「八幡!記憶が戻ったの?」
「え、記憶?記憶って何の事だ?」
「八幡はついさっきまで、SAO発売直前から今までの記憶を全部無くしてたんだよ!」
「え、マジで?というかここはどこだ?」
「ここは何もない即席のVR空間で、
ここにいるのは八幡の記憶を呼び覚ます為に集められたメンバーだよ」
「そ、そうなのか?すまん、まったく覚えがない」
いくつかある記憶喪失のパターンのうち、今回の八幡のケースは、
どうやら記憶を無くしていた間の事を覚えていないパターンのようだ。
「そんな事はどうでもいい、どうなんだ?二人の病気は何とかなったのか?」
「う、うん、どんどん悪い数値が改善してきてるって、
八幡や結城先生、それに紅莉栖さんや他のみんなのおかげだよ!」
「清盛先生と経子さんがそろそろメディキュボイドから出てもいいって、
スリーピング・ナイツのみんなには悪いけど、一足先に退院みたいな?」
「そうか、本当に良かった………」
そのまま八幡はぽろぽろと泣き始めた。
本人の体感的に、一年近くもの間、ずっと二人の事を心配してきたのだ、
その喜びはひとしおなのであろう。
「良かったね八幡君」
「お、おう、明日奈、頑張った甲斐があったわ」
そしてそんな八幡の頭を明日奈が自分の胸に抱きしめた。
八幡はまるで甘えるかのように、明日奈にされるままにしていたのだが、
何故か明日奈は胸に抱いた八幡の頭をギリギリと締め付けてきた。
「あ、明日奈、労ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと痛いというか……」
そう言って目を開けた八幡の前からは、先ほどまで目の前にいたはずの藍子と木綿季、
そして誰がいたかハッキリと確認はしていなかったが、
大勢の仲間達の姿が完全に消えていた。
「あ、あれ?他のみんなは?」
「あっちにいるよ?」
「お?」
そう言って明日奈は八幡の首をぐるんと回転させた。
少し離れた所に藍子、木綿季の他に、クルス、詩乃、エルザ、優里奈と和人の姿があり、
何故か全員こちらから目を背けているのが八幡はとても気になった。
「お、お前ら、何でこっちを見ないんだ?」
だがその問いには誰も答えない。
そして背後から、明日奈がとても優しい声で八幡に話しかけてきた。
「ねぇ八幡君、今ここにいる人の中で、一番八幡君の好みのタイプなのはだぁれ?」
「そんなの明日奈に決まってるだろ」
八幡はその問いに即答した。
「……………ねぇ、クルスは?」
「え、マックス?マックスがどうかしたのか?」
「クルスは八幡君の好みのタイプじゃないの?」
「そりゃ好きか嫌いかで言ったら好きだけど、明日奈と比べるのはおかしいと思うぞ」
「ふ~ん」
八幡はその声に背筋が凍る思いがした。もちろん怖くて振り向く事など出来はしない。
明日奈の機嫌が悪いのは確実なようだが、その時の記憶が無い八幡にはどうしようもない。
唯一出来るのは、何があったか知っている者に質問する事だけであった。
「お、おい和人、もしかして俺、記憶が無い時に何かやらかしたのか?」
「さ、さあ……」
和人は八幡と目を合わさないようにそう答え、
八幡は何かがあった事は間違いないと確信した。
だが八幡が何かアクションを起こす前に、明日奈から矢継ぎ早に質問が浴びせられてきた。
「この中で一番家事が得意そうなのは?」
「あ、明日奈だろ?ああ、まあ家事に関しては優里奈の方が出来るのかもしれないが」
「………まあそれはいいか、確かに優里奈ちゃんの家事のレベルは私より上だし」
明日奈はそう呟き、続けてこう言った。
「一番気が合って、一緒にいても飽きなさそうな人は?」
「そりゃ明日奈だろ?いつも一緒にいるんだし」
「一番母性本能を刺激してくる人は?」
「いや、俺男なんだけど………」
「それじゃあ父性本能、と言いたいところだけど、これもまあいいや。
一緒にいて一番安心出来そうな人は?」
「さっきの質問に似てるな、でもまあ明日奈以外にいないだろ?」
明日奈はその答えにスッと目を細め、続けてこう問いかけてきた。
「……………ねぇ、香蓮は?」
「え、香蓮?香蓮がどうかしたのか?」
「香蓮とは一緒にいて安心しない?」
「そりゃするかしないかって言ったらするけど、明日奈と比べるのはおかしいと思うぞ」
「ふ~ん」
どこかで聞いたようなやり取りが繰り返され、
再び八幡は、明日奈の『ふ~ん』を耳にする事となった。
「一番ツンデレだと思う人は?」
「そりゃあいつだろ」
八幡は迷う事なく詩乃を指差し、詩乃の額に青筋が浮かんだ。
「失礼ね、私のどこがツンデレなのよ!」
「むしろお前がツンデレじゃなかったら、この世の中にツンデレは存在しないだろ、
な、明日奈もそう思うよな?」
さすがにこの答えには怒られる余地はまったくないと確信しているのか、
八幡は平然と明日奈に同意を求めた。
「………うん、まあ私がツンデレじゃないのは確かだし、
ツンデレと言えばしののんで決まりかな」
明日奈がそう言った瞬間に詩乃の額から青筋が消え、詩乃は目を逸らしながらこう言った。
「ごめん、よく考えたら私、ツンデレでした」
(おい詩乃、一体お前に何があった!)
