ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第885話 文化祭~優里奈編

 その次の日、八幡は優里奈の学校にいた。

 

「はぁ、さすがに金糸雀学園と違って普通で安心するわ……」

 

 到着してすぐに、八幡はそう考えてほっとした。

 

「さて、優里奈の教室はっと」

「あ、いたいた!」

「比企谷さん、こっちこっち!」

「おお?」

 

 八幡はいきなり何人かの女生徒にそう手を振られ、ギョッとした。

だがよく見ると、それが進路相談の時にいた優里奈のクラスメート達だと分かり、

八幡は慌てて手を振り返した。

 

「よ、よお、久しぶりだな」

「優里奈は今手が離せないから、私達が迎えに来たよ」

「さあ、早く行こう!」

「お、おう、悪いな」

 

 八幡はそのまま引きずられるように優里奈の教室へと連れていかれたが、

その道中で八幡は、思わぬ知り合いと遭遇する事になった。

 

「あれ、ちょっとタンマ」

「どうしたの比企谷さん、誰か知り合いでもいた?」

「おう、あいつだあいつ」

 

 八幡が指差す先にいたのは、まさかの梓川咲太であった。

 

「ああ~、あの人、確か桜島麻衣と交際してるって前に報道された人じゃない?」

「詳しいなおい、確かにそうなんだが、あいつの家って神奈川だぞ、何でここに……」

「比企谷さん、あの人とも知り合いだったんだね、もしかして桜島麻衣とも?」

「おう、知り合いだぞ」

「へ~、凄いね!実はこの学校ってこの前桜島麻衣の映画の撮影に使われてさ、

多分その関係で、桜島麻衣にくっついて来たんじゃないかな?確か誰かが招待してたし」

「そういう事か」

 

 八幡はそれで納得したが、それにしては麻衣の姿が見当たらない。

代わりに近くにいたのは、見た事がない年下の少女の姿であった。

 

「ん~、事情を聞きたい所だが、とりあえず今は時間が無いな、後でまた声をかけるか」

 

 八幡はそう判断し、改めて優里奈の教室へと向かった。

 

「比企谷さんほら、あそこに優里奈がいるよ、見てみて」

「どれどれ」

 

 教室に着いてすぐにそう言われた八幡は、入り口からこっそりと中の様子を覗き見た。

そこには一生懸命働く、巫女姿がとても似合う優里奈の姿があり、八幡はうんうんと頷いた。

 

「さすがはうちの優里奈だ、実に素晴らしい」

「でさ、比企谷さんにちょっと相談があるんだけど」

「おう、何だ?」

「実はさ………」

 

 その女生徒が言うには、やはり優里奈の人気は絶大らしく、

口説こうとしてくる者が後を絶たないという。

だがここで優里奈を外してしまうと売り上げに大きく響いてしまう為、

八幡に何とかして欲しいという事らしい。

 

「ふ~む、優里奈の接客担当の時間はあとどれくらいだ?」

「一時間くらいかなぁ?で、午後も一時間くらい」

「オーケーオーケー、俺に考えがある、耳を貸せ」

「おっ、教えて教えて」

 

 そして八幡は、その女生徒達に何かを耳打ちした。

 

「うん、うん……え、いいの?」

「任せろ、でな、こうしてこうなるだろ?そうすると……」

「あ~、確かにそうだね、さっすが!」

「それじゃあそんな感じで早速準備だ」

「うん!それじゃあこっそりバックヤードに入ろう!」

 

 一同はバックヤードに入っていき、そこでこそこそと何かを始めた。

優里奈はそれに気付かずに頑張って接客をしていたが、そこにたちの悪い客が現れた。

その客は帽子を目深に被ってマスクをしている怪しい人物であった。

 

「お姉さん、凄く美人ですね、良かったら僕と付き合ってみませんか?」

「え、あの、すみません、そういうのはご遠慮頂けると……」

「これはきっと運命です、大丈夫、経済的に困らせるような事は絶対にしません、

私はこういう者です、これで納得して頂けませんか?」

「は、はぁ……」

 

