「さて、金曜まであと三日、それまでに出来る事は全てやっておかないと」
エルザとの電話を切った後に藍子はそう考え、眠りの森で一人計画を練っていた。
「通風孔から上り下りする練習もしないとだし、
当日に確実にエルザに連れ出してもらう手配と、
男子更衣室内で私が隠れる場所の確保をしないと………
後は身代わり人形の製作依頼、まだまだやる事は沢山あるわね。
相手はあの八幡なんだから、念には念を入れないと………」
そして藍子は今出来る事として、川崎沙希に連絡をとる事にした。
「あ、もしもし沙希さん?私、藍子だけど」
「え、藍子?私にかけてくるなんて初めてじゃない?一体どうしたの?」
「うん、実は沙希さんに一生の頼みがあるんだけど」
「一生とはまた大げさね、でもまあ私に出来る事なら別にいいよ」
沙希はそう安請け合いをした、言質をとられたのである。
「やった!それじゃあええとね、私今度、八幡の着替えシーンを撮影するつもりなんだけど、
その為に私達が学校で使ってる、
あいこちゃんとゆうきちゃんとまったく同じ外見の人形が欲しいの」
「え、ちょっと、やばい話なら私は手伝わないわよ?」
「沙希さんはさっき、私に出来る事ならいいよって言ってくれたはず!」
「う………そ、それはまさかそんな内容だとは思ってなかったし………」
沙希は既に承諾してしまった手前、ハッキリと拒絶する事が出来ず、
沙希にしては珍しく、口ごもる格好となった。そんな沙希を藍子が畳みかけた。
「お願い、沙希さんだけが頼りなの、もちろんその動画は社乙会にも提供して、
ちゃんとそこで沙希さんも見れるようにするから!」
「なっ、何故その事を………」
沙希は結衣や優美子に誘われ、社乙会に何度か参加し、
今ではもうすっかりメンバーの一員となっていた。
沙希にとって、自分と似たような境遇の者達と一緒に、
八幡への不満を口にし合うのはいいストレス発散になり、とても楽しかった。
「実は私達も、もう少しリハビリが進んだら、社乙会に参加する予定なの。
この前お見舞に来てくれた薔薇さんに誘われたんだよね」
「そ、そうだったんだ」
「という訳で、社乙会のみんなの為にも是非協力をお願い!」
「う………」
今沙希の脳内では、八幡の着替えを見てみたいちょっと変態な沙希と、
そんな事に協力してはいけないという理性の沙希が、激しく争っていた。
「いやいやいや、さすがにそれは駄目でしょ私」
「何を言ってんの?私は他の人よりかなり出遅れてるんだよ?
こういうチャンスを物にしないでどうするの私」
「で、でもそんな変態っぽい事をするのは………」
「高校の時に八幡に下着を見られたんだから、これでおあいこって事になるでしょ?」
「いや、でも………」
「細かい事はどうでもいいの、要は見たいのか見たくないかでしょ?」
「う、そ、それは見たいけど………」
「なら決まりね、無理やりにでも納得しなさい私」
変態沙希が、圧倒的な力で理性沙希に勝利した瞬間であった。
「わ、分かった、でもそれなら一度実物を見たいんだけど」
「あ、うん、待ってて沙希さん、ちょっと色々手配してみるから、後でまた連絡するわ」
「分かった、連絡待ってるわ」
沙希との電話を切った後、藍子はやはり学校にも協力者が必要だと考えた。
「里香と珪子は明日奈に近すぎるから無理よね、そうなると残るは和人君かな」
藍子はどうすれば和人を味方に引き込めるか考え、先日の事を思い出し、ニヤリと笑った。
「よし、この手で脅し………もとい、協力を仰ぎましょう」
そして藍子はすぐに和人に電話をかけた。
「もしもし、あいこちゃんか?どうした?」
「その呼び方は学校でだけよ、和人君」
「そういやそうだったな、それじゃあ藍子、どうした?」
「実はちょっと相談があるんだけど」
「八幡絡みか?それなら出来る事と出来ない事がありそうだけど」
「この前更衣室の八幡の所にあいこちゃんを連れてってもらったじゃない?」
「あ、うん」
「あれってば、実は私が八幡の着替えを覗く為の偵察だったの。
なので和人君はもう私の共犯って事になるわね」
「……………………え?」
和人は光に地球を七十五周ほどさせてからそう聞き返した。
それほどそれは和人にとって、理解するのに時間がかかる言葉だったのだろう。
「その上でお願いがあるの、明日の朝、担任の先生に、
朝のホームルーム中にあいこちゃんのほつれを直す為に、
沙希さんが学校に来るのを許可して欲しいと伝えて欲しいの」
「は、はぁ!?お、おい、一体何がどうなって………」
