「姉ちゃん!」
「セラフィムさん!」
「二人とも、その中へ!」
心配そうに声をかけてきた二人に、セラフィムは何かを放り投げた。
それは地面についた瞬間にコテージのような形に広がり、
二人は言われた通りその中に入った。
「くそ、結界コテージか」
結界コテージとは、狩りの最中に休む為のコテージである。
これはモンスターは通してしまうが、プレイヤーは通さない為、
安全地帯で使用するのにとても便利な簡易コテージであった。
「これで二人には手が出せないでしょう?」
「まあな、もっとも手を出すふりしかしないつもりだったけどな!」
「本当に手を出したらもうALOにはいられないだろうし、当然ね」
悪意の無い初心者を狩る行為が忌避されるのは、どのゲームでも一緒であろう。
正直目撃者がいなければ何の問題も無いが、
ヴァルハラのメンバーがこういう場合、必ず状況を録画しているのは有名な話である。
「行くぜ!」
ヘラクレスはそう言って剣を振り下ろし、それを盾で受け止めたセラフィムは、
その攻撃の重さを意外に思った。
「中々の攻撃力ね」
「そりゃどうも!」
「でも私の相手をするにはまだまだ不十分」
「それも自覚してるぜ!」
そう言ってヘラクレスは下がり、横合いからオルフェウスが飛び込んできた。
セラフィムは余裕でそれを受け止めたが、オルフェウスはすぐ下がり、
別方向から他のプレイヤーが再び突撃してきた。
「全方位からのヒットアンドアウェイ?連携の腕は中々ね」
「くそっ、余裕だなおい」
「実際余裕………スパイク!」
「ぎゃっ!」
「シールドバッシュ」
「ぐわっ!」
セラフィムは安定感のある立ち回りで敵をまったく寄せ付けない。
その姿を見ていたベルディアとプリンは、
人数差をものともせずにセラフィムが勝ちそうだと思い、驚きつつも安心した。
「本当に凄いね」
「姉ちゃん、まだまだ余裕そうだな」
「そうね、このままなら………待って、ベルディア、あそこ!」
その時プリンが何かに気付いたようにそう叫んで遠くを指差した。
その指が差す方向に、多くの点のようなものが見える。
「あれってまさか、敵じゃないよな?」
「どうなのかしら、一応セラフィムさんに知らせましょう」
そして二人は大声で叫んだ。
「姉ちゃん、遠くから沢山プレイヤーが来る!」
「セラフィムさん、敵か味方か不明な集団が近付いてるわ!」
その言葉が聞こえたのか、セラフィムはチラリとそちらを見た。
「チッ」
そしてセラフィムは、珍しく舌打ちをした。
要するに近付いてくるのが敵だという事なのであろう。
「おおっと、うちの本隊が来ちまったか、
もうちょっと遊びたかったが、これでもうあんたは終わりだな」
「さて、それはどうかしらね。来るのがあなた達レベルだとしたら、
時間はかかるけど結局結果は変わらないと思うけどね」
「残念、今から来るのは七つの大罪と、ソニック・ドライバーだぜ!」
「七つの大罪………」
さすがのセラフィムも、その言葉を聞いて顔色を変えた。
「そう、それはさすがに厄介ね」
「逃げるつもりか?こうなったら俺達はあんたの足止めに回るぜ?
