キットが走り出してすぐに、八幡は陽乃に目的地がどこか尋ねた。
「姉さん、これからどこに向かうんだ?」
「溝の口よ」
「お?都内じゃないんだな」
「うん、会長夫婦の思い出の町なんだってさ」
「へぇ、例の話の舞台って事か、そういうの、何かいいよな」
「まあ今となってはいい思い出って言えるみたいだけど、
当時は悲しい事も沢山あったらしいわよ。
先代の会長は現会長の意向を全然確認してくれなかったみたいだしね。
まあ当時は親に何も言えなかったとも言ってたから、厳しい家だったんでしょうね」
「あれだ、結城の死にかけ爺みたいなもんか」
「………八幡君と清盛さんは、本当に仲良しよねぇ」
そんな会話を交わしながら、二人は会場へと到着した。
「さすがに規模が大きいな」
「そりゃねぇ、うちなんかとは比べ物にならないくらい大きいグループだもん」
大野財閥の関連グループのパーティーは、それはもう圧巻であった。
さすがの八幡も圧倒される程、沢山の人数が参加している。
おそらく参加者の会話一つで凄まじい金額が動いているのだろうと思い、
八幡は緊張で背仲が汗ばんでくるのを感じていた。
パーティーは会長の自宅のホールで行われていたのだが、
そのホールの大きさがとにかく半端ない。
ちなみに事前に陽乃が教えてくれたが、二人の年齢は共に四十九歳らしい。
「さて、大野会長はどこかしらね」
「ね、姉さんは緊張しないのか?」
「あ~、うん、大野会長………晶さんとその旦那さんの春雄さんとは、
よく一緒に遊んでたからね」
「遊んでたって………」
八幡は、さすがは陽乃だと少し感心した。
(まったく誰とでも友達になっちまうんだな、姉さんは………表面上は)
そう捻くれた感想を抱きつつも、今回の件に関しては、
そのまま言葉通り、本当に仲良くしてたんだろうなと思う八幡であった。
そして陽乃が目当ての人物を見つけたらしく、そちらに手を振り、
遠くにいた二人の人物もこちらに手を振り返してきた。
「あ、いたいた、それじゃあ晶さん達のところに行きましょうか」
「え、もうか?待ってくれ、今心の準備をするから」
「そんなの必要ないわよ、ほら、こっちこっち」
「あっ、おい!」
八幡はそのまま陽乃の胸によって腕を拘束され、
年配の男女がソファーで寛いでいた一角へと連れていかれた。
「約束通り連れてきたわよ、晶さん、春雄さん」
「陽乃さん、わざわざすまないね。比企谷君、俺は大野春雄、こっちは大野晶な」
春雄と名乗った男性が、どうやら会長の旦那さんであるようだ。
春雄は友好的な視線を八幡に向けていたが、
晶は睨むような目でじっと八幡を見つめ続けていた。
(うわ、怖え、会長怖え!)
八幡はそう思いつつも、強化外骨格を駆使して平静さを保ち、笑顔で二人に挨拶をした。
「比企谷八幡です、今日はお招き頂きありがとうございます」
その言葉に会長の口の端が僅かに持ちあがった。
「悪い比企谷君、うちの晶は子供の頃から極端に無口なんだ」
「あっ、はい」
「それにしても、晶がこんなに機嫌がいいのは久しぶりだなぁ」
(え、マジで?これって機嫌がいいの?それじゃあさっきのは笑ってたの?)
そう思ったのも束の間、晶は突然立ち上がって八幡の手を引き、
建物の奥の方へずんずんと歩き始めたのである。
(おわ、この人凄い力だな、
それによく見ると見た目も若いし肌も綺麗だし、とても五十近い女性だとは思えん)
八幡はその事実に今更ながら驚きつつも、
晶の行動の意味が分からず、その背中に声をかけた。
「す、すみません、一体どこに行くんですか?」
その言葉に晶は一瞬足を止めて振り返った。
その顔は僅かに紅潮しており、八幡はその表情を見て、晶が恥らっているのだと理解した。
「晶が説明を忘れてたから恥ずかしいってさ。
大丈夫だよ比企谷君、プライベートスペースに移動するだけさ」
そこに春雄が追いついてきてそう言った。その後ろには陽乃の姿も見える。
(さすがは夫婦、喋らなくても相手が何を考えてるのか分かるんだな)
「分かりました、ちゃんとついていきますから手を引いて頂かなくても大丈夫です」
八幡はそう言ったが、晶は八幡の手を離してはくれず、
そのままずんずんと歩き続け、とある部屋の中へと八幡を連れ込んだ。
「し、失礼します」
八幡はそう言って部屋の中を観察し、途端に目をキラキラと輝かせた。
「え、何これ、うわ、凄っげぇ、ここって趣味の部屋ですか?
