先日頼んだ通りに和人にサポートしてもらい、
八幡の教室からあいこちゃんとゆうきちゃんを連れ去ったエルザは、
そのまま女子更衣室へと向かった。
今日はそこが、エルザの控え室の代わりに指定されているのだ。
本来なら普通の教室を少しいじって控え室に当てるのだが、
着替えるのに楽だからという理由でエルザが学校と交渉し、
一時的にテーブルと椅子を運び込む事で、その要望が叶えられたのだ。
ちなみにエルザのマネージャーである阿僧祇豪志は同席していない。
これはこの日の活動が、エルザのオフを利用した完全なるボランティアだからであり、
今日エルザが帰還者用学校で歌う事すら、豪志には知らされていないからである。
「さて、それじゃあ最初にこれね」
エルザはそう言って、
バッグの中からあいこちゃんとゆうきちゃんにそっくりな人形を取り出した。
「わぁ、そっくりだ」
「凄いね、さすが沙希さんだ」
「問題はまったく動かないのを八幡に怪しまれないかって事だけど………」
「あ、それは解決済みだわよ」
エルザはそう言って、机の上に置いてあったスイッチのような物を押した。
その瞬間に、あいこちゃんとゆうきちゃんは、拍手をするような動きをした。
「わっ、これ、どうなってるの?」
「サキサキとはソレイユ社内でこれについて相談したんだけど、
その時に私達も、これがまったく動かないのはまずいって考えてね、
考えた末に二人で近くのおもちゃ屋に行って、
リモコン式の子供用のシンバルを持った猿のぬいぐるみを買ったんだよね。
で、そのぬいぐるみを改造してぬいぐるみを被せたのがこれ。
どう?拍手してるように見えるでしょ?」
「凄い凄い、これなら何とかなりそうだね」
「さっすがエルザ、抜け目ないね!」
「まあ私達の大いなる目的の為だからね」
エルザは得意げにそう言い、細かい打ち合わせをした後、
一人と二体はそれぞれの持ち場へと向かっていった。
この為藍子と木綿季は今日のエルザのコンサートを見る事は出来ないが、
その代わりに今度カラオケででも、エルザが二人に生歌を披露する事で話がついていた。
「さて、偽者の配置先はこの辺りにして………」
エルザはステージ脇に二体をセットし、その隣で出番を待つ事にした。
コンサートと言ってもそんな堅苦しいものではなく、
エルザがステージで何曲か弾き語りをするだけのイベントなので、
体育館の幕を開けるスイッチを自分で押せばスタッフも特に必要がなく、
集中したいから連絡は必要ない、時間になったら勝手に幕を開けるという話になっている為、
他人がここに来る可能性は限りなく低いのだが、
万が一に備えてエルザはその場に残る事にしたのだ。
今日の企みは絶対に成功させたかったからである。
「さて、そろそろ時間かなぁ」
エルザは時計を見ながら演奏の準備を始めた。
必要なのはマイクだけであり、それだけは事前にセットしてもらっている。
エルザは幕を開けるスイッチを押し、ステージの中央に進んでマイクの前に立った。
それから数時間後、エルザは万雷の拍手の中にいた。
自身の有名な曲からアメリカで作った新曲までを披露し、
心地よい疲労感に包まれていたエルザは、笑顔でステージから去り、
少し間を置いて八幡の教室へと向かった。
「はっちま~ん!」
「おお、お疲れだなエルザ、いい歌だったぞ」
「うん、ありがとう!」
「そういえばアイとユウはどうした?」
「それなんだけどさ~、次の授業が体育だから、
リハビリを頑張るって先にログアウトしたんだよね」
「ああ、確かに水曜と金曜はいつもそうだったな」
そして八幡があいこちゃんとゆうきちゃんを受け取る為に一歩前に出た瞬間に、
エルザはその目の前に、事前に用意しておいたサイン色紙を差し出した。
「八幡、そんな訳で、今度これを眠りの森に届けてあげて欲しいの」
「ああ、さっきしてやったサインだな、分かった、預かっておいて今度渡しておくわ」
八幡はそう言って自分の鞄に色紙をしまう為に机に戻り、
その隙にエルザが和人にあいこちゃんとゆうきちゃんを渡した。
「それじゃあ和人君、これをしまっておいてもらっていいかなぁ?」
「オーケー、それじゃあ八幡の代わりに俺がしまっておくよ」
和人はエルザの意図を正確に読み取り、
エルザからあいこちゃんとゆうきちゃんを受け取った。
その時一瞬驚いた表情をしたのは、その重さがいつもよりもかなり軽かったからである。
こうしてあいこちゃんとゆうきちゃんが不在だった証拠は隠され、
エルザは安心した顔で教室から出て、一旦ログアウトして待機中だった藍子に連絡を入れた。
「あ、藍子?今から八幡達が更衣室に移動するみたい」
「ありがとうエルザ、早速配置につくわ」
「期待してるわよ、頑張って」
「うん、任せて!」
電話を切ると、藍子と木綿季はすぐにログインをし、
八幡達が更衣室へ現れるのをじっと待ち続けた。そして遂に八幡達が更衣室に姿を現した。
「今日の授業は何をするんだっけ?」
「バスケだな、まあさっさと着替えちま………う………」
和人は八幡の問いにそう答えかけ、その途中でいきなり腹部を押さえた。
「お、おい和人、どうした?」
「い、いや、朝からちょっと腹具合がおかしいなって思ってたんだけど、
ちょっと急な腹痛が………とりあえずトイレに行ってくるから、
もし俺が遅れるようならすまないけど先生にその事を伝えてもらってもいいか?」
「分かった、とりあえずトイレに行くまでに漏らすなよ」
「う、が、頑張るよ」
そう言って和人はその場を逃げ出した。
これは当然自分の着替えを撮影されない為の措置である。
「さて、それじゃあ着替えるとするか」
そして八幡は授業に備えて着替えを始め、
息をひそめて和人に用意してもらった箱に潜んでいたあいこちゃんは、
興奮しながらもその光景を決して見逃さないように、じっと八幡を見つめ続けていた。
ゆうきちゃんも、通風孔の中から同じようにじっと八幡を観察している。
(これはいい動画になりそうね)
(よし、上手く撮れてる!)
