ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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俺ガイル14巻、無事読了しました!続き(かどうかは分かりませんが)まだ出るみたいなので嬉しいです!


第900話 ガブリエルーム

 八幡はガブリエルの部屋に向かおうとしたが、

もしかしたら優里奈が八幡の泊まりの準備をしているかもしれないと思い、

一応電話を入れておく事にした。

 

「あ、優里奈か?」

「八幡さん、どうかしましたか?」

「いや、実は今日はガブリエルの部屋に泊まる事になってな、

もしかしたら俺がそっちに泊まると思って優里奈が準備してるんじゃないかと思って、

念の為に連絡をしてみたんだよ」

「………あっ、そうですか、分かりました!」

 

 優里奈が答えるまでに微妙な間があり、それで八幡はピンときた。

 

「もしかして食事の準備とかを始めたりしてたか?」

「あ、いえ、食材を用意しただけなんで大丈夫です!」

「それって優里奈が一人で食べきれる量か?」

「う~ん、ちょっと厳しいかもですね」

「分かった、それじゃあ明日はそっちに泊まる事にするわ」

「はい、それじゃあ張り切って料理しますね!」

 

 普段八幡は、マンションに泊まる場合も結構ギリギリで決断する場合が多い。

その為八幡は、いつもは優里奈にありあわせの食材で軽食を作ってもらう事が多く、

こうして事前に予定が決まり、優里奈がじっくり献立を考えられる日は稀なのである。

 

「それじゃあ明日は宜しくたのむ。

そうだ、朝には着替えに寄るから、明日の洗濯だけ頼んでもいいか?」

「えっ?ガブリエルさんの部屋に泊まるなら、

先にこっちで楽な格好に着替えた方がいいんじゃないですか?」

「言われてみれば確かにそうだな………分かった、とりあえずそっちに行くわ」

「はい、お待ちしてますね」

 

 八幡はそのままマンションへと移動し、楽な格好に着替えて洗濯物を優里奈に任せ、

ガブリエルの部屋に向かおうとした。

 

「ああ、この機会にガブリエルに、マッ缶の良さを教えてやるか」

 

 八幡はそう思い、引き返して再び部屋の中に入った。

 

「優里奈、冷蔵………」

 

 そしてマッ缶を出してもらおうと優里奈に声をかけようとした八幡の目に、

八幡のシャツの匂いをくんかくんかと嗅ぐ優里奈の姿が飛び込んできた。

 

「あ………」

 

 優里奈はしまったという顔でそう呟くと、すぐに早口で言い訳を始めた。

 

「違うんです八幡さん、これは八幡さんが考えているような変態的行為じゃないんです。

ほら、風邪の時って風邪の匂いがするじゃないですか、

だからもしかして八幡さんが風邪をひいてないかなって心配になって、

このシャツを使って健康状態をチェックしていたんです。

これは櫛稲田家の秘伝のやり方なんで、一般の人は多分知らないと思うんですよね。

八幡さんももちろん知りませんでしたよね、ですよね、

うんうん、チェックの結果は問題ありませんでした、八幡さんは健康です!」

 

 そう一気にまくし立てた優里奈は、ビシッと八幡を指差した。

 

「お、おう、俺は健康だよ?」

「ですよね!それじゃあチェックも終わったし、これは洗濯機にえいっ!」

 

 そう言って優里奈は八幡のシャツを洗濯機に放り込んだ。

 

「………なぁ優里奈」

「は、はい!何ですか?健康な八幡さん」

 

(押すなぁ………まあちょっと面白いが)

 

 そして八幡は財布からエイイチを取り出して優里奈の手に握らせた。

 

「優里奈はどうやら疲れてるみたいだから、

今日はこれで美味い物でも食べて、ぐっすり寝るといい」

 

 八幡は穏やかな笑顔でそう言い、マッ缶は寮の下のコンビニで買う事にし、

くるりと踵を返して部屋から出ていこうとした。

 

「ま、待って下さい八幡さん、もしかして何か誤解してませんか?」

「いや?別に何も誤解はしてないが………」

「うぅ、違うんです、違うんですぅ………」

 

 そう言って優里奈がまごまごしだした為、八幡はわざと明るく振舞いながらこう言った。

 

「ははははは、大丈夫、俺は何の誤解もしてないぞ!

