いきなり晶におぶさられた八幡はかなり慌て、
晶を落とさないように、その足をしっかり支えた。
「うわっ、晶さん、いきなり何ですか?」
「むぅ、本当だ、凄く仲が良さそう」
そんな二人を見て小春がそうこぼした。
それで八幡は、自分がまだ名乗っていない事に気付き、慌てて自己紹介した。
「あっ、すみません、俺は比企谷八幡と言います」
「私は日高小春よ、宜しくね、比企谷君」
小春はにこにこと微笑みながらそう自己紹介した。
改めて見ると小春は昔はかなりモテただろうと思われる、落ち着いた美人であった。
「あの、すみません、これは一体………」
「子供がいないはずの晶が、いきなり子供が出来たってドヤ顔をしてきてね、
それで比企谷君を呼んだのよ」
「むふんっ」
どうやら小春も晶が何を言っているのか分かるらしい。
「え?俺がですか?俺は晶さんの息子って訳じゃ………って、痛い、痛いです晶さん」
きょとんとする八幡の首を、晶がぐいぐいと締め付けてきた。
晶はその外見に似合わず、相変わらずとても力が強い。
「むぅ!」
「正確には息子みたいな存在?ああ、そういう事かぁ」
「分かった、分かりましたから!小春さん、確かに俺は、晶さんの息子っぽい奴です」
「息子っぽい奴、って」
そう言いながら小春は噴き出した。
「あはははは、そっかそっか、要するに晶は勇人がいる私が羨ましかったのね」
納得したような顔でそう言いながら、小春は横にいた中学生の頭を撫でた。
「やめてよ母さん、もう子供じゃないんだからさ」
「親にとっては子供はいつまでも子供なの」
小春はそう言って晶に対抗するように、勇人の背中に乗った。
その仲の良さそうな感じから、
たとえ養子と言えども二人がしっかり家族となっている事が分かり、八幡は嬉しくなった。
同時に自分と同じ目に遭わされている勇人と目が合い、八幡は思わずこう呟いた。
「何だこれ………」
「本当に何なんすかね………」
「お前も色々苦労してるみたいだな」
「あ、はい、比企谷さんも色々と大変そうっすね」
八幡と勇人はそう言ってニヒルに笑い合った。どうやら二人の相性は悪くないようである。
だが八幡は勇人と笑い合っている最中に、その顔をじっと見て思わず首を傾げた。
「俺の顔に何かついてますか?あ、俺は日高勇人です」
「あ、いや、実は勇人の顔に、どこか見覚えがある気がしてな」
「もしかして俺達、どこかですれ違ったりしてたんですかね?」
「う~ん、それは無いと思うけどな、俺は基本こっちには来ないしな」
そこにキットから降りてきた春雄と理央が合流し、
春雄はぎこちない仕草で小春に挨拶をした。
「よ、よぉ、日高」
「あら珍しい、いつも私から逃げ回ってる春雄君がわざわざ自分からこっちに来るなんて」
そう言われた春雄は、情けなさそうな顔をしながら言い訳するように小春に言った。
「いや、ちょっと勇人に話があってよ」
「勇人に?私じゃなく?」
「春雄おじさん、何かあったんですか?」
いきなり自分の名前が出た事で驚いた勇人は、春雄にそう尋ねた。
「ああ、ついさっき聞いたんだが、ここにいる八幡君な、SAOにいたんだってよ」
その瞬間に勇人は小春を支える手を離し、小春はお尻から地面に落下した。
「きゃっ」
「あっ、ごめん母さん」
「う、ううん、私は平気よ」
小春はそう言いながら立ち上がり、少し緊張したような顔で勇人をじっと見つめた。
そして勇人は躊躇しながらも、八幡にこう尋ねてきた。
「あ、あの、比企谷さんって、本当にSAOにいたんですか?」
「おう、事実だ。あと俺の事は八幡でいいぞ」
「あっ、はい、八幡さん」
「勇人、俺に何か聞きたい事があるって顔をしてるな」
「そうなんです、実は俺の兄さんがどうなったのか知りたくて………」
「その話なら聞いた、お前の兄さんは、SAOで亡くなったらしいな」
八幡は沈痛な表情で、勇人の言葉を引き取った。
「はい、丁度SAOの発売から一ヶ月後くらいの事でした。
病院から連絡があって、兄さんのナーヴギアが煙を噴いたって………」
「一ヶ月後か、確かにあの頃は、毎日死者何人っていうニュースが出て、
憂鬱になった記憶があるよ」
理央が自らの肩を抱きながらそう言った。
「一ヶ月後っていうと、丁度第一層の攻略をやってたくらいだな」
「あ、最初ってそんなに時間がかかったんだ」
「ああ、もしそこで負けたら、
もう全員このまま死ぬしかないって雰囲気になりそうだったからな。
最初はとにかく慎重に事を進めたさ」
「確かにそのくらいから、急に死ぬ人が減った記憶があるね」
「希望が見えたから、みんな慎重になったんだろうな」
八幡は当時の事を思い出しながらそう言った。
「まあそんな訳で、丁度犠牲者が多くなった時期だから、
俺がお前の兄さんの事を知ってるかどうかは分からない、知らなかったらすまん」
「いえ、前にも何人かのSAOサバイバーの人に聞いたんですけど、
知ってる人が誰もいなかったので、まあ駄目元って感じですね」
「そう思ってもらえるなら助かるわ、で、お前の兄さんが何て名乗ってたのか分かるか?」
「はい、兄の名は………」
(さて、俺が知ってる奴の名前が出てくればいいんだが………)
八幡はそう思い、勇人の次の言葉を待った。
そんな勇人の口から出てきたのは、予想もしなかった名前であった。
「ディアベルです」
「ディアベルだと!?」
