ソレイユのバイト用サーバーにログインした勇人は、
真っ直ぐナビゲーターNPCの下に向かい、今日はどんな仕事があるのか説明を受けていた。
『今日の仕事に関する説明は以上になります、この中からタスクを一つ選択して下さい』
「むむむ、今日はこの『洞窟探険』にしてみるか………」
勇人はリストの中から比較的穏やかそうなタイトルのタスクを選択した。
以前『空中遊泳』という、途中でヒモを掴むタイプのバンジージャンプをさせられたり、
『千本ノック』という名前の無双ゲームに大剣を持たされて放り込まれ、
一瞬で沢山の敵に飲み込まれてがぶがぶされた経験がある勇人は、
さすがにこのタイトルならおかしな事にはならないだろうと考え、
今日の一発目はこれを選択したのであった。
ちなみにこういったタイトルは、アルゴが適当に名付けている為、
タイトルと中身の差が激しい事など日常茶飯事なのである。
『かしこまりました、フィールドへ移動します。健闘を祈ります』
「あっ、やべっ」
NPCが『健闘を祈る』と言った場合、大半はとんでもない内容である事を、
勇人は経験から理解していた。
「くそ、トラップだったか………」
勇人は一瞬で移動させられ、気が付くと何もない荒野に立っていた。
「どこだよ洞窟」
そう言いながら勇人はきょろきょろし、足元に大きな穴が空いているのを見て愕然とした。
「え、洞窟って垂直かよ………」
その穴の横にはプレートが張ってあり、そこにタスクの内容が書いてあったのだが、
今回そこにはこう書いてあった。
『上手く壁を蹴って落下速度を調整しつつ、下まで辿りつけ!』
「うげ、まさかの自由落下かよ………」
ちなみにこれはどんな理由で設定されたかというと、
ヨツンヘイム内にこういう道を設計した場合、
プレイヤーがまともにこの穴を抜けられるのか、調べる為であった。
どんなに無茶に見えても、必要だからこういったタスクが存在するのである。
「むむ………」
勇人はゴクリと唾を飲み込み、洞窟の縁に手をかけ、下を覗き込んだ。
「そ、底が見えねえ………でも一応中はそれなりに明るくなってるのか」
ところどころに出っ張った部分があり、勇人はそこを蹴って速度を落とすんだなと考え、
深呼吸をした後に穴の縁に手をかけたまま、穴の中に入った。
要するに片手でぶら下がっている状態である。
「お、押すなよ、絶対に押すなよ………」
一人でぶつぶつとそう言いながら、一定間隔で深く呼吸をし、
いざ手を離そうとした勇人であったが、丁度その瞬間に、
ショートパンツから伸びたスラッとした美脚が勇人の頭上にいきなり現れた。
「あら勇人、勇人もこれを選んだのね。へぇ、ここを降りればいいんだ」
「あ、姉御!」
勇人がそう言った瞬間に、その美脚の持ち主である詩乃は、にこっと口の端を上げた。
「ねぇ勇人」
「う、うん」
「今何て?」
「あっ、え、えっと、今のは気の迷いと言うか、その、ちょっとした手違いで………」
どうやら詩乃は姉御呼ばわりが、お気に召さないようである。
「手違いねぇ、勇人、あんたは八幡の事を何て呼んでるんだっけ?」
「は、八幡兄ちゃんです!」
「じゃあ私は?」
「し、詩乃姉ちゃん!」
勇人はこれ以上詩乃の機嫌を損ねないように、その質問に即答した。
「よろしい」
詩乃はニコニコとそう言いつつ、同時に片方の足をゆっくりと振りかぶった。
「ちょっ………」
「そういえばさっき、押してくれってずっと呟いてたわよね」
そう言って詩乃は、その振りかぶった足を無慈悲に振り下ろし、
穴の縁を掴んでいた勇人の手を蹴り飛ばした。
「絶対押すなって言ったじゃんよおおおお!」
そう絶叫しつつも勇人は、穴の中の出っ張った部分に何とか手足を引っ掛け、
ブレーキをかけようと必死でもがきながら、それでも穴の奥へとぐんぐん落下していった。
「う~ん、勇人には度胸をつけさせる為に、空挺降下でもやらせてみようかしら」
そう言いながら詩乃も穴の中に身を躍らせ、
さすがはベテランバイトらしく、トン、トンと跳ねるように壁を蹴りながら、
まったく体勢を崩す事なく勇人の後を追ったのだった。
「ブ、ブレーキ、ブレーキ!」
「まだまだね勇人、もう追いついちゃうわよ」
「うわ、姉御早っ!」
「………今何て?」
「うわっ、あ、頭を踏むのはやめてええええ!」
そして三十秒後、別に痛くはなかったのだが、
穴を抜けた先の地面にまるでマンガのように大の字で、ビタン!と落下した勇人は、
ぐぬぬ状態ながらも何とか体を起こした。
その横に詩乃が、トン!という感じで軽やかに着地する。
(くそっ、姉御ってば性格はきついけど、やっぱり格好いいんだよなぁ)
「まあ勇人はまだ慣れてないから仕方ないわね、
でもそうか、ALOのビギナーだと、こうなる可能性が高いって事になるのかな」
そう呟きながら詩乃は勇人に手を伸ばし、勇人はその手を握って立ち上がった。
「くっ、次こそは………」
「まあ今のもいいデータになるはずだから、結果を恐れないで思い切りやりなさい」
「う、うん!」
