ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第867話 全員の努力が実る時、八幡は

 めぐり達が製薬作業を開始した頃、アメリカ組は、交代で八幡の様子を見守っていた。

 

「とりあえず脳の損傷が無くて本当に良かったわ」

「システム面の安全対策は今後の課題だね」

「脳波の波形も正常な状態に戻ったみたいだし、後は目を覚ますのを待つだけね」

「どうする?さすがにメディキュボイドに接続するのはまだ早いかな?」

「そうね、かなり脳を酷使していたから、この機会にもう少し休ませてあげましょう」

「クルス、そろそろ点滴を変えるから手伝って」

「あ、茉莉さん、今行きます」

 

 八幡の状態は、既に何の問題も無いくらいに回復していた。

後は先ほど言っていたように、目覚めるのを待つだけなのだが、

メディキュボイドとて、脳にまったく負担がかからない訳ではないので、

紅莉栖の判断で、八幡のメディキュボイドへの接続は少し時間を空ける事となった。

 

「何もかも完全に正常値ね、とりあえずしばらくはこのままにしておいて、

それまでに目覚める気配が無いようだったら、

メディキュボイドに接続して外部から刺激を与える事にしましょうか」

 

 紅莉栖はモニターの変化を見ながらそう呟き、コーヒーを入れようと立ち上がった。

キッチンに行くと、丁度ダルがコーヒーメーカーを持ち、

カップにコーヒーを注いでいるところであった。

 

「あっ、牧瀬氏、お疲れ様、ついでにコーヒーでも入れる?」

「ええ、お願いするわ」

「それじゃあちょっと待っててだお」

 

 ダルはそう言って、紅莉栖の分のカップを取り出しながら言った。

 

「そういえば、一応メディキュボイドの準備は整ったらしいお」

「そう、宗盛さんにはお礼を言わないとね」

「一台だけ先行輸出されてたのはラッキーだったね」

「これで八幡を起こす準備はバッチリね、日本の様子はどんな感じ?」

「薬作りはもう始まっているらしいお、工程が多くて大変だけど、

明日奈さん達が頑張ってくれてるみたいで、

もう二人が投薬前に危険な状態になる事は無いだろうってさ」

「そう、それは頑張った甲斐があったわね」

「後は八幡が目を覚ませば僕達の完全勝利だね!」

「本当に、よく間に合ったものよね」

「全てはあの二人のおかげだお」

「そうね、八幡も慧眼だったわね」

 

 あの二人というのは当然メリダとクロービスの事である。

常時加速状態のままでいられる二人がいなかったら、

今回の計画は絶対に成功しなかったであろう。

 

「このお礼にあの二人の為の体とか用意出来ないかしらね」

「はちまんくんレベルなら何とかなるんじゃね?」

「ああ、それなら直ぐに出来そうね、八幡が起きたらその話もしてみましょうか」

 

 二人は未来に思いを馳せるかのように笑い合うと、八幡のところに戻った。

 

「牧瀬氏、八幡は本当に目覚めるん?」

「ええ、後は自然に目覚めるか、外部からの刺激によって目覚めるか、どちらかね」

「本当の本当にもう心配ないん?」

 

 しつこくそう聞いてくるダルに、紅莉栖は苦笑しながらこう言った。

 

「橋田って、本当に八幡の事が好きなのね」

「いやぁ、だって次は何をやってくれるのかって、わくわくするっしょ?」

「それは岡部とも通じるものがあるわね」

「オカリンの場合は心配でドキドキするというか……」

「た、確かにそうかもね……」

 

 紅莉栖はそう言いながらこめかみを押さえた。

自分の恋人ながら、そういった面に関しては頭痛の種なのだろう。

 

「それじゃあ交代で少し仮眠しましょうか」

「牧瀬氏、先に寝てきていいお、かなり眠いっしょ?」

「そう?それじゃあお言葉に甘えるとするわ、でも何かあったら直ぐに起こしてね」

「うん、それじゃあおやすみ、牧瀬氏」

「ええ、また後でね」

 

 そうやってダルが紅莉栖をドアまで見送っていた瞬間に、

電源は落とされたが八幡の脳の状態をチェックする為に装着されたままになっていた、

八幡用のニューロリンカーのアクセスボタンが、

何故か数回点滅した事にダルも紅莉栖も気付く事は無かった。

 

 

 

 一方その頃、藍子、木綿季、明日奈の三人は寝室でごろごろしていたが、

丁度その時明日奈の所に外部にいるめぐりからメッセージが届けられた。

 