八幡は目を見開き、思わずそう叫んだ。
(そうか、だから見覚えが……)
「に、兄さんの事を知ってるんですか?」
「ああ、よく知ってるさ、そうか、お前の兄さんはディアベルだったんだな………」
「に、兄さんはどうやって死んだんですか?」
「お前の兄さんは、第一層のボス戦の最中に死んだ。俺の目の前でな」
その言葉にその場にいた者達は、驚きの表情をした。
そして小春はこの日は店を閉め、八幡達を家の中に誘った。
店内はコンビニと言っても差し支えがないくらい商品が揃っており、
企業努力の跡が伺え、八幡は小春に好感を持った。
そして四人は居間に通され、そこで八幡の説明が始まった。
「お前の兄貴は、第一層を攻略しようと、最初に呼びかけをした勇敢な男だった」
「そうなんですか?確かに兄さんはSAOのβテストに参加してましたけど………」
(そうか、やっぱりか)
八幡はその勇人の言葉で、やはりディアベルもβテスターだったかと心の中で頷いた。
(でもその事が、ディアベルにとってはマイナスに働いちまったんだよな)
「で、事前にしっかり情報を集めていた俺達は、
あいつの呼びかけに応じて攻略会議に参加した。あいつは最初、
『ディアベルです、気持ちの上ではナイトをやってます』って挨拶してたかな」
「兄さんらしいです………」
勇人は悲しげな表情をしながらも、決して涙は流さずに、むしろ笑顔を作ろうとしていた。
今までずっと空振りだった為、やっとディアベルの話を聞けるのが嬉しいのだろう。
(勇人は強いな、でも俺は………)
だが八幡がこれから勇人に伝えなければいけないのは、
ディアベルが死んだ、その理由である。それが勇人の心にどう響くのか分からず、
八幡は自分が悪者になる事を覚悟して正直に言うか、
それとも美談に仕立て上げて適当にお茶を濁すか、少し迷っていた。
「で、遂に攻略が始まった。ディアベルは総勢四十五人の仲間達を上手く仕切り、
攻略は順調に進んでいた。で、ディアベルが率いた隊が敵に向かっていった丁度その時に、
ボスが武器を持ち替えたんだ、スタン属性がある刀にな。
俺達は慌ててディアベルに下がるように叫び、
あいつもそれに対応しようとしたように見えたんだが、一歩間に合わなかった。
あいつの隊は全員スタンさせられ、ボスの追撃で後方に飛ばされた」
「に、兄さんはその時に?」
「いや、そこは俺達が介入して何とか防いだから、その時は誰も死者は出なかった。
そしてディアベルにはポーションが使われ、俺達は再びボスに集中した」
「そ、そうですか」
「悲劇はその後に起こった」
そこで八幡は言葉を止め、勇人の顔をじっと見つめた。
勇人は男の顔をしており、どんな内容でも聞くという決意の篭った瞳をしていた。
「………敵のHPがレッドゾーンに達した時、丁度俺達のパーティーの一人が硬直中でな、
いきなり攻撃が激しくなってピンチだったんだが、俺はそれを助ける為に敵に飛び込み、
何とか敵の攻撃を防いで、そいつを連れて一旦後方に下がった。
その時ディアベルがこう叫んだんだ。『よし、俺が喉を撃つ!これで決めるぞ!』ってな。
だがあいつのHPは、まだ三割ほどしか回復してなかった。当然俺達はあいつを止めた。
だがあいつは既にスキルモーションを起こしてしまっていて、身動きがとれなかった。
その時運悪く、あいつの声に反応したんだと思うが、
ボスがディアベルの方を向き、そのままあいつに向かって刀を振り下ろした。
それでHPを全損したディアベルの体はその場で砕け散り、
ディアベルは第一層のボス戦で唯一の死亡者となった。
残された俺達は、その後何とか踏ん張り、無事にボスを倒す事に成功した。
これがディアベルの死の真相だ」
結局八幡は事実だけを淡々と勇人に伝え、後は勇人の判断に任せる事にした。
ディアベルを守れなかった事を責められたら甘んじて受けよう、
八幡はそう覚悟をしていたが、勇人は八幡が思っていたよりもずっと冷静だったようだ。
「そっか、また兄さんは、ラストアタックボーナスを狙ったんですね」
「………おい勇人、何でその言葉を知ってるんだ?」
「兄さんの口癖でしたから。今日はラストアタックボーナスが取れたとか、
キリトって奴に出し抜かれたとか、まあ色々です」
(そうか、やっぱりディアベルは、キリトの事を知ってたんだな)
勇人が覚えているくらい、ディアベルはおそらくキリトに拘っていた。
だから直前にキリトが下がった瞬間に、ゲーマーとしての本能で、
ラストアタックボーナスを狙うように動いてしまったと、おそらくそういう事なのだろう。
たら、ればを言えばきりがないが、おそらくディアベルがβテスターじゃなければ、
ラストアタックボーナスに拘る事もなく、ここで死ぬ事も無かったかもしれない。
「………悪いな、お前の兄さんを守ってやれなかった」
「いえ、全て兄の自業自得ですから。
むしろ他のプレイヤーに殺されたとかじゃなくて、ちょっと安心しました。
これで誰も恨まずに済みましたから」
そんな勇人の頭に、八幡はそっと手を置きながら言った。
「勇人、ちょっと散歩でもしようぜ。理央、お前も付き合え」
「うん、分かった」
「はい、お供します」
そして八幡達は、三人の大人達を残し、近場をのんびりと歩く事にした。
昨日の夜に、こっそり人物紹介のディアベルの欄を修正し、
日高小春、日高勇人を最後の方に追加しました!