とある日曜の朝、日高商店の入り口とは別の、日高家の玄関がスッと開き、
中からクルスちゃんが顔を出し、玄関前に立っていた女性にぴこぴこと手を振った。
「一応初めまして?」
「うん、そうだね」
「この前ここに来てもらうように頼んだけど、今日は丁度良かったね」
「うん、手間が省けちゃった。ところで小春さんと勇人君は?」
「小春さんはもう起きてる、勇人君はまだぐっすり」
「オッケー、それじゃあ小春さんを呼んできてもらっていい?」
「あい、待ってて」
そしてクルスちゃんはとてとてっと居間に向かい、
眠い目をこすりつつ、こたつでテレビを見ていた小春に声をかけた。
「小春さん、お客様だよ」
「あら?こんな時間に?」
「うん、きっと見たら驚くと思う」
「あらあら、比企谷君でも来たのかしら?」
「ううん、近いけど違う人」
そして玄関に向かった小春は、そこにどこかで見た事があるような、
でも絶対に見覚えが無い女性の姿を見て、首を傾げた。
「ええと、あなたは………」
「あ、いつも私っぽいのがお世話になってます、私は間宮クルスと申します、初めまして」
そう言ってクルスは小春に柔らかい笑顔を向けた。
「間宮クルス………?あ、もしかしてクルスちゃんの中の人!?」
「中の人と言っていいのかは分かりませんが、はい」
そう言いながらクルスは苦笑した。
「あらあらあら、まあまあまあ、道理でどこかで見た事があると思ったわ、
初めまして、私は日高小春よ、こんな格好で申し訳ないんだけど、遠慮なく上がって頂戴」
「はい、お邪魔します」
こうしてクルスは無事に日高家の客となった。
「勇人がきっと驚くわね、今起こしてくるわ」
「あ、その前に一緒に朝食を作りませんか?まだですよね?私もお手伝いしますから」
「あら、いいの?確かにその方が面白いかもしれないわね、それじゃあそうしましょっか」
そして二人は仲良く料理を始め、
クルスちゃんは台所と居間をとことこと往復しながら配膳をした。
「こんなもんかしらね」
「ですね、朝からあまり凝った料理を作るのもどうかと思いますし」
「それじゃあ私が勇人君を起こしてくるね」
「ありがとうクルスちゃん、お願いね」
「うん!」
そう言ってたたたっと走っていくクルスちゃんを見て、クルスは微妙そうな表情をした。
「う~ん、あれも自分、これも自分だと思うと、胸の奥がむずむずしますね」
「ふふっ、確かにそうかもしれないわね。で、今日はどうしてうちに?」
「あ、はい、実は今日のALOの案内なんですが、八幡様が会社の用で遅れそうなので、
それまでの繋ぎとして代わりに私が参りました」
「ああ、そういう事だったのね、でも随分早いわね」
「実は先日クルスちゃんから、一度ここに顔を出してくれないかって頼まれてたんで、
せっかくだから事前に勇人君と少しお話しでもしようかなって思ったんです」
「そういう事ね、ふふっ、あの子はどんな顔をするかしらね」
「楽しみですね」
一方勇人を起こしにいったクルスちゃんは、
だらしない顔で寝ている勇人の頬をつんつんとつつきながら、勇人に声をかけた所だった。
「勇人君勇人君、そろそろ起きる時間だよ」
「んっ、う~ん………お、おふぁよう姉ちゃん」
「おはよう、昨日はよく眠れた?」
「よくは眠れたけど、正直もうちょっと寝てたい………」
「駄目だよ、もう朝ご飯の準備が出来てるんだからね」
「えっ?母さんも朝が弱いはずなのに珍しい、分かった、着替えたらすぐ行く」
「それじゃあ私は居間で待ってるね」
「うん、ちょっとだけ待ってて」
そして居間に戻ったクルスちゃんは、うんしょうんしょとクルスの膝の上に乗り、
そこにちょこんと腰を下ろした。
「着替えたら来るって」
「というかクルスちゃん、何で私の膝の上に?」
「う~ん、何となく?」
「まあいいけど」
そんな二人を小春は微笑ましい表情で見つめていた。
「おはよう、母さ………ん?あれ、だ、誰?」
「おはよう勇人、さて、誰でしょう?」
「「さ~て、誰でしょう?」」
「むむむ………ん、よく見ると姉ちゃんに似てる気がする………
あっ、も、もしかして、マジ姉ちゃん?」
「………マジ姉ちゃん?」
そんな呼び方をされるとは思ってもいなかったクルスは、
そう言いながら首を傾げた。
「クルスちゃんがクルス姉ちゃんだから、本物のクルスさんはマジ姉ちゃん!」
「ぷっ、何それ」
クルスはその言葉に思わず噴き出した。
「ご、ごめん、初対面なのに失礼な事を言っちゃった」
「別にいいよ勇人君、初めまして、マジ姉ちゃんの間宮クルスです」
「あっ、ご、ごめん、日高勇人です、初めまして!」
「それじゃあ朝ご飯が冷めちゃうから、続きはご飯を食べながら話しましょうか」
「そうね、そうしましょう」
「う、うん!それじゃあ頂きます!」
こうして今日の日高家の朝食の時間は、いつもより賑やかとなった。
勇人は緊張した様子でもぐもぐとパンをかじり始め、
そのままチラチラとクルスの方に目を走らせていた。
それを見てクルスちゃんが、少し拗ねたような様子で勇人の膝をつついた。
「もう、勇人君、もっと私の方もチラチラ見てよ!」
「えっ?い、いや、別にマジ姉ちゃんの方なんか見てないし………」
