近くにある川原まで歩いた三人は、そこの草の上に腰を下ろした。
「勇人は今幸せか?」
「はい、兄さんや本当の父さんと母さんの事は確かに残念でしたけど、
今の母さんが本当の親みたいにすごく良くしてくれるんで、凄く幸せです。
俺、母さんには凄く感謝してるんですよ。
親戚中をたらいまわしにされた俺を引き取ってくれて、
女手ひとつでここまで立派に育ててくれましたから」
「小春さん、凄く立派な人だね」
「はい、俺の自慢の母さんです!だから俺は早く中学を卒業して、
うちで働いて母さんに恩返しがしたいんです!」
「高校には行かないつもりなのか?」
「春雄おじさん達も色々と注文してくれますけど、
うちにはそんなに経済的に余裕がある訳じゃありませんし、
出来ればすぐにでも働きたいなって」
八幡はその勇人の言葉を聞き、
勇人には国から補助金がおりているはずだがと疑問を感じた。
(小春さんがそのお金を使いこむ訳はないし、
これはおそらく勇人の進学に備えて小春さんが貯金をしていると考えるべきかな)
八幡はそう思い、帰ったらその事をこっそり小春に尋ねようと考えた。
(その前に、こいつの肩に乗っかったおもりを少し外してやるか)
「おい理央、勇人の手を握って立て、俺は反対の手を握る。勇人はそのまま座ってろよ」
「うん、分かった」
「えっ?八幡さん、一体何を」
八幡はそんな勇人を無視し、強引に勇人の手を握って立ち上がった。
理央ももう片方の手を握って立ち上がり、
少し視線を下げると勇人の胸くらいの高さに理央の太ももがある為、
思春期な勇人はそちらから目を背けつつ、頬を赤らめた。
「おい勇人、今お前は俺と理央に両手を支えられてる状態だ。
いいか、お前くらいの年齢だと、こういうのが普通だぞ」
「えっと、よく意味が分かりません」
勇人は正直にそう言った。確かにまだ言葉が足りていない。
「人は人と支え合って生きていくもんだ。
だからそんなに肩肘を張らず、遠慮なく大人に支えてもらえって事だ。
まあ直接金銭面で支援してもらうのは、
お前のプライドが許さないだろうからここは置いておくとして、だ。
いいか勇人、大人には大人の知恵がある」
「えっと、は、はい」
「とりあえずお前、うちでバイトしろ」
いきなり八幡にそう言われた勇人はぽかんとした。
「え?う、うちってどこですか?」
「ソレイユだ」
「えっ、八幡さんってソレイユの人なんですか?」
「おう、結構えらいんだぞ。それでだ、どうだ、うちで働くか?」
「でも中学生って確か法律でバイトが禁止で、
それにソレイユってここからかなり遠いですよね?」
その言葉から、勇人がかなり真面目らしい事が分かる。
「普通はそう思うよな、だからここからは大人の知恵の出番だ。法律にはこう書いてある。
『児童の健康及び福祉に有害でなく、かつ、その労働が軽易なもの』
『映画の製作又は演劇の事業』この二つに関しては中学生でも働いてオーケーとなっている」
「本当に簡単な労働ならいいって事ですよね」
「それを踏まえて俺がお前に頼むのは、開発中のゲームのテストプレイやら、
難易度調整の仕事だ。そしてそれは当然自宅でもやる事が可能だ」
「じ、自宅で出来るんですか?」
「というか横になったまま、まったく動かないままで仕事をする事が可能だ。
だからお前がバイトをしている事が学校にバレる事は絶対に無い。
いいか?こういうのはバレなきゃいいんだよ、バレなきゃな」
その八幡の言葉を聞いて、理央は呆れた顔で言った。
「八幡はさすがだよね、ブタ野郎はブタ野郎でもいいブタ野郎だよね」
「理央、意味が分からん。まあとにかくそういう事だ、勇人、何か質問はあるか?」
「あ、あの、うちってアミュスフィアもネット環境も無いんですけど」
「そんなの支給に決まってるだろ、当然回線もうちが引く」
「あっ、はい」
勇人はその言葉に、さすがは天下のソレイユだと納得した。
だが当然普通はそんなのはありえない。いずれ勇人はその事を知る事になるが、
その事を今勇人に言う必要はない。今必要なのは、とりあえずの余裕であった。
「そうしたらお前は自分の力で高校に行けるだろ、
