それから三日後、八幡は詩乃の学校にいた。
もう何度目かは分からないが、八幡は、行きあう学校中の生徒に歓迎され、若干引いていた。
「何でこの学校は、俺に対してこうも友好的なんだ……」
八幡はとにかく詩乃の教室に行って落ち着こうと思い、誰かに道を尋ねようと考えた。
「確か、二年三組って言ってたよな」
丁度その時、八幡の視界に見た事のある女子生徒の姿が映った。
「おっ、丁度いい、お~い遠藤、道案内をしてくれないか?」
その言葉にその女子生徒、遠藤貴子は一瞬ギクッとした顔をした後、
八幡の方を見て安心したような顔をした。
「あ、王子、来てたんだ」
「その王子呼ばわりはやめろ、って言っても全員がそうだから今更か」
「うちの教室に案内すればいいんだよね?」
「おう、悪いな、その通りだ」
「それじゃあこっち」
そう言って遠藤はスタスタと歩き出し、八幡はその後をついていった。
「最近はどうなんだ?充実した学校生活を送ってるか?」
「うん、おかげさまで、変な男に引っかかる事もなくなったし、
おかしなトラブルも無くなって、今は凄く楽しいかな、私を許してくれて本当にありがとう」
「礼を言われる筋合いはない、お前がちゃんと反省してる姿を見せたからこその今の結果だ。
全部お前の手柄であって、俺はほんのちょっとそれに関わっただけだ」
「そうだといいんだけど」
「で、お前はメイドにはならないのか?」
「今はローテーションで私は休憩時間なの。
まさかあんたがいるとは思わなかったけど、まあ丁度良かったよね」
「悪いな、案内してもらって」
「別にいいって、あんたと一緒にいるのはもう嫌じゃないし」
遠藤は八幡に対する苦手意識はもう無くなっているようだ。
よほどどん底から救い上げてもらったのが嬉しかったのだろう。
「ほら、ここだよ」
「おう、サンキューな」
そして遠藤は二年三組の前まで八幡を案内し、そのまま去っていった。
「さてと……詩乃の奴、ちゃんと働いてるかな……」
そう思いながら、閉じられた方の教室の扉の窓から、
そっと中を覗きこんだ八幡の目に飛び込んできたのは、
想像以上に真面目に働く詩乃の姿であった。その隣には映子と美衣の姿もある。
「ほう………?」
その姿からは、普段のツンデレ要素は微塵も感じられず、八幡は首を傾げた。
「あれ、あいつってあんな感じだったかな……」
八幡は、まさか別人じゃないよな、などと考えながら、しきりに首を傾げていた。
そんな八幡の背中に、何か柔らかい物が押しつけられた。
「八幡さん、どしたの?」
「その声は………椎奈か」
「本当は胸の感触で、私だって気付いたんじゃないの?」
「そんなおっぱいソムリエみたいな事は俺には出来ん」
「そんな職業あるの!?」
「あるわけないだろ、とりあえず離れろ椎奈」
「い・や・よ」
「詩乃の真似はやめろ、とにかく離れろ」
「何で真似だって分かったの!?詩乃ってばいつもこんな事をしてるの!?」
「そんなのお前が一番良く知ってるだろ、いつもあいつと接してるんだから」
「え~?話には聞いたけど、実際に見た事は無いんだけどなぁ」
「なん………だと?」
それでやっと椎奈は八幡の背中から離れ、一緒に中を覗きこんだ。
「で、何を見てたの?って詩乃と映子と美衣じゃない」
「椎奈、近い、顔が近い」
「え~?普通じゃない?」
「いいから離れろ、お前の態度は男を勘違いさせるんだよ」
「八幡さんは勘違いなんかしない癖に………まあいいや」
そう言って椎奈は八幡から離れた。
「で、三人がどうしたの?」
「いや、三人っていうか………」
ここで八幡は初めて椎奈の服装を見た。
そのメイド服はかなり胸を強調されており、スカートも短くかなり目の毒であり、
八幡は、こんな姿を見せられた男子高校生は大変だろうなと考えた。
「お前さ、もうちょっと男共の事を考えてやれよ」
「いきなり怒られた!?」
「お前の格好は目の毒なんだよ、詩乃をよく見てみろ、実に慎ましいだろ?」
「誰の胸が慎ましいですって?」
突然背後から凄まじい殺気と共にそう声をかけられた八幡は、完全に固まった。
どうやら八幡がいると誰かに聞いたのだろう、
いつの間にか詩乃は教室から出てきていたようだ。
「どうしたの?何で黙ってるの?」
そう言いながら詩乃は、八幡の頭をガシッと掴んで自分の方を向かせた。
「い、いや、お前に会えた喜びでつい黙ってしまっただけであって、
特に何かを誤魔化そうとしてた訳じゃない。
そもそも俺は、詩乃のメイド服の慎ましい着こなし方がとても似合っていて、
実に正しいメイドの姿を体現しているなと、椎奈にメイド道を説いていた最中だったんだ」
「へぇ、ふ~ん、そんなに私のメイド姿が気に入ったんだ」
「も、もちろんだ詩乃、お前は最高だ、ビューティフルだ、エクセレントだ」
「そう、まあ別に嬉しくないけど、とりあえず中に入りなさいよ」
詩乃は顔を赤くしながらそう言って教室の中へと入っていき、
残された八幡と椎奈は顔を見合わせた。
「ちょろいな」
「チョロインだね」
「それにいつもの詩乃だ」