八幡が心の中でそう絶叫するほど、それはありえない宣言であった。
しかも基本誰にも敬語を使わない詩乃が敬語である。
詩乃が何を見てそうなったのか想像はつくが、
八幡はそれを確認する為に振り向く事は出来なかった。
「ところで八幡君、理央は?」
「え?理央?理央がどうかしたのか?」
「理央はツンデレじゃないの?」
「ああ………ま、まああいつもツンデレだな、最近は詩乃と理央のせいで、
ツンデレ属性と眼鏡属性がセットとして広く認識されてきたまである」
八幡は心の中から沸きあがってくる恐怖をかき消そうとするかの如く、
矢継ぎ早にそうまくしたてた。
だがそんな八幡の内心を読んだかのように、明日奈は八幡に言った。
「………今日の八幡君は、随分とよく喋るよね、何か困ってるのかな?かな?」
(カナカナきたああああああああ、やべえ、マジでやべえええええええええええええ!)
八幡は動揺しながらも、必死に言い訳を考えた。
「き、今日はアイとユウの病気が治ったお祝いだからな、
やっぱり俺が率先して喋って場を盛り上げないとな!」
「ふ~ん」
ここで追い討ちのように本日三度目の『ふ~ん』が来た、
(一体どうすればいいんだ!)
八幡はパニック状態に陥り、助けを求めるように思い切って明日奈の顔を見た。
そのなけなしの勇気を振り絞った八幡の英雄的な行いは、
明日奈の満面の笑顔で迎えられる事となった。
「うん、まあお祝いは大事だよね」
その笑顔に八幡は救われたような思いで同意した。
「あ、ああ、そうだよな!」
だが次の明日奈の言葉は八幡にとって、思いもつかないものであった。
「こういうお祝いの時って、懐かしいビデオとかを流すのが定番だよね」
「…………え?」
「それじゃあちょっと一緒に動画でも見ようか、八幡君」
「あっ、はい、分かりました」
八幡は明日奈が何を言っているのか理解出来ず、その場に正座して敬語でそう答えた。
そして明日奈が何か操作をすると、宙にモニターが出現し、
そこについ先ほどまでのやり取りが流れ始めた。
「え、何これ」
「八幡君が記憶を失ってた時の記録映像」
「ほほう?」
そして八幡にとって、まるで拷問のような時間が始まった。
『ねぇ、今の八幡って、この中だと誰が一番好みなの?』
『えっと、じゃあ………マックスさんで』
「ひっ………」
動画の中の自分がそう答えた瞬間に、八幡はそう悲鳴を上げた。
(こんなの明日奈が怒るに決まってんじゃねえか!
アウトだよアウト!エルザめ、後で覚えてろよ!)
そう思って八幡はエルザをじろっと睨んだが、エルザは当然ハァハァするだけであった。
(くそっ、相手が悪い、俺が何をしてもあいつは興奮するだけじゃねえか!)
そして立て続けに、八幡の失敗が再現されていった。
『ふ、ふつつか者ですが宜しくお願いします』
(ち~~が~~う~~だ~~ろ~~!)
『それにほら、多分この中で私が一番エロいよ!
八幡のアブノーマルな要求に、全部応えられるからね!』
『………いや、それは別に大事な要素じゃないからね』
『今答えるまでに間があった!』
『う………』
(おいコラそこの八幡、遠まわしに性癖のカミングアウトをしてんじゃねええええええよ!)
『八幡様、私の方が、エルザよりも全然脱いだら凄いですよ!』
『い、いや、それはまあ……』
『それなら私だって負けてません!
むしろ私の方が全体的にふっくらしているから抱き心地がいいと思います!』
『私も私も!』
(気持ちは分かるが三人の胸をチラチラ見てんじゃねえ!
そういうのは絶対に相手にはバレてんだよ!)
『え~とそれじゃあ、一番家事が上手そうな人は?』
『………櫛稲田さんかマックスさん』
(ぐ………こ、これは仕方ない、仕方ない………よな?)
『一番気が合って、一緒にいても飽きなさそうな人は?』
『う~ん………朝田さんか、まあ神崎さんと紺野………じゃあ分からないか、藍子さん』
(確かにそうかもだけど、あいつらは飽きないけど!
せっかくの無難な質問なんだから、そこは黙って明日奈って言っとけってんだよ!)
『一番母性本能を刺激してくる人は?』
『いや、俺男なんだけど………えっと、木綿季さんか櫛稲田さん』
(これも仕方ないよな?セーフだろ、セーフ!)
『一緒にいて一番安心出来そうな人は?』
『雰囲気的には櫛稲田さんかな………あ、あれ、他にも何か、
凄く背の高い子が一瞬頭の中に浮かんだんだが……』
(優里奈強すぎだろ!ってか俺、香蓮の事覚えてたのかよ!