「もし協力してくれないなら、和人君が私と共犯だって八幡にバラすわよ」
「うっ………」
和人はその藍子の言葉に声を詰まらせた。
和人があいこちゃんを更衣室まで連れていった以上、
確かに八幡に、二人が共犯関係だと思われる可能性が否定出来ないからである。
「でももし協力してくれるなら、仮に今回の件が八幡にバレた場合でも、
私は和人君の名前は絶対に出さないわ。バレなければまったく問題ないんだけどね」
「ず、ずるいぞ藍子!何だよそのエクストリームな脅迫は!」
「そう、なら仕方ないわね、今回の事は諦めて、大人しく八幡に報告を………」
「は、早まるな、分かった、分かったから!」
こうして和人も藍子にまんまと乗せられ、協力者として藍子の手助けをする事になった。
「で、俺は他に何をすればいいんだ?当然他にも何かさせるつもりなんだろ?」
「そうね、まず私が隠れられるくらいの大きさの、
入り口付きの箱のような物を用意して欲しいの」
「分かった、更衣室にあってもおかしくないような物を用意しとくわ」
「後、当日の朝に、私がエルザに連れていかれるのを邪魔されないように、
上手くフォローして欲しいわ」
「………って事はエルザも共犯で、実行は金曜なのか」
「ええそうよ、そんな訳で、依頼の件はお願いね」
「ああ~、くそっ、分かった、すぐにとりかかる事にする」
「うん、宜しくね」
藍子は満足そうにそう言って電話を切ると、沙希に電話を掛けなおした。
「あ、沙希さん?明日の朝ならうちの学校に来てくれれば現物が見られるんだけど、
その時間って大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫よ、それじゃあ学校に行けばいいのね」
「うん、朝のホームルーム中にあいこちゃんの修理って名目で触れるようにしておいたわ。
和人君が対応してくれるはずよ」
「オーケー、それじゃあ裁縫道具を持っていくわ」
こうして藍子は着々と準備を整えていった。
そして次の日の朝のホームルーム中に、予定通り帰還者用学校に沙希が姿を現した。
「あれ、サキサキじゃねえか、守衛さんすみませ~ん、部外者が侵入してますよ~」
「サキサキ言うな、大丈夫、許可はとってあるわ。
今日のホームルームは中止で、私はあいこちゃんに呼ばれてきたの」
「そうなのか?おいアイ、どういう事だ?」
「実はおしりの部分がほつれてしまって、
朝のうちに直してもらおうと思って沙希さんにお願いしたの」
そう言ってあいこちゃんは、スカートをめくっておしりの部分を八幡に見せた。
この時藍子は今まさに八幡に自分のお尻が視姦されていると、内心で興奮していた。
どうもエルザの影響か、変態度が増してきたようである。
だが八幡は人形相手にそんな意識はまったく無く、事務的にチェックするのみであった。
「あれ、確かに引っ掛けたようなほつれが出来てるな、分かった、サキサキ、頼めるか?」
「だからサキサキ言うな、って、これを言わせるの何度目?
まあその為に来たんだから当然よ、早速とりかかるわ」
そう言って沙希は、一同の目の前で針と糸を取り出し、すいすいとそのほつれを直した。
「おお、手際がプロっぽい」
「はぁ、やっぱり凄いね」
「よしオーケーっと、一応また直しに来る可能性があるから、
あいこちゃんとゆうきちゃんの各部の写真を撮らせてもらっていい?」
「もちろん!今後もお世話になります」
「なります!」
二人はそう言ってぺこりと沙希に頭を下げた。
その姿はとてもかわいく、クラス中の者達がその姿を見て悶えた。
学園の新アイドルの称号は伊達ではない。
「ふう、こんなもんかな」
「こんな時間にわざわざ悪いなサキサキ」
「いいよ別に、これも仕事のうち。それじゃあ私は帰るわ、みんなも勉強頑張ってね」
そして沙希は去っていき、
帰ってすぐに、あいこちゃんとゆうきちゃんの身代わり人形の製作に入る事になった。
八幡達はそのまま授業を受け、そして迎えた昼休み、
和人は購買に行くと言って立ち上がった。
「よし、それじゃあ俺は戦場に行ってくる」
「和人、頑張れ!」
「和人君、頑張ってね」
そんな和人に打ち合わせ通りにあいこちゃんが声を掛けた。
「あ、待って和人君、いずれ自分の足でここに通えるようになった時の為にも、
私にも購買の様子を見させて欲しいの」
「あ、ボクもボクも!」
「分かった、さすがに頭に二人乗せるのは怖いから、ゆっくりいくか」
「俺も行こうか?」
八幡は気を利かせてそう言ったが、和人はそれを断った。
「いや、お前は明日奈の作ってくれた弁当があるだろ?
