ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第866話 しまった、油断した

 陽乃は明日奈に八幡の事を尋ねられ、どう答えるべきか悩んでいた。

 

(まさか八幡君以外に見破られるとは思ってなかったなぁ……さてどうしよう、

でもこれ以上嘘で取り繕っても、明日奈ちゃんには絶対に通用しないだろうしなぁ……)

 

 陽乃はそう考え、明日奈に全て正直に話す事にした。

この場には今は保もいるが、今更だろう。

 

「さすがというか何というか……うん、隠しててごめんね、

実は私以外の人はまだ誰も知らないんだけど、アメリカでちょっとトラブルがあってね、

八幡君が、ニューロリンカーを長く使いすぎて、目を覚まさないみたいなの」

「は、八幡君が!?」

「ま、まさかそんな……」

「でも心配しないで、紅莉栖ちゃんが言うには、多少の遅延はあったものの、

記憶データのやり取りに齟齬はまったく無かったみたい。

だからもうすぐ目を覚ますと思うのよね」

「そ、そっか、良かった……」

 

 明日奈は多少は危機感が薄れたのか、先ほどよりも落ち着いた声でそう言った。

 

「とりあえず脳はもう覚醒しつつあるみたい。

でも覚醒しきるまで意識は戻らないはずだから、

その状態になったらメディキュボイドに叩きこんで、

中でお説教してやるって紅莉栖ちゃんが張りきってたわよ」

「そっか、紅莉栖が……」

「よく分からないけど八幡は大丈夫なんですよね?」

 

 保はニューロリンカーの存在を知らない為、今の会話の意味がよく分からなかったようだ。

 

「ええ、もちろんよ。でも今の会話については今はまだ秘密ね、一応社外秘なの」

「はい、もちろんです!いつもバイトでお世話になってますから絶対に誰にも言いません!」

「ふふ、ありがと」

 

 陽乃は保の頑張りを知っているらしく、にこやかな笑顔でそう言った。

だが和やかな時間はそこまでだった。

 

 ビーッ、ビーッ

 

 急にブザーのような音が辺りに響き渡ったのである。

 

「えっ?何の音?」

「こ、これは………まさか!?」

 

 陽乃はそう言って周囲を見回し、ある一点で目を止めた。

その表情が見る見るうちに苦渋に満ちたものに変化し、陽乃はぎゅっと唇を噛んだ。

 

「しまった、油断した……」

 

 その言葉を聞いた明日奈は、陽乃は一体何を見たのだろうと思い、その視線の先を見た。

そこには一台のモニターが設置されており、そこに映し出されていたのは、

あろう事か、今にも泣きそうな表情をした双子の姿であった

どうやら今のブザーのような音は、二人の体のいくつかの数値が、

危険な状態に陥った事を示す為の物であったようだ。

その証拠にそれを合図に、周囲では多くの人が忙しそうに動き始めていた。

 

「藍子、木綿季、どうして……」

「あ、あは……えっと、明日の待ち合わせ時間を決めてなかったから、

まだ間に合うかなと思ってモニターのスイッチを入れたんだよね」

「全部聞いてたの?」

 

 その問いに二人は答えなかったが、代わりに二人は明日奈にこう問いかけてきた。

 

「………ねぇ明日奈、八幡の意識が戻らないのって、

もしかして私達の為に頑張りすぎたから?」

「明日奈、どうしよう、ボク達のせいで八幡が……」

「二人とも、それは違うわ。八幡君は安全には十分気を付けながら作業をしていたの。

でもたまたまタイミングが悪くて、回線が遅延してしまって、

そのせいでちょっと意識を失ったんだけど、今は快方に向かっているわ!」

 

 陽乃は二人に向け、必死にそう呼びかけた。

 

「明日奈ちゃん、保君、二人の所へ!」

「う、うん!」

「分かりました!」

 

 そして陽乃は二人にそう囁き、明日奈と保は慌ててアミュスフィアを被り、

藍子と木綿季の家に再びログインした。その間も陽乃は二人に声を掛け続けている。

 

「二人とも、お願いだから落ち込まないで!本当に二人のせいじゃないの!

八幡君は確かにちょっと頑張りすぎちゃったけど、それには理由があるの。

その時八幡君は、二人の病気を治す薬の開発に、遂に成功したのよ!

