ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第894話 降臨、エルザちゃん

 とある日の朝、神崎エルザは眠りの森を訪れていた。もちろん八幡には絶対に内緒である。

何故なら今日の訪問の目的は、エルザがあいこちゃんの中の人となる為だからだ。

 

「あっ、この前あげたサイン、こんな綺麗な額に入れて飾ってくれてるんだ」

「実はそれ、八幡が黙って用意してくれたんだよね」

「そうなの?」

「うん、八幡を出し抜いたあの日の放課後、八幡が真っ直ぐここに来たの」

「で、気持ち悪いくらい穏やかな笑顔でこれをボク達に差し出してきたんだよ」

「え?怒られなかったの?」

 

 エルザはさも意外そうにそう言った。

 

「ううん、その後八幡は、いきなりアイを抱え上げて、

そのままパジャマのズボンをめくっておしりをペロンって露出させて………」

「えっ、何そのご褒美、ってか八幡がそんな事をするなんて珍しくない?」

「まあ八幡はアイのお尻を見ないように、ずっと前を向いたままだったけどね」

「あの時は私も、あ、私今日、大人になるんだ、

なんて調子のいい事を考えたりもしてたんだけど………」

「その後笑顔のまま、アイは二十発くらいおしりを叩かれたの」

「えっ、何そのご褒美」

「途中で経子さんが中を覗いたんだけど、無表情のままどこかに行っちゃったんだよね」

「私も凛子さんを見たわよ、気まずそうな顔で同じようにどこかに行っちゃったわ」

「えっ、何そのご褒美」

 

 どうやらエルザにとっては何でもご褒美にしか聞こえないらしい。

まったく困ったものである。

 

「ところで木綿季は怒られなかったの?」

「怒られたよ、正座させられて、『アイの言う事は聞くな』『アイの誘いに乗るな』」

って延々と言われ続けたよ」

「言葉責めかぁ、結局ご褒美だね」

 

 やはり何を言ってもエルザにはプレイに感じられてしまうらしい。

 

「いいなぁ、露出プレイにSMに羞恥プレイに言葉責めかぁ、

私なんか、怒ってすらもらえずに放置プレイされてるだけだよ?

というか怒ってくれる気配すらまったく無いよ?」

「エルザを怒る手段なんて、この世のどこにも存在しないと思うな」

 

 木綿季は呆れた顔でそう言った。

 

「いくら私だって、八幡に面と向かって、

『お前の事が嫌いだ、もう二度と俺の前に姿を現すな!』

とか言われたら本当に泣いちゃうよ?」

「八幡はそんな事は言わないって」

「というか、そこまでしないとエルザの心にはダメージを与えられないのね………」

「まあとにかく私はもっと八幡にいじめて欲しいの!」

「それは今日これからの行動次第じゃない?」

「あっ、そろそろ時間ね、ユウ、エルザ、学校に行く時間よ」

「まずい、遅刻しちゃう!それじゃあ行こう、エルザ」

「エルザの健闘を祈っているわ」

「うん、たった一度きりのチャンスだと思ってベストを尽くすわ」

 

 エルザはやる気満々な表情でそう言った。

 

「今回の顛末は後で動画で見させてもらうわ、

さすがに今回は、バレてもデータは消されないと思うし」

「ここですぐに見られるんだよ!」

 

 あいこちゃんやゆうきちゃんの見た風景は自動で記憶されるのはご存知の通りだが、

その映像は眠りの森から遠隔操作でモニターに映し出せるのである。

これは本来は授業内容を家で復習出来るようにという事で実装された機能なのだ。

 

「本当に?それじゃあ午後に一緒に見よっか!」

「ええ、それまで官能小説でも読んで暇つぶしをしているわ」

 

 エルザはそれを冗談だと思ったらしく、笑いながら言った。

 

「あはははは、それじゃあ行ってくるね」

「うん、頑張って」

 

 そして木綿季とエルザはゆうきちゃんとあいこちゃんにログインした。

そして残された藍子は、先ほど言った通り、本当に官能小説を取り出して読み出した。

どうやら先ほどのセリフは冗談でも何でもなかったようである。

 

 

 

「おはよう八幡!」

「…………」

「おはよう二人とも。ん、アイ、どうした?」

「あ、ううん、何でもないの。おはよう、八幡」

「おう、おはよう」

 

