その数日後の土曜日の午前十時頃、特に仕事は無かったが、
何となくソレイユに顔を出した八幡は、廊下でいきなり理央の襲撃を受けた。
「あっ、八幡!」
「おわっ、いきなり何だよ理央、先ずはおはようございます、だろ?
それが社会人としての心得というかだな」
「いいからちょっとこっち」
「お、おい?」
理央は八幡をぐいぐいと引っ張っていく。
八幡はその勢いに押され、何も言えないまま理央の後をついていった。
そして連れ込まれたのは、次世代技術研究部である。
そこには今は紅莉栖だけが居り、紅莉栖は憐れみの表情で八幡を眺めていた。
「お、おい、一体何だよ」
「ブタや………あ、梓川から聞いたのよ、八幡が優里奈の文化祭にいたって」
「お、おう、まあそうだな」
(こいつ今、ブタ野郎って言いかけたな)
「で、フェイリスと詩乃にも聞いたの、八幡が文化祭に来てくれたって」
「あ~………」
それで八幡は、理央が何故こんなにエキサイトしているのか理解した。
だが八幡にも言い分はある。
「いやいや、だってお前、三年なんだしそもそも学校に行ってないから、
文化祭とか何も関わってないだろ?」
「で、でもほら、高校最後の文化祭だし、一応その、ね?」
「おわっ!」
そう言って理央は、八幡をベンチに押し倒してその上に馬乗りになった。
言ってる事は穏やかだが、その態度は真逆で強引であった。
正直人に見られたら絶対に誤解される体勢である。
八幡は困り果て、視線で紅莉栖に助けを求めたが、
紅莉栖は我関せずという風にふいっと目を逸らした。
「あっ、紅莉栖、てめえ!」
「はいはい何も聞こえない、私は何も聞いてない」
紅莉栖は実は、朝からずっと理央に愚痴を聞かされ続けており、
八幡に理央を押しつける気が満々だったのであった。
「わ、私の話をちゃんと聞いて!」
「あっ、はい」
八幡は理央の手で顔を挟まれ、強引に正面を向かされた。
「とりあえずまだ間に合うから、今から私の学校に行きたいな、なんて」
「はぁ?今から?」
「ほら、この写真」
そう言って理央が見せてきたのは、スマホの画面に表示された、
フェイリスや優里奈、詩乃やその友達と一緒に撮った写真であった。
(うっ…………)
「私もこういうのが撮りたい………」
「わ、分かった、それじゃあ行くか」
さすがにこんな状態の理央に何を言っても無駄だと悟った八幡は、
今日は大人しく理央に付き合う事にした。
「あ、ありがと………」
「そう思うならさっさと俺の上からどいてくれ、誰かに見られたら誤解されるだろ」
「あっ、そ、そうだね、紅莉栖師匠にはもう誤解されてるかもだけど」
「ぶふっ………」
その理央の言葉に紅莉栖は思わず噴き出した。
当然笑っているのではなく驚いているのである。
「私は理央が八幡を押し倒した瞬間からずっと見てるんだけど、
それで何をどう誤解するというの?」
「う、うぅ………確かにちょっとやりすぎたかも」
さすがの理央も、勢いにまかせて行った今の一連の行動が恥ずかしくなったのか、
もじもじして下を向いた。
「はぁ、まったくお前は時々ポンコツになるよな」
「ご、ごめんなさい………」
「お前は紅莉栖と違って色々エロいんだから、
変なところに手が触れちまうのが心配で、俺も下手に抵抗出来ないって事をもう少しだな」
その瞬間に、バキッという音がした。
見ると紅莉栖が持っていたボールペンをへし折っているのが見えた。
「おい理央、それじゃあ早速行くぞ!」
「う、うん」
二人は慌ててその場を逃げ出し、紅莉栖はぼそっと呟いた。
「八幡め、後で覚えておきなさいよ」
「よし、それじゃあ行くか」
「あ、ごめん、先に私の家に寄ってもらってもいい?」
「何か持ちにでもいくのか?」
「うん、一応ほら、制服をね?」
「ああ、確かにその方がいいかもしれないな」
理央は久しぶりに自宅に戻り、これまた久しぶりに制服に袖を通した。
だがそこでいきなり問題が発生した。
「う………胸がきつい………」
それでも着れない程ではなかった為、理央は多少のきつさには目を瞑り、
そのまま八幡の所に戻った。
「ごめん、お待たせ」
「おう………ん、何か窮屈そうにしてるが大丈夫か?」
「う、うん、ちょっと制服の胸がきつくて………」
理央はそう言いながらチラッと八幡の方を見た。