「それじゃあ私は次のタスクをやってくるわ、またね、勇人」
「うん、またね、姉御!」
その瞬間に詩乃は、足を高く上げて勇人の頭にかかと落としを決めた。
「うぎゃっ!」
「姉ちゃんでしょ」
「う、うぅ………し、詩乃姉ちゃん、またね!」
「よろしい」
そして詩乃の姿は消え、勇人はのそのそと立ち上がってぶんぶん首を振った。
「ちょっと一息入れよう………」
そう呟いた勇人はコンソールを操作し、レストスペースへと移動した。
「ふう、姉御め、いつか絶対ぎゃふんと言わせてやる………」
母親の影響か、微妙に昭和っぽいセリフを吐きながら、
勇人は何を選ぶでもなく、適当にVR無料自販機のボタンを押した。
それもそのはず、この自販機のメニューは一種類しか無いのである。
言うまでもなくその一種類とはマックスコーヒーだ。
ちなみにリアルのレストスペースの無料自販機には、
ちゃんと色々な種類の飲み物が用意されている為、
これが完全に八幡のゴリ押しだという事が分かる。
このレストスペースは、実は勇人がバイトを始めてから設置されたのだが、
ここに勇人がいる事は、他の四人にちゃんと分かるようになっており、
ソレイユにあるリアルのレストルームを利用出来ない勇人の為に、
他の四人と少しでも交流出来るようにと、八幡がアルゴに頼んで作ってもらったのである。
ちなみに仕事中、勇人は必ず途中で一旦ログアウトして、水分をとるように言われている。
「ふう、この甘さにも慣れてきたなぁ」
「おう勇人、随分と疲れたような顔をしてるな」
そんな勇人に声をかける者がいた、風太である。
「風太さん、お疲れです!
実はさっき、姉御に穴の中に突き落とされてひどい目にあったんですよ」
「ははぁ、お前もしかして、詩乃に向かって姉御とか言っちまったんだろ」
「正解!さっすが風太さん、勘が鋭い!」
「まあ俺もたまにやらかすからな………」
「風太さん、格好悪い………」
「そう言うなって、あいつ、年下の癖にマジで怖いんだよ、
八幡がいれば矛先があいつに向くから安心なんだけどなぁ………」
その風太の言葉に勇人はきょとんとした。
「え、兄ちゃんと姉御って仲が悪いの?」
「違う違う、良すぎるんだって。詩乃は八幡がいると、とにかくあいつに絡みたがるからな。
詩乃がお前に姉ちゃんと呼べって言ってるのも、八幡を意識してるからなんだよ」
「え?あ、ああ~!」
確かに詩乃は初めて会った時から勇人が八幡の事をどう呼ぶか気にし、
自分も同じように呼ぶように言ってきていた。
「そっか、姉御が自分の事を、姉ちゃんって呼べっていつも言ってくるのって、
兄ちゃんとお揃いが良かったからなんだ!」
「多分そうだろ、あいつは肉食系ツンデレ乙女だから、
絶対にそんな事は口に出さないだろうけどな」
「乙女?」
勇人はその言葉に首を傾げた。
肉食系は分かる、ツンデレも分かる、だが詩乃の乙女な面を、勇人は一度も見た事がない。
「ああ、勇人はここで八幡と詩乃が一緒にいるところをまだ見た事が無いのか」
「えっ、兄ちゃんもここに来る事があるの?」
「おう、興味が引かれるタスクがある時にたまにふらっと来るんだよ」
「そうだったんだ!」
勇人は八幡と一緒に色々やってみたいなと思い、今度八幡に頼んでみようと心に決めた。
「それでな、あいつ、バイトの時は常にハーフパンツ姿だろ?」
「うん」
「それが八幡が来た時だけは、ミニスカート姿になるんだよな」
「えええええ?」
「で、俺達が一緒になると、すぐにハーフパンツに戻しちまうんだよ」
「うわぁ」
「で、いつも八幡が、凄く情けなさそうな顔で詩乃にこう言うんだよ。
『おい詩乃、何でお前は俺の前でだけわざわざミニスカートに着替えるんだよ』ってな。
そしたら詩乃の奴は大体こう答えるんだ。『何よ、本当は嬉しい癖に』もしくは………」
「もしくは?」
「『何か………』」
「何か私に文句でもある訳?」
「そうそれだ、よく分かったな勇人、
声真似までしやがって、今のはかなりあの姉御に似………て………え?」
そんな風太の目の前で、勇人が顔を激しくぶんぶんと横に振っていた。
「………ええと」
ぶんぶん。
「あ~………」
ぶんぶん。
「ちょ、ちょっと一旦落ちて、水分補給を………」
その瞬間に、風太は首筋をガシッと捕まれた。
「飲み物ならここにあるじゃない、今日は私が奢ってあげるから、遠慮しなくていいわよ」
「奢るも何も、ここの飲み物は全部タダじゃないかよ!」
「黙りなさい、ほら、さっさと口を開けて」
「だが断………がぼっ、がぼぼぼぼ!」
風太は口にマッ缶を突っ込まれ、どうする事も出来ずに涙目でそれを飲み干した。
「ぶはっ、い、いきなり何しやがる!」
「はぁ?」
「すんませんっした!」
詩乃にギロリと睨まれ、風太は即座に謝った。
「ふん」
続けて詩乃は、勇人の方をジロっと睨んだ。
「ひっ………」
勇人は自分も何か制裁をくらう事を覚悟したが、
次の瞬間詩乃は、急に笑顔になって何事も無かったかのように勇人に言った。
「お疲れ様勇人、どう?仕事には慣れた?」
(露骨に話題を逸らしてきた!?)