何よりあの二人を残して逃げるなんて、絶対に出来ないよなぁ?」
「初心者に手出しをするつもり?」
「俺達からはしないさ、まあ逃がすつもりも無いから、
いずれ向こうから手を出してきたら、正当防衛って事でどうとでも出来ると思うがな」
実際問題もしベルディア辺りがエキサイトして手を出してしまったら、
その時点で悪意の無い初心者という括りから外れる為、殺されても文句は言えないのだ。
「卑怯な男ね」
「何とでも言え、相手は序列十五位の姫騎士イージスだ、使える手段があれば何でも使うぜ」
ヘラクレスは開き直った顔でそう言った。
少なくともまったく頭を使わずに力押しだけで喧嘩を仕掛けてきて、
あっさりと返り討ちに遭うという行為を繰り返していた連合の馬鹿どもとは違うらしい。
自己顕示欲が強いのはその通りだが、少なくとも考え無しに行動する男ではないようだ。
その後もチルドレン・オブ・グリークスは頑張ったが、
結局セラフィムに有効打を与える事が出来ないまま、七つの大罪が到着した。
「くそ、また鍛え直しだな、今度は絶対にあんたを倒してやるぜ」
ヘラクレスは悔しそうにそう言い、ルシパーを迎えた。
「ヘラクレス、何をしている?」
「遭遇戦だよルシパー、あんたより序列が上の騎士様に、戦い方を教えてもらってたのさ」
「むっ、姫騎士イージスか」
ヘラクレスは一旦後ろに下がり、代わりにルシパーがそう言いながら前に出た。
「まさか一人なのか?」
「一人じゃないわ、初心者の弟分と姉貴分が一緒」
「初心者………?」
そう言ってルシパーはベルディアとプリンの方を見た後、ヘラクレスの方に振り返った。
「ヘラクレス、初心者を人質にとったのか?」
「そう言われるとそうかもしれないが、手出しは一切してないぜ。
姫騎士様に逃げられないようにしただけだ」
「そうか、ならいい」
どうやらルシパー的にそれはセーフらしい。
そしてルシパーは、傲慢な口調でこう言った。
「ここでタイマンでお前を倒せば俺の序列が上がるな」
「やってみる?私は別に構わない」
「だが足止めをしたのはチルドレン・オブ・グリークスだ、
その手柄を横からかっさらうのは俺の主義じゃねえ。
悪いがここは、全員でかからせてもらうぞ」
「どうぞ、出来るものならね」
「さすがは序列十五位、実に潔いな」
そう言ってルシパーは剣を振りかぶり、その横で他の者達も戦闘体勢になった。
そこに横から声をかける者がいた、今到着したばかりのスプリンガーである。
「お~い、どうした?」
「うちが姫騎士と遭遇して戦闘になった、ただそれだけだ」
「ほ~う?それじゃあそっちの二人は?」
「姫騎士の連れの初心者だ、戦いが終わったら解放する予定だ」
「う~ん、こんな状況だしそいつらは俺達が遠くに連れてっとくわ、
さすがに戦闘に巻き込んで殺しちまうのは具合が悪いだろ」
その言葉にヘラクレスは考え込むようなそぶりを見せ、結局その提案を承諾した。
「分かった、そいつらの事は任せた、スプリンガーさん」
「あいよ」
その名前を聞いたプリンは、驚いた顔で言った。
「スプリンガー?って事は、あの上にいるのがラキア?」
「ん?初心者がよく俺達の事を知って………ん?んんん?」
スプリンガーは首を傾げながらプリンの顔を見て、顔色を変えた。
「げ、ま、まさかお前………」
「そのまさかよ、とりあえずラキアの所に連れてって」
「それじゃあそっちは………」
「うん、僕だよおじさん」
「マジかよ………分かった、こっちだ」
スプリンガーはそう言って二人をラキアの所に連れていった。
「おうラキア、こいつな………まあ見れば分かるか」
そう言われるまでもなく、ラキアは黙ってプリンの手を握った。
どうやら喜んでいるらしく、その口は笑うような形となっていた。
「何でここにいる?なんて聞くまでもないか、ハチマン君に誘われたんだな」
「まあそんな感じ、それより二人ともお願い、セラフィムさんを助けてあげて欲しいの!」
そのプリンの頼みを、スプリンガーはあっさりと断った。
「悪い、それは無理なんだわ、俺達は一応ALOを盛り上げる為って事で、
まあ今のところはなんだが、ハチマン君達とは敵って立場になってるからな」
「そ、そんな………」
「まあでも心配する事は無いと思うぞ、
俺達が二人をここに連れてきたのも、戦いの邪魔をしない為だからな」
「えっ?」
「まあ見てなって」
そう言ってスプリンガーは、ラキアと共に更に後ろに下がり、
初心者の二人を街まで送る風な態度を装って近くの木陰に隠れ、
そっとセラフィムの方を観察し始めた。
「どうして隠れるの?」
「そりゃまあ、同じ場所にいて戦わないなんてのは、あからさますぎるだろ?」
