戦闘が終わり、全員街へと戻ったのか、
アルヴヘイム攻略団のリメインライトは一つも残っていなかった。
その事を確認したハチマンは地面に座り込み、疲れたような声を出した。
「ふう、久々の空中戦闘は疲れるわ」
ハチマンの立場からして、敵に弱味を見せない為にも、
リメインライトが一つでも残っていた状態でこんな姿を見せる訳にはいかなかったのだろう。
そんなハチマン目掛けて、ベルディアとプリンが走ってきた。
その事に敏感に気付いたキリトとアスナは咄嗟にハチマンの姿を隠し、
そのまま武器を構えなおしたのだが、
その横でユキノが走ってくる二人の後ろにいた人物に親しげに声をかけた。
「あら、スプリンガーさんにラキアさんじゃない、そんなところにいたのね」
それでキリトとアスナは警戒を解き、ラキアは黙ってユキノに抱きついた。
二人はソレイユのパーティーメンバーだった為、ユキノともそれなりに交流があった事は、
ユキノ自身が以前話していた通りである。
「お二人とも、ベルとプリンさんを守ってくれてありがとうございます」
ハチマンはベルディアの事を親しげにベルと呼んだ。
この瞬間から、他の者達もベルディアの事をベルと呼ぶようになったのである。
「むふぅ」
ラキアはハチマンにお礼を言われ、得意げに鼻を膨らませると、
そのままハチマンの膝の上に座った。それを見たアスナの頬が、ヒクッと動いた。
そんなアスナを宥めたのはユキノである。ユキノはアスナの耳元で、こっそり囁いた。
「アスナ、あれはラキアさん、大野財閥の会長さんよ、
もしかしたらアスナも会った事があるのではないかしら」
「えっ、そうなの?姉さんの元パーティーメンバーとしか聞いてなかったけど、
もしあれが会長なら私、会った事があるよ。優しそうだけど凄く無口な人だよね?」
「ええ、それで間違いないわ。
ラキアさんはどうやらハチマン君の事を自分の息子みたいに思ってるって話だから、
あれも多分そういったコミュニケーションの一環だと思うわ」
「そっか、ならまあ仕方ないか」
だがアスナはそう言った直後に再び頬をヒクつかせる事になった。
「ずるい、私も!」
そう言ってプリンがハチマンの背中に圧し掛かったからである。
「ユ、ユキノ、あちらはベル君のお母さんなんだよね?」
「ええ、ラキアさんと同い年で、宿命のライバルらしいわ。
ハチマン君への感情も同じ感じらしいから、挨拶してきなさいな」
「そっか、じゃあそうするよ」
そう言ってアスナはハチマンの隣に行き、二人に声をかけた。
そのどさくさに紛れ、ユキノもちゃっかりハチマンを挟んで反対側の隣を確保している。
「あ、あの、初めまして、ハチマン君の彼女をやってます、アスナです」
「あら、ハチマン君の彼女さん?」
その挨拶を受け、プリンは嬉しそうにそう言った。
ラキアは無言だったが、同様に嬉しそうな表情をアスナに向けた。
「はい!」
「そうなのね、私はプリン、ハチマン君の背中を借りてしまってごめんなさいね」
「いえいえ、ハチマン君が母性本能を刺激してきたせいだと思うんで、気にしないで下さい」
「アスナ、別に俺はそんな事はしてないぞ」
「それを決めるのはハチマン君じゃなく、周りにいる大人達だと思うな」
「そ、それはそうかもだけどよ………」
ハチマンは困った顔でそう言い、プリンはそれを見て、ハチマンを抱く手に力を込めた。
それに対抗しようと思ったのか、ラキアはまるで私の娘だという風に、
アスナを背中から抱き寄せてその頭をいいこいいこと撫で始めた。
「あっ、しまった、アスナちゃんが遠い………」
プリンは悔しそうにそう言い、ラキアはそんなプリンにドヤ顔をした。
アスナはこの状況でラキアの手から逃れる訳にもいかず、
少し顔を赤くしながらも、ラキアにされるままにしていた。
一方のベルディアである。ベルディアは今、三人の姉的存在に囲まれていた。
「ベル君、久しぶり」
「大丈夫だった?」
「どこか怪我はしてない?」
「うん、大丈夫」
そう言いながらベルディアは、セラフィムとリオンとシノンを順番に見ながら言った。
「セラ姉ちゃんも、リオン姉も、姉御も過保護すぎだってば」
その瞬間にベルディアは、シノンに後頭部を殴られた。
「誰が姉御ですって?」
「うわ、いきなりHPが五分の一も減った!」
ベルディアは焦ったようにそう言い、シノンは拗ねた表情をした。
「ふん、あんたが悪いのよ、ベル」
そんなシノンに、セラフィムとリオンから当然のように突っ込みが入る。
「シノン、そういうとこだよそういうとこ」
「そうそう、いきなり手を出したりしないでさ………」