あいこちゃんはそう考えつつそのまま観察を続け、
八幡達が更衣室を出ていった後も慎重を期してしばらくその場に留まり続けた。
ゆうきちゃんも上から下りてきてあいこちゃんと合流する。
ほどなくして和人が戻ってきた為、二人はそれに合わせて部屋を飛び出し、
そのまま一心不乱に教室へと駆け戻った。
そして教室に入った瞬間に、二人はそこで、居るはずのない人物の姿を見て悲鳴を漏らした。
「ひっ………」
「は、八幡………」
「さて、どういう事か説明してもらおうか」
「ど、どうしてここに?」
「さっき和人があいこちゃんをしまった時に、
サキサキが直したはずの縫い目が見えなかったんでな、
おかしいと思って試合の合間に確認に来たんだよ」
「くっ………」
「策士が策に溺れちゃった?」
「そうみたいね………」
二人は観念し、そのままお縄となった。
「で?」
「え、ええと………」
「まあいい、見れば分かるからな」
「えっ?」
そして八幡はあいこちゃんを持ち上げ、いきなりそのお腹の部分をパカッと開け、
そこにあった何かのスイッチを押した。その瞬間にあいこちゃんの目から光が飛び出し、
壁にあいこちゃんが見た映像が映し出された。
そこには八幡の着替えシーンがバッチリと映し出されており、
八幡はしばらく無言でいた後に、同じようにゆうきちゃんのお腹を開いて同様に操作をし、
今度は天井からの映像を目撃する事となった。
「お、お前ら、一体何をしてやがったかと思ったら、覗きかよ………」
「え、えへっ」
「とりあえずこれは消しておくからな、二度とこんな事をするなよ」
「あ~っ、あ~っ!」
「エルザも共犯だな?後でこっぴどく怒っておかないと………
いや、あいつには意味がないか、放置しておいた方が、まだ俺の精神衛生的に健全か」
「う、うぅ………」
「まさか和人も共犯か?」
「う、ううん、和人君は私達とエルザが上手く利用しただけ」
「まあそうだろうな、さて、消去っと」
「ぎゃあああああああああ!」
「う、ううううううううう!」
「それじゃあお前ら、さっさとリハビリに行ってこい、
この人形は、サインと一緒に今度届けてやるからな」
「は、八幡、ひどい!」
「計画は失敗かぁ………」
「くだらない計画を立てるんじゃねえよ………」
こうして二人はドールハウスにしまわれ、失意のままログアウトする事になった。
そしてその夜、和人が密かに眠りの森を訪れた。
「お~い、藍子、木綿季、持ってきたぞ」
「あ、ありがとう!」
「俺の事をちゃんとかばってくれたみたいだし、それならこっちも仕事をしないとな。
それじゃあはい、これ」
「や、やった!」
「上手くいったね!」
そう言って和人が差し出してきたのは、二枚のマイクロSDカードであった。
八幡も知っている事だが、あいこちゃんとゆうきちゃんが見た映像は、
キャッシュとして保存されるものとは別に、マイクロSDカードに保存する事も可能なのだ。
昼に八幡に捕まった時は何も差さっておらず、そもそも普段も差さってはいない為、
二人がその事を知っていると思わなかった八幡はそれを見逃したのだが、
二人はちゃんとその事を知っており、エルザに買ってきてもらって、
これが視界に入らないように気を付けながら、
秘かにスロットにマイクロSDカードの準備をしておいたのである。
二人は事が終わった後に、そこが視界に入らないようにそれを抜き、
カードを密かに和人に手渡しておいたのであった。
二人が和人の到着を待って更衣室を出たのはこの為なのである。
「いやぁ、さすがは八幡だよなぁ、縫い目のあるなしに気付くなんてよ」
「まあその為に、わざと八幡におしりの部分が見えるようにしてもらったんだけどね」
「気付かなければそれでよし、気付かれてもまあ、
自分自身の手で映像を消したって事になれば、普通それ以上の追求はしないもんな」
「遂に八幡に勝利出来たわね」
「素直に感心したよ、まさかあの八幡が出し抜かれるところが見れるなんてなぁ」
こうして藍子と木綿季は首尾良くお宝映像の入手に成功し、
それは少し後の社乙会にて披露される事となった。