「私は別に、誰の方を見てたかなんて言ってないよ?」
「う………」
自分が墓穴を掘った事に気が付き、勇人はもじもじと下を向いた。
そんな勇人を見て、三人がかわるがわる呟いた。
「思春期ねぇ………」
「思春期ですね」
「思春期だね」
「もう、そんなんじゃねえよ!」
勇人は真っ赤な顔でそう言い、
このままではまずいと思ったのだろう、露骨に話題を逸らしてきた。
「そ、そういえば八幡兄ちゃんは一緒じゃないの?」
「うん、今日は急な仕事が入っちゃったみたいで、
ALOにログインするのが少し遅れそうだからって事で、
私が代わりに二人を案内する為にここに来たんだよ。
まあ本当は私がここに来なくても、現地で待ち合わせればそれで良かったんだけど、
クルスちゃんの事もあるし、一応ご挨拶にってね」
「げ、八幡兄ちゃん、日曜なのに働いてるんだ、
兄ちゃんっていつも働いてるようなイメージしかないんだけど」
その勇人の疑問にクルスは笑いながらこう答えた。
「確かにそうだね、でも勇人君くらいの年の時、
八幡様は毎日『働きたくないでござる』って言ってたらしいよ」
「えっ、そうなの?その割に今は熱心に働いてるよね?」
「うん、『どうやら俺には社畜の才能もあったらしい』って、
ちょっと前に凄く嫌そうな顔で言ってたよ」
「うわぁ、俺、八幡兄ちゃんみたいになりたいって思ってるけど、
その才能はいらないわ………」
「勇人君は八幡様みたいになりたいの?」
「うん!」
クルスは微笑ましいものを見る表情でそう言い、勇人はその問いに素直に返事をした。
「それじゃあ勇人君は、女の子にモテるようにならないとね」
「ど、どのくらいモテるようになればいい?」
勇人は自信無さげな表情をしながらも、参考にするつもりでそう質問してみた。
「そうねぇ、勇人君が学校の同じクラスの女の子全員にモテたとしても、
全然足りないかもしれないなぁ」
その答えに勇人は頬をひくつかせた。
「マ、マジ姉ちゃん、それって本気で言ってる?」
「うん、明日奈、私、雪乃、結衣………」
そしてクルスは指を折りながら女性の名前をどんどんあげていき、
二十人を超えたところで勇人が頭を抱えながら絶叫した。
「そんなの絶対無理じゃん!」
「ふふっ、頑張りなさい、勇人」
「母さん、こういう時に応援とかちょっと勘弁して………」
どうやら勇人は母親とこういった話をするのは嫌なようだ。
今後事あるごとにからかわれるのが間違いないからである。
「でも残念だわ、クルスさんにはうちの勇人の姉さん女房になってもらいたかったのに」
「ちょっ、母さん、もう勘弁してよ!」
「ごめんなさい小春さん、私はもう身も心も八幡様のものなんです」
「でも比企谷君には確か、正式な彼女さんがいたわよね?」
「はい、そうですね」
「それなのにそんな沢山の女の子に好かれてるって、みんな喧嘩とかにならないの?」
「ならないです、みんな仲良しですよ。正妻様もしっかり仕切ってくれますしね」
「そ、そうなのね………」
そう言いながら、小春は遠い目をした。
もしかしたら自分の過去を思い出しているのかもしれない。
「やっぱり八幡兄ちゃんは凄え………
ねぇ、マジ姉ちゃんはどうやって八幡兄ちゃんと知り合ったの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
その瞬間にクルスは豹変した。
「最初私はGGOっていう銃で戦うゲームをやってたんだけど、
あ、もしかして知ってるかな?ガンゲイル・オンラインね。
そこで私ってば結構有名なプレイヤーだったんだけど、
そういう腕に自信がある人同士が戦う公式大会が開催される事になって、
余裕で予選を突破して調子に乗ってた私は、
サトライザーっていう人に一秒で倒されちゃったの。
で、そのサトライザーと唯一互角に戦えたのが八幡様で、
その時から私は八幡様を崇拝し、追っかけみたいな事をやってたのね。
で、そのゲーム内でプレイヤー同士の戦争が起こった時に、
私は八幡様をかばって死んじゃって、そんな私を八幡様が自ら迎えにきてくれて、
その時から私達は、固い絆で結ばれた主従になったんだよ!
詳しく知りたかったら『GGO』『源平合戦』で調べてみてね!」
「あ、う、うん」
よく聞くと超適当な説明であったが、
勇人はとても嬉しそうに八幡の事を語るクルスを見て、
本当に八幡の事を大好きなのだと実感させられた。
「マジ姉ちゃんは本当に八幡兄ちゃんの事が大好きなんだね」
「大好きというか、八幡様はわたしの神だからね」
「神かぁ………恋愛面はともかく、
ちょっとでも兄ちゃんに近付けるように俺も頑張らないと………」
「そうだね、先ずは男を磨くところから始めればいいんじゃないかな。
その第一歩として、今日のALOで私がしっかりと勇人君を鍛えてあげるからね」
「う、うん、宜しくお願いします」
「それじゃあそろそろログインしてみましょっか!」
その小春の提案に二人は頷いた。
「そうですね、そうしますか」
「クルス姉ちゃん、留守をお願いね」
「うん、任せて!二人とも楽しんできてね」
こうして小春、勇人、クルスは日高商店からALOへとログインした。