「何故こっちを見る、俺は何もしてないだろ」
「あ~、うん、もしかして、太ったとか思われてるかなって」
「事実太ったんじゃないのか?」
「う~ん、まあ確かにちょっと………」
とは言いつつも、理央の体のサイズは困った事に胸以外は変わっていない為、
太ったと表現するのは乙女心的に複雑なものがあった。
「まあいいさ、それくらいは買ってやってもいい、
もしくはサキサキ辺りに調節してもらえばいいだろ」
「いいよ、それくらい自分で買うから。さすがに無駄かもしれないけど、
卒業式には絶対に着るんだし、その時に着れなくなってたら困るから、
少し余裕を持たせたサイズの奴を買う事にする」
「そうか、ならまあ帰りに指定の店に寄ってくか」
「うん、何かごめんね」
「別に謝る事じゃない、お前の胸がまだ成長してるのは、別にお前のせいじゃないからな」
理央が胸にコンプレックスを持っていた事を知っている八幡は、
一応もう少しフォローしておこうかと思ったが、
理央はあまり気にした様子もなく、八幡にこう問いかけてきた。
「は、八幡は、胸の大きい子は好き?」
「返事に困る事を聞くんじゃない」
「ご、ごめん」
「でもそうだな、まあ俺も男だ、嫌いじゃない」
そう言って八幡は理央に笑いかけた。精一杯気を遣ったのである。
だがそれに対する理央の反応は八幡の想像を遥かに超えていた。
「そ、そう、それじゃあ今のうちにちょっと揉んどく?」
「何でそうなるんだよ、やっぱりお前は時々ポンコツだな、
そういう事を言われても困るんだよ!」
「ご、ごめん、冗談、冗談だから!べ、別に揉んで欲しいとか思ってないから!」
「いや、お前はそういう時目がマジだから。いや、割と冗談抜きで」
「ほ、本当に!?」
「まあ学校に着いたら自重してくれよ、多分お前は目立つだろうからな」
「え、わ、私なんか全然目立たないと思うけど………」
「何を言ってるんだお前は、自分が姫って呼ばれてる事を忘れたのか?」
「あっ!」
そして学校に着いた後、二人はキットを駐車場に停めたのだが、
困った事に、既にキットがとても目立っていた。
そしてその車内から理央が下りた瞬間に、学校中が沸き立った。
「え?え?」
「ほれみろ、やっぱりこうなると思ってたよ」
確かに生徒達の半数は、こう囁き合っていた。
「おい、姫だぞ」
「久しぶりだな、姫」
「もうとんでもなく頭が良くなってるんだろうなぁ」
「それでいてあのスタイルはやばいよな」
だが残りの半数は、別の事を囁き合っていた。
「王子だ」
「王子きたあ!」
「やっぱり貫禄があるなぁ、王子」
「あの二人、似合ってるよなぁ」
その言葉が聞こえたのだろう、八幡は決まりが悪そうに下を向いた。
「そ、そうか、そういえば俺もここでは詩乃の学校と一緒で王子扱いなんだった……」
理央は理央で、『あの二人、似合ってるよなぁ』という言葉に反応し、
一人でニマニマしていた。
そんな二人の所に、咲太と佑真、そして佑真の彼女の上里沙希が駆け寄ってきた。
「学校中が浮き足立ってると思ったら、やっぱり八幡さんと双葉だったか」
「八幡兄貴、舎弟二号、参りました!」
「双葉さん、久しぶり!」
「上里さん、ひ、久しぶり」
理央は沙希が笑顔で出迎えてくれた事が少し嬉しかった。
昔は敵視されていたのに、変われば変わるものだ。
「で、八幡さん、今日はどうしたんですか?」
「いやな、咲太が余計な事を理央に吹き込んだせいで、
理央がうちの学校の学園祭にどうしても連れてけって、
俺を押し倒して色仕掛けをしてきてな」
八幡は満面の笑顔でそう言い、咲太は顔を青くした。
「すみません、ちょっと用事を思い出しました」
「佑真、咲太を捕まえろ」
「了解!ほら咲太、無駄なあがきはやめろ」
「おい国見、俺達友達だよな!?」
「咲太と八幡さんなら、俺は八幡さんにつく、当然だろ?」
「くっ、権力におもねりやがって!」
そんな咲太の頭を八幡はガシッと掴んだ。理央はそれを見て、
あ、あれって痛いんだよね、などと実体験に基づく感想を抱いていた。
「は、八幡さん、耳から脳が飛び出そうです」
「大丈夫だ咲太、これはただのツボマッサージだ」
「マジっすか、それじゃあ俺、今まさにどんどん健康になってるって事ですね!」