だから二人の笑顔が見たくてほんの少しだけネットの中に長居しすぎてしまったの。

だからお願い、その八幡君の気持ちを考えて、無理にでも笑って頂戴!

あなた達の病気は八幡君の力で克服されたのよ、

あと少しであなた達は元気に外を歩けるようになるの!」

「く、薬が………?」

「本当に?」

「ええ、今はみんなが頑張って材料を集めてくれているわ、

だからあなた達も、みんなの頑張りを無駄にしないように前を向いて!

八幡君は必ず私達が助けるから!」

 

 陽乃は強化外骨格を駆使して満面の笑顔を見せた。

明日奈や八幡には通用しなくても、他の人間にはまだまだ有効のようだ。

 

「アイ!」

「ユウ!」

 

 その時画面の中に、明日奈と保が現れた。

二人は藍子と木綿季の手をしっかり握り、二人を元気付けようと必死に話しかけ始めた。

 

「大丈夫だよ、八幡君の傍には紅莉栖が付いててくれるからね!

紅莉栖はああ見えて、本当に天才なんだよ!世界最高の脳科学の専門家なの!

その紅莉栖が大丈夫って言うんだから、絶対に大丈夫!」

「本当に大丈夫?」

「うん、絶対だよ、紅莉栖が何か間違った事を言ったのって、まったく記憶にないもの。

それにほら、私も全然心配していないでしょう?」

 

 多少落ち着いたとはいえ、実は内心では八幡の事が相当心配な明日奈であったが、

歯を食いしばって二人を励まし続けた。

これが明日奈が初めて強化外骨格を会得した瞬間である。

 

「う、うん」

「そうなんだ、紅莉栖ってやっぱり凄いのね」

 

 二人は明日奈のその言葉に僅かに笑顔を見せた。

 

「それじゃあ次は僕の番だね、喜べ二人とも、さっきは言い忘れてたけど、

八幡にメイド服を着せる作戦の目処が立ったよ、店の予約もバッチリ取れたしね!」

「フェイリスさん……だっけ?」

「ああ、実は昨日、フェイリスさんに電話を掛けたんだけどね」

 

 そして保はその時の話を面白おかしく二人に語って聞かせた。

 

 

 

『はい、こちらはメイクイーン・ニャンニャンです、

この電話はフェイリス・ニャンニャンがお受けしますのニャ!』

「あ、フェイリスさん?いきなり電話してごめん、ええと、僕はゼクシードだけど……」

『あっ、ゼクシー君ニャ?』

「その呼び方は結婚情報誌みたいでちょっと嫌だな……っとごめんごめん、

日付はもうすぐとしか言えないんだけど、お店の予約って出来るかな?」

『ご予約ですかニャ?ありがとなのニャ、無理な日もあるけどまあ大体オッケーニャよ』

「そっか、それなら良かった。実はアイとユウに頼まれたんだけど……」

『それなら他の予約をキャンセルしてでもそちらの予約を優先させるのニャ!』

 

 保が用件を最後まで言わないうちに、フェイリスは被せるようにそう言った。

その気持ちが保はとても嬉しかった。

 

「そっか、ありがとう、フェイリスさん」

『どうしたしましてなのニャ、で、何人くらいになりそうなのかニャ?』

「それなんだけどね、実はあの二人がさ、

八幡と三人でメイド服を着てみたいって言い出してさ」

『ニャニャ、ニャンと!それは是非フェイリスも参加したいのニャ!』

「そう言うと思ったよ、で、そういう人達が続々と参加してきそうなんだけど、

全部で何人くらいになるのか検討もつかなくてさ……」

『なるほどニャ、それじゃあお店を貸し切りにするのニャ!レッツパーティーなのニャ!』

「そ、そんなに来るかな?」

『絶対に来るのニャ、間違いないニャ!』

「そ、そう、それじゃあ詳しい事が決まったらまた連絡するね」

『了解ニャ!フェイリスはこれから八幡に一番似合うメイド服がどれか、

じっくりと吟味に入るのニャ!』

「そ、その辺りは任せるよ、それじゃあ!」

『はいニャ、それじゃあまたなのニャ!』

 

 保が語って聞かせたフェイリスとの会話の内容は、こんな感じであったらしい。

これを聞いた二人は、さすがに笑いを堪えられなかったようだ。

 

