「それじゃあ改めて自己紹介しておこうか。
名前を聞く事で何か思い出す事もあるかもだしね」
明日奈の仕切りにより、先ず最初に順番に自己紹介をする事になった。
ちなみに藍子と木綿季はクックロビンの事は知っていても、神崎エルザとは初対面であり、
事前の打ち合わせで神崎エルザがクックロビンだと紹介され、少し前まで興奮状態にあった。
その紹介時にはエルザはまともであったが、
さっきあんな状態を見せられ、二人は内心では混乱していた。
だが今は八幡の事の方が先決な為、二人はその事実を飲み込んで、
今は大人しく会話に参加しているのである。
「あ、はい、俺も忘れてる事は思い出しておきたいんで、宜しくです」
八幡はそう言いながら、一同に頭を下げた。
「それじゃあ俺から……俺は桐ヶ谷和人、八幡の親友だ!」
「あ、やっぱりそうなのか……」
「どうだ?何か思い出したか?」
「いや、まったく」
「少しは考えろよ!」
八幡はあっさりとそう言い、和人は思わずそう突っ込んだ。
「いや、そう言われても、そもそも男友達と呼べるのが戸塚しかいない俺に、
いきなり親友がいましたとか言われてもな……」
「葉山君と戸部君、それに材木座君は?」
「材木座はまあ知り合い以上友達未満と認めるのもやぶさかじゃないが、
葉山と戸部は絶対に違うだろ」
「でも八幡君、その二人の事、私に友達だって紹介してくれたよ?」
「マジで!?」
明日奈にそう言われた八幡は、目も飛び出さんばかりに驚いた。
「たった数日の間に、一体俺に何があったんだ……」
「本当は数日どころじゃないんだけどなぁ……」
「え、それってどういう事?」
さすが八幡は難聴系主人公ではない為、その明日奈の呟きをしっかり聞いていた。
「う~ん、そもそも八幡君さ、記憶が無い期間ってどのくらいだと思ってるの?」
「SAOの製品版の最終確認のバイトをしてたらしいから、
おそらく最大でも一週間くらいなんじゃないか?」
「正解はこれだけ」
明日奈はそう言いながら、八幡に手の平を見せてきた。
「い、五日?」
「ううん、五年だよ」
「いやいやいや、さすがにそれは無い」
さすがの八幡も、その言葉を安易に信じる事は出来ないようだ。
「それじゃあ八幡君、この二人を見てどう思う?」
そんな八幡に、明日奈はクルスとエルザを指差してみせた。
「どうって、マックスさんとハァハァさんだろ?」
「そ、そんな興奮する呼び方は駄目ぇ!」
その言葉がツボに入ったらしく、エルザはまたハァハァしだした。
普段ならそうなったエルザの相手をするのは八幡なのだが、
八幡がこの状態な為、今はエルザを相手にする者は誰もいない。
「ここはVR空間だよ?それなのに本人だって確信出来るの?」
「あ、あれ?いや、しかしそう言われると確かに……」
「八幡君は、この二人をどうして本人だと認識したの?」
「それはリアルの姿とそっくりだから……」
「ねぇ八幡君、ナーヴギアにそんな機能はあった?」
「顔だけなら再現する機能はあった………と思う」
八幡はその問いに、自信無さげにそう答えた。
「それじゃあこの二人がリアルと同じなのは、顔だけだと感じてる?」
「い、いや、身長も体型も同じに見えるな……」
「それってつまり、八幡君の知らない技術が普通に使われてるって事なんじゃない?」
「そ、それはそうかもだが……」
「それを踏まえて八幡君、自分の体をよく確認してみて、妙に鍛えられていない?」
「え?」
そう言われた八幡は自分の体のあちこちを触り、明日奈の言う通りだという事を確認した。
「え、マ、マジだ……どうなってるんだこれ」
「ここからログアウトした後に再確認してくれてもいいけど、
それが今の八幡君の体だよ、どう?五年経ってるって少しは信じる気になった?」
「お、おう………」
さすがの八幡も、自分の体を証拠として出されたら、それ以上反論する事は出来なかった。
「さて、それじゃあそれを踏まえて色々とお話ししようか」
「わ、分かった、そういう前提だと思う事にする」
ここでSAO事件の説明から入るという手もあったが、
相談の結果、それはやめる事で意見が一致していた。
その理由は簡単である、この時点で八幡は、茅場晶彦を兄のように慕っていた。
その茅場晶彦が史上最悪の犯罪者となっている事を、八幡が信じるとは思えなかったからだ。
逆に意固地になってしまい、こちらの言う事を何も信じてもらえなくなる可能性もある。
なのでその説明は省略される事となり、もっともらしいシナリオが用意される事となった。
「今の八幡君がどうしてアメリカにいたかっていうとね、商談の為だよ」
「商談!?俺が!?」
「うん、八幡君が高校を卒業した後、陽乃さんがゲーム会社を作ったの。