 優里奈はその名刺を見て、一瞬キョトンとした。そこにはこう書かれていたのだ。

 

『迷惑そうな演技を続けて』と。

 

 優里奈は訳が分からないままその指示に従い、とにかく迷惑だという演技を続けた。

 

「本当に無理ですから、ごめんなさい!」

「いやいや、僕は怪しい者じゃありません、付き合ってもらえればすぐに分かります」

「やめて下さい、他のお客さんにも迷惑になりますから!」

 

 さすがにこうなると、他の生徒達も黙ってはいない。

主に優里奈を口説こうと狙っていた他の男子生徒達が中心になって、

その客を叩き出そうとしたその瞬間に、

奥からスーツを着てサングラスをかけ、髪型をオールバックにした八幡がその姿を現した。

 

「えっ?は、八………」

 

 優里奈が驚いて声をかけようとしたのを無視し、八幡はその客に声をかけた。

 

「お客様、そぉのくらいで!」

「い、痛っ!」

 

 そう言って八幡はその客の腕を捻り上げ、痛がるその客に向かって諭すように言った。

 

「この場は彼女達の姿を見てぇ、その美しさを楽しむ為の場所なのでぇす、

こんな場所で彼女達を口説こうとするような幼い男はぁ、女性には絶対にモテませぇんよ?

ただ見て、ただ楽しむ、それが粋な大人の姿ってものでぇす、違いまぁすか?」

 

 妙に芝居がかったセリフであったが、優里奈は八幡が何かやろうとしているのだと考え、

噴き出すのを必死に堪えながら、その成り行きを見守っていた。

 

「す、すみません、僕が間違ってました……」

「分かれば結構です、ボォォォォイ!」

 

 最後に八幡はそう言い、優里奈のみならず、他の者達も思わず笑ってしまった。

おかげでいかにも場違いな八幡の存在について、誰も突っ込む者はいなかった。

 

「それではみなさぁん、ごゆっくりお楽しみくださぁい、

ここはあくまで彼女達を見て楽しむ為の場所でぇす、その事を、お忘れなぁく!」

 

 八幡はそう言って一礼をし、奥へと下がっていった。

 

「あっ、そ、それじゃあお客様、ごゆっくり!」

 

 優里奈はそう言って慌てて奥へと引っ込んでいき、

そこでクラスメートに囲まれて笑われていた八幡を見つけた。

 

「あはははは、比企谷さん、最高!」

「面白すぎる!」

「これでもう、優里奈をここで口説こうなんて奴は出てこないだろ、

出てきたらあんな羞恥プレイをくらうんだからな」

「うん、そうだね!」

「後はこの事を口コミで広げておけ、

優里奈を口説くと変な人が出てきて恥ずかしい目に遭うってな」

「了解!」

 

 それで優里奈は事情を悟り、そのまま八幡の胸に飛び込んだ。

見るとその肩は震えており、クラスメート達は、優里奈を泣かせてしまったかと焦った。

だが八幡は、問題ないという風に周りに頷くと、優里奈の肩をぽんぽんと叩いた。

 

「おい優里奈、笑いすぎだ」

「だ、だって、ボォォォォイって!、プッ、クッ、クスッ………」

「ほら、どうどう、落ち着け落ち着け、まだ仕事が残ってるだろ?早く仕事に戻れって」

「は、はい、行ってきますね!」

「おう、待っててやるから頑張ってな」

「はい!」

 

 八幡はそんな優里奈を優しい目で見送った。

そして代わりに、裏口から先ほどの客が中に入ってきた。

その客は帽子をとってマスクを外し、八幡に親しげに話しかけた。

 

「八幡さん、あんな感じで良かったですか?」

「おう、問題ない、悪かったな、いきなり呼び出しておかしな事を頼んだりして」

「いやぁ、本当にびっくりしましたよ、まさか八幡さんとこんな所で会うなんて。

まあいいバイトになりました、むしろありがとうございます!」

 

 その客、咲太は笑顔でそう言った。

 

「あ、それですみません、妹を紹介したいんですが」

「妹?ああ、さっき連れてたのは咲太の妹か!」

「はい、お~い花楓、入ってきていいぞ」

「あ、ど、どうも……」

 

 咲太に促され、先ほどの少女が部屋の中に入ってきた。

 

「あ、梓川花楓です、兄がいつもお世話になってます」

「おう、こちらこそだな、俺は比企谷八幡だ、宜しくな、花楓ちゃん」

「は、はい、宜しくお願いします!

