藍子と木綿季が八幡相手に勝利したその数日後の事である。
七つの大罪をトップとするグループは、着実に勢力を伸ばしていた。
今日はルシパーの呼びかけにより、いくつかのギルドが集められており、
その中には旧連合や旧同盟の者達も混じっていたが、
基本ヴァルハラへの嫉妬や恨みで動く者達は除外されていた。
ルシパーは確かに頭のネジが何本か飛んでいるのかもしれないが、
物の道理はわきまえており、そういった者達が戦闘では役に立たない事を、
本能でちゃんと理解していたのである。
「我々が目指す活動の趣旨に賛同して頂き、
今日この場に集まって頂いた事、とても有り難く思います」
今日の司会はアスモゼウスが行っていた。
さすがに今日は色欲っぽさは抑え、真面目モードである。
形としてはルシパーの意思を代弁して通訳しているような感じだが、
ルシパーに長く喋らせると場が目茶苦茶になってしまう為、これは正しい処置だと言えた。
これはグランゼの提案によるものである。
普段はフリーダムだが、現状ではやはりグランゼには逆らえないのだ。
「今日集まって頂いたギルドは全部で五つとなりますが、
私からそれぞれのギルドの名前とメンバー数を報告させて頂きます。
最初に我ら『七つの大罪』は、構成員四十名、
そして『ソニック・ドライバー』が二名、『アルン冒険者の会』が十名、
『ALO攻略軍』が二十二名、そしてまだ仮参加の段階ではありますが、
『チルドレン・オブ・グリークス』が十六名、となります」
この中で特殊な立場にいるのは、
『ソニック・ドライバー』と『チルドレン・オブ・グリークス』である。
後者は以前、ヴァルハラ相手に喧嘩を売った経緯が問題視されており、
まだ正式な参加扱いにはなっていなかった。
前回の階層攻略戦で同盟がスリーピング・ナイツに完敗した時点で、
彼らは同盟所属としては何の活動実績も無かった為、
とりあえず様子見という事で、仮の参加を認められているだけな段階なのである。
そして前者、『ソニック・ドライバー』の構成員は、
『スプリンガー』と『ラキア』のたった二名である。
今回の参加に関しても、ルシパーが傲慢な態度をとらず、
三顧の礼をもって迎えたという経緯があり、
その事だけ見ても、この二人が特別な存在だという事が分かる。
「スプリンガーさん、ラキアさん、今日は来てくれて………その、とても嬉しい」
ルシパーがたどたどしい言葉遣いながらそう言い、
それに対してスプリンガーが鷹揚に返事をした。
「いやいやルシパー君、俺達を特別扱いとかしなくていいから。
ってか俺とこいつはいいおっさんといいおばちゃんだぜ?
こんな集まりに俺達みたいなのを呼んじゃって本当にいいのか?」
その瞬間にラキアがスプリンガーにいきなり頭突きをかました。
「おわ、痛ってぇな、、いきなりかよ!
お前のそういうとこ、もう結婚して何十年もたつのに本当に変わらないよな」
そんな二人を、その場にいた多くの者達は微笑ましく見つめていた。
この二人は実は、『残された百人事件』が解決した直後に、
『WWG(ワールド・ワイド・ゲーマーズ)』というギルドを立ち上げたプレイヤーであり、
そしてそのWWGこそが、連合の母体となったギルドなのである。
その為この二人の知名度は高く、同時にスプリンガーは愛妻家だと噂されており、
ここに集まった者達は、その噂が真実だったと感じ、
今二人に暖かい視線を向けていると、まあそんな訳である。
WWGの話に戻るが、WWGは来る者拒まずの精神で一気に大きくなり、
ソレイユ社が運営を始めた頃には、ALOのトップギルドとして攻略を行っていた。
だがヴァルハラの旗揚げと勢力増大の煽りを受け、
メンバー達がいつしかヴァルハラに対抗する事ばかりを考えるようになり、
それに嫌気がさしたこの二人は、徐々にALOから足が遠ざかっていった。
そして二人の不在時にギルドの一部の者が暴走し、
ギルドの名称が『反ヴァルハラ連合』と変わったのを知った二人は、
それから完全にログインしなくなっていたのであった。
だが最近再びログインするようになったという噂が立ち、
ルシパーが直接出向いて協力を願ったというのが今回二人がここにいる理由である。
「で、ルシパー君、どうなんだい?」
「はい、俺達がその、おかしな………方向に進み始めたら、
せ、説教してもらえればそれで十分です」
ルシパーはたどたどしいながらも、精一杯丁寧な言葉でそう言った。
グランゼにそう言うように指示されていたという理由もある。
「よせやい、傲慢の名が廃るぜ?普段通りの態度で接してくれればいいって」
この言葉から、ブランクが長かったスプリンガーが、
復帰後に情報収集はしっかりと行ったという事が分かる。
「そ、それじゃあ………俺達が間違ってると思った時は、
その老骨に鞭打って遠慮なくぶちかましてくれ、出来るものならな!」
ルシパーは胸を張りながらそう言った、実に傲慢な頼み方である。
「まあ俺には無理かもだがうちの嫁さんなら何とかするだろ、
それが俺達の役目って事だな?オーケーオーケー。
そういう事ならしっかりとご意見番をさせてもらうわ。
戦いとかの時は、手を抜かずにちゃんとやるからよろしく!」
スプリンガーの隣でラキアもうんうんと頷き、そんな二人に集まった者達は拍手をした。
あのチルドレン・オブ・グリークスまでがそうしており、
二人の人望が未だに健在な事が伺える。
もっともそれだけではなく、他にも二人が一目置かれる理由がある。
ちなみに八幡はその理由を二日前に知った。
「あ、あとよ、誤解されても困るから先に言っておきたいんだが、
今回俺達の復帰のキッカケは、実はリアルでハチマンと繋がりを持ったからでな、
戦場以外じゃ普通にヴァルハラとも仲良くするつもりなんだが、
それでも俺達を仲間だと思ってくれるか?」
これにはルシパーではなくアスモゼウスが答えた。
「別に構いません、元々お二人があちら側なのは有名な話ですし、
情報漏洩さえ無ければ何の問題もありません。
ヴァルハラのメンバーが人間的に嫌いだとか、
そういったくだらない理由でここにいるメンバーを集めた訳ではありませんから」
その言葉にスプリンガーは、うんうんと頷いた。
「一応言っておくが、俺達はヴァルハラとかちあったら全力で戦うつもりだからな?