「あれ、メッセージ?あっ、二人とも、今届いたメッセージだと、

二人の病気を治す為の薬が朝には完成するみたい、だからもう安心だよ!」

「そ、そうなの?」

「早い!」

「みんな徹夜で頑張ってくれてるからね。

だから私達も、頑張ってあと数時間、最後の山場を乗り越えよう」

「うん、頑張ろう!」

「朝まで私もずっと一緒にいるからね、あ、でも二人はもちろん寝ててもいいよ?」

 

 どうやら明日奈は時間までここで二人を見守るつもりらしい。

さすがに保は女性の寝室に入る事は躊躇われた為、既に落ちていた。

もっとも今日は眠りの森から帰らないつもりらしく、

多分今はスタッフ達の為にお茶汲みでもしている事だろう。

 

「それじゃあボク達も起きてるね!」

「で、でも寝た方がいいんじゃ……」

「ううん、本当はボク達、ここにいる間は睡眠とかは必要ないからね」

「病気が治った時の為に普通の生活と同じサイクルで行動するように八幡に言われてたから、

食事も睡眠も決まった時間にとっていただけだものね」

「あ、そうなんだ?私、勘違いしちゃってたよ」

「でもおかげで起き上がれるようになっても違和感無く過ごせそう」

「やっぱり八幡君って、先の先まで色々考えてるんだね」

「きっと明日奈との新婚生活の事まで考えてると思うよ」

「えっ?」

 

 そう言われた明日奈の顔は、一瞬で真っ赤になった。

 

「もう、からかわないで!」

「あはははは、でも絶対そうだって」

「八幡の事だから、そこまでする?ってくらい色々準備してそう」

 

 実際八幡は、それなりに大きい一戸建てを買う準備をしているのだが、

その事はまだ八幡と陽乃と朱乃以外は誰も知らない。

 

「あれ、もう一通送られてきた………エルザから!」

「えっ、本当に?」

「何て何て?」

「ええと、データが添付されてるね」

 

 明日奈がそのデータを開くと、そこからは聞き覚えの無い歌が流れ出した。

 

「うわぁ、素敵な曲!」

「でも聞き覚えはないね、もしかして新曲かな?」

「二人の為に頑張って作ったみたい」

 

 明日奈が説明書きを読みながらそう言った。

 

「うわぁ、うわぁ、凄い凄い!」

「私達の為だけに作られた曲って事よね」

「うん、そうだね」

 

 その曲の出来は素晴らしく、二人は体の底から生きる活力が沸いてくるのを感じていた。

 

「うん、これなら最後まで乗り切れそう」

「体の奥から力が沸き出てくるね!」

 

 二人はとても嬉しそうにそう言い、その曲はそのまま延々と流され続けた。

 

「それじゃあ明日奈、色々八幡の話を聞かせて?」

「そうだねぇ、それじゃあ今日は目先を変えて、学校の話でもしよっか?」

「学校の?うん、それ聞きたい!」

「えっと、それじゃあね……」

 

 そして明日奈は今通っている学校がどんな感じか、二人に語ってきかせた。

 

「へぇ、それじゃあ帰還者用学校って、二年で閉鎖なんだ」

「うん、その後は名前を変えて、普通の学校になるみたい」

「いいなぁ、ボク達も学校に通いたいなぁ」

「退院したら行けるよきっと、八幡君にお願いしてみればいいんじゃないかな」

「うん、そうしてみる!」

「それで学校で、面白い事件とかって無かったの?」

「う~ん、あっ、そういえば学校に、レンちゃんとフカちゃんが来た事があってね」

「何それ、聞きたい聞きたい」

「えっとね」

 

 明日奈はその時の事を面白おかしく二人に話してきかせた。

 

「朝から何かが起こるのは分かってたんだけど、お昼までは何も起こらなくてさ、

当然二人が尋ねてくる事なんか知らなくて」

「ふむふむ」

「そしたらキリト君が、八幡君を探してる二人組がいるって聞いたらしくって、

誰だろうって話してたら、その二人が教室に来て、

『こちらにハチマン様はいらっしゃいますか?』って」

「いきなり様付け?」

「それは知らなかったら怪しすぎるね」

「でもみんな当然その人には見覚えが無くてさ、

あ、顔を覗かせてたのはフカちゃんだけだったんだけど、

見えなかったレンちゃんの声が聞こえてきて、八幡君が、聞き覚えがあるって言い出してね、

そしたらシリカちゃんが、『私が釣ってきます!』って、

で、『不審者なら遠くに引っ張って捨ててきますね!』って言ったの」

「「ぷっ」」

 

