ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第875話 再会を約す

 次の日八幡が目覚めると、既に他のメンバー達は全員起きて活動していた。

時計を見ると、あれから十二時間近く経っており、今は夕方であった。

最初に八幡に声を掛けてきたのは朱乃である。

 

「あら八幡君、やっと起きたのね、具合はどう?」

「すみません、おかげで頭がスッキリしました、帰国の準備の方はどうですか?」

「明日の昼の便を抑えておいたわ、

今回お世話になった人達にはそれまでに挨拶を済ませてね」

「分かりました、ありがとうございます」

「あとこれ、清盛さんからよ」

「お、ありがとうございます、見させてもらいますね」

 

 八幡は朱乃から何かの書類を受け取ると、朱乃に頭を下げ、クルスを呼んだ。

 

「マックス、とりあえず宗盛さんとジョジョ、それにガブリエルにアポをとってくれ」

「それなら順番的にはガブリエル、ジョジョ、それに宗盛さんがいいと思います、

病院の面会時間とザスカーの営業時間の関係がありますので」

「そうか、まあ任せる」

「分かりました」

 

 クルスは正式な秘書就任前にも関わらず、その業務を完璧にこなしていた。

日ごろから八幡の為に日々勉強しているのであろう。

その辺りは南も同様だが、二人はどちらも努力家であり、

既に薔薇からも、直ぐに業務に入っても何の問題も無いとお墨付きをもらっていた。

 

「茉莉さん、今回は本当にありがとうございました、帰国まで自由にして下さいね」

「うん、ありがとう、せっかくだからみんなに渡すお土産でも買ってくるわ」

「あ、じゃあ私も一緒に行っていい?」

「別にいいけど、ちゃんと変装はしてね?

あなたの名前はこっちでも一部のゲーマーには有名になりつつあるから」

「うん、分かった!」

 

 どうやらエルザは茉莉に同行するらしい。

自衛官の茉莉が一緒なら、特に危険も無いであろう。

 

「紅莉栖とダルはどうする?」

「私達は、メリダさんとクロービス君の入ったサーバーを日本に移動させる段取りをするわ」

「結城先生がこっちから自由にアクセス出来るように、

セキュリティ関連の見直しもしないとなのだぜ」

「土産とかはいいのか?」

「明日の午前中、空港に向かう途中にでもどこかに寄ってもらえればそれでいいわ」

「僕もそれで問題ないかな、どうせオカリンとかの分だけだしね」

「そうか、それじゃあすまないが、宜しく頼む」

「ええ」

「任されたお!」

 

 最初から最後まで、実に頼りになる二人であった。

そして八幡はソファーに座って清盛から送られてきたという書類を眺め、

時々うんうんと頷いてていたが、そこにクルスが戻ってきた為、書類から顔を上げた。

 

「さてと、ユイとメリダとクロービスの所に行くのは夜でいいとして、

マックス、アポはとれたか?」

「ジョジョと宗盛さんに関してはとれました、

ガブリエルに関しては必要ありませんので、今すぐ向かいましょう」

「まあそうだな、よし、マックス、萌郁、行くぞ」

 

 八幡達三人は、そのままガブリエルが入院している病院を訪れた。

 

「やぁ八幡、もしかして記憶が戻ったのかい?」

「………知ってたのか?」

「ああ、実は少し前に、ヴァルハラ・ガーデンでキリトから説明があったのさ」

「そういう事か、まあもう記憶は戻った、何も問題はない」

「それなら良かった、かつての部下の中に、戦傷で記憶を失った奴がいたからね、

実はちょっと心配していたんだよ」

「………そいつはどうなったんだ?」

「自分が人殺しだった過去なんか忘れて、今は奥さんと幸せに暮らしてるよ」

「………そうか、それは良かった」

 

 八幡は、そういうケースもあるのだと納得し、少し感動した。

 