八幡さんの事は、理央さんや麻衣さんからよく聞いてて、一度会ってみたかったんです!」

 

 花楓は嬉しそうにそう微笑んだ。

 

「そういえば今日は麻衣さんはどうした?」

「それが、三人で来る予定だったんですけど、急に仕事が入っちゃって来れなくなって、

それで二人で来たと、まあそんな感じです」

「そうか、それは残念だったな、代わりにこれで、美味い物でも食って帰ってくれ」

「バイト代、有り難く頂戴します」

 

 咲太はそう言って恭しく報酬を受け取り、八幡は花楓に向かって微笑んだ。

 

「花楓ちゃん、今日は兄貴にいっぱいたかっていいからな」

「はい、そうします!」

「花楓、ちょっとは遠慮しよう、な?」

「八幡さんがせっかくそう言ってくれてるんだから、遠慮したら失礼でしょ」

「あ、兄の威厳が……」

 

 咲太はそう言いはしたが、内心では嫌がっていないようで、

まんざらでもない表情をしていた。やはり妹の事がかわいいのだろう。

 

「それじゃあ八幡さん、また何かあったらしばらくはどこかにいるので呼んで下さい」

「そうか、まあ帰る時にでも一応声をかけるわ」

「はい、それじゃあまた!」

「ありがとな、咲太、それにまたな、花楓ちゃん」

「はい!」

 

 そして二人が去っていった後、八幡はバックヤードで寛ぎながら、

優里奈の受け持ち時間が終わるのを待っていた。

優里奈は一生懸命働いており、八幡はさすがうちの優里奈だと一人、満足そうにしていた。

 

「比企谷さん、もうすぐ優里奈を解放するから、もう少しだけ待っててね」

「ああ、サンキューな」

「しかし比企谷さんってお金持ちなんだね、

あんなにあっさりとエイイチを渡しちゃうんだから」

 

 当然ながらエイイチとは、何年か前に切り替わった新一万円札の事である。

 

「みんな結構不安がってたんだよ、優里奈の新しい保護者が凄く若い人だって聞いてさ」

「うんうん、優里奈の体が目当てなんじゃないか、とかね」

「確かに普通はそう思うよな、

まあ優里奈に生活の不自由をさせる事は無いから安心してくれ」

「うん、お願いね、比企谷さん!」

「任せろ、優里奈は俺がちゃんと育ててやる」

「それにしても羨ましいなぁ、いっそ私達も比企谷さんに保護してもらうとか……」

「いいね、ありあり」

「え~っと……」

 

 八幡は思わず後ずさったが、そこに仕事を終えた優里奈が現れてこう言った。

 

「ちょ、ちょっとみんな、私の八幡さんに近すぎだから!」

「ほう?」

「私の、と来ましたか」

 

 だがからかわれても、今日の優里奈は引かなかった。

 

「そうだもん、私のだもん!」

 

 そんな珍しい優里奈の姿を、女子達は生暖かい目で、男子達は羨ましそうに眺めていた。

 

「はいはい、取ったりしないって」

「それじゃあ優里奈、さっさと他の展示を回ってきなって」

「あ、でもその前に、みんなで写真を撮ろうよ」

 

 さすがの優里奈もその事は断らず、みんなで写真撮影が行われた。

八幡と、その腕にすがりつく優里奈をクラスの女子達が囲んでいる写真である。

 

「それじゃあ行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 八幡と優里奈はそのまま一緒に学校を回ったが、

優里奈は絶対に八幡の腕を離そうとはしなかった。

 

「なぁ優里奈、ちょっと恥ずかしいんだが」

「私は恥ずかしくないです、むしろ既成事実にしたいです」

「既成事実ってなぁ……まあいいか」

 

