「アメリカじゃちょっとしくじったらしいじゃねえか」
「あっ、はい、まあ今はもう平気です、ご心配をおかけしました」
既に嘉納は八幡の記憶喪失の事を知っていた。
口止めはしていなかったし、おそらく茉莉辺りから報告を受けたのだろう。
「本当に気を付けてくれよ、お前さんにもし何かあったら、
日本にとってはかなりの痛手なんだからな」
「それは買いかぶりすぎです、俺がいなくてもソレイユはちゃんと運営されていきますって」
「それはそうだろうが、お前さんがいなくなって、
雪ノ下社長がいなくなったらどうなるか分からないだろ?」
「まあ………それはそうですね」
「まあでも悪い事ばかり考えていても仕方ねえな、とにかく無事で良かった」
「はい、ありがとうございます」
この時点で隣にいた理央は、緊張でガチガチになっていた。
それも当然だろう、目の前にいるのは、麻衣などとは比べ物にならないほどの有名人なのだ。
「で、こちらのお嬢さんが、お前さんの新しい女かい?」
嘉納は冗談のつもりなのだろう、ニヤニヤしながらそう言った。
「いや、こいつは誰がここに来るかのジャンケンで負けた、ただの運が無い奴です。
ほら、もう緊張して今自分がどんな状態か分かってないように見えるでしょう?」
「い、いや、確かに緊張してるけど!してるけど!」
理央がそう突っ込んできたが、二人は微笑んだだけである。
「ジャンケン?ここに来るのがそんなに嫌だったのか?」
「少なくとも姉さんは逃げやがりましたね、ほら、今日はあの人が来てるじゃないですか」
そう言って八幡は、チラリと遠くにいる幸原議員の方に視線を走らせた。
「ああ、確かに好き好んでお近付きになりたい相手じゃないわな」
どうやら嘉納も、幸原にはあまりいい印象は持っていないらしい。
「俺はまあ別にいいんですけど、こいつは実は、
うちの見習い社員の高校生なんで、こういう場にはまったく縁が無いお子様なんですよね」
「お、お子様言うな!」
再び理央が突っ込んできたが、二人はそれに対しても微笑んだだけである。
この二人と理央では役者が違うのだ。
「ほう?高卒でソレイユ入りとは将来有望でいいじゃねえか」
「はい、それはまあ認めます、こいつは中々出来る奴なんですよ。
ちなみに俺が拾ってきました」
八幡はややドヤった感じでそう言い、嘉納は関心したような顔で頷いた。
「ほうほう、お前さんが直接なぁ、
なるほどなるほど、だからこんなに別嬪さんで、スタイルが抜群なんだな」
「いや、それは俺の選考基準には全然関係ないですから」
「ちょ、ちょっとはそっちにも興味を持ってくれても……」
八幡はあっさりとそう切って捨て、理央は複雑そうな表情でそう呟いた。
通常の相手ならここで終わる話だが、相手は百戦錬磨の政治家である、
この程度で八幡をからかう事をやめたりはしないのだ。
「それじゃあ銃士Xの嬢ちゃんはどうなんだ?あの子もお前さんが拾ったんだろ?」
「え、いや、まあそう言われるとそうなんですが」
「あとロザリアちゃんもお前が拾ったようなもんだって聞いたぜ?」
「ああ、確かにあの猫は捨ててあったんで拾いましたね」
「それと櫛稲田優里奈、だったか、あの子もそうだろ?」
「嘉納さん、よく知ってますね」
「ははははは、ほれ、全員に共通してる部分があるじゃねえか、なぁお嬢ちゃん」
「そ、そう言われると確かに……」
理央は自分の胸を見ながらそう言い、八幡は焦ったような顔で言い訳をした。
「違う、本当に偶然だ、俺は胸の大きさにそんなに価値を見出してはいない」
「そっか、私の胸って価値が無いんだ……」
その言葉を聞いた理央がしょんぼりとし、八幡は更に焦った。
「い、いや、違う、決してそんな事はないから自信を持て、大丈夫だ、お前は十分にエロい」
「それ、褒め言葉じゃないから!」
「比企谷君、さすがにそれは無えだろ」
