七つの大罪のホームは、第十九層の主街区であるラーベルクにあった。
ここはかつてアスナが、誰もいなくてオバケが出そうで怖いと言って、
ハチマンに一緒に宿に泊まってもらった、ある意味思い出の街である。
そしてそのホーム『バチカン・リバース』に、
今まさにギルド『小人の靴屋』のリーダーが訪れていた。その名をグランゼという。
「遅いわよあんた達、客を待たせるんじゃないわよ」
「ふん、細かい事は気にするな」
「うるせえんだよ、キレんぞマジで」
「あああ、もう色々と面倒臭い……」
「それより飯だ飯!」
ルシパー達は、相手がALO最大の職人ギルドのリーダーであろうと、
変わらず傲慢であり憤怒であり怠惰であり暴食であった。
(はぁ……本当はこいつらなんか利用したくないんだけど、
現状だとヴァルハラに対抗出来そうなギルドがここ以外に無いんだよね、
腐ってもセブンスヘヴンのランク内に二人も入ってるんだし)
グランゼはそう思いつつ、きっちりキャラを作りつつルシパー達に遅れた理由を尋ねた。
「で、何で遅れたんだい?」
「おう、ハチマンに喧嘩を売ってたからだな」
「はぁ!?」
大勢のギルメン達を仕切る女傑であるグランゼも、その答えにはさすがに驚愕した。
「な、何でそんな事に!?」
「ハチマンが喧嘩を売ってきたからだ、別に俺達か好んでちょっかいを出した訳じゃない」
(さっき、喧嘩を売ってたって言ってたじゃないのよ!
つまり自分達からちょっかい出してんじゃないのよおおおお!)
内心ではそう思いつつも、グランゼはあくまで平静を装い、
その時の状況を確認しようと試みた。
「確かにハチマンは、自分やその仲間に敵対してくる奴には容赦がないけれど、
そうじゃない他人に自分から喧嘩を売るだなんて、想像出来ないんだけど?」
「いや、あいつは確かに俺達に喧嘩を売ってきてたな、そりゃキレんわ」
「…………どんな風に?」
「ハチマンの奴、女連れで楽しそうに歩いてやがってよ、
あれは確か、シルフ四天王のフカ次郎だな、いい女だ」
どうやらルシパーがフカ次郎に向かって『お前は美人じゃない』と言ったのは、
ただの照れ隠しであったようだ。
「いい…………女?」
(えっ?フカ次郎がいい女って、こいつは一体何を言ってるの?)
フカ次郎と言えば、同じヴァルハラのクックロビンと並び、
『ちょっと頭のネジが一本抜けてる』事で有名なプレイヤーである。
その為フカ次郎に、いい女という評価が与えられた事は未だかつて無い。
もしかしたらハチマン辺りは内心でそう思っているのかもしれないが、
基本的にそういった飴をハチマンがフカ次郎にあげる事は無いのである。
「まあいいわ、それで?」
「………」
「………?」
「………」
「………え?それで終わり?」
「そうだ、ムカつくだろ?」
グランゼはその答えに愕然とした。
(ま、まさかここまでパーだったとは………)
グランゼは眩暈を感じつつも、我慢出来ずに絶叫した。
「そんなの当たり前じゃないか!
同じギルメンなんだから、一緒に歩く事くらいあるだろうよ!」
「だがそれを俺達に見せつけるかのようにやる事は無いだろうが」
「ふざけるんじゃないわよ、ハチマンはあんた達の事なんか知らないんだから、
わざわざあんた達に見せつける為にそんな事をするはずが無いでしょうが!
そもそもあんた達だって、アスモを連れて歩いてるじゃないのさ!」
そう叫びながらグランゼはアスモゼウスの方を見た。
「あらん?私をご指名?うふふ」
七つの大罪の幹部の中の紅一点であるアスモゼウスは、
色欲の名に恥じぬ美貌を誇っており、加えて雰囲気が妙にエロい、とにかくエロい。
「ほら、ムカつく理由なんかありゃしないだろうが!」
「こいつはプロだ」
「プ、プロ?そうなのかい?」
グランゼはその予想外の返しにアスモゼウスに思わずそう問いかけた。
「いやん、プライベートの事は内緒よん」
アスモゼウスはそう言ってその質問をかわした。
「今の態度で分かるだろう、こいつは絶対にプロだ」
その仕草はだが、確かにルシパーの言うように、とてもプロっぽかった。
「もし本当にプロだとしても、アスモの何が不満なんだい?
こんなエロ美人な女、ALOでも滅多にいやしないだろ?」
「別に不満なんかない、単にプロ相手にはときめかないってだけだ。
というか俺達はプロにはリアルで散々痛い目に遭ってるんだ、いい加減キレんぞマジで!」
「そうだそうだ、素人のお姉さんといちゃつけるなんざ、羨ましいんだよコラ!」
(あんたらのリアル事情なんざ知るかああああああああ!)