まさか自宅にゲーセンを作っちゃうなんて、凄く粋ですね!俺も見習いたいです」
八幡のその言葉通り、その部屋にはアーケードゲームがずらりと並べられていた。
そんな八幡を見て晶は、むふぅ、と得意げな声を発した。
「どうだい?中々のもんだろ?自由に使えるお金が増えた時に、
晶と相談して二人で揃えたんだ」
「はい、本当に凄いです、最高です!」
「こういう部屋を作るのが、子供の頃の夢だったんだよ」
「こんな部屋があったんだ、私には教えてくれなかったのに」
春雄の自慢げな言葉に八幡は興奮しつつ賞賛の言葉を並べ、陽乃は拗ねて口を尖らせた。
「まあそう言わないでくれよ、
ちょうどあの頃は晶が会長職を継いだ直後でさ、うちもちょっとごたごたしてたのよ」
「ああ、まあ確かにそんな時期でしたね、分かりました、広い心で許します」
陽乃はそう言い、三人は楽しそうに笑った。
八幡はそれを見て、この三人は本当に仲がいいんだなと感じていた。
そして晶が何か言いたげな表情をし、春雄がその顔を見て、八幡にこう言った。
「比企谷君、晶が何かのゲームで一緒に遊ぼうだってさ」
「あっ、はい、是非是非。でもあまり得意じゃないんで、お手柔らかにお願いします」
そう言って八幡が選んだのは、昔懐かしい2Dの対戦格闘ゲームであった。
そのチョイスに晶は目を輝かせ、とても嬉しそうに八幡の正面に座った。
だがそんな態度とは裏腹に、対戦ではまったく容赦がなく、
八幡はボコボコにされる事になった。
「くっ、つ、強いですね………」
「まあ俺も晶も全国大会に出た事があるからなぁ」
「そうなんですか!?」
「八幡君、私にもやらせて」
「オッケー、それじゃあ交代な」
陽乃はアーケードゲームの経験などは少ないはずだったが、晶相手に善戦しており、
八幡は、やはり姉さんは何でも出来ちまうんだなと感心した。
「相変わらずあの二人は天才だよなぁ、俺とは大違いだぜ」
「相変わらず、ですか?あれ、でも姉………陽乃さんは、ここには来た事が無いって」
「おう、やってたのは別のゲームだよ、ヴァルハラのハチマン君」
春雄はニヤリとしながら八幡にそう言った。
「あれ、陽乃さんから聞いたんですか?」
「いやぁ、まあレイさんがかわいがってて名前が八幡だっていうなら、
それ以外ないだろうなって思っただけさ」
「レイさん………?」
「ああ、君はよく知ってるだろ?ソレイユさんだからレイさんさ」
「ああ!それでレイさんですか!陽乃さんの事をそう呼んでる人を初めてみました。
それじゃあ別のゲームってのは、やっぱりALOなんですね」
「おう、結構有名人だったんだぜ、俺達はレイさんとパーティを組んでいたからな」
「えっ、そうだったんですか?それは全然知りませんでした!」
八幡はその事実に驚愕した。
「俺の名はスプリンガー、通称『スプリンガー・ザ・ソニック』、
そして晶がラキアこと『無言のラキア』、
それに『絶対暴君ソレイユ』といえば、かつてはかなり恐れられたもんさ。
まあ俺達は、君達が活動を開始した直後から活動を抑えてて、
今はすっかり活動休止中だから、知らなくて当然さ」
「なるほどそうだったんですか。しかし無言って、ゲーム内でも物静かなんですね
「だよな、笑えるだろ?」
その時二人の頭に、ゴン!ゴン!と衝撃が走った。
「がっ!」
「痛っ!」
振り向くといつの間にか背後には晶の姿があった。
どうやら後頭部に頭突きをくらったようだ。
「痛ってぇな、だから晶さ、照れ隠しに頭突きをするのはやめろって言ってるだろ」
春雄にそう言われた晶は、拗ねたように頬を膨らませた。
八幡は苦笑しつつ、丁度いいやと思い、晶の前で春雄にこう尋ねた。
「ところで今日俺を呼んだのって、俺がヴァルハラだからですか?」
「いや、実は順番が逆なんだよ。嘉納さんのパーティーに行った時に、
晶がお前さんを一目見て気に入っちまってよ、
調べたらレイさんのところの子だって分かったって感じかな。
それから晶がずっと、うちに呼べ呼べってうるさかったんだよ」
「え?俺、あの時は嫌々参加してただけで、気に入られるような事は何もしてませんけど」