そしてその突っ込みの輪に、ハチマンも加わった。
「おいこらツンデレ、ベルをいじめるんじゃねえ」
「べ、別にいじめてなんかないわよ、これはそう、姉弟のスキンシップよスキンシップ」
(こいつ、表面上は分からないが、ちょっと気まずいんだろうな)
ハチマンはそう思い、呆れたような顔をしたが、
その根拠となったのは、シノンがハチマンにツンデレ扱いされたのに、
それを否定しなかったからである。ベルディアには横からユキノが回復魔法をかけてくれ、
ベルディアはユキノの方を向いてお礼を言った。
「あ、ありがとう!あ、えっと………」
「私はユキノよ、宜しくね、ベル君」
「あ、は、はい、宜しくお願いします、姉上!」
その瞬間にハチマンは盛大に噴き出し、ユキノの顔から表情が消えた。
そしてまだベルディアに自己紹介をしていなかったキリトが、
ユキノに便乗して名乗りを上げた。
「俺はキリト、宜しくなベル」
「あ、はい、宜しくお願いします、キリトの兄貴!」
「兄貴、兄貴かぁ、まあ姉上よりはましかな」
その瞬間にユキノがキリトの足を思いっきり踏みつけた。
「うわ、おいユキノ、いきなり何するんだよ!HPがちょっと減ったじゃないかよ!」
「自業自得よ、そしてハチマン君、私に何か言いたい事でも?」
続けてユキノはハチマンの方をじろっと睨んだ。
「ぶふっ………い、いや、別に言いたい事はないんだが、
とりあえずベル、何で姉上なんだ?」
「えっ?何でだろ、何かユキノさんの声を聞いてたら背筋がピンと伸びたから?」
「背筋が、ねぇ」
そう言いながらハチマンはユキノの肩をぽんぽんと叩き、
ユキノはそれで、ぐぬぬといった感じの表情になった。
「あっ、ごめんなさい、変な呼び方をしちゃって」
ベルディアはそう言ってしょぼんとし、ユキノは慌てて笑顔を作った。
「いいえ、別にそんな事はないわ。うん、オンリーワンな呼び方でいいんじゃないかしら」
「そっか、それなら良かった」
ユキノは無理やり自分を納得させながらそう言い、ベルディアも笑顔になった。
この一連の流れで、ベルディアがユキノからプレッシャーを受けた様子はない。
おそらく真っ直ぐに育っているのだろう、これはプリンの教育の成果であるといえる。
そして順番でいえば、アスナの自己紹介の番となるのだが、
アスナは何か考えに耽っているようで、ぶつぶつと呟いていた。
「セラ姉ちゃん、姉御、リオン姉、姉上、う~ん………ハチマン君は何て呼ばれてるの?」
どうやらアスナが気にしていたのはそれぞれの呼び方のようだ。
「ハチマン兄ちゃんだよ!」
その問いにベルディアが元気良く答えた。
「と、言う事は、この中で格上なのは組み合わせから考えてもセラ………なるほど」
そしてアスナは少し緊張した様子でベルディアに微笑み、自己紹介をした。
「教えてくれてありがとうベル君、私はハチマン君の彼女のアスナだよ、これから宜しくね」
「あっ、ハチマン兄ちゃんの彼女さんだったんだ!宜しくね、アスナ姉ちゃん!」
「うっし!」
ベルディアがそう答えた瞬間に、アスナは拳を前に突き出しながらそう言った。
アスナにしては珍しい仕草であり、他の者達はぽかんとした。
「そんなに嬉しかったのね………」
「まあハチマンとセットだしなぁ」
「ぐぬぬ、並ばれた………」
「それくらい何よ、私なんて、私なんて………」
「私は無難で良かった………」
「さて、それじゃあ自己紹介も済んだところでこれからどうするかだが」
ハチマンはそう言いながらラキアを抱えて立ち上がり、ストンと前に置いた。
プリンはハチマンの動きに合わせて自分から離れている。
「その前にスプリンガーさん、何でアスモゼウスがここに?」
ハチマンは所在無げにずっと後ろに立っていたアスモゼウスを見ながらそう言った。
他の者達も当然その事には気付いていたが、
ハチマンが何か言うまで誰も何も言うつもりは無かったようで、
他の者達も、ここで初めてアスモゼウスの方を見たのである。
その目には特に敵意は無かったが、アスモゼウスはプレッシャーを感じて小さくなった。
それも当然だろう、今ここには真なるセブンスヘヴンが四人もいるのである。
「ああ、この子は戦いがあんまり好きじゃないみたいで、
俺達のいる場所にたまたま逃げてきて一緒になったんだけどよ、
そのまま味方と合流するタイミングを逃したらしい」
「へぇ、そうなのか?」
そのハチマンの問いに、アスモゼウスはニッコリ笑いながらこくりと頷いた。
だがその内心は、かなりのパニック状態にあった。
(ど、どどどどどうしよう、今私、王子と話してるんですけど!?