この時詩乃は、実は必死であった。風太の言っていた事は事実であり、
否定しようにももし勇人が八幡に尋ねたら、一発でバレてしまう。
かといって言い訳しようにも、何と言って誤魔化せばいいのかまったく分からない。
なので今の詩乃は、とにかく必死に話をはぐらかそう、はぐらかそうとしているのである。
「う、うん、詩乃のアネ………ね、姉ちゃんにも色々教えてもらってるし、大分慣れたよ」
だが勇人もこう答えるしか選択肢は無かった。
ここで下手な事を言って、制裁をくらうのは嫌だったからである。
「そう、それなら色々教えてきた甲斐があるわね」
「うん、姉ちゃんには本当に感謝してるよ!」
「あら、かわいい事を言ってくれるじゃない」
詩乃は話を逸らす事に成功した為、
そして勇人はどうやら制裁される事は無さそうだと分かり、
二人は表面上はニコニコと微笑みあった。
「さて、私はそろそろ落ちるわ、お腹も減ってきちゃったしね」
「それなら八幡兄ちゃんに奢ってもらえば?」
勇人は更に詩乃の機嫌をとる為にそう言った。
この時勇人は八幡と小春が今一緒に出かけている事を完全に忘れていたのだ。
「そうね、そうしようかしら。それじゃあ落ちたら八幡に連絡してっと………」
「あ、やべ、今日は兄ちゃんは、うちの母さんと食事に行ってるんだった………」
勇人はハッとしたようにそう呟き、
その瞬間に詩乃は、バッと振り向いて勇人に詰め寄った。
「勇人、その話、詳しく」
「えっ?えっ?」
「勇人のお母さんって美人?」
「あ、うん、美人だけど」
「ぐぬぬぬぬ、今いくつくらい?」
「ええと、来年五十になるけど………」
「ご、五十?そ、そう、それならちょっと安心かな、でもなぁ、八幡だしなぁ………」
詩乃はそう言ってやきもきした表情をし、ああだこうだとぶつぶつ呟き始めた。
「うわ、本当に乙女だ………」
「だろ?こいつはこういう奴なんだよ」
復活した風太が勇人の呟きを聞いて相槌をうつ。
「何よ、何か文句でもあるの?」
「「ひっ………」」
詩乃はその言葉をしっかり聞いていたようで、向こうを向いたままそう言い、
二人は恐怖のあまり、小さく悲鳴を上げた。
だが詩乃はそう言っただけで、顔をこちらに向けようとはしない。
「ん………?」
「あれ………?」
それを怪訝に思った二人はそっと横から詩乃の顔を覗き込んだ。
見ると詩乃は赤面しており、二人は顔を見合わせてニヤリとした。
「勇人、とりあえずこの事を八幡に報告だ」
「うん!」
「ちょ、ちょっと、やめなさいよ、本当に殴るわよ!」
「殴ったらその事も八幡に報告しますが何か?」
「あ、あんたね………」
「風太さん、やりすぎると後が怖い気が………」
「うっ、た、確かに………」
「あら勇人、よく分かってるじゃない、でももう手遅れよ」
「ひっ………」
「ま、待て詩乃、話せば分かる」
「二人とも、ちょっと調子に乗りすぎたわね」
「「すんませんっした!」」
そしてバイトを終え、ログアウトした勇人をクルスちゃんが出迎えた。
「勇人君、お疲れ様。今日も楽しかった?」
「うん、とっても楽しかったよ、クルス姉ちゃん!」
「そう、それは良かったわ。バイトの話も聞きたいところだけど、
その前にとりあえず勇人君は、ご飯を買ってこないとね」
「だね、ちょっと買い物に行ってくる、バイトの事は飯を食べながら話すね」
「うん、楽しみに待ってるね」
こんな感じで勇人も充実した日々を送っているのであった。
年末は忙しい為、とりあえず明日の投稿はお休みとなります、
年内は週に一度程度は投稿出来ない日があると思いますが、宜しくお願いします!