八幡君はその会社で働いてて、陽乃さんから次期社長に指名されてるんだよ」
「次期………社長?俺が!?」
(働きたくないでござるが座右の銘だった俺が雪ノ下さんの会社で働いてて、
あまつさえ次の社長とか、どんな罰ゲームだよ………)
八幡の混乱はかなりのレベルに達していたが、それはまだまだ序の口であった。
「まあそんな訳で、その後知り合った俺とお前は親友同士になった、オーケー?」
「オ、オーケー、分かった、忘れちまっててすまないな、親友?」
「何故疑問系かはさて置き、分かってくれて嬉しいよ」
その和人の裏表の無い笑顔を見て、八幡はその事実を受け入れる事にした。
「それじゃあ自己紹介を一気に済ませちゃおうか、優里奈ちゃんから時計周りにお願い」
明日奈のその言葉を受け、和人は少し離れた所に移動し、
そこでどっしりとあぐらをかいた。
それはいかにも『俺の出番はまだ先だ』風な態度であったが、
実際はこの後の混乱に巻き込まれるのが嫌だっただけである。
「分かりました。八幡さん、改めまして、私は櫛稲田優里奈です。
天涯孤独の身でしたが、警察官である相模南さんのお父さんに紹介されて、
八幡さんに保護者になってもらい、今は幸せに暮らしています」
「突っ込みどころが満載すぎて逆に突っ込めねぇ………」
「私は間宮クルス、南と一緒に八幡様の秘書になる予定です」
「ひ、秘書?俺に?あっそうか、だから俺の事を様付けで……」
八幡はクルスだけが自分の事を様付けする理由をそれで納得したようである。
「って、南って相模南!?また相模って、一体どうなってるんだ……」
「八幡君と和解したから」
「え、そうなの?まあでもあいつはな……分かった、話の腰を折って悪かった」
どうやら八幡にとっては、南との和解は想定出来る範囲内だったらしい。
「次は私だね、私は神崎エルザ、日本が誇る歌姫だよ!」
「……………は?」
「だから歌姫!」
「え~と………」
「ほらこれ、私のPV!」
エルザは事前に用意していたのだろう、モニターを宙に表示させ、
そこに自らのPVを流した。こうして現物を見せられた以上、
八幡はその話を事実だと受け止める他は無かった。
「はい次、私は朝田詩乃、子供の頃、運悪く強盗に遭遇して、
逆に返り討ちにしたせいで学校でいじめにあってて、
更に同級生に横恋慕されて殺されかけたんだけど、
そこを八幡に助けてもらって以来の付き合いね」
「いやいや待て待て、さすがにそれは冗談だよね?」
だがその言葉を否定する者は誰もいない。
「え、本当に?朝田さん、ちょっとハードすぎる人生を送ってない?」
「そうね、でも帳尻はあってるからいいのよ、
今はあんたのおかげで幸せな人生を送れているんだもの」
「お、お役に立ててなによりです」
八幡としてはそう言う他はなかった。自分のおかげで今幸せだと言われ、
それを否定するのは人としてさすがにまずいと思ったからである。
「そして私は紺野藍子」
「ボクは紺野木綿季!」
「私達は難病指定されていた病気で死ぬ寸前だったんだけど、
八幡が特効薬の開発に尽力してくれたおかげで、命拾いしたわ」
「これで八幡といつまでも一緒にいられるね!」
「も、もう驚かないぞ、突っ込みなんか絶対にしてやらん……って突っ込まずにいられるか!
理系が苦手な俺が特効薬の開発?何で俺はそんな聖人君子みたいなことばかりしてるの?」
「私達にそう言われても……」
「八幡だからとしか……」
八幡はもう憮然とするしかなかった。誰も否定しないからには事実なのだろが、
それが全て事実だとすると、今の自分は頭がおかしいと結論付ける他はなかったのだ。
「そして最後が私、結城明日奈だよ、八幡君の大切な彼女だよ」
「ええっ!?」
その八幡の驚きようが半端ではなかった為、一同は逆に驚いた。
「な、何でそんなに驚くの?」
「いや、牧瀬さんに、ここに俺の彼女がいるとは言われてたけど、
正直結城さんが、一番無いなと思ってたから」
「えええええええええ?ど、どうして!?」
「だって結城さんって、活発そうだし誰にでも優しそうだし、それじゃあまるで………」
八幡はそこで押し黙った。そこで詩乃が、納得したような顔でこう言った。
「ああ、かおりと被るからよね」
「えっ?そ、そういう事!?」
「えっ、折本の事知ってんの?」
「ここにいるみんなが知ってるわよ、友達だもん」
「み、みんな?って事はまさか俺も?」
「ええ、とっても仲良しよ」
「マジかよ………」
本日何度目かのマジかよである。明日奈はショックを受けて固まっており、
一同はどうフォローすればいいか困り果てた。
そんな中、エルザが空気を読まずに爆弾を落としてきた。
「ねぇ、今の八幡って、この中だと誰が一番好みなの?」