ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第901話 日高商店への再訪問

 マンションからそのまま学校に向かった八幡は、

いつものようにクラスメート達とお昼休みに屋上で昼食をとりながら、

ディアベルの弟と会った事を報告した。

当然ディアベルの事も、知らない者には説明済みである。

 

「………という経緯で、ディアベルの弟と偶然知り合いになったんだ」

「ディアベルの弟か、凄い偶然だよな」

「八幡君、やっぱりお兄さんに似てた?」

「ああ、よく似てたわ、それに気性が真っ直ぐで、とてもいい奴だと感じたな」

「ディアベルって第一層の攻略の時のリーダーだった人よね?」

「そのディアベルだ、あいつの事は本当に残念だった」

「うん………」

「だな………」

 

 和人と明日奈は当時の事を思い出し、悲痛な表情をした。

 

「八幡君、こんな事を私が頼むのは筋違いかもしれないけど、

勇人君には出来るだけ良くしてあげてね」

「ああ、そのつもりだから安心してくれ。先ず手始めに、勇人にはバイトを紹介してある」

「中学生にバイトをさせるのか?」

「バイトっていってもうちの仕事だからな、当然家で出来るし、最大でも一日二時間だ。

だから学校にはバレないし、もしバレても、

ベッドで二時間横になるだけの簡単な仕事ですで押し通せる予定だ」

 

 八幡はそう言って悪い顔をした。

 

「まあ確かにその通りだよな、ソレイユとのパイプも出来るし、

その勇人って子の将来にもプラスになるか」

「おうちの経済的にもね」

「でも学校の勉強に支障が出ませんか?」

 

 珪子のその問いに、八幡は頷きながらこう答えた。

 

「それも対処済みだ、勇人には『クルスちゃん』を家庭教師としてつけるつもりだ」

「クルスちゃんって、私達みたいな感じの?」

 

 それを聞いたあいこちゃんがそう尋ねてきた。

顎に人差し指を添えながら首を傾げるその仕草は実にあざとい。

 

「まあ遠隔操作タイプじゃなく自律タイプだが、似たようなもんだな」

「それって理央が持ってるみたいなスマホに搭載するタイプじゃ駄目なの?」

「というか、どうせなら紅莉栖に頼めばいいんじゃない?」

「さすがにうちの会社的に、アマデウス紅莉栖を身内以外に出すのはリスクが大きいからな。

自律タイプにしたのは、あそこは母子家庭だから、

留守番をしたり小春さんがいない時に電話を受けたり出来るように、

家政婦的な役割が出来る奴がいたほうがいいんじゃないかと思ったんだよ」

「そこまで考えてるんだね」

「母子家庭の大変さは、前に美咲さんに熱心に説明されたからな」

 

 ちなみにその時のミサキは、

『だから男手があったら凄く助かりますわ、具体的には八幡様とかですけど』

という流れに持っていって、

あわよくば八幡に自宅まで来てもらおうという目的を持っていた。

八幡が上手く流した為にその目的は達せられなかったが、

一歩間違えば八幡は食われていたかもしれない、実に危ないところであった。

 

「なるほどなぁ………」

「あとはまあうちの社員食堂が、今度みんなの要望で夜まで営業する事になったから、

その時に夕方五時以降に解禁する酒類の注文を一手に引き受けてもらうつもりだ。

それなら今頼んでる業者と棲み分ける事が可能だからな」

 

((((((そこまでするか))))))

 

 その場にいた四人と二体はそう思ったが、

今回は明確に人助けの意味合いが含まれている為、

誰も八幡を止めたりする者はいないのである。

 

「ところでクルスの許可はとったの?」

「ああ、昨日のうちに連絡をしておいた。今度食事を奢ってくれるなら喜んで、だそうだ」

「その程度で済んだんだ」

 