「さすがは咲太、こんな状況でもめげないな」
「いや、実はそろそろ限界です、ここは花楓に免じて許して下さい」
「うわ、お前、それは卑怯だろ!」
「この状況から逃れられるなら、俺は妹でも何でも利用しますよ!」
「とりあえず後で麻衣さんにお前の悪行をチクっておくからな」
「すみません、俺が悪かったです、とりあえず土下座しますんで勘弁して下さい」
「土下座はしなくていいからとりあえず校内を案内してくれ。ついでに理央のガードな」
「分かりました、お任せ下さい」
とてもそうは見えないかもしれないが、相変わらず仲のいい二人である。
「あはははは、梓川、相変わらずのブタ野郎だね」
「ねぇ佑真、梓川ってこんなキャラだったっけ?」
「それだけ咲太が八幡さんに頭が上がらないって事だろ、八幡さんは凄えからな!」
「そっかぁ、双葉さん、いい人に巡り合えたんだね」
「そ、その、あ、ありがと」
結局この後、男の咲太だけでは理央のガードは不十分だと沙希が言い出し、
結局佑真と沙希も一緒に行動する事になった。
だが心配するような事は何も起こらず、生徒達が節度を保った事もあり、
五人は楽しく校内を回る事が出来た。
「あっ、ごめん、ちょっと職員室に挨拶だけしてくるね」
「おう、行ってこい行ってこい」
その道中で職員室の前に通りかかった時、理央が八幡にそう言ってきた為、
八幡は理央を快く送り出した。
「八幡さん、双葉、随分と明るくなりましたね」
「そうか?まあ日々の生活が充実してるんだろ」
「いやぁ、八幡さんと一緒だからじゃないですかね」
「別にそんな事は無いと思うけどな」
丁度そこに理央が戻ってきた。理央はそのまま八幡の腕に自分の腕を絡め、
嬉しそうにこう言った。
「八幡ただいま!それじゃあ次はどこに行く?」
そんな八幡と理央を、三人は生暖かい目で見つめ、八幡は気まずそうに目を逸らした。
「え、な、何?」
「いや、双葉も大胆になったなと思ってさ」
「え~?だって、こういう時に一生懸命アピールしないと、ライバルには勝てないんだよ?」
「ラ、ライバル?二人は付き合ってるんじゃないの?」
「八幡さんには明日奈さんという超絶美人な彼女さんがいらっしゃる」
「えええええ?そ、そうなの?」
「おう、八幡さんは押しに弱いから、こういう時に女の子を冷たくあしらえないんだよ」
「うわ、それって彼女さんが怒るんじゃないの?」
「あ、明日奈さんは、人数が増えればそれだけ一人一人の密度が減るから、
正妻の地位が安泰になるって言って、このくらいなら許してくれるよ」
「えっ、何それ、私の知らない世界………」
「ま、まあそのくらいで、な?さあ、次だ次、行くぞお前ら!」
八幡は旗色の悪さを感じ、一同をそう促した。
「ういっす、次いきますかぁ」
「沙希、八幡さんの周りはあれで全員仲良くやってるらしいから、まあ気にしない方がいい」
「そうなんだ………何か凄いね」
それから校内をひと通り回った後、
いざ帰るという時になって、理央がみんなで写真を撮りたいと言い出した。
「それじゃあ最初は八幡さんと双葉な」
おそらく理央にとっては、これが制服姿で八幡と一緒に写真を撮る、
最後のチャンスかもしれなかった。あるいは卒業式でワンチャンあるかもしれないが、
そうなったらそれはそれでいいとして、理央はここしかないというつもりで、
気合いを入れてカメラに向かって自分をアピールした。もちろん八幡に絡む事も忘れない。
「なぁ国見、双葉の気合いがちょっと怖いんだが」
「ああ、ここで終わってもいいみたいな感じだな」
「何そのフラグ、単純に褒めてあげなよ、恋心が溢れてるじゃない」
「そういうもんかね」
「よ~し双葉、そのまま八幡さんにチューしちゃえ!」
「おい咲太、調子に乗るな、埋めるぞ」
「すんませんっした!」
こうしてこの日、理央は高校生活最後の文化祭で、たくさん思い出を作る事が出来た。
その思い出を胸に、理央はこの日から、八幡の為に頑張って頑張って頑張った。
その努力の甲斐があり、理央はVRラボの開発に多大な貢献をする事となり、
結果的に、藍子と木綿季の命を助けるのに大きな役割を果たす事になったのであった。
明日はあいこちゃんが頑張ります。
第888話「あいこちゃんの性なる戦い」は8時8分に投稿します!