「あはははは、何それ?」

「これは期待出来そうね」

「だろ?だからちゃんと体を治そうか、心配なのは僕も同じだけど、

あの八幡が簡単にくたばるはずが無いとも僕は思ってるよ」

「確かにそうかも」

「アイ、僕達も負けてられないね!」

「出来るだけ発作が起こらないように、穏やかな気分を保ちましょう」

「だね!」

 

 こうして最悪の危機はギリギリで回避されたが、

もはや一刻の猶予も無いのは間違いなく、陽乃は急いでめぐりの元に戻った。

 

「めぐり、あっちは多少落ち着いたみたいよ」

「そうですか、いきなりだったのでびっくりしました」

「ごめん、実はさっきのブザー、私のせいなんだよね」

「そうなんですか?社長がミスをするなんて珍しいですね」

「うん、さっきはちょっと動揺しちゃってたかも、でももう大丈夫よ」

「それなら良かったです」

「で、進捗はどう?」

「九十六パーセント、あと一種類で全て揃います!

残るはさっき言った、空港で足止めをくらっているらしい材料だけです」

「こうなったら直接行って奪ってこようかしらね」

「あっ、待って下さい、先方から連絡が来ました!」

 

 めぐりはディスプレイに表示された名前を見ながらそう言った。

 

「もしもし、こちらソレイユの眠りの森です、え?あ、はい、そうなんですか?

分かりました、もう少し待ってみます、ありがとうございました」

 

 めぐりは鳩が豆鉄砲をくらったような表情で、直ぐに電話を切った。

 

「どしたの?」

「それが………あっ、来ました!多分これです!」

「ほえ?」

「ヘリです!」

 

 めぐりはそう言って庭の方へと走っていき、陽乃もそれに続いた。

移動するに連れ、確かに遠くからヘリのような音が近付いてくる。

 

「めぐり、もしかして材料がヘリで届いたの?」

「はい、そうみたいです、ほら、あれ!」

 

 めぐりが指差す先には、まさかの日の丸の付いたヘリがいた。

 

「もしかして自衛隊?」

「はい、柏原大臣が許可を出してくれて、嘉納大臣がヘリの手配をしてくれたみたいです!」

 

 そしてその自衛隊のヘリはゆっくりと眠りの森の庭に降下し、

その中から見知った人物が顔を出した。

 

「社長、お待たせしました!」

「あら、志乃ちゃんじゃない!」

 

 手にアタッシュケースを持ってヘリから降りてきたのは、

自衛隊からソレイユに出向してきている栗林志乃であった。

そしてその後ろから、陽乃は直接面識は無いが、

情報として顔だけは知っている人物が顔を見せた。

 

「あ、ども、宅配便です、受け取りのサインをお願いします!」

 

 それはかつて八幡と共に源平合戦を戦い、その後何度か共闘した伊丹耀司であった。

 

「受け取りのサインはほっぺにチューでいい?」

「あはははは、それは光栄ですが、隣にいる栗林の視線が凄く痛いんで遠慮しておきます」

「だってよめぐり、残念だったわね」

「ええっ!?もしかして私にさせようとしてました!?」

「当たり前じゃない、私は高いのよ」

 

 材料が無事揃った事で安心したのか、

そう冗談を言いながら陽乃は伊丹と栗林と順に握手をした。

 

「ありがとう、素晴らしいタイミングだったわ」

「そうなんですか?それは良かったです。それじゃあ自分達はこれで」

「嘉納大臣と柏原大臣にもお礼を言っておいてね」

「はい、必ず伝えておきます」

「栗林さん、ボーナスは期待しておいてね」

「いいんですか?やった!」

「あっ、ずるいぞ栗林!」

「ふふん、今の私はソレイユに出向してる身ですからね、

悔しかったら隊長もソレイユに出向させてもらえばいいじゃないですか」

「くっ、真面目に閣下にお願いしてみようかな……」

 

 そして自衛隊のヘリは慌しく去っていった。

後でマスコミが何事かと騒ぐだろうが、人助けですと押し切ればまあ問題ないだろう。

 

「よし、これで全て揃ったわね、めぐり」

「はい、急いで薬を完成させますね!」

「お願い」

 

(八幡君、こっちは何とかやり遂げたわ、早く目覚めて日本に帰ってきて)

 

 その願いが届いたのだろうか、八幡はまだ目覚めてはいないが、

丁度その頃八幡の脳波レベルが通常状態まで復帰した。


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