何となく上手くいきそうじゃないか?」

「た、確かに……」

「マザーズ・ロザリオなら突きが三つのパートに分かれてるから、

案外上手く発動出来るかもしれないわね」

「それが上手くいったら、後は位置取りとかタイミングを変化させて、

発動するしないの研究が出来ると思うんだけど、どうだろう?」

「師匠、凄いね!」

「その発想は無かったわ」

 

 ゼクシードは三人に褒められて嬉しそうな顔をし、続けてこう言った。

 

「後は型稽古ってのがあるじゃない、例えば二人の体を診てくれてる結城清盛先生って、

確か剣の達人なんだよね?先生なら日本刀の演舞の型も知ってそうだし、

それを真似してみるってのもいいかもしれないね。

何たって先人達の英知の結晶なんだからさ」

「うわ………」

「師匠ってもしかして天才?」

「いや、そんな事はないよ。ただ僕はさ、ちょと古臭いけど、

ノートに手書きでデータを纏めるのが好きだから、

いつもそんな感じで色々と考えているせいかもしれないね」

 

 それはかつて恭二が保の部屋で目撃した攻略ノートの事なのだろう。

 

「それでも凄いよ師匠!」

「これはかなりテンションが上がるわね」

「それじゃあ明日試してみよっか」

「うん、今日はもういい時間だしね、さすがに眠いや」

「師匠、貴重なヒントをありがとう、凄く参考になったよ!」

「いやいや、役にたてたなら良かったよ」

 

 三人はゼクシードからヒントをもらい、明日どうやって試してみようかと相談した。

そのまま話が順調に纏まった為、アスナとゼクシードは二人に別れを告げてログアウトした。

 

「ふう、保君、とてもいいアドバイスを本当にありがとう」

「いやいや、それより何か気付かないかい?」

「何か?」

 

 そう言われた明日奈は、訝しげな表情で辺りを見回した。

 

「あ、あれ、急に人が増えてる?」

「ご名答、二人の前で言うべきかどうか判断がつかなかったから、

さっきは言わなかったんだけどさ、八幡達が遂にやってくれたみたいだよ」

「八幡君が?って事は……」

「ああ、二人の病気の特効薬が遂に完成したみたいなんだ、

後は材料を集めて調合するだけだとか」

「う、嘘……本当に?やった、やったぁ!」

 

 明日奈はよほど嬉しかったのだろう、バンザイをしながら辺りを跳ね回った。

 

「だから保君、あんなにハイテンションだったんだね」

「え、そ、そうかい?それはちょっと恥ずかしいな」

「そうだ、八幡君にお礼を言わなくちゃ!」

「あっ、その事なんだけどさ、ちょっと明日奈さんに聞きたい事があって……」

「あ、うん、何かな?」

「このアドレスって八幡のアドレスで合ってるよね?」

「どれどれ……」

 

 明日奈はそう言って保のスマホを覗きこんだ。

そこに表示されていたアドレスは、確かに八幡のアドレスであった。

 

「うん、合ってるよ」

「やっぱりそうだよね、う~ん、おかしいなぁ……」

 

 保はスマホをじっと睨みながらしきりに首を傾げている。

 

「どうしたの?」

「いや、明日奈さんも知っての通り、八幡がアメリカで作業してた時って、

こっちのリストにも居場所が表示されていたよね?」

「あ、うん、されてたね」

 

 メリダとクロービスに関しては名前が表示されないように手を打ったアルゴであったが、

八幡達ヴァルハラ組に関しては、一時的に名前を表示しない事にしたものの、

二人の名前を消した事でもう見られても問題ないと判断し、

消した少し後に表示するように戻してしまっていたのであった。

その為二人は先ほど話していたように、八幡の状態を確認出来ていたのだが、

その事を疑問に思って口に出す者は誰もいなかった為、

アルゴはやはり問題なしと結論付けていたのである。

これは別にアルゴの手落ちという訳ではないが、

今回に限り、その判断は裏目に出る事になった。

 

「でも今は消えてるよね?」

「あ、ごめん、今日は見てなかったや」

「そうか、まあさっき確認したから間違いないよ、今八幡はネットとかには接続していない」

「ふむふむ、それで?」

「いやね、あの二人に会わせてくれた事のお礼にと思って、

昨日の夜から何通か八幡にメールを送ったんだけど、一向に返事が来ないんだよね」

「そうなんだ、もしかして寝てるのかな?」

「う~ん、それでも二十四時間寝っぱなしってのはおかしくない?」

「確かにおかしいね」

 

 明日奈はそう言ってスマホを取り出して八幡に電話を掛けたが、当然繋がらない。

 

「やっぱり出ないかい?」

「うん……」

「何かあったのかな?」

「う~ん……」

 

 丁度そこに、運悪く陽乃が通りかかった。

 

「あっ、姉さん、丁度良かった、ちょっと聞きたい事が……」

「ん、明日奈ちゃん、どしたの?」

 

 そう言って陽乃がこちらを見た瞬間に、明日奈は黙りこくった。

 

「ん?どうしたの?私に何か用事じゃないの?」

「………ねぇ姉さん」

「うん?」

「私ね、姉さんとは長い付き合いじゃない」

「ほえ?まあ、確かにそうだね」

「だから何となく分かっちゃうんだよね、

八幡君命名の強化外骨格ってのを、姉さんが使ってる時って」

 

 明日奈にそう言われた陽乃は、驚いた表情をした後、気まずそうな顔で明日奈の顔を見た。

明日奈はやはりと思いつつ、真剣な表情で陽乃にこう切り出した。

 

「姉さん………八幡君に何があったの?」


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