 その説明にツボを突かれたらしく、二人は思わず噴き出した。

 

「で、シリカちゃんがその二人に声を掛けてくれて、

それで相手がレンちゃんとフカちゃんだって分かった瞬間にね、八幡君が言ったの。

『総員迎撃体勢をとれ』って」

「えっ、何それ?」

「えっと、ほら、うちのクラスって八幡君に対する忠誠心が凄くて、

その命令を聞いて、クラス全員が一斉に立ち上がってさ……」

「うわ……」

「何か凄いね……」

「で、その瞬間にフカちゃんが、『私の愛をジュテーム』とか言って八幡君に飛びかかって」

「「あははははははははは」」

 

 で、八幡君が、『うぜえ』って言いながらそれを避けて、

全員でフカちゃんを取り抑えようとしたんだけど、

フカちゃんは機敏に動いてその攻撃を全部かわして、再び八幡君に襲いかかってさ、

キリト君がその前に立ちはだかったんだけど……」

「「だけど?」」

「その時レンちゃんがあっさりとフカちゃんの首根っ子を捕まえて、

それでフカちゃんはお縄になったんだよね」

「えっ、リアルレンちゃんって結構凄い?」

「あれっ、今思えばレンちゃんは、その頃はまだレンちゃんじゃなかったんだよね……」

 

 明日奈がハッとした顔でそう言った。

 

「どういう事?」

「まだその時は、GGOをやってなかったって事」

「そうなの?」

「へぇ、運動神経がいいんだね」

「うん、まあレンちゃんはリアルでは……ううん、会った時の秘密にしておくね」

「レンちゃんの事はまだ動画でしか見た事無いから楽しみだなぁ」

「うん、きっと驚くと思うよ」

 

 そんな風に色々と会話を交わしているうちに、時刻はもう朝になっていた。

 

 

 

 保はまだ寝ておらず、何かあった時の為に待機していた。

そんな中、薬の調合を行っている部屋のドアがバタンと開けられた。

 

「やった、遂にやったよ!」

 

 そこには喜びを爆発させためぐりがいた。他のスタッフ達も、続々と中から外に出てくる。

 

「城廻さん!」

 

 保も立ち上がり、期待を込めた目でめぐりを見た。

そんな保にめぐりはVサインをしてみせた。

子供っぽい仕草ではあるが、保も躊躇わずにめぐりにVサインを返した。

 

「それじゃあすぐ投与するわね、みんな、これが最後よ!頑張って頂戴!」

 

 清盛と経子の指示で、テキパキと二人に薬を投与する準備が進められていく。

そしてめぐりは、薬を飲み薬に加工する状況の進捗を確認する為に本社に戻る事になり、

一部の社員達を残して、ソレイユ組は順に撤退していった。

 

「保君、やったね!」

「かおりさん、リオン、お疲れ様でした」

 

 そんな中、かおりと理央が保にそう声を掛けてきた。

二人も喜びを爆発させており、保と二人は固く握手を交わした。

 

「保君もお疲れ様」

「これでもう安心ですね」

「うん、もう大丈夫だと思う。私達は明日奈と合流して家に帰るけど、保君も一緒に行く?」

「そうですね、二人への挨拶は後日にして、今日はこれで帰りますか」

「でも薬を投与されるまでは見届けたいよね」

「ですね、それだけ確認しましょう」

 

 そして準備が整ったのか、三人の目の前で、

メディキュボイドに横たわる藍子と木綿季に薬が投与された。

それで三人は本当に安心する事が出来、かおりが明日奈にメッセージを送った。

 

 

 

「あっ、またメッセージ」

「そういえばそろそろ朝ね」

「薬、出来たのかなぁ?」

 

 そしてそのメッセージを確認した瞬間に、明日奈はぽろぽろと涙をこぼし、

いきなり二人を固く抱きしめた。

 

「きゃっ」

「明日奈、一体どうしたの?」

「おめでとう、たった今薬の投与が終わったみたい、

もう何も心配しなくていいんだよ、二人はもう、絶対に死んだりなんかしないって」

 

 その明日奈の言葉に二人は目を見開いた。

 