「それで今日はどうしたんだい?」

「おう、実は明日、日本に戻る事になった」

「それは急だね、でもそうか、それじゃあ僕も明日退院する事にするよ」

「え、お前、明日退院って、そんなの自分で決められるものなのか?」

「別に問題ないさ、失ったのは腕と片目だ、移動するのに何の支障もないよ」

「ああ、実はその事でお前に話がある」

 

 そう言って八幡は、ガブリエルに何枚かの書類を差し出した。

 

「これは?」

「俺の知り合いの医者にお前のレントゲン写真やら、その他一式を送って見てもらった。

その医者は死にかけたじじいだが、信頼出来るじじいだ。で、その返事がそれだ」

 

 ガブリエルはその書類に目を通し、ヒュッと息を呑んだ。

 

「まさか、この腕は治るのかい?」

「完全にとはいかないがな、まあお前の全盛期のほんの九割ってところだな」

「九割だって?こっちの医者には………」

 

 何か言いかけたガブリエルだったが、その言葉は八幡に遮られた。

 

「手術の成功率が天文学的低さだって言われたんだろ?

それと世界でも成功例がほとんど無いとも」

「あ、ああ、よく分かるね」

「俺も色々調べたからな、だが俺の知り合いに手術のスペシャリストがいるんだ、

その人は普通に手術する分には平凡な腕しかないが、

誰かの真似をさせたら世界でも有数の神のメスを振るうぞ」

「真似?つまりトレースの才能って事かい?」

「そうだ、幸いお前の腕と同じような状態の患者を手術で治した映像を手に入れた、

だからお前の腕はうちで治す、絶対にだ」

 

 八幡はそう言いながら、次にガブリエルにサングラスを手渡した。

 

「そしてこれだ、俺がこっちにいるうちに何とか間に合ったな」

「………これは?」

「それは今うちが開発中のAR端末のお前専用バージョンだ、

拡張現実、オーグメンテッド・リアリティって奴だな。

もっとも性能はかなり限定的にさせてもらった、なにぶん時間が無かったんでな。

さて、それを装着するとどうなるか、まあ騙されたと思って掛けてみるといい」

「あ、ああ、分かった」

 

 ガブリエルは言われた通りにそのサングラスを掛けた。

その瞬間に、失われていたカブリエルの視界がいきなり復活した。

 

「こ、これは………見える、見えるぞ!」

「まあそうなる訳だ。お前が本来見ているはずの映像を、

サングラスに内臓されたレンズが拾い、その情報をお前の脳に継続的に送り込む。

情報量を絞っている分脳への負担も無いも同然らしい」

「こ、こんな物をもらっていいのかい?かなり金がかかったんだろう?」

「なぁに、いずれこれをもっとシンプルにしたバージョンを、

目の見えない人達に売り出すつもりだから、そこで回収するさ。

これはお前がいたからこそ作ってみようと思った製品だから、

その将来の利益の一部を先行してお前の為に使っても別にいいだろ」

 

 ガブリエルはその説明に押し黙った後、八幡に深々と頭を下げた。

 

「ありがとう、感謝の言葉も無いよ。

俺の命は君に捧げる、何でも命令してくれ。

例え誰かの暗殺だろうと何だろうと、必ず成し遂げよう」

「物騒な事を言うんじゃねえよ!そんな事頼む機会なんか絶対に無えよ!」

「ははっ、冗談だよ、しかしまさかソレイユの技術がここまでとは思ってもいなかったよ」

「まあうちにはとんでもない天才がいるからな、まったくあいつには足を向けて寝れないわ」

「クリス・マキセか………」

「まあそういう事だ、だから俺がガブリエルに頼みたいのは、第一にあいつの命を守る事だ。

俺の事は心配しなくていい、俺には萌郁とレヴィがいるからな」

「分かった、その依頼、必ず成し遂げよう」

 

 これでガブリエルとの会話は終わり、ガブリエルはいそいそと、退院の準備を進め始めた。

 