嘉納にまでそう突っ込まれ、八幡は顔を赤くした。
「すみません、おかしな事を言いました」
「いやいや、お前さんの珍しい姿が見れたから良しとするさ、
それでお嬢ちゃん、緊張も解けたみたいだし、そろそろ自己紹介といこうじゃねえか」
「あっ」
それで理央はガチガチだった自分がリラックス出来ている事に気が付いた。
さすがは嘉納、実に老獪である。
「失礼しました、私は双葉理央です、八幡の新しい女です!」
「ぶっ……」
理央がそう言った途端に八幡は思いっきり噴き出し、
嘉納はこの上なくニヤニヤした顔で八幡に言った。
「本人はそう言ってるみたいだが?」
「おい理央、お前は時と場所をもう少しわきまえような」
八幡は平静を装いながら、諭すように理央に言った。
その八幡の言葉を理央はどうやら曲解したらしく、
きょろきょろと辺りを見回しながら嘉納にこう言った。
「す、すみません、私もう十八ですけど、まだ一応高校生なんで、
今のセリフは五ヵ月後まで忘れておいて下さい!」
そう言われた嘉納はきょとんとして黙りこんだ後、とても楽しそうに大笑いした。
「おい比企谷君、随分と面白い子を拾ったじゃないか」
「まあ面白いのは確かですね、ちなみにこいつは来年度から、
ソレイユの次世代技術研究部に所属する予定です」
「ほっ、花型部署じゃねえか、本当に優秀なんだな」
「い、今必死に勉強中です」
理央は褒められたのが嬉しかったようで、紅潮した顔でそう言っておじぎをした。
「そうかそうか、頑張れよ」
「はい!」
「俺は嘉納太郎だ、お嬢ちゃんの事は覚えておく」
「あ、ありがとうございます!」
「実に楽しそうですね、そろそろ僕も混ぜてくれませんか?」
「おっ、柏坂さん、悪い悪い、ちょっと盛り上がっちまったわ」
そこに横から声を掛けてきた者がいた、厚生労働大臣柏坂健である。
「比企谷君、紹介しよう、こちらは厚生省の柏坂大臣だ」
「柏坂健です、比企谷君、君の事は娘からよく聞かされているよ、
それに双葉さんだったかな?宜しくね」
「双葉理央です、宜しくお願いします」
「比企谷八幡です、失礼ですが、娘さんというのは……」
「君の隣のクラスに通っている柏坂ひよりの事だね」
「あっ、ひより………っとと、柏坂さんのお父様でしたか」
八幡はいつものようにひよりの事を呼び捨てにしようとし、慌ててそう言い直した。
「いやいや、いつもの通りひよりと呼んでやってくれ、
もし私のせいで、今後の呼び方が変わってしまったら、娘に怒られてしまうからね」
「あっ、はい、分かりました」
柏坂は鷹揚な人物らしく、人柄も穏やかなようで、八幡と理央は好感を抱いた。
「今回の件、多大なご協力を頂き、ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそSAOから娘を助けてくれて本当にありがとう、
君にはいくら感謝しても足りないくらいだよ。
それを抜きにしても、少し前からひよりが急に元気になってね、
その頃から君の話をしてくれるようになったから、それも君のおかげなんだろ?」
「確かに知り合ったのはその頃だと思いますけど、
それが俺のせいかどうかは分からないですよ」
「君は謙虚だね、まあとにかく今後とも宜しく頼むよ」
「こちらこそ宜しくお願いします」
こうして嘉納大臣と柏坂大臣への挨拶を無事終えた二人は、そのまま撤収する事にした。
先ほどのやりとりで注目を集めてしまったせいか、
二人の事を尋ねてくる者が段々増えてきたからだ。
「おい理央、この流れはあまり良くない、特にあの幸原議員に目を付けられるのは避けたい」
「うん、そうだね、一刻も早くこの怖い場所から逃げ出そうよ」
「あ、やべ、こっちに来やがった」
「八幡、何とかして!」
「ちょっと待ってろ」
そして八幡は、嘉納にそっと耳打ちした。
「嘉納さん、例の人が来たので逃げます」