 明日奈はその答えにほっとした顔をした。

今明日奈が要注意だと思っているのは、詩乃、クルス、優里奈、香蓮、

それに加えて最近は理央を含めた五人なのである。雪乃達が入っていないのは、

付き合いの長さ故に、色々と弁えてくれているからである。

 

「まあそんな訳で、何か問題が持ち上がった時にまた何か相談するかもしれないが、

その時は宜しく頼む」

 

 八幡はそう言って仲間達に頭を下げ、四人と二体は当然のように頷いた。

そして迎えた放課後、八幡は紅莉栖から呼び出されて次世代技術研究部にいた。

 

「えっ、もう出来たのか?」

「当然よ、ボディはもうあるんだから、

クルスをアマデウス化してインストールするだけだもの」

「確かにそうだけどよ………」

 

 既にクルスちゃんが完成していると聞いて、八幡はとても驚いた。

どうやらアマデウス関連の作業は、

もう紅莉栖にとってはほんの片手間で出来るような作業らしい。

 

(これが、ジェバンニが一晩でやってくれましたって奴か………)

 

「さすがだよなぁ………」

 

 八幡は、感心した様子でそう呟いた。

 

「ふふん、素直じゃないあんたでも、たまにはちゃんと相手を褒められるみたいね」

「いやいや、俺の一番の功績は、お前をうちにスカウトした事だと本気でそう思うわ」

「そ、それはちょっと褒めすぎじゃない?」

「いやいや、いくら褒めても褒め足りないわ、お前は最高だ、紅莉栖」

「そ、そう、また何か困った事があったらいつでも相談してきていいわよ」

「もちろんだ、頼りにしてるぞ紅莉栖」

 

 これぞ鳳凰院凶真流のクリスティーナ操縦法である。

まあ実際は単なる褒め殺しだったりするのだが。

 

「あ、そうそう、既に回線工事も終わってるらしいわよ」

「マジかよ、仕事が早すぎだろ。それじゃあこれは有り難く預かっていくわ」

「ええ、人助け、頑張ってね」

「おう、早速日高商店に行ってくる」

 

 そう言いながら先に八幡が向かったのは、開発室横のVRルームであった。

そこでは今日、詩乃、風太、大善、保の四人が揃ってバイトをしているのだ。

これは偶然ではなく、八幡が呼び出したからである。

 

「みんな悪いな、わざわざ来てもらって」

「それは別にいいんだけど、八幡がわざわざ私達全員を呼び出すなんて珍しいわね」

 

 代表してそう言った詩乃に、八幡は勇人の事を説明した。

 

「実は四人に中学生の指導を頼もうと思ってな」

「中学生?ここで中学生を雇うの?」

「ああ、詳しい事は割愛するが、

今度SAO時代に亡くなった戦友の弟に、ここで働いてもらう事にしたんでな、

そいつは勇人って言うんだが、勇人に仕事内容を教えてやって欲しいんだ」

 

 四人は顔を見合わせると、任せろという風に胸を叩いた。

 

「訳ありって奴だな、任せとけ!」

「やっと保にも後輩が出来るのか」

「それは楽しみだね、どんな子なんだい?」

「素直で親思いのいい子だな。おい詩乃、絶対にいじめるなよ」

「どうして私にだけ言うのよ八幡、殴るわよ」

「それそれ、そういうとこ、お前は口より先に手が出るところがあるからな」

「それは八幡が相手の時だけじゃないか?」

 

 その大善の指摘に八幡はきょとんとした。

 

「えっ?そうなの?」

「そ、そんな事ないわよ、ちゃんと平等に手が出るわよ?」

「やっぱり出るんじゃねえかよ」

「ち、違うってば、ああ、もう!」

 

 そう言いながら詩乃は、大善の足を思いっきり踏みつけた。

 

「痛ってぇ!」

「やっぱりさっきのは嘘、手が出るのは八幡にだけ、そして他の人には足が出るわ」

「だから出るんじゃねえかよ」

「これは年上限定よ」

「意味が分からん………」

「女心は複雑なの、覚えておきなさい」

「へいへい」

 