「それじゃあ明日、空港で待ってるよ」

「おう、飛行機のチケットは手配しておく、パスポートを忘れるなよ」

「もちろんだ、この後はどこかに行くのかい?」

「ああ、ジョジョの所に挨拶だ」

「そうか、彼にも宜しく伝えてくれ、日本でまた会おうってね」

「分かった、必ず伝える」

 

 そして病院を出た三人は、ザスカー社に向かった。

 

「やぁ八幡、今日はどうしたんだい?」

「ジョジョ、実は明日日本に帰る事になったんでな、挨拶に来た」

「明日?そっか、僕も来週には日本に行くからね、

向こうで会えるのを楽しみにしてるよ」

「ガブリエルからも伝言を頼まれた、同じように日本でまた会おうってさ」

「オーケーオーケー、いやぁ、楽しみだなぁ、夢だったんだよ、日本に住むのが」

「そうか、それはおめでとう」

「ありがとう八幡、引き続き向こうでも宜しくね」

「こちらこそ宜しくな、ジョジョ」

 

 こうしてジョジョへの挨拶はあっさりと終わった。次は宗盛の所である。

 

「宗盛さん、明日日本に帰るんで挨拶に来ました」

「ああ、話は聞いてるよ、今回は実にいい経験になったよ、

あのVRラボとニューロリンカーが発売される日を楽しみにしているからね」

「ありがとうございます、

一応こっちからでも宗盛さんだけは今まで通りにログイン出来るようにしておきますので、

これからも無理の無い範囲であの二人に色々と協力してあげて下さい」

「えっ、いいのかい?」

「もちろんですよ、だって俺と宗盛さんは、あと数年で親戚になる訳じゃないですか」

 

 その言葉に宗盛は楽しそうに笑った。

 

「そうだったそうだった、結婚式には呼んでくれよ?」

「もし生きてたらあのじじいも来ますけど、平気ですか?」

「なぁに、実は昨日、そのじじいから珍しく連絡があってね、

生まれて初めて褒めてもらったから平気だよ」

「生まれて初めてとか……やっぱりあいつは偏屈なじじいですね、

今度から他人を褒めて伸ばす事も覚えろって説教しておきますよ」

「ははっ、うちの親父に説教出来るのなんて八幡君だけだから宜しく頼むよ」

「はい、任せて下さい。宗盛さん、宗盛さんがいてくれて、本当に良かったです。

あの二人の命を救ってくれて、本当にありがとうございました」

 

 八幡はそう言って宗盛の手を握りながら、地に頭がつかんばかりにおじぎをした。

 

「役に立てて本当に良かったよ」

 

 そう答えた宗盛の顔はとても誇らしげであった。

 

「さて、それじゃあホテルに戻ってあいつらの所に顔を出すか」

 

 最後の目的地はVRラボである。

ホテルに戻った八幡は、自分のニューロリンカーを探し、

それがどこにも見当たらない事で焦る事になった。

 

「あ、あれ、無い、無い、なぁ紅莉栖、俺のニューロリンカーを知らないか?」

「ごめんなさい、あれは調整中なの、その間は私のニューロリンカーを使って」

「ん、そうか、分かった」

 

 八幡は紅莉栖のニューロリンカーを使い、そのままVRラボにログインした。

 

「お~いメリダ、クロービス、ユイ、こっちの調子はどうだ?」

「あっ、パパ!良かった、私のせいで本当にごめんなさい……」

「ユイのせいじゃないさ、単純なシステムの問題だ、

だから気にするな、俺はこうして無事なんだからな」

「うぅ、パパ、パパ!」

 

 ユイはまだ完全にはショックから立ち直ってはいないようだったが、

もう八幡は元気な姿でユイの目の前にいるのだ、直ぐにユイも元気になってくれる事だろう。

そしてユイに遠慮していたらしい二人も、八幡に声をかけてきた。

 