「いつものって?」
「ツンデレって事だ」
「あ~……」
椎奈は曖昧にそう言い、その椎奈の態度が八幡は気になった。
「どうかしたのか?」
「あ~、うん、まあ後でね、急がないと詩乃に怒られちゃうし」
「だな」
二人はそう言って中に入り、椎奈は仕事に戻ったが、
八幡は部屋の奥にあるバックヤード近くの特別席のような場所に通された。
「はい、それじゃあここが八幡の席ね」
「お、おう、この席は何か他とは違うみたいだな」
「八幡の為に用意しておいた席だもの。それに今日は特別に、私が八幡の専属よ」
「そ、そうか、心遣い、痛み入るわ」
「八幡はいつもの甘い奴でいいのよね?」
「お、おう」
「それじゃあ待っててね」
そう言って詩乃は飲み物を準備しにいき、代わりに椎奈が水を持ってきた。
「はい、八幡さん、水道水」
「おう、お前のそういうハッキリぶっちゃける所は嫌いじゃないぞ、椎奈」
「で、さっきの話だけど」
「詩乃のツンデレの事か?」
「うん、八幡さんは詩乃の事、ツンデレって理解してるんだろうけど、
学校での評価は別にそんな事はまったく無いんだよね」
「え?」
八幡はその言葉に驚いた。八幡にとって、詩乃と言えばツンデレ、
ツンデレと言えば詩乃と紅莉栖と理央というくらい、完全に定着した認識だったからだ。
「そうなのか?」
「うん、学校じゃ全くそんな姿は見せないよ?
だから詩乃がツンデレだって知ってるのは、私達三人と、まあ遠藤くらいじゃないかな?」
「ほう、詩乃の奴、学校じゃそんなに上手く猫を被ってやがるのか」
だがその八幡の言葉は椎奈が否定した。
「違うよ八幡さん、根本的に間違ってる。
ツンツンするのもデレデレするのも相手がその場にいるからこそでしょう?」
「相手がその場に………?ま、まあ確かにそうかもだが」
「要するにそういう事、さっき八幡さんが見てたのが普段の詩乃の姿で、
八幡さんの前でだけ、詩乃はああいう風になっちゃうんだよ」
「なん………だと?」
本日二度目のなんだとである。
「いやいや、あいつは昔からそうだったぞ」
「本当にそう?」
「あ、あれ?どうだったかな」
八幡は詩乃との出会いの事を思い出し、考えにふけった。
それで出た結論は、最初は確かに気が強かったが、ツンデレではなかったというものである。
「うわ、本当だ、確かにお前の言う通りだわ、椎奈」
「でしょ?」
「あいつ、いつからあんなツンデレになったんだ……」
「八幡さんが最初にこの学校に来た時くらいじゃないの?」
「かもしれん」
八幡は、目から鱗が落ちる思いでそう言った。
「なるほどなぁ、私は別にツンデレじゃないわよってよくあいつが言ってるの、
ある意味真実だったんだなぁ」
八幡は感慨深くそう言い、丁度その時詩乃が飲み物を持って現れ、
入れ替わりで椎奈は立ち去っていった。
「はい、八幡スペシャル」
「お、おう、ありがとな」
八幡はそう言ってその飲み物を口にした。
それは時々詩乃の家に行った時に出てくるものと同じ味であり、
八幡はそれで、詩乃がわざわざ自分の家から材料を持ってきたのだと理解した。
「どう?」
「おう、いつも通り美味い」
「そう、それは良かったわ」
詩乃はそう言って楽しそうに八幡の前に座り、
八幡はそんな詩乃を、穏やかな表情で見つめていた。
そんな二人を周りは羨ましそうに見つめている。
今の二人が、とても絵になる雰囲気を醸し出していたからである。
そのまま詩乃の担当時間は終了し、
せっかくだからとABCやクラスメートを交えて記念撮影をした後、
二人はそのまま学内を回る事にした。そしてとある教室の前で、詩乃が足を止めた。
「あっ、見て八幡、現代VRゲーム展、だって」
「ほう?ちょっと入ってみるか」
「うん」
その展示を見つけた二人は、興味深げにその教室に入った。
「現代遊戯研究部の展示にようこそ、何か質問があったらいつでもお答えしますので」
受付にいたその女生徒がそう言って、パンフレットのような物を渡してきた。
「あ、ども」
「それではごゆっくりどうぞ」
そして二人は順路に沿って歩き出した。
「やっぱり最初はSAOなのね」
「まあそうだろうな、でもまあこれは多分、
今のALO内部のアインクラッドで撮った写真だろうな」
「まあ確かにそれしかないわよね」
「あっ、これ、ヴァルハラ・ガーデンじゃない」
「そうだな、うちだな、まさかこの写真をチョイスするとはなぁ」
「きっと部員にALOプレイヤーがいるのね」
「だろうな」
誰もいないと思って、二人は不用意にそんな会話を口にした。
だがその展示の裏は受付であり、先ほど受付にいた女生徒~山花出海には、
その会話が丸聞こえであり、出海はその言葉を聞いて思わず心臓を跳ね上げさせた。
この学校では部活の設立には三名以上の人数が必要だが、
その後は人がいなくなるまで自動的に存続される。
要するに理央の学校と同じシステムとなっており、
出海は現代遊戯研究部の、唯一の部員であった。
(今のって、王子と姫よね?ヴァルハラ・ガーデンの事を『うち』って、どういう事!?)