ただ因縁をつけて喧嘩をふっかけるような事には加担しないってだけで、
攻略の都合でぶつかったとかならむしろ喜んで戦うつもりだ」
「その辺りは信頼してる、疑ったりはしない」
「オーケーオーケー、それじゃあこれから宜しくな、みんな」
スプリンガーは快活そうな笑みを浮かべ、直後に思い出したようにこう言った。
「あ、それから、うちの嫁さんは極端に無口で無愛想なだけで、
別にいつも怒ってるとかそういうんじゃないから宜しく!」
その瞬間にラキアが再びスプリンガーに頭突きをかまし、
その場は笑いに包まれたのであった。
そして口下手なルシパーは一歩下がって腰を下ろし、
事前にグランゼから指示された内容を、アスモゼウスが朗々と宣言した。
「それではここに、『アルヴヘイム攻略団』の結成を宣言します。
団長はセブンスヘヴンランキングが一番高いルシパーが努めます。
でもこれはあくまで現状そうだからという理由でそうするだけで、
もしランキングが変動して、ルシパーよりも強いプレイヤーが仲間内に出た場合には、
そのプレイヤーが次のリーダーになるという事を覚えておいて下さい」
その場にいた者達は、その言葉に驚いたような顔をした。
まさか七つの大罪サイドからそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかったからだ。
同時に一同は、思ったよりもまともな運営をしてくれそうだと内心で喜んでいた。
「さて、当面の活動内容ですが、もうすぐ行われる大型バージョンアップに向け、
それまでにメンバーの装備の充実を図ろうと思っています。
その為に最優先なのは、ハイエンド素材の確保です。
小人の靴屋が安い値段で協力してくれる事になっているので、とにかく素材の情報を集め、
もしギルド単体で向かうのが困難な場所にその素材があるという場合は、
協力して素材の確保に当たりましょう。ちなみに完成した武器の所有権の決め方ですが、
その武器のスキルを持っている者の中から抽選とします」
これは七つの大罪の意向ではなく当然グランゼの意向であるが、
少なくとも今ここに参加している者達にとっては、とても助かる提案であった。
小人の靴屋はがめつい事で有名であり、高い合成料をとられるのが当たり前だった為である。
今回グランゼが方向転換したのは、ハイエンド素材の加工機会を増やし、
自分達の合成の腕を上げる為なのだが、お互いの利害が一致するのは確かであった。
そして完成した武器が抽選方式で与えられるというのもまた好評であった。
ほとんどがグランゼの意見とはいえ、七つの大罪が仕切っている事を考えると、
考えられないくらい、まともな運営方法だからである。
もっとも当然七つの大罪サイドにも不満はあるのだが、
スポンサーの意向には逆らえないといった感じであろうか。
「他に質問などあれば、今のうちにお願いします」
アスモゼウスは次にそう言ったが、特に質問は出なかった。
「それでは今日の会合はこれにて終了となります、みなさぁん、今後とも宜しくねぇ♪」
最後にアスモゼウスは、口調をがらっと変えて甘い声を出し、
いかにも色欲らしく、一同に投げキッスをした。
たったそれだけの仕草でもメンバー達は盛り上がり、意気揚々と引きあげていったのである。
「さて、俺達も戻るとするか」
「ああ、やっと終わった、だるい………」
「帰って飯にしようぜ、飯!」
「飯飯うっせえんだよ、キレんぞマジで!」
「おいルシパー、本当にあんなルールでいいのか?武器をもらえた奴に嫉妬すんぞコラ!」
「それより売って金にしようぜ」
(こいつらこんなんで本当に大丈夫なのかな、
まあいいわ、何かあったらグランゼに出てきてもらえばいいだけだし)
アスモゼウスは漠然と不安を感じつつも、
問題が起きたらグランゼに丸投げしようと心に決めた。
(さて、私も今日から敵役として、ヴァルハラにいっぱいアピールしないとね)
こうしていくつか不安を抱えながらも、アルヴヘイム攻略団はその産声を上げた。
スモーキング・リーフへの対応から見られるように、多少強引な手法をとる事はあったが、
通称攻略団はヴァルハラのライバルとして、
『リーダーを変えつつ』今後も長く存続していく事となる。