「この部屋に入った時の反応が全てさ、大抵の奴はこの部屋に案内された時、
口では凄いとか言いながら、馬鹿にしたような目を向けてきやがるもんだ。
でも君はそんな態度はとらないって、ピンときたらしいぞ」
「大野会長にそんな特殊能力が!?」
八幡は冗談のつもりでそう言ったのだが、その言葉に晶が激しく反応した。
晶は一歩前に出ると、八幡の顔を下からじっと覗きこんだ。
「ど、どうかしましたか?」
「………晶」
八幡はこの時初めて晶の声を聞く事になった。
「えっ?」
「………晶」
「えっと………」
「………晶」
さすがの八幡も、ここまでされたら晶が何を言いたいのか分かる。
「わ、分かりました、晶さん」
八幡は晶をそう名前で呼び、晶はむふぅと得意げな顔をした。
「あはははは、晶は本当に八幡君を気に入ったんだな、
俺も晶の声を聞いたのは本当に久しぶりだよ。
それじゃあ俺の事も、今後は春雄って呼んでくれ」
「あっ、はい、春雄さん」
そして八幡は晶に向き直り、ペコリと頭を下げた。
「どうぞこれからも仲良くして下さい」
八幡にそう言われ、晶は笑顔で頷いた後、春雄の方をチラリと見た。
「ヴァルハラの話を聞かせて欲しいってさ」
「あ、はい、分かりました」
それから部屋に軽食が運びこまれ、八幡は二人にALOの話をした。
パーティーの方は放っておいていいのかと八幡は心配になったが、
そちらは別の者に丸投げしたようだ。何ともフリーダムな夫婦である。
「へぇ、今はそんな事になってんのか、連合が迷惑ばかりかけて本当にすまねぇな」
「どうして春雄さんが謝るんですか?」
「いや、まああのギルドの元になったWWGってギルドを作ったのは俺達だしなぁ」
「えっ、そうなんですか?」
「おう、一部の奴らがどんどん暴走していきやがって、
それに嫌気がさして、俺達も段々ログインしなくなったんだがよ、
まあ君達が潰してくれたなら良かったよ。
おい晶、そういう事らしいから、今度またALOに行ってみるか?」
春雄にそう言われた晶は、真面目な顔で八幡の手を握った。
「………ヴァルハラは強い奴が多そうだから、手合わせさせてくれってさ」
(うわ、今の仕草だけでよく考えてる事が分かるよなぁ)
そんな二人の姿に八幡は、自分と明日奈もいつかこうなれるだろうかと、
未来に思いを馳せた。
「はい、分かりました。ヴァルハラには俺の彼女もいるので是非相手をしてやって下さい」
「えっ、レイさんが君の彼女じゃないのか?」
「いえ、違いますよ」
「うん、今のところは違うのよね、今のところは」
陽乃はそう強調し、春雄は何か察したのか、八幡の肩をポンと叩いた。
「大変だろうが、まあ頑張れ」
「あ、はい、ありがとうございます………」
こうしてこの日の顔合わせは終わった。
八幡は有力な後ろ盾を得る事になったのだが、本人にはその自覚はなく、
単純に年上の友人が出来た事を喜んでいるようだった。
それがまた二人に好感を与えたようである。
「今後もたまには遊びに来て、俺と晶の相手をしてやってくれ」
「はい、喜んで!」
「今度は明日奈ちゃんを連れてきてあげなさいよ、八幡君」
「その子が君の彼女かい?」
「あ、はい、明日奈はレクトの社長の娘なんですが、もしかして面識があったりしますか?」
「多分あると思うな、見れば思い出すんじゃないかな」
その春雄の言葉に晶も頷いた。
「明日奈は美人なので、きっと見たらすぐに思い出しますよ」
「おっ、のろけかい?八幡君も隅におけないな」
いつの間にか、春雄も八幡の事を名前で呼ぶようになっていた。
パーティーが終わった後も四人の交流は続き、
八幡は結局深夜に帰宅する事となった。
そして次の日、いきなり春雄が八幡に電話をかけてきた。
どうやらALOに再びログインしてすぐに、七つの大罪から声をかけられ、
その情報が欲しいという用件であった。
「あいつらがですか………」
「おう、どんな奴らなんだい?」
「ええとですね」
八幡は七つの大罪について知る限りの情報を提供し、
そしてアルヴヘイム攻略団結成の話し合いが行われた後、
春雄が再び八幡に電話をかけてきたと、それが今回の話の流れである。