「兄貴、久しぶり!」

「兄貴、記憶が戻ったんだね、本当に良かった……」

「おう、もうバッチリだ、ユイに聞いたのか?」

「うん、こっちじゃもう百日以上経ってるからさ、本当に心配したよ」

 

 どうやら二人はユイ経由でその事を教えられたようだ。

ユイは自分の責任だとかなり落ち込んでいた為、

紅莉栖が気を利かせてユイに一番に教えたらしい。

 

「藍子と木綿季の具合はどう?」

「おう、バッチリらしいぞ、もうすぐメディキュボイドは卒業だそうだ」

「そっかそっか、それは良かった」

「あとは残りの五人の病気を治せばコンプリートだね」

「その五人の病状は実際どうなんだ?危なかったりしないのか?」

「ああ、大丈夫大丈夫、一番やばいのはノリだと思うけど、

それでも一年以上は余裕だから、単純計算で百年は時間があるからさ、何とかしてみせるよ」

「お前達に頼りっきりになっちまうが、頼むな」

「うん、任せて!」

「スリーピング・ナイツは仲間を絶対に見捨てないんだぜ、兄貴!」

「ああ、そうだな」

 

 八幡はその言葉に嬉しそうに頷いた。

 

「なぁ二人とも、俺は明日、日本に戻るんだが、

実は二人がいるこのサーバーも、このまま日本に持っていく事になった。

なので一日程度、電源を落とす事になっちまうから、その事を先に伝えておくわ」

「あ、そうなんだ、分かった、それじゃあたまには休憩する事にするよ」

「と言っても、目を瞑ってすぐに目を開けるみたいな感じになるんだけどね」

「別の端末にお前達を移せれば良かったんだが、

お前達の今のデータ量はスマホ程度にはまったく入らないレベルになっててな、

都合のいい端末が近くに無かったんだ、すまない」

「ううん、いいっていいって、体感的にはどうせ一瞬だからさ」

「悪いな、約束通り、日本に戻ったらスリーピング・ナイツの奴らと再会させてやるからな」

 

 その言葉通り、二人は藍子と木綿季の病気を治した事で、

遂にスリーピング・ナイツの前に姿を現す事を決めていたのである。

最初はプレイヤーキャラをAIが操作しているという状態にする予定であったが、

どうやら技術的に色々と問題があるらしく、

当日はAI操作のNPCとして、ALOにログインする予定となっている。

要するにスリーピング・ガーデンのハウスメイドNPCの二人枠が、

この二人になるという事なのである。二人にはまだ仕事が残っている為、

スリーピング・ナイツの戦闘要員としては、たまにしか復帰する事は出来ないが、

いずれ全員の病気が治ったら正式に復帰する予定となっていた。

その場合も扱いはNPCとなるのだが、プレイヤー扱いとの違いは、

実はスキルを自由に取れない事くらいである。

そしてそれは、ホスト側からデータを変更する事によって解消する予定となっていた。

 

「それじゃあユイは、一足先にALOに戻ってくれ、

きっとキズメルも寂しがってると思うしな」

「はいパパ、それじゃあ日本で待ってますね」

「おう、それじゃあ後でな、ユイ」

「メリダさんとクロービスさんも、またALOでお会いしましょうね!」

「うん、ユイちゃんまたね!」

「またな!」

 

 こうしてユイとメリダとクロービスもお別れを済ませ、

そして次の日、土産の購入を終えた一行は、空港でガブリエルと合流した。

 

「よぉガブリエル、調子はどうだ?」

「腕はちょっと痛いけど、目の方はバッチリさ」

「………お前、サングラスをかけてると、どこかの俳優みたいだよな」

「え、そうかい?だからさっきから、女性によく声を掛けられるのか……」

「チッ、リア充モテ野郎め」

「八幡にそう言われると違和感しかないんだが」

 

 こうして八幡達は、ガブリエルを伴って空路にて遂に日本へと戻る事となった。


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