グランゼは心の中でそう絶叫した。さすがに全ての感情を隠す事は出来ず、
呼吸が荒くなってしまった為、グランゼは落ち着こうと深呼吸をした。
「グランゼちゃん、大丈夫?」
そんなグランゼを見て、当のアスモゼウスが駆け寄ってきた。
さすがというか、まさにプロの気配りである。
「え、ええ、大丈夫よ」
そんなグランゼの耳元で、アスモゼウスはそっと囁いた。
「っていうかグランゼちゃん、そもそも私がこのギルドにいるのは、
そういった目で見られないってのが理由の一つだからね。
というかこいつらにそういう目で見られるようになったら、私はすぐにギルドをやめるわよ」
そのぶっちゃけトークにグランゼは目を剥いた。
「そ、そう、で、他の理由って?」
「男避け」
「ああ…………」
その理由にはグランゼも納得した。
彼女自身も、別の職人から好意を寄せられた事が何度もあったからだ。
むしろその経験のせいでグランゼは、
男勝りな口調でロールプレイするようになったのである。
「私は知らない男共に話しかけられたくないの。だからこいつらは絶好の壁役って訳」
「だったらその男に媚びるような態度をやめればいいんじゃないの?」
「そうもいかないでしょ、だって私、『色欲』だもの」
どうやら彼女は色欲役のロールプレイ自体は気に入っているらしく、
少し誇らしげな口調でそう言った。
「まあ私としては、ハチマンさん辺りに囲ってもらえるのが理想ではあるんだけどね」
「えっ、もしそうなったらあいつらを捨てるの?」
グランゼはすっかり素の口調になり、裏切るではなく捨てるという表現を使った。
それほどアスモゼウスの存在は、七つの大罪の中でも浮いているのである。
「ハチマンさんが私に興味を持ってくれたらまあ、あるかもね」
「だったらヴァルハラの友好ギルドにでも所属した方がいいんじゃないの?
例えばほら、『白銀の乙女』とか」
白銀の乙女とは、G女連とナイツを組んでいるギルドで、
その顧問をハチマンがやっているという、例のギルドである。
「う~ん、今のハチマンさんに目を付けてもらうのってかなりハードル高そうじゃない?
私が思うに、味方の一人として埋没するよりは、敵でいた方がより目立つと思うのよね。
何より敵との恋って燃えるじゃない?」
「それには同意するけど………」
グランゼはそう言いつつも、内心では可能性は低いだろうなと考えていた。
敵ながらいっそ天晴れな程、ハチマンの周りには女性プレイヤーが多いからである。
「まあでももしそうなっても、グランゼちゃんには事前にちゃんと言うから許してね」
「はぁ、相手はともかく同じ女として気持ちは分かるから、
その事については了解よ、気にしないで好きにしてくれていいわ」
そもそもグランゼの目的は、ヴァルハラを潰す事ではなく、その勢力を削ぐ事である。
それは単純に、ヴァルハラ一強状態な今が気に入らないからであった。
権力とは戦うべき敵であり、その為にはどんな汚い手段を使っても、
法に触れさえしなければ問題ない、彼女は政治家である母親にそう教えられて育ってきた。
グランゼの本名は幸原りりす、母は野党政治家の幸原みずきである。
同時に彼女は女性の権利は何よりも尊重されなくてはならないと教えられてきた。
その為にアスモゼウスに敵に回る可能性を告白されても、彼女は鷹揚にそれを受け入れた。
彼女にとって男は利用するもの、女は守るものなのである。
「ありがとうグランゼちゃん、恩に着るわ」
「積極的に応援は出来ないけど、まあ頑張って」
この約束が実現するような状況になるかどうかは分からないが、
とにもかくにも二人の間での話はこれでまとまった。
そしてアスモゼウスは下がっていき、グランゼは頭を切り替えて、ルシパーに言った。
「あなた達の気持ちは分かったけど、でもルシパー、今回のような事は困るわ。
今の段階でヴァルハラに関わるのはもうやめなさい、これは命令よ」
「チッ、俺に指図すんな」
「だったら今まで与えた分の装備の代金を返しなさい」
「くっ………し、仕方ねえ、分かった、今のところはあいつらに手は出さねえ」
さすがの傲慢も、そう言われては折れるしかなかった。
「あくまで今のところだからな!ムカつくけどな!」
そこでサッタンがそう念を押してきた。
「それは当然よ、あくまで今の段階でという話だからね」
グランゼもそれに同意した。あくまでも目標はヴァルハラの弱体化、その一点であり、
いずれ事を構えるのは確定事項だからである。
「で、実際に向かい合ってみて、ハチマンはどうだったんだい?」
「直接あいつとはやり合ってねえ、前に出てきたのはフカ次郎だったからな。
その時はまあランキングを引き合いに出して、『お前は俺に勝てねえ』とか言っておいたが、
正直アレは駄目だな、今の俺じゃ勝てねえ」
傲慢のくせに、何とも殊勝な事である。普段は奇異な行動が多いルシパーであったが、
少なくとも戦闘に関してはかなりのリアリストであるようだ。
