「あ、ハチマン、来てくれたんだ」
「おうリョク、待たせちまったか?」
「ううん、別に待ってないよ」
「そうか、それなら良かった」
その声が聞こえたのだろう、奥から凄い勢いでリナが走ってきてハチマンに飛びついた。
「よぉリナッチ、元気だったか?」
「いつも元気なのな!リナッチの時に来てくれて嬉しいのな!」
そのやり取りを聞いたフカ次郎はキョトンとした。
「リーダーってリナちゃんをそんな風に呼んでたっけ?前は違う呼び方をしてたような……」
「いや、これは別にいいんだ」
ハチマンはそう言って、これは内緒だという風に唇の前で人差し指を立てた。
「ふ~ん………ハッ、こ、これはもしや、カップルにありがちな、
二人だけの秘密だねって奴では………」
「で、リョク、一体何があったんだ?」
ハチマン、安定のスルーである。
「最近市場の様子がおかしいじゃん、金属素材や硬革系の素材は軒並み品薄で高騰中、
これってば絶対誰かが買い占めてると思うんだよね」
「ほう?ハイエンドの素材もか?」
「そっちはほとんどうちが抑えてるし、流通も限られてるから動きは鈍いけど、
需要が凄まじいから値段がかなり上がってるかな」
「ほう?」
「値上がりしてる素材の種類からして、
これは明らかにどこかのギルドが戦いの準備をしてるじゃんね」
「ふむ、かもしれないな」
ハチマンはリョクの言葉に頷きつつも、首を傾げた。
「でもそれだけの金を持ってるギルドなんかあったか?
連合も同盟ももう虫の息だろうし、金があるギルドなんてもう限られてるだろ」
「戦闘系のギルドとは限らないじゃん、私が思うに可能性は二つ、
どこかの種族の領主様か、職人ギルドじゃないかな」
「なるほどな、だが領主の線はおそらく無いだろうな、
人数が多いサラマンダー、シルフ、ウンディーネ、ケットシーの情報は入ってくるが、
そんな話は聞いた事がない」
「うん、私もそう思う。とすると、やっぱり本命は………」
「職人ギルドか、う~ん、商業系のギルドか素材採取系のギルドの可能性は無いのか?」
「その二つは小さいギルドばっかりだから、職人ギルドとはやり合えないと思うかな。
うちみたいにでかいバックでもいない限りね」
「でも結局武器を使うのは戦闘系のギルドな訳だし、
要するにでかい職人ギルドがどこかのバックに付いたって事なのかもしれないな」
「うん、その可能性が高いじゃん」
この間、リナは大人しくハチマンの膝の上で話を聞いており、
それを横で見ていたフカ次郎は、リナに羨ましそうな視線を向けていた。
「俺は正直職人ギルドには詳しくないんだが、今はどんな感じなんだ?」
「エンシェントウェポンを作れるのはレプラコーンだけだから、
まあそう考えると一つだけ、該当するギルドがあるかな。
というか、そこしか無いんだけど」
「ほう?何てギルドだ?」
「小人の靴屋なのな!」
その問いに答えたのはリナであった。
「ほう?」
「レプラコーンの職人の半数以上が所属してるって噂なのな!」
「何だそりゃ、ほぼ独占状態じゃねえか。
そんなでかいギルドがあったなんて全然知らなかったわ」
「まあうちは自前で全部賄っちゃってるもんね」
そのフカ次郎の言葉にハチマンは頷いた。
「まったくリズとナタクとスクナには頭が上がらないよな、
そういった事で苦労する必要がまったく無いしな」
「まあそんな訳で、もしかしたらターゲットはヴァルハラかもしれないから、
一応報告しておこうかなって」
「サンキューリョク、こっちでも調べてみるわ。
まあもしかしたら、次のバージョンアップに備えた動きなのかもしれないけどな」
「その可能性もあるかもね、とりあえず用件はそのくらいじゃん、
わざわざ来てくれてありがとね、ハチマン」
「気にするな、こっちもいい情報をもらえたからな、また何かあったら頼むわ」
そう言ってハチマンは、リナを横に下ろして帰ろうとした。
だがそんなハチマンを、リョクとリナが引き止めた。
「ま、まあ久しぶりなんだし、ゆっくりしていけばいいじゃん」
「ハチマン、遊んで遊んで!」
「いや、まあそうしたいのはやまやまだが、厄介なお前達の姉さんがほら、な?」
ハチマンがそう言った瞬間に、店の奥からその厄介な人物一号が姿を現した。
「あらぁ?店が騒がしいと思ったらハチマンじゃない、とりあえず戦う?」
「出たよリョウ………だから戦わないっての」