出海はそう言って王子の名前を思い出そうと必死になった。
他の女生徒同様に八幡に憧れていた出海は、逆に八幡の事を王子としか呼んでおらず、
本名で呼ぶ事など無かった為、咄嗟には思い出せなかったのである。
(確か比企谷………八幡だったはず。え?もしかして王子があのハチマン!?
で、姫は朝田詩乃だから、似た名前のヴァルハラのメンバーは、まさかシノンなの!?
確か二人は付き合ってるって………
でも私の知る限り、ハチマンのパートナーはバーサクヒーラーのアスナのはず、
って事は、二人の関係はフェイク!?)
そう結論付けた出海は、好奇心に負け、二人の後をつける事にした。
「そしてALOか、まあここはとりあえずいいわね」
「まあそうだな、そしてここからはザ・シード規格のゲームか」
「ここから一気に増えるわよね」
「まあ当然次はアスカ・エンパイアが来るよな」
「人口じゃ第二位だしね」
「おっ、キヨミハラか、でも知らない場所だな」
「まだ全部は回れてないわよね、今度行ってみましょうか」
「でも時間が無いんだよなぁ……
もうすぐトラフィックスも、あそこを離れてしまうだろうしな」
「まあそのうちコンバートなり新キャラを作るなりして、
ナユタか忍レジェンドの誰かに案内してもらえばいいんじゃない?」
「そうだな、そうするか」
(アスカ・エンパイアにも知り合いが多いんだ、さすがだなぁ……)
「で、次はGGOか」
「そういえば最近行ってないわね、ヘカートIIが埃を被っちゃうわ」
「俺のアハトもそんな感じだな」
「そういえばM82も、アハトって名前にしたんだったわね」
「だな、アハトXとはまた別だ」
「紛らわしいし、M82の名前は変えたら?」
「そうだな、ちょっと考えるわ」
(GGOには詳しくないから分からないけど、ヘカートII?M82?)
出海はすぐに手元のスマホで検索し、二人のプレイヤーの名前にたどり着いた。
(えっ?シャナとシノン?確か大会の常連の、超メジャープレイヤーじゃなかったっけ?)
その後もゾンビ・エスケープやリアルトーキョーオンラインの前で、
八幡が色々と話すのを聞いて、出海はかなりの興奮状態に陥っていた。
(王子ってそんなヘヴィユーザーだったんだ………)
それと同時に出海は、別の事実に思い当たっていた。
(って事はもしかしたら、ゲームの中でハチマンの目に止まれば、
私も八幡さんと仲良く出来るかも!そして私が朝田さんのポジションに………)
だがその考えを、出海はすぐに捨てた。
(ううん、きっと王子は関係を捏造してでも、朝田さんを守ろうとしたって事だよね、
そんな関係を崩すのはきっと無理、私は私らしく、知りあえて仲良くなれればそれでいいや)
出海はそう考え、二人が出ていった後も、どうすればいいのか考え続けた。
だがそう簡単にいい案が思いつくはずもない。
「はぁ、今日は凄い事を知っちゃったなぁ、でもこれは私だけの秘密にしておこっと、
下手に誰かに漏らして王子に嫌われたらやだし」
出海はそう考え、それからしばらくALOでヴァルハラ関連の情報収集を行い、
今やヴァルハラについてなら、ゲーム内で一、二を争う程詳しくなっていた。
さすがにGGOのシャナについての情報を集める余裕は無かったが、
そんな出海に転機が訪れたのは、ゲーム内で男避けの為に七つの大罪に加入し、
グランゼと知り合ってからであった。
出海は八幡と知り合う為にハチマンと敵対する道を選び、
こうして七つの大罪の色欲担当、アスモゼウスが誕生したのである。