それじゃあ優里奈、今日はちゃんと美味い飯を食うんだぞ、

おつりは明日の食材費に回していいからな!」

「あっ、八幡さん、八幡さん!」

 

 八幡はそのままそっと扉を閉め、深呼吸をした。

 

「ふぅ………俺は何も見なかった、今は何も無かった、よし、行くか」

 

 そして八幡は、コンビニでマッ缶を仕入れた後、予定通りガブリエルの部屋に向かった。

 

 

 

「ここだよな………何だこれは………」

 

 ガブリエルの部屋の前に立った八幡は、

その扉に大漁旗が飾ってあるのを見て絶句していた。

丁度そのタイミングで隣の部屋からレヴェッカが顔を出した。

 

「あれ、八幡じゃねえか、まさか俺に夜這いか?オーケーオーケー、よし、やるか」

「俺はガブリエルに招かれて、泊まりに来ただけだっての」

「何だ、兄貴に夜這いか」

「怖い事言うんじゃねえよ、眼鏡のプリンセスが来ちまうだろうが。

そうだ、せっかくだしお前も兄貴のところに遊びに………」

「そ、それじゃあ俺はコンビニに行くから、じゃあな!」

「え?あ、おい………」

 

 八幡の言葉を最後まで聞かず、レヴェッカはその場から逃げるように走り去っていった。

この時点で八幡には、嫌な予感しかしない。

 

「ま、まあきっと兄貴に甘える姿を見られるのが恥ずかしかったんだろう、

レヴィもお年頃だしな、うんうん」

 

 八幡は自分に言い聞かせるようにそう独り言を言うと、

ガブリエルの部屋のインターホンを押した。

 

「はい」

「悪い、遅くなった」

「八幡かい?今扉を開けるよ」

 

 そしてすぐに半纏を着たガブリエルが顔を出した。

その背中には、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている』の文字と共に、

雪乃と結衣、それに八幡に似たキャラの顔が描かれていた。

どうやらアニメか何かの半纏らしい。

 

「ガブリエル、その半纏、出かける時は着るなよ」

「もちろんだよ、汚れちゃうからね!」

「そ、そうだな」

 

 そして八幡は、ガブリエルの部屋に一歩足を踏み入れた。

 

「いらっしゃい、こっちこっち」 

「お邪魔しま………す」

 

 見ると玄関の脇に門松が置いてあり、八幡は軽く眩暈がした。

 

(ここはもう正月か………)

 

 そして部屋に入った八幡の目に最初に飛び込んできたのは、

フローリングの上に敷いてある畳であった。

当然洋室に畳はサイズが合わない為、端に隙間が出来ている。

 

「畳にしたのか」

「ああ、日本人ならやっぱり畳だろう?」

「いや、お前は日本人じゃないだろ………」

 

 八幡はそう突っ込みながらも、自然な態度で部屋の中央にあるこたつに腰を下ろした。

こたつがあったらとりあえず足を入れるのは、

日本人としてはもはや本能のような行動であろう。

そしてそのこたつの中央には、これまた当然のようにみかんが置いてある。

 

「やっぱり日本人ならこたつにみかんだよね」

「いや、だからお前は日本人じゃないだろ」

「ははははは!」

「何故そこで笑う………」

 

 ガブリエルは笑ったまま立ち上がり、台所に向かいながら言った。

 

「八幡、今お茶を入れるよ」

「おっとガブリエル、これは土産だ」

 

 八幡はそう言ってガブリエルにマッ缶を差し出した。

 

「これは?」

「千葉県民のソウルドリンクだ」

「おう、チバラギ!」

「ぶっ飛ばすぞコラ」

「ははははは!」

「だから何故そこで笑う………」

 

 ガブリエルはその突っ込みを華麗にスルーして台所に行き、お茶を二つ持って戻ってきた。

 

「ソチャですが」

「お、おう、よくそんな言葉を知ってるな」

 

 そう言って八幡は、差し出されたお茶をずずっと啜った。

 

「梅こぶ茶か、また渋いチョイスだな」

「ほうじ茶か玄米茶の方が良かったかい?」

「いや、これでいい」

 

 お茶を飲んで気分も落ち着いた為、

八幡はここまで見た物について、ガブリエルに尋ねる事にした。

 

「なあガブリエル、扉に飾ってあったあの旗………」

「ああ、ビクトリーフラッグって言うんだろ?買い物の案内をしてくれたモエカに聞いたよ」

「あいつの仕業か………」

 

 八幡は、今度萌郁に会ったらとっちめてやろうと心に誓った。

 

「それじゃあ入り口の………」

「ニューイヤーゲートかい?あそこを新年に神様が通るんだろう?」

「一応あれはな、十二月十三日以降に飾るっていうルールがあるんだよ」

「Oh………」

 

 ガブリエルはそっと立ち上がり、門松を収納にしまった。

そして八幡は、他には何があるのかと部屋の中をきょろきょろと見回した。

 

「う………」

 

 よく見ると、何故か棚の上に盆提灯が置かれていた。

 

(ここは正月の上にお盆だったか………)

 

「あとそこにあるそれ」

「ソウルライトの事かい?死んだ僕らの両親が、日本に迷わず来れるようにって思ってさ」

「………そ、そうか、それならいい。あ、でもあれだ、その提灯の近くに、

ご両親の写真でも飾っておくともっと効果的だぞ」

 

 そう言われては、八幡も細かなルールを押しつける訳にもいかず、

逆にアドバイスする事になった。

 