 おそらく優里奈は、今後学校で誰からも告白されないように、

予防線を張っているのだろう、そう思った八幡は、仕方なく優里奈の好きにさせる事にした

優里奈は普段学校で、八幡の事を自分の彼氏だと言っていた為、その言葉を補強した形だ。

その道中で二人は、当然のように咲太と花楓と再会する事になった。

二人も校内を回っていたのだから当然である。

 

「お?」

「あっ」

 

 最初咲太を見た時、優里奈は驚いた顔をした。

咲太とは面識があったが、それは理央の学校での事であり、

まさか自分の学校で会うとは想像もしていなかったからだ。

 

「優里奈、さっきの帽子のマスクの客が咲太だって気付いてなかったよな」

「え、あれって梓川さんだったんですか?」

「櫛稲田さん、お久しぶりです、って言うのはちょっと変かな、

さっきは演技とはいえ変な事をして申し訳ない」

「あっ、いえ、私も気付かなくてごめんなさい」

 

 優里奈は咲太に丁寧に謝られ、客に恐縮したようにそう言った。

 

「実は全部仕込みだったんだよ、あれから言い寄ってくる奴はいなかっただろ?」

「あっ、はい、確かに働きやすかったです」

「で、この子が咲太の妹の花楓ちゃんだ」

「梓川花楓です、先ほどは演技とはいえ兄が失礼しました」

「ううん、気にしないで。私は櫛稲田優里奈です、

うちの八幡さん共々今後とも仲良くして下さい」

 

 そう、まるで夫婦のような自己紹介をした優里奈は、

すぐに花楓と意気投合し、そのまま一緒に学校を回る事になった。

 

「それにしても改めて考えると、双葉といい櫛稲田さんといい、八幡さんって………」

「みなまで言うな、ただの偶然だ。俺の周りでも、あのクラスは数える程しかいない」

「数えるくらいはいるってのが凄いと思いますが……」

「興味があるのか?麻衣さんにチクんぞ」

「すみません、それは勘弁して下さい」

 

 咲太は焦ったようにそう言った。どうやら完全に麻衣の尻に敷かれているようだ。

この辺りは八幡も人の事は言えないので、突っ込むような事はしなかった。

優里奈と花楓はまるで昔から知り合いだったように仲良くしていたが、

そんな二人を見ながら、咲太は一瞬辛そうな顔をした。

 

「咲太、どうかしたか?」

「あっ、すみません………あの、八幡さん、実はうちの花楓、一時記憶を無くしてたんですよ」

「そうなのか」

「はい、事故だったんですけど、一時期花楓はまったく別人みたいになってました、

で、記憶が戻ったらその時の事を覚えていないっていう」

「それは………つらかったな」

「いやぁ、まあそうですね」

 

 咲太はその言葉に微妙そうな表情をした。

 

「いや、まあ俺が言いたいのは、お前の事だからその時の人格とも仲良くなってただろうし、

元に戻ってくれたのは嬉しいが、複雑な気分だったんじゃないかって話なんだがな」

 

 そう言われた咲太はハッとした顔で八幡の顔を見た。

 

「八幡さん、よく分かりますね、正直凄いと思いました」

「いや、まあ別人って言った時のお前の表情でピンときたからな」

「俺、顔に出てましたか?」

「ああ、でもまあお前とその子が過ごした時間は確かに存在したんだ、

その思い出を大切にして、今お前の前にいる花楓ちゃんを大切にしろよ」

「………ですね、はい」

 

 丁度その時優里奈が八幡を呼んだ。

 

「八幡さん、こっちに面白い物がありますよ!」

「おう、今行く」

「お兄ちゃん、こっちこっち!」

「分かった花楓」

 

 そう呼ばれ、二人は笑顔でそちらに駆け寄った。

そして一時間後、優里奈は教室に戻る事になり、

八幡は咲太と花楓をキットに乗せ、家まで送り届けた。

次はいよいよ詩乃の学校の文化祭の番である。




咲太と優里奈が以前会ってたのを忘れてたので、ちょっと修正しました!

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