そして小春さんも経済的に多少は楽になるはずで、万々歳だ。
問題は学校で友達を作っている暇が無いかもしれない事だが、
そういうのは自分で何とかしろ。もっともお前には年上の友達が多少は増えるだろうから、
それでいいってなら別に構わない」
「私ももう友達だよ、勇人君」
「あ、ありがとうございます!」
「もちろん俺もだ、困った事があったら何でも相談しろよ」
「八幡さん、ありがとうございます、とりあえず母さんと話をしてみます!」
「もちろん俺も一緒に説明してやるからまあ気楽にな」
「はい!」
こうして三人は散歩を終え、日高商店へと戻った。
「すみません、戻りました」
「お~う、お帰り!おっ、勇人、いい顔になったな」
「はい、八幡さんと話をしたら、元気になっちゃいました」
「待っててね、今三人の分のお茶を入れるわ」
「あっ、それなら私が………」
「俺が手伝います」
理央がそう言いかけたのを制して八幡が立ち上がり、
それで理央は、八幡がこの機会に小春と話をするつもりなのだと考え、大人しく座った。
「そう?それじゃあお願いしようかしら」
小春もその不自然な八幡の態度に疑問を差し挟む事はなく、そのまま受け入れた。
どうやら八幡が自分に話があるという事を察したのだろう、頭のいい女性である。
「それじゃあこっちよ」
「はい」
そして台所に着き、小春は八幡にストレートに言った。
「で、何の話かな?」
「はい、実は勇人の奴が………」
八幡は勇人が高校には行かず、
中学を卒業したらすぐにこの店で働きたいと考えている事を小春に伝え、
同時に勇人が小春にとても感謝し、大事に思っている事も伝えた。
「その勇人の気持ちは嬉しいんだけど、そう、あの子がそんな事を………
八幡君も知ってると思うけど、
あの子の進学に関しては、別に何も心配する事は無いんだけどなぁ」
「ですよね、SAO関連の被害者には補助金が出てるはずですし、
親の事故死関連でも多分保険がおりてるんじゃないかって思ったんですが」
「あ、補助金は貯金してあるんだけど、
ご両親の保険の方は、前に勇人の面倒を見ていた他の親戚達が使い込んじゃって、
実はもうほとんど残ってないのよね」
小春は苦い顔をしてそう言い、八幡は怒りに震えた。
「マジですか、ふざけてますね、いい弁護士を紹介しましょうか?
もしやっていいなら徹底的に潰してやりますけど」
その八幡の剣幕に、小春は興味深そうな顔で言った。
「うわぁ、八幡君って晶達が連れてくるだけあって、結構権力がある人?」
「一応ソレイユの役員みたいな事をやってます」
「えっ、ソレイユの?そうなんだ、私と結婚しない?」
「小春さん、目が笑ってますよ、冗談だってすぐに分かりますからね」
「ちぇっ、もう五十近いけど、自分じゃまだかわいいつもりなんだけどなぁ」
「あ、それは大丈夫です、晶さんも小春さんもとてもかわいいですよ」
その八幡の反撃に、さすがの小春も頬を赤らめた。
「うわ、八幡君ってジゴロなんだねぇ」
「違いますから!で、どうしますか?」
「実はそれに目をつぶる事を条件に勇人を強引に引き取ったから、それは別にいいのよ。
まあ学費だけなら補助金で余裕だし、
うちの親が残してくれた現金もほんのちょっとだけどあるから、
経済的には何の問題も無いのよね、バレてないつもりかもしれないけど、
春雄君も仕事を回してくれるしね」
「あ、それ、知ってたんですね、そうですか、それなら良かったです」
「心配してくれてありがと、でも勇人にうちが経済的に余裕が無いって思われてたなら、
もう少し贅沢とかしてみた方がいいのかなぁ」
「う~ん、そうですね、まあ今後は無理に節約しなくてもいいと思いますよ、
それに関して後で提案があるので、向こうに戻ったら話しますね」
「なぁに、悪だくみ?おばさん、そういうの好きよ」
「おばさん?お姉さんの間違いでしょう?それじゃあ行きましょう、小春姉さん」
「あ、う、うん」
さすがは八幡である、自分が調子に乗りすぎている事に気付かない。
小春が大人だから勘違いするような事は無かったが、
一歩間違えれば事案が発生してもおかしくないところであった。