「二人はヴァルハラの味方なんだ」
「心情的にはな、だからどうしても回避出来ない戦いの時はちゃんと戦うけど、
そうじゃない時はこうしてさぼる訳よ」
「なるほどねぇ」
「スプリンガーさん、姉ちゃん一人で大丈夫かな?」
「大丈夫大丈夫、まあ見てろって」
「さて、これで心置きなく全力で戦えるな、精々抵抗してくれ」
「あなた達に私を仕留められるのかしら」
「この状況でそのセリフか、気に入ったぞ!お前は俺のものにする!」
「はぁ?」
ルシパーはそう言いながらセラフィムに斬りかかり、
セラフィムはその攻撃を難無く弾き返しつつ、胡乱げな表情でルシパーに尋ねた。
「意味がわからない、つまりどういう事?」
「ここでお前を倒せたら、お前は俺の物になれ」
「それは恋愛的な意味で?」
「そういう事だ」
「私がハチマン様に身も心も捧げているのは有名だと思うんだけど、
それはさておき、そういうのは私にタイマンで勝った時に言うセリフじゃ?」
「そんなまどろっこしい事をやってられるか、要は勝てば良かろうなのだ!」
「はぁ、まあある意味潔いか」
そう言いながらセラフィムは、ルシパーと斬り結び始めた。
もちろん背後にも気を配っており、時々後ろに視線を走らせる為、
他の者達は容易に手が出せない。
「くそっ、隙が無え………」
「いっそ全員でかかれば誰かしらの攻撃が当たるんじゃないか?」
チルドレン・オブ・グリークスのメンバー達はそう囁き合いながらも、
七つの大罪の幹部連が何故か手を出さない為、攻撃に躊躇していた。
見ると幹部連は、どうした事か、ルシパーの方を見てぷるぷると震えている。
だが突然その時セラフィムが後ろを気にしなくなり、
周りのプレイヤー達は、攻撃するなら今しかないと色めきたった。
「今よ!」
そんな周りの雰囲気を呼んで、
促すように仲間達に攻撃の指示を出したのはアスモゼウスであった。
(まあ気持ち的にはセラフィムちゃんを応援したいんだけど、
この状況だとまあ仕方ないわよね)
その声で反射的に前に出てしまった残りの幹部連は、
文句を言いながらもセラフィムに攻撃を開始した。
「ルシパーと姫騎士が付き合うだと?何だそのジェラシックパークは!」
「ふ・ざ・け・る・なぁ!」
「恋愛絡みとか、だるい………」
「仕方なく手伝ってやるけど、成功報酬はもちろんもらうからな!」
「俺には飯、飯を奢れ」
そんな五人の剣がセラフィムに迫るが、
セラフィムは何故かまったく対応しようとはしない。
ちなみにアスモゼウスは見てるだけである。
一応弓は使えるはずなのだが、その姿を見た者は誰もいないらしい。
だがその事に誰も文句を言う者はいない。何故ならアスモゼウスがいなくなってしまうと、
彼らと言葉を交わしてくれる女性プレイヤーが存在しなくなってしまうからである。
だがこの時は、そんな理由とはまったく関係なく、
一歩下がって戦闘の様子を観察していたアスモゼウスの存在が、
彼らにとっては救いの神となった。
「みんな、下がって!」
「うおっ」
「な、何だ?」
「上だ!」
その瞬間に風を切る音と共に、天空から五人の足元に矢が突き立った。
同時に色とりどりの光弾が五人に降り注ぎ、五人は慌てて大きく後ろに下がった。
「あ、危ねえ!」
「上からだと、いつの間に!」
「この攻撃は………まさか!?」
(うわ、今のって絶対朝田さんじゃん!)
アスモゼウスは即座にそう判断し、近くの木陰に隠れようと、そちらに向けて走り出した。
そして空から三人のプレイヤーが凄まじい速度で飛来し、
セラフィムの背後を守るように地上へと降り立った。
「黒いヴァルハラ・コールが見えたから慌てて飛んできたのだけれど、
どうやらセラには私達が見えていたようね」
そう、セラフィムが最初に放った黒い魔法はヴァルハラ・コールであった。
意味は『救援求む』である。プリンとベルディアがいた為に、
二人に危害が及ぶ可能性を考えたセラフィムが、保険として放っておいたのである。
「あ~、やっぱりそうなのね、セラがあんな無防備なのはおかしいと思った」
「ま、まあでも私達のフォローは役にたったよね?ね?」
「うん、正直助かった、こいつは中々やる」
セラフィムは虚勢を張るでもなくそう答えた。
「それなら良かったわ、さて、改めまして、
私はユキノ、ヴァルハラ・リゾート副長の任を拝命しているわ」
「私はシノンよ、うちの弟分はどこ?事と次第によっては容赦しないわよ」
「二人の姿が見えない………絶対に許さない、
ロジカルウィッチの力を見せてやるわ、このブタ野郎ども」
こうしてこの戦いは、新たな局面を迎える事になった。