完全にアウトじゃねえか!ツーアウトだツーアウト!)
『一番ツンデレだと思う人』
『何だそれ、そんなの朝田さんしかいないだろ、ああ、でも藍子さんもそんな感じに見える。
あ、いや、待て待て、また一瞬誰か知らない人の顔が浮かんだ気がする、
ええと、眼鏡をかけて長髪で、その、胸が大きい感じの理系っぽい子』
(だ~~~か~~~ら~~~、何でそこで理央の事を思い出すんだよ!
胸の事まで言うとか完全にアウトだよ!スリーアウトはチェンジなんだぞ!
明日奈が自分の事、俺の彼女だって言ってるんだから、
お前は明日奈にもっと気を遣え!ってか俺に気を遣え!
記憶が戻った後にどうなるかなんて、普通に分かるだろおおおおおおおお!)
八幡はその一連の映像を見てうな垂れた。明日奈が怒るのも当然だと思ったからである。
「八幡君、この動画、とっても楽しいね!」
明日奈は相変わらず満面の笑顔を崩さずにそう言ってくる。
だがさすがの八幡でも、この状況で笑顔を返す事など出来なかった。
「そ、そうですか?俺は別につまらない動画だと思いますケド……」
「まぁまぁ、ここからが面白いんだよ」
「えと、そ、それはどういう……」
そして八幡の目の前で、八幡のラブシーンがいきなり始まった。
(こ、これはきつい……何がきついってあいつらの視線がきつい……)
この時ばかりは他の者達も、ニヤニヤしながら八幡の反応を観察しようとしていた。
明日奈は明日奈で自分が偉業を成し遂げたという満足感で、鼻息が荒くなっていた。
(………そもそも高校の時の俺と今の俺じゃ違って当然なんだよなぁ)
八幡はそう思い、仲間達の方をチラっと見た。
(思えば高校の時の俺は、常に斜め上の解決方法を模索していた。
ならば今こそあの時に戻り、誰にも思いつかない方法でこの場を収めてやる)
八幡はそう決意し、立ち上がって明日奈の前に立った。
「八幡君、どうしたの?」
明日奈はそんな八幡を見て、スッと目を細める。
だが斜め上に脳が振り切ってしまった今の八幡は、
そんな明日奈の視線をまったく恐れない勇者であった。
「おい明日奈、いい加減に機嫌を直せ」
「つ~ん!」
明日奈はまるで子供のように、拗ねたように顔を背けた。
だが八幡はそんな明日奈の顔を自分の方に向け、いきなりその唇を奪った。
「「「「「「「うわ」」」」」」」
そして八幡は、明日奈が八幡にしたように、舌を入れて明日奈の口内を蹂躙し始めた。
最初は抵抗していた明日奈の腕が徐々に力を失っていく。
「ちょっと奥様、バカップルよ、バカップルがいますわ!」
「ボクも八幡にあんな風にされたいなぁ………奥様!」
「お、奥様方、明日奈の目が段々ハートマークみたいになってきましたわ!」
その藍子と木綿季の漫才に、優里奈が乗っかった。
「その昼下がりの奥様風の会話は何だよ!
というか優里奈まで乗っかっちゃうのかよ、珍しいなおい!」
キリトは当然のようにその会話に突っ込んだ、さすがはヴァルハラの突っ込み担当である。
「う、羨ましい……私も八幡様の弱みを握って強く出てみるべきかも」
「逆に反撃されてお仕置きされちゃうのがオチじゃないの?
まああいつはそんな事はしないと思うけど」
「それはむしろウェルカム!」
「黙れ変態!」
「ムッツリスケベに言われたくないですぅ」
「なっ、だ、誰がムッツリなのよ!」
「詩乃はムッツリでしょ、というか八幡様に何かされる所を妄想するなんて日常茶飯事、
むしろそれでご飯が三杯はいける」
「ここにも別の種類の変態がいた!そして私は別にムッツリじゃないから!」
「じゃあ八幡にベッドに連れ込まれるのを一度も想像した事が無いっていうの?」
「……………そ、そんなの無い……」
「はい、その沈黙がダウト!ほら、やっぱりムッツリじゃない」
「うぅ………」
詩乃が妄想逞しいのが発覚した瞬間であった。
思春期なのだから仕方ない、仕方がないのである。
「あっ、見て、明日奈が!」
そして遂に明日奈の腕がだらんとぶら下がり、
目が完全にハートの形になり、とろんとした。
そして明日奈から怒りのパワーを全て吸い取った八幡は、
仲間達に向け、威厳たっぷりな声でこう言った。
「お前ら、とりあえず今日はここで解散、俺達が日本に戻ったら改めて集合をかけるから、
それまでちゃんと俺の留守を守るようにな」
「「「「「「「は~い」」」」」」」
八幡が強いリーダーとして復活を遂げた以上、その言葉に逆らう者は誰もいなかった。
こうして八幡は無理やり力技で窮地を乗り越え、
ハチマンくんとアスナさんのバカップル伝説に新たな一ページが加わる事となった。