 八幡は大体いつくらいから勇人が来るのか四人に伝え、

くれぐれもよろしくと念を押し、次に寮の社員食堂へと向かった。

八幡は『ねこや』と書いてあるのれんを潜って中に入り、

夕方の営業に向けて仕込み中のマスターに声をかけた。

 

「マスター、うちの若い連中の頼みを聞いてもらってすみません」

「あれ、次期社長直々にわざわざすみません、

まあ毎日営業が昼十一時から午後四時までじゃ、体がなまって仕方がなかったし、

こっちから頼もうかと思ってたくらいなんで、丁度良かったですよ」

「その分給料も上乗せしますんで、無理の無いように一つ宜しくお願いします、

臨時休業日を作ってもらっても全然構わないんで」

「大丈夫、アレッタとクロもいますからね」

「二人とも、頼むぞ」

「むしろ収入が増えるので嬉しいです!頑張ります!」

 

 そして普段から無口なクロは、こくりと八幡に頷いた。

 

「それでマスター、ビールとかの仕入れの事なんですが………」

 

 そして八幡はマスターと打ち合わせをし、

やり残しがない事を確認した後、その足で日高商店へと向かった。

 

 

 

「あっ、比企谷さん!」

 

 店の前に着くと、小春が空き瓶の入ったビールケースを運んでいるところだった。

 

「あっ、俺、手伝いますよ」

「大丈夫よ、これは私の仕事だからね」

「いや、筋トレがしたかったんで丁度いいんですよ」

 

(ちょっと苦しかったかな)

 

 八幡は遠慮する小春にそう言い、小春は苦笑しながらこう答えた。

 

「分かったわ、それじゃあこっちに運んでもらっていい?」

「任せて下さい」

 

 そう言って八幡は、ビールケースを同時に三箱持ち上げた。

 

「うわ、だ、大丈夫?」

「空のビール瓶くらいどうって事ないですよ」

 

 実際空き瓶が入ったビールケースは、平均的な成人男子にとってはさほど重くはない。

 

「ありがとう、おかげで助かったわ」

「いえいえ、本当にお気になさらず。

今日は先日の話が進展したので伺ったんですが、今ちょっとお時間いいですか?」

「うん、大丈夫」

 

 そして八幡は、小春と勇人の今後について話を始めた。

 

「それじゃあ最初にこれを、アミュスフィアです」

「へぇ、これがそうなのね。でもどうして二つもあるの?」

「はい、実は春雄さんから、小春さんもヘヴィなゲーマーだったって聞いたんで、

もし良かったら何か親子で遊べるように………なんて考えまして。

ソフトは一応ALOとゾンビ・エスケープ、

それにリアル・トーキョー・オンラインをインストールしてあります」

「そこまでしてもらう訳には………」

「いいんですよ、お得意様の福利厚生もうちの仕事です」

 

 もちろんそんな事があるはずがないのだが、

八幡はこの場だけ乗り切れればいいやと思い、適当な事を言った。

 

「そ、そう?う~ん、いいのかなぁ………」

「それで勇人が喜ぶならいいんです」

「勇人が………ま、まあそう言われると………」

 

 勇人の事を引き合いに出した八幡の説得が功を奏したのか、

小春はそれで仕方ないという表情ながらも納得してくれたようだ。

 

「それで昼にネット回線を引き終わったと聞いたんですが」

「うん、昨日の今日だったからびっくりしちゃった」

「正直俺もです」

 

 二人はそう言って笑い合った。

 

「で、家庭教師役がこいつですね、紹介します、クルスちゃんです」

「初めまして、クルスちゃんです、誠心誠意尽くさせて頂きますので宜しくお願いします」

 

 小さなぬいぐるみがそう丁寧な挨拶をしてきた事で、

小春はあんぐりと口を開けたのだった。


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