このくらいどうって事ないし俺一人でいいよ」
「そうか?それじゃあ気を付けてな。
二人とも、落ちそうになったらちゃんと和人の髪を掴むんだぞ」
「うん、和人君をハゲにする勢いで全力で引っこ抜くわ」
「全力で抜く意味は無いよな!?」
「あはははは」
「それじゃあ八幡、行ってくるわ」
「おう、気を付けてな」
こうして一人と二体はまんまと抜け出し、その足で男子更衣室へと向かった。
「しかしさ、人のいない夜とかに自分の足で行くってのは駄目なのか?」
「それが駄目なのよ、夕方五時以降は盗難対策として、
あいこちゃんとゆうきちゃんが動いたらセンサーに引っかかって警報が鳴って、
すぐに警備員さんが飛んでくる事になってるの」
「え、そうだったのか、知らなかったな」
「それにこのセンサーは、そもそも私が夜に、
八幡の体操着をくんかくんか出来ないようにする対策でもあるらしいわ」
「くんかくんかって………え、マジで?」
「………嫌ね、冗談よ」
「おお、マジっぽいから信じちまったよ」
実はそれはマジであった。そもそも藍子がセンサーの事を知ったのも、
実は直接八幡にそう言われたからである。
八幡にしてみれば、盗難対策の説明をする際の冗談だったかもしれないが、
藍子はその時の八幡の目が結構マジだった事を覚えていた。
だがさすがにその事を正直に和人に告げるのは恥ずかしかったようだ。
「さて、時間が無いからちょっと急ごう。とりあえず箱の設置場所はどこにする?」
「八幡はどの辺りのロッカーを使うの?」
「いつもここだな」
「そうすると………この辺りがいいわね」
あいこちゃんは微妙に物蔭にはなるが、八幡のいる位置がバッチリ見える場所を指定した。
「オーケーオーケー、で、自力で上まで登れそうか?」
「今やってみるわ」
そう言ってあいこちゃんはビュンッと手を伸ばし、
通風孔の扉の鍵を器用に外してパカッと開いた。
「ちょろいわね、このまま上にっと」
あいこちゃんはそのまま手を縮め、難無く通風孔の中へと侵入した。
「オーケーよ、ゆうきちゃんも問題ないわよね?」
「うん、余裕余裕」
そのまま二体は通風孔の中から女子更衣室へと向かい、内側からその扉を開けた。
「問題ないみたいね」
「うん、バッチリ!」
そして二体は男子更衣室へと戻り、和人に問題無かったと告げ、
そのまま和人達は、購買経由で屋上へと向かった。
「遅かったな、和人」
「お、おう、出遅れちまって戦争に負けちまったから、
せっかくだからどんなメニューがあるかあいこちゃんとゆうきちゃんに説明してた」
「お前が負けるなんて珍しいな」
「いやぁ、まあ教室を出るのが遅れたし、二人がいてゆっくり歩いてたから仕方ないさ」
「私達のせいでごめんなさい、和人君」
「いやぁ、まあたまにはこういう事もあるだろ、気にすんなって」
和人は笑顔でそう言い、里香の隣に座って購買で買ったパンを食べ始めた。
そしてあいこちゃんとゆうきちゃんは、ぴょこぴょこと八幡の隣に行き、
八幡の食べている弁当を興味津々で眺めていた。
ここから雑談タイムとなり、昼休みが終わったら、
あいこちゃんとゆうきちゃんはドールハウスへ戻ってログアウトし、
午後からリハビリが開始されるというのが今の日常であった。
そしていつも通りログアウトした二人は、沙希やエルザと連絡を取りつつ準備を進め、
こうして遂に、金曜日を迎える事となったのだった。