というかここはもっとアピールしないといけないと思うんだけど、
私の色気が通用しなかったらって思うと怖くて無理、無理無理無理!)
実際ハチマンにはアスモゼウスの色気は通用しない為、
他の女性陣の敵対心を煽るだけとなっていた可能性が高い。
だがアスモゼウスのびびりっぷりが、その最悪の状況を回避する助けとなったのである。
「ふ~ん、ちなみにこっちはこれから狩りの予定だったんだが、
そっちはどんな予定になってたんだ?全員でどこかに向かってる途中だったんだろ?」
「え、ええ、うちも経験値稼ぎの予定だったわ」
「マジかよ、それじゃあ早く仲間と合流しないとまずいんじゃないのか?
戦いが嫌いって言っても、それは対人戦の事なんだろ?」
その再びの問いに、アスモゼウスはこくりと頷いた。
「そうなんだけど、今からノコノコと合流するのもどうかなって………
確かに経験値は欲しいけど、私、さっきの戦いには参加してなかったしね」
「だよな、幹部としては、それなりの強さが無いとまずいよな」
「ハチマン兄ちゃん、このエロ姉ちゃん、多分いい人だよ!」
そう言われたアスモゼウスは呆気にとられ、プリンはベルディアの頭に拳骨を落とした。
「ぎゃっ!」
「こらベル、失礼な事を言うんじゃありません!」
「ご、ごめん………」
「あはははは、あはははははは!」
そしてハチマンは腹を抱えて笑い出した。釣られて他の者達も笑い、
アスモゼウスはますます縮こまる事になった。
「な、何かごめんなさい………」
「い、いやいや、今のはベルが悪いんだから気にしないでくれ、
そうだな、お詫びと言っちゃなんだが、仲間の所に戻りにくいんだったら、
今日はうちのレベル上げに混ざってみないか?
もし仲間に見つかっても平気なように、変装用の装備を貸してやるからさ」
「それは助かるけど、い、いいの………?」
「ああ、みんなも別にいいよな、何せいい人らしいからな」
ハチマンがそう言い、他の者達もうんうんと頷いた為、アスモゼウスは赤面した。
「あ、ありがとう………」
「それじゃあとりあえず、ログインリストを非公開にしておいてくれ、
で、変装用の装備は………」
「あ、それなら私のヴァルハラ・アクトンをあげるよ、
オートマチック・フラワーズがあるからもう使わないしね」
アスナは『貸す』ではなく『あげる』と言った。
もしアスモゼウスがハチマンに好意を持っているのなら、
今のうちに自分の影響下に入れておこうと考えた為である。
それにアスモゼウスがヴァルハラ・アクトンを転売したり、
ヴァルハラの名を騙って悪用したりする事もまったく心配していない。
転売されるようなヴァルハラ・アクトンはそもそもアスモゼウスに与えられた一着だけだし、
悪用しようにも、仲間達の前でヴァルハラからもらった装備を着れるはずがないからだ。
要するに今後アスモゼウスがヴァルハラ・アクトンを装備する機会があるとすれば、
それは今回のように、ヴァルハラの狩りに同行する時以外に無いのである。
「で、でも私は敵だし、そんな私を強くしちゃっていいの?」
「別に構わないだろ、それともこの中の誰かに勝てるくらいに強くなれるのか?」
そう言われたアスモゼウスは、一同の顔を見回しながら首を振った。
「ううん、絶対に無理ね」
「だったら別にいいだろ、お前達はどこに行くつもりだったんだ?」
「ヨツンヘイムで邪神狩りの予定だったわ」
「なら俺達はアインクラッドに行くか、よしベル、俺達の拠点に連れてってやる」
そのハチマンの言葉に他の者達は、さすがにざわっとした。
「ハチマン、本気か?」
「敵の幹部をヴァルハラ・ガーデンに連れていくの?」
「おう、まあ俺に全部任せろって」
ハチマンにそう言われると、誰も反論する事は出来ない。
それで丁度いいタイミングだと思ったのか、スプリンガーがハチマンに言った。
「それじゃあ俺達はここでお暇するわ、さすがに俺達の立場だと、
サボる訳にはいかないからな」
「ですね、それじゃあスプリンガーさん、ラキアさん、またです」
こうして二人と別れた一行は、ヴァルハラ・ガーデンへと向かった。