「え~?たまにはいいじゃない、ね?」
「え、やだよ、お前は時間を決めてももうちょっともうちょっとって、
絶対に引き伸ばしてくるじゃないかよ」
「え~?それはずっとハチマンと一緒にいたいっていう女心じゃない」
「嘘吐け!お前は戦いたいだけだろ!」
「あれ、バレちゃった?」
あっさり開き直るリョウであった、相変わらずの戦闘狂っぷりである。
「まったくいい加減に………」
「おっ、ハチマンじゃんか」
ハチマンがリョウに苦情を言おうとした瞬間に、厄介な人物二号が姿を現した。
「リクまで来やがったか………」
段々状況が悪化していく事にハチマンは焦りを感じていたが、
ここでいきなり帰るという訳にもいかない。
「丁度良かった、新しい技を思い付いたんで、的……………練習相手になってくれよ」
「的!?今的って言ったよな!?」
「それなら私も試したい技が……」
「リン、お前もか!お前ら俺にばっか言ってこないで、大人しく訓練場に行けよ!」
「え~?ハチマンがいい!」
「そうそう、ハチマンがいいんだよハチマンが」
「わ、私もハチマンが……」
三人は譲らず、ハチマンは頭を抱えた。だがそこに猫耳の天使が舞い下りた。
「みんな、ハチマンさんを困らせちゃ駄目にゃよ」
そのリツの優しい笑顔にハチマンは感激した。
「リツ!俺の味方はお前だけだ!」
「にゃっ!?ハチマンさん、顔が近い、近いのにゃ!」
他の五人とフカ次郎は、そのリツの姿を羨ましそうに眺めていた。
「あ~、リツはずるいなぁ、私も味方だよぉ?………一応」
「おいリョウ、今何でとってつけたように一応ってつけたよな?」
「え~?気のせいじゃない?」
「そう言いながら、武器を構えてじっとこっちを見るのはやめろ」
「あ~、私も的にすんのはダチだけだからよ」
「お前は根本的にダチという言葉の意味から調べなおせ」
「すまないハチマン、試したいなどというのは失礼だった、全力で攻撃させて欲しい」
「そういう意味じゃねえよ、リンはその真面目すぎるところを何とかしような」
「それなら私もハチマンを解剖したいじゃん」
「リョクはどうしてそういう事を言うかな?
今俺に対する友好度をみんなで競ってるって分からないかな?」
「リナが一番最初に遊んでって言ったから、リナが最初なの!」
「こうなるとリナの遊ぶってのもちょっと不安に感じられてきたなぁ………」
「みんな、自重、自重するのにゃ!」
そんな六人に圧倒されていたフカ次郎は、小さな声で呟いた。
「こ、この目的に向かってとにかく突き進む積極性は私も見習わないと………」
「ふざけるな、お前はそもそも肉食眼鏡っ子だろうが」
「どうしてリーダーは私にだけいつもそうなの!?」
「そんなのは今までのお前の行いのせいに決まってる、もっと反省しろ反省」
「ぐぬぬ」
そう歯噛みしつつ、聞こえるか聞こえないかくらいの自分の呟きに、
ちゃんと突っ込んで相手をしてくれるハチマンが、
フカ次郎はとても愛おしく感じてしまうのであった。
「うぅ、もう我慢出来ない、ジュテーム!」
「おわ、いきなり何だようぜえ、おいこら、顔が近い、近いっての!
誰か、こいつを止めてくれ!」
「それは新しい遊びなのな?それじゃあリナもリナも!」
「違うから離れろリナ、特にお前との密着は絵面がやばいから!」
ハチマンがいるスモーキング・リーフは、今日もとても賑やかなのであった。
「はぁ、今日はひどい目にあった……………
これは帰ってからフカにお仕置きをしないと駄目だな」
「リーダー、何が駄目なのかちっとも分からないけどウェルカム!お仕置きプリーズ!」
「お前はノーマルだろ、ロビンみたいな事を言うんじゃ……………ん?」
そう言ってハチマンは立ち止まり、訝しげな表情をした。
「リーダー、どったの?」
「今どこかから視線を感じた気がしてな」
「ん~?特に誰も見当たらないけど………まあ見られるのはいつもの事だしね」
「まあそう言われると確かにそうだよなぁ、まあいいか」
そして二人が立ち去った後、一人の痩せ型の男が姿を現した。
「うおお、マジびびった、このシットリ様の気配に気付くとは、さすがはハチマンだぜ……
スモーキング・リーフを見張る時はもう少し慎重にならないといけないな、
マジで本当に俺はビビリなんだから、勘弁して欲しいぜ」
そう言ってその男は再び闇に溶け込むように姿を消していったのだった。