「本当に?」

「うん、本当に」

「本当の本当に?」

「うん、本当の本当に」

「もう暗い気分になっても大丈夫なの?」

「それは出来るだけやめておこうね、せっかくのお祝いなんだから」

「そのうち学校とかにも行けるようになるのかな?」

「うん、きっと行けるよ」

「これからもずっと、八幡と明日奈の傍にいていいの?」

「うん、もちろんだよ、私達、ずっと一緒だよ?」

「うぅ……」

「あ、明日奈ぁ!」

 

 二人もぽろぽろと涙を流し始め、三人は号泣しながら固く抱き合った。

 

「良かった、本当に良かった……」

「後は八幡を起こすだけね」

「うんうん、さっさと叩き起こさないとね」

 

 それで緊張の糸が切れたのか、二人はそのままうとうとし始めた。

 

「二人とも、眠いの?」

「う、うん、ほんのちょっとね」

「それじゃあゆっくり寝るといいよ、私も一旦家に戻って寝てくるから、

また明日にでもスリーピング・ナイツのみんなとお祝いしよう」

「うん、そう………しよ………」

「明日奈、ありが………とう」

 

 二人はそう言いながら寝息を立て始めた。

明日奈はそんな二人をベッドの正しい位置に寝かせ、優しく布団を掛けた。

 

「おやすみ、また明日ね」

 

 明日奈はそう言ってログアウトし、外にいたかおり達と喜びを分かち合った後、

キットに同乗し、一旦家に帰る事にした。

 

 

 

 一方こちらはアメリカ組である。藍子と木綿季に薬が投与されたその頃、

八幡の様子をコーヒーを飲みながらのんびりと眺めていたのは紅莉栖であった。

三時間ほど前にダルと交代した紅莉栖は、同じく茉莉と交代したクルスと一緒に、

そろそろ八幡をメディキュボイドに移動させようかと話をしていた。

 

「あっ、今入った情報だと、二人への薬の投与が無事に終わったみたい。

後は定期的に薬を投与していく事になるけど、

数値的にも若干の改善が見られたから、このままいけば間違いなく大丈夫だろうって」

「そう、やったわね!」

 

 紅莉栖とクルスは手を取り合って喜び、その声が聞こえた訳ではないだろうが、

予定の起床時間になった為、茉莉とダルも部屋に姿を現した。

 

「ごめん橋田、萌郁さんと朱乃さんとエルザを呼んできてもらっていい?」

「お、何か進展でもあった?」

「私達が完成させた薬が、あの二人に無事に投与されたみたい」

「おお、分かった、直ぐに呼んでくるお!」

 

 そしてダルに呼ばれた三人も入室し、七人は喜びを分かち合った。

 

「………良かった」

「やったわね、努力が実るというのはやはり嬉しいわ」

「頑張った甲斐がありましたね」

「私が送った二人の為の歌、役にたったかなぁ?」

「歌を送ったんだ、それはきっと力になったと思う」

「後は八幡君が目覚めるのを待つだけね」

「それなんですが、もう状態には何の問題も無いし、

脳波もいつ起きてもおかしくない状態になったので、

そろそろ八幡をメディキュボイドに映してコンタクトをとってみようと思うんですが」

 

 その紅莉栖の提案は了承され、七人は人を呼んで準備に入った。

だがその瞬間に異変は起こった。

いきなり八幡に装着されたままのニューロリンカーが動き出したのだ。

 

「えっ?」

「橋田、どうなってるの?」

「いや、え、動くはずがないお!だって電源スイッチはほら、切れたままだお!」

 

 ダルが指差したその先には、

確かにオフになったままのニューロリンカーのスイッチがあった。

そして六人の目の前で、ニューロリンカーのアクセスランプがゆっくりと点滅し始めた。

 

「どこかに接続してる?橋田、急いで調べて!」

「わ、分かったお!」

 

 ダルはPCに向かい、凄まじいスピードでキーを叩き始めた。

そして少し後に、ダルは驚愕した顔でこう呟いた。

 

「あ、あれ、不正アクセスの形跡がある……」

「まさかハッキング!?どこから?」

「い、いや、それが………どこからか分からないというか、

ハッキング元が存在しないというか……」

「何それ、どういう事?」

「分からない、分からないお!」

 

 だがその瞬間に、ニューロリンカーのアクセスランプがいきなり消え、

次の瞬間に八幡がいきなり体を起こした。

 

「ひっ……」

「一体何が……」

 

 そして目覚めた八幡はゆっくりとニューロリンカーを外し、

きょろきょろと周囲を見回した。

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