それ故にリーダーが務まっているのだろう。
「でもあんたの方がランクが上なのは事実だろ?」
グランゼは試すような口調でそう問いかけてきた。
それに対してルシパーは、淡々とこう答えた。
「問題は武器の差だ、フカ次郎のリョクタイはやべえ、抜いてもいないのにゾクっときたぜ」
「おや、さすがだね」
「それくらいは分かる、いくら俺の方が腕が上だといっても、絶対に武器の差で負ける」
「その通りだよ」
「だから俺達にはあんた達の作る武器が必要だ、今手を引かれるのは困る」
「そういう事だね、せっかく私達の事を知られないまま、順調に素材が集まってきてるんだ、
せめてハイエンド素材が十分に確保出来るまでは、
絶対にヴァルハラに手を出すんじゃないよ」
「分かった、武器の為なら仕方がない」
そのルシパーの言葉に、グランゼは満足そうに頷いた。
「で、ハイエンド素材については何か分かったかい?」
「俺の部下にシットリっていう諜報に長けた奴がいるんだが、
そいつからの報告だと、ハイエンド素材のほぼ全ての出所を探っていくと、
最終的にはスモーキング・リーフに行きつくらしい」
「やっぱりそうかい、こっちが掴んでる情報と一緒だね、
しかしあそこはヴァルハラのお膝元だからね、どうしたもんかねぇ」
「手段を選ばないでいいなら、尾行するしか無いんじゃねえの?」
「それで偶然やり合う事になってもそれは仕方ないっしょ」
「そうね、堀り場でかち合うのなんざ日常茶飯事なんだし、
多少強引でもそうするしかないか……」
その意見に一同は頷き合った。
「とりあえずシットリは、しばらくスモーキング・リーフに張りつけておく、
だが俺達では素材を見ても、それがハイエンド素材かどうかは分からないから、
もし動きがあった時に、そちらから誰かを派遣してもらえると助かる」
「分かった、その時はうちから誰か派遣するよ」
こうしてこの日の話し合いは終わり、この場は解散となった。
「それじゃあ私は今日は落ちるわね」
「ああ、お疲れ、アスモ」
「お疲れ様」
「ふう………」
アスモゼウスこと山花出海はアミュスフィアを外し、
喉の渇きを覚えた為、近くに用意してあったミネラルウォーターをごくごくと飲んだ。
「私がプロ、ねぇ………これでも女子高生なんだけどな、
まあ演技が上手くいってるって事で良しとしよっかな。
さて、明日も学校だし、もう寝よっと」
出海はそのまま大人しく眠りについた。
そして次の日の朝、学校へ向かう途中の事である。
「まずい、バスが行っちゃう!」
出海は今、バス停に向けて全力で走っていた。
「まずい、これは間に合わないかも………」
そう思って遅刻するのを覚悟した出海であったが、
今まさにバスに乗ろうとしていた少女が出海に気が付き、
バスにゆっくりゆっくりと乗り込んでくれた為、ギリギリで間に合う事が出来た。
「あ、ありがと…………う、朝田さん」
「どういたしまして………って、あなた、私の事を知ってるの?」
「朝田さんの事を知らない人は、うちの学校にはいないと思う」
「え、あ、そ、そう………」
そう言って恥ずかしそうに下を向いた詩乃は、
同姓から見ても憎らしい程にかわいかった。
(これがあのALOのシノンだなんて、正直信じられないけど………)
出海はそう考えながら、ぼんやりと詩乃の隣に立っていた。
ちなみに出海がその事を知ったのは、文化祭の時である。
元々ALOをプレイしていた出海は、その時に偶然ハチマンとシノンが八幡と詩乃だと知り、
それ以降、詩乃に対して複雑な思いを抱いていた。
(ハチマンさんの正式なパートナーはバーサクヒーラーのアスナのはず、
つまり王子と朝田さんは、今学校で言われているような関係じゃない)
だが出海はその事を誰にも言わなかった。
二人の関係については、他ならぬ八幡が仕掛け人のはずであり、それは多分………。
(きっと王子は関係を捏造してでも、朝田さんを守ろうとしたって事だよね)
出海は詩乃がかつていじめられていた事を知っており、
考えに考えた上でそういう結論に達していた。そして同時にこうも考えていた。
(私にも王子と仲良くなれるチャンスがあったりしないかな………)
その結果が、回りまわって今のこの状況となっていた。
そしてバスが学校の前に到着すると、詩乃は笑顔で出海に会釈をし、バスを降りていった。
(朝田さんのポジションを奪えたらなって考えた事もあるけど、
どう考えてもそれは不可能だよね。それに朝田さん、本当にいい人なんだよなぁ)
出海はそんな事を考えながら、自分の教室へと向かった。
そんな彼女が八幡の目に止まる日が来るのかどうか、誰も知らない。
一つネタバレとも言えないネタバレをします、ソードアートオンラインのアニメ二期、第三話『鮮血の記憶』の冒頭八秒くらいの、詩乃が校門を出ようとしている所で、校門の左側に寄り掛かっているのが山花出海です(という事にしました)