 幸いあいこちゃんには藍子の声だけが登録されているので、

エルザも藍子の声で挨拶する事が可能であった。

そして帰還者用学校に降臨したエルザちゃんはすぐにきょろきょろと辺りを見回した。

とにかく視線の位置が低く、その違和感が凄かったのである。

 

(人形になるのってこんな感覚なんだ………)

 

 エルザちゃんはそう思いつつ、ぴょこぴょこと八幡の方に向けて歩き出した。

と、丁度その時明日奈達が登校してきた。

 

「八幡君、あいこちゃん、ゆうきちゃん、おはよう!」

 

 もうお気づきの方もいるかと思うが、

学校であいこちゃんとゆうきちゃんの事をアイ、ユウと呼ぶのは八幡だけである。

他の者達は例外なくあいこちゃん、ゆうきちゃんと呼ぶ。

これは特に何か理由がある訳ではなく、何となくその方がかわいいからである。

逆に言えば、八幡はそういう事は気にしないのだ。

 

「和人君、明日奈、里香、珪子、おはよう!」

 

 そう言いながら、エルザちゃんは三人を見上げた。

当然の事ながら、エルザちゃんからは三人のぱんつが丸見えになる。

 

(うっほぉ!眼福眼福!)

 

 そう思いながら、エルザちゃんはこそこそとゆうきちゃんに話しかけた。

 

「ねぇ木綿季、ここは天国なの?」

「天国?何が?」

「今私達から見えてるあの色とりどりのぱんつの事よ!」

 

 どうやら三人とも今日はとてもカラフルな下着を着用しているらしい。

 

「ああ~、うん、まあそうかな」

「むっはぁ、みなぎってきたわ!よし、次はあのたわわな果実を………」

 

 エルザちゃんは大興奮しながらも、

それを悟られないように手を前に出し、明日奈に向かってぱたぱたさせた。

 

「なぁに?抱き上げて欲しいの?」

「う、うん」

「もう、仕方ないなぁ」

 

 そう言いながら明日奈はエルザちゃんを胸に抱いた。

 

(うほぉ、育ってる育ってる、お父さん、興奮しちゃう!)

 

 エルザちゃんはそうおっさんくさい事を考えながら、

誘惑に耐える事が出来ずに明日奈の胸を揉んだ。

 

「きゃっ、あ、あいこちゃん、いきなり何するの!」

「ご、ごめん、柔らかそうだったからつい………」

「おいアイ、朝からいきなり明日奈にセクハラすんな」

「ま、まあいつもの事だから別にいいよ」

 

(いつもなんだ!?)

 

 エルザちゃんは、自身と同じような行動をとっているらしい藍子に、益々親近感を覚えた。

 

「そんな事言っちゃって、八幡も嬉しいくせに」

「べ、別にそんな事はない」

「その割には声が上ずってるけど」

「そうそう、八幡君は本当は私の胸が成長するのが嬉しいんだよね」

 

 明日奈にそう言われた八幡は、とても情けなさそうな顔をした。

そんな八幡を、和人達三人はニヤニヤしながら眺めていた。

 

「あ、明日奈、アイに乗せられて俺をからかうのはやめろ」

「か、かわいい………」

 

 エルザちゃんは、そんな八幡を見てそう言った。

 

「うん、かわいいよね」

「くっ、ほ、ほら、そろそろホームルームが始まるぞ」

「ふふっ、は~い」

 

 明日奈は微笑みながらそう返事をし、エルザちゃんを八幡の机に乗せ、

ゆうきちゃんを抱き上げて自分の机に乗せた。

そしてホームルームが始まり、エルザちゃんは思わず目を細めた。

 

(うわ、この雰囲気、凄く懐かしい)

 

 エルザちゃんは自分が高校時代に戻ったような気分になり、思わず前に身を乗り出した。

その瞬間にエルザちゃんはあっけなく机から落ち、八幡は慌ててエルザちゃんを掬い上げた。

 

(あっ、これが噂のラッキーパイタッチ!?)