何しろ小春は、高校の時に春雄と既成事実を作ろうとし、未遂に終わった前科があるのだ。
小春はこう見えて、結構肉食系なのである。
だが小春も今の自分の年齢を自覚しており、
さすがに八幡にアプローチをかけるような事はしない。
そんな小春の今後の楽しみは、月に一度の八幡との情報交換を兼ねた外出になるのだが、
その時も決して何か間違いが起こるような事は無かったのである。
「お待たせしました、で、早速俺から提案があるんですが」
「へぇ、何の提案だい?」
春雄はその言葉に興味深そうにそう言った。晶も興味津々な表情をしている。
「勇人にうちでバイトをさせようと思うんです」
「えっ、バイト?でもソレイユって確か遠いんじゃ………」
小春は難しい顔でそう言った。さすがは親子である、反応が二人とも変わらない。
「いや、自宅で出来るバイトだから問題ないです、
この家にうちの会社でネット回線を引かせてもらって、アミュスフィアを持ち込みますので、
勇人にはそれをかぶって一日二時間くらい働いてもらえば、
体は寝てるだけですし、特に疲れる事もなく、学校にバレる心配もありません」
「なるほど、さすがは八幡君、いい考えだね!」
晶もその提案に拍手を始め、小春はそんな二人に背中を押されるように八幡に言った。
「で、でもそんな好条件、いいのかしら」
「全然問題ないです、なぁ理央」
「うん、うちにも利益がある事だから大丈夫ですよ、小春さん。
中学生くらいの意見って、結構大事なんです、未来の顧客ですから」
理央にまでそう言われ、勇人も乗り気でいるように見えた為、
小春は難しい事は考えずに八幡の申し出を受ける事にした。
「それじゃあその言葉に甘えようかしら」
「はい、そうして下さい。一応時給は二千五百円で、一日の上限は二時間まで、
日数はまあそちらに任せますが、本当に最大でも二十日までにしておきましょうか」
「ええっ?その時給は高すぎない?」
「うちじゃむしろ少し低いくらいですよ」
「八幡がいいって言うならそれで問題ないです、小春さん」
その八幡と理央の言葉に小春は気圧されつつも、一応納得してくれた。
「分かった、その辺りは勇人と相談するわ。でも勇人、勉強が疎かになるのは駄目だからね」
「うん、分かってるって!」
「あ、それならうちから腕のいい家庭教師をタダで貸し出しますよ」
「えっ、タダ?」
「はい、人間じゃないですからね」
この時点で小春は頭がかなり混乱していたが、何かを言える雰囲気ではなかった。
八幡と理央が、ポンポンと色々決めていってしまうからである。
「誰を派遣するの?」
「マックス辺りでいいんじゃないか?さすがに紅莉栖は部外者には渡せないしな」
「そうね、それが妥当かも」
「端末は………う~ん、どうするかな」
「もういっそ、はちまんくんでいいんじゃない?」
「なるほど、クルスちゃんか、まあ本人の許しが出たらそうするか」
「確かあいこちゃんとゆうきちゃんを作った時、ボディが一体分余ってたよね」
「そうだな、あれを流用するとして、ガワは沙希に任せればいいな」
「それじゃあやっぱり後はクルスの意思だけだね」
「そうだな、小春さん、家庭教師については後日また連絡します」
「う、うん、分かった」
そんな話の内容は、小春や勇人、春雄や晶には何が何だか分からない会話であったが、
少なくとも八幡に任せておけば何の問題もないという安心感だけは存在した為、
四人とも何の口も挟もうとはしなかった。
そして詳しい話は回線を引いた後という事になり、
この日の日高商店への訪問は、これにて終了となった。
「さて、それじゃあ帰りますか?」
「あっと八幡君、ついでにもう一つ頼みがあるんだけど、いいかな?」
「あ、はい、何ですか?」
「実はちょっと小耳に挟んだんだが、ALOには体術スキルってのが導入されたんだよな?
俺も晶も武器での戦闘以外に格闘戦もやるからさ、
もし迷惑じゃなかったら、その取り方を教えてもらってもいいかな?」
その頼みを八幡が断るはずもなかった。
こうしてこの日の活動は、その舞台をALOへと移す事となったのである。