「オーケー、今度写真を大きめのサイズの紙にプリントして飾っておくよ」

 

 そして窓にはヒモが付いていない風鈴が飾ってある。

 

(ここは正月でお盆で日本の夏だったか………

まあさすがにもう冬だから、風鈴が鳴らないようにしてるんだな)

 

 他にも室内にはまねきねこにだるま、それに七福神の像などがあった。

 

「い、色々集めたんだな………」

「いやぁ、やっぱり本場でのショッピングは楽しいよ、

欲しい物がいくらでも見つかるからね」

「ほ、ほどほどにな」

「もちろんだよ、部屋に置ける量にも限りがあるからね」

 

 そして八幡は、まねきねこを指差しながら言った。

 

「で、その……」

「にゃんこ先生かい?」

「おっと、そこまでだガブリエル、

その名前を出すと、目を血走らせた雪乃が襲ってくるからな」

「Oh………」

「で、そっちは……」

「マサムネだろう?モエカが片方の目を入れてくれたよ」

「………あの野郎」

「で、これがクロサワの七人の侍」

「すまんガブリエル、ちょっと萌郁に電話をかける」

 

 八幡はそう言ってガブリエルを制し、スマホを取り出した。

 

『はい』

「おう萌郁、ちょっと話がある。今ガブリエルの………」

 

 その瞬間に電話は切られ、この日一日萌郁に電話が繋がる事は無かった。

 

「チッ、逃げやがったか」

「なぁ八幡、もしかしてこの三つにも何か置く為のルールがあるのかい?」

「いや、まあその三つは問題ない」

「そうか、なら良かったよ」

 

 ガブリエルは安心した顔でそう言った後、思い付いたように八幡に質問してきた。

 

「そうだ、八幡に聞きたい事があったんだよ」

「お?何だ?」

「ちょっとこれを見てくれないか?ゴローコーなんだけどさ」

「ゴローコー?」

 

 そしてガブルエルはリモコンをいくつか操作し、

テレビに水戸のご隠居が映し出された。

 

「ああ、ご老公な、で、これがどうした?」

「ええと………あ、ここだよここ、

このアクダイカンが持っている武器はなんていう武器なんだい?」

「十手の事か?」

「ジュッテ?そうか、これはジュッテって言うんだね」

 

 そう言いながらガブリエルは、どこからか十手を取り出した。

 

「あるのかよ!」

「実はおもちゃ屋で見つけて買ったんだよ」

「それなのに名前を知らなかったのか?」

「ああ、セット販売だったからね、銭形セットって名前だったかな」

「そういう事か」

 

 八幡は、平次だろうか、それとも埼玉県警だろうかなどと考えながら、

そのおもちゃの十手を手に取った。

 

「それはどうやって使う武器なんだい?」

「これか?これはこうして突いたり叩いたり、敵の武器をここで受けて絡め取ったり、

あとは敵の関節を極めたりするのにも使うらしいぞ」

「おお、用途が広いね、こんな武器を大昔に発明するなんて、さすがは日本の職人さんだね」

「確かにそう考えると凄いよな」

「ニホントーも、あの美しさが僕は大好きさ」

「美しいだけじゃなく格好いいよな」

「うん、格好いいね!」

 

 八幡とガブリエルは、その後も昔の日本文化について、

色々な時代劇を見ながら語り合った後、

そのまま食事もとらずに面倒だからという理由でコタツで寝る事にした。

実は八幡にとって、男友達の家に泊まるのはこれが人生で初めてであった。

レヴェッカは日本大好きすぎなガブリエルの相手をするのが嫌で逃げ出したようだが、

当然八幡はそんな事はなく、二人は目を輝かせながら、横になった後も夢中で喋り続けた。

二人はそのまま寝落ちしてしまったのだが、その絆が固くなったのは間違いないだろう。

そして次の日の朝、八幡はガブリエルに別れを告げ、一応マンションへと戻った。

 

「さてと、とりあえず着替えて学校に行くか」

 

 そう思いながら玄関の扉を開けると、そこには優里奈の靴が置いてあった。

 

「あれ、優里奈は昨日こっちで寝たのかな」

 

 そして居間に入ると、いつも八幡が寝ているソファーベッドの上で、

優里奈がすやすやと寝息を立てていた。

 

「起こさないように着替えるだけ着替えて出かけるか」

 

 時刻はまだ朝の六時であり、優里奈を起こすのも申し訳がない気がした為、

八幡は女性陣のクローゼットを見ないように気をつけながら寝室でこそこそと着替えをし、

そのまま寝室を出て忍び足で玄関へと向かった。

そんな八幡の耳に、優里奈の寝言が聞こえてきた。

 

「むにゃ……八幡さんのベッドにマーキング、うふふふふ」

 

 八幡はその言葉にビクッとなったが、そのまま何も聞こえなかった事にして、

マンションを後にしたのだった。


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