 

 聞いていた通り、八幡の手が思いっきりエルザちゃんの胸に触れていた。

次の瞬間に、エルザちゃんに第二のご褒美が来た。

八幡がエルザちゃんの頭をゴン、と叩いたのだ。

 

「お前は何度言わせるんだ、前に身を乗り出すのは危ないからやめろっての」

「ご、ごめん」

 

(や、やばい、癖になりそう)

 

 エルザちゃんははぁはぁ言いながらも、

さすがにこれを何度もやると本気で八幡が怒りそうだったので、

以後は机から落ちないように慎重に動く事にした。

そして授業が始まり、エルザちゃんは何年かぶりに勉強をする事になった。

 

(ええと確か、このノート代わりの端末にタッチペンで書き込んだら、

このボタンで送信っと………)

 

 そしてエルザちゃんがボタンを押した瞬間に、書かれていた内容が消えた。

どうやら眠りの森に送信されたらしい。

その画面を見ながら藍子と木綿季が夜にちゃんとしたノートにそれを写す事になっている。

これは二人の学力を引き上げる為に、毎日ちゃんと復習するようにとの意図で行われている。

その成果は着実に上がっており、紅莉栖のアマデウスが家庭教師をしている事もあって、

二人が自分の足で登校するようになった頃には、

二人の学力はちゃんと他の者達に追いつくだろうと思われていた。

今のところ、その予定は早ければ十二月半ば頃とされている。

 

(こういうの、何か新鮮でいいなぁ)

 

 次の授業は視聴覚室での移動授業であった。

エルザちゃんは八幡に抱きかかえられ、興味深く学校内を見回していた。

道中では沢山の生徒が例外なく八幡達に会釈してきた為、

エルザちゃんはこの学校での八幡達の立場の強さを改めて思い知った。

 

(八幡って慕われてるんだなぁ、みんな八幡を見ると笑顔になるもんね)

 

 エルザちゃんはその事を嬉しく思いながら、八幡の胸に頬を押し付けてすりすりした。

 

「おいアイ、くすぐったいからやめろ」

「ご、ごめん、つい」

「はぁ、相変わらずお前はお子ちゃまだな」

「失礼ね、私はもう立派なレディーよ!」

「へいへい」

 

 こんなたわいもない会話がエルザちゃんはとても楽しかった。

 

(いいなぁ、学生)

 

 エルザちゃんはそう思いながら、この日一日学校生活を楽しんだ。

途中からは本来の目的を忘れ、八幡に目立ったセクハラをする事もなく、

普通に一生徒として授業に加わっていた。

そしてお昼休みになり、五人の食事風景を見ながら楽しくお喋りした後、

遂にログアウトしないといけない時間となった。

 

「それじゃあみんな、また明日ね」

「うん、また明日」

「リハビリ頑張れよ」

「うん!」

 

 そんな二人を代表して八幡が抱え、教室にあるドールハウスに向かう途中で、

八幡がエルザちゃんにいきなりこう言った。

 

「おいエルザ、学校は楽しかったか?」

「うん、とっても楽しかった!って、ええええええ?」

 

 エルザちゃんはそう言われ、呆気にとられた顔でそう叫んだ。

 

「ど、どうして分かったの?」

「八幡、気付いてたんだ?」

「お前とアイじゃ、歩き方がまったく違う、それに喋り方も微妙に違うからな。

それにアイはシスコンだからな、いつもはもっとユウにベタベタしてるんだよ」

「あ~、うん、アイは確かにそうかも」

 

 ゆうきちゃんは苦笑しながらそう言った。

そしてエルザちゃんは、少し期待の篭った目をしながら八幡に問いかけた。

 

「お、怒らないの?」

「あまりにもひどいセクハラをしてくるようなら退場させたけどな、

そんな事は無かったし、まあたまにはいいだろ、その代わりアイにはちゃんと今日の分、

しっかり勉強しておくように言っておくんだぞ」

 

(あ、危なっ!)

 

「う、うん、分かった」

 

 エルザちゃんはほっとしながらそう言ったが、

その言葉が少し残念そうな響きを伴っていたのは仕方がない事だろう。

エルザちゃんにしてみれば、八幡に怒ってもらうのはご褒美以外の何物でもない。

だが八幡はそんな飴を、エルザちゃんに与えたりはしないのだ。

 

「それじゃあエルザ、ちゃんと仕事もしろよ、お前の歌をみんなが待ってるんだからな」

「う、うん、分かってるよ!」

「ユウ、ちゃんとアイに勉強をさせるんだぞ」

「夜にボクがちゃんと教えながらやるから大丈夫だよ!」

「そうか、それじゃあまたな」

 

 八幡はそう言って、最後に二人の頭を撫でた。

二人は気持ち良さそうに目を細めると、幸せな気分でログアウトしたのだった。

ちなみに後日、藍子だけが八幡に怒られたのは言うまでもない。


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