「ん、そうか、それはまずいな、
俺としても、お前さん達があの人に目を付けられるのは避けたいからな、
よし、俺に任せておけ」
「すみません」
そして嘉納は自分達を囲んでいる者達に、笑顔で言った。
「さて、この二人はそろそろ別のパーティーに行かないといけない予定があるので、
盛り上がっているところ悪いんですが、このまま俺が連れていきますよ」
そう言って嘉納は二人の手を引き、会釈しながらスタスタと歩き始めた。
「よし、このまま逃げるぞ」
「えっ、嘉納さんも逃げるんですか?」
「俺だってあいつは嫌いなんだよ」
嘉納はそうぶっちゃけると、二人と共にそのまま外へ出た。
「ふう、それじゃあまた遊ぼうや」
「はい、そうですね、今度はしがらみの無い場所で楽しく遊びましょう」
「理央ちゃんも頑張ってな」
「はい、今度は正式な社員としてご挨拶したいです!」
「おう、その時を楽しみにしているわ」
そして嘉納と別れた二人はソレイユに戻ると、寮で行われている宴会に合流した。
「私、着替えてから他の人と合流するね」
「おう、俺は適当に声を掛けて回るわ」
「ちゃんと夜には眠りの森に顔を出してあげてね」
「ああ、もちろんそのつもりだ」
理央と別れた後、八幡は社員達のところを周り、今回の件について一人ひとりを労った。
その道中で八幡は、思わぬ人物達の姿を見付け、ぽかんとした。
「あ、あれ、葉山と戸部じゃないか、何でこんな所にいるんだ?」
「比企谷、お帰り」
「ヒキタニ神、ち~っす!」
「おい戸部、俺をおかしな風に呼ぶな」
二人の説明だと、葉山は今回の件について、法的にまずい部分が無いかどうか、
陽乃と相談に来た帰りに陽乃に言われて何となく参加する事になったらしい。
戸部は卒業後の寮の申し込みに来たついでに葉山同様に陽乃に誘われたようだ。
「いやぁ、久しぶりっしょ!」
「だな、ああ、でも悪い、俺はこの後ちょっと行く所があって、長居出来ないんだよな」
「それは残念だね、そうだ、良かったら明日にでも、三人で飲みにでも行かないか?
つもる話も色々とある事だしね」
「明日か、オーケーオーケー、それじゃあ待ち合わせは……」
「あら、そういう事なら私達も参加したいのだけれど」
その時横からそう声が掛かった。そこにいたのは雪乃と結衣と優美子であった。
どうやらこの三人も、寮に入る事にしたらしい。
「雪乃まで寮に入るつもりなのか」
「ええ、そういう経験もたまにはいいのではないかと思って、まあ数年ね」
「なるほどな、まあ確かに楽しいかもしれないな、周りは仲間ばっかりなんだし」
「それならせっかくだし、明日は姫菜とか川崎さんやいろはすも誘って、
総武高校のプチ同窓会といかね?」
「いろはは一個下だがまあいいか………ってあれ?
そういえばあいつ、一つ下なのにこの前の面接に来てなかったか?」
八幡は今更ながらその事を思い出し、不思議そうな顔で雪乃に尋ねた。
「いろはさんは、来年一人だと寂しいだろうからって姉さんが配慮したみたいよ」
「え、マジで?確かにもしそうなったら寂しいわな」
「まあいろはさんは実は優秀だし、一年早くに確保しておいてもいいのではないかしら」
「だな、あいつは何だかんだ、二年連続で生徒会長を努めた伝説の女だからな」
「それじゃあ全部で九人になるのか、
俺が店を予約しておくから、後でこっちから連絡を入れるわ」
「ヒッキー、楽しみだね!」
「おう、楽しみだな」
「あーし、姫菜がまた暴走しないか不安なんだけど」
「まあ久々なんだし多少はいいんじゃないか?どうせいじられるのは俺だろうし」
「確かにそうだね、それならいいか」
「俺が困ってたら助けてくれよ、おかん」
「あーしをおかん扱いすんなし」
こうして明日のプチ同窓会の開催が決まり、八幡は仲間達に別れを告げ、
予定通り、眠りの森へと向かった。いよいよ二人との再会である。