ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第911話 悪い顔

「アルヴヘイム攻略団の奴らは誰もいないな、よし、このまま急いで転移門に移動だ」

 

 ハチマンの指示で、一同は駆け足で二十二層へと向かった。

 

「おい、ヴァルハラだぜ」

「サトライザーってのはいないのか」

「でもそれ以外の幹部が勢揃いしてるわよ」

 

 ちなみにこういう場合、ソレイユの存在は除外されるのが通例だ。

それほどソレイユが登場するのがレアだという事であろう。

 

「あれ、あのマスクを付けてるのは誰だ?」

「か~っ、また女性プレイヤーかよ!」

「まさか新人か?」

「どうだろうな、まあそのうち正体も分かるだろ」

 

 そのマスクの女性プレイヤーとは、当然アスモゼウスの事である。

アスモゼウスはアスナからヴァルハラ・アクトンをもらって着用しており、

その顔にはグロス・フェイス・マスクという、

完全に顔が隠れる金属のマスクが装着されていた。

これはハチマンが趣味で作ったものであり、特に何かが付与されたりはしていない、

何の変哲も無いただのマスクである。

 

(まさかこんな事になるなんて………)

 

 アスモゼウスは今起こっている事が信じられなかった。

目の前にはヴァルハラ・ガーデンがそびえ立っており、今から自分はこの中に入るのだ。

 

(中は一体どんな風になってるんだろ………)

 

 アスモゼウスは仮面の中でわくわくした表情をしながら、

遂にヴァルハラ・ガーデンへと足を踏み入れた。

 

(思ったよりも普通?)

 

 一階から建物のある二階に上がるまでは、

自分達の拠点とさほど変わらないと思っていたアスモゼウスであったが、

その建物の中に入った瞬間に、その荘厳さに圧倒される事となった。

 

(何これ………ヨーロッパの宮殿みたい)

 

 その中の巨大なリビングに、一人の女性が腰掛けているのが見えた。

その女性はスッと立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。

 

(エルフ!って事はヴァルハラのハウスメイドNPC?

って事はまさか、これが噂の黒アゲハ様?)

 

 興奮しているアスモゼウスの前で、

その女性、キズメルはハチマンに向かって親しげに声をかけてきた。

 

「おかえりハチマン、お茶でも入れるか?」

「そうだな、頼めるか?キズメル」

「お安い御用だ」

 

 キズメルはそう言って、ちらりとアスモゼウスの方を見た。

否、アスモゼウスだけではなく、ベルディアとプリンの方にも視線を走らせている。

 

「後でまとめて紹介してくれ」

「おう」

 

(何ですと!?今のがNPCの反応ですと!?)

 

 七つの大罪の拠点にいるハウスメイドNPCも同じエルフタイプではあるが、

こんなに自然な表情を見せる事はない。

それに今のように、プレイヤーに自分から頼み事をしてくる事もない。

 

(やっぱりヴァルハラって特別なんだ………)

 

 アスモゼウスはここで見る物全てに圧倒されていた。

隣にいるベルディアやプリンも同じような態度をとっており、

ある程度こういったファンタジー風の建物に見慣れているアスモゼウスよりも、

その驚きは大きいのだろうと思われた。

 

「凄っげぇ!ハチマン兄ちゃん、凄いよここ!」

「そうだろうそうだろう、ここが俺達の拠点だ、どうだベル、恐れ入ったか?」

「恐れ入ったもなにも、俺はハチマン兄ちゃんが絡む事は何でも恐れ入ってるよ?」

「そうか、まあ人が揃うまでのんびりしててくれ」

 

 そしてキズメルからお茶をもらい、三人を紹介した後、

まだ時間に余裕があるという事で、ハチマンはベルディアとプリンにログアウトを勧めた。

 

「プリンさん、今のうちに二人で一旦ログアウトして、

トイレに行ったり水分補給をした方がいいかもしれませんね」

「あ、そうだね、それじゃあお言葉に甘えてちょっと行ってこようかしら」

「ちょっと休憩だね、兄ちゃん、行ってくる!」

「おう、行ってこい行ってこい」

 

 こうしてこの場にはアスモゼウスだけが残された。

 

「さてと」

 

 そう言ってハチマンは何故かアスモゼウスの隣に座り、アスモゼウスはドキリとした。

 

(な、何ですと!?)

 

「まあお茶でも飲んでゆっくりしてくれ、お茶菓子がいるなら何か出してやろう。

他に困ってる事は無いか?俺に出来る事なら相談に乗るぞ」

「え?あ、うん、今は特に何も………」

 

 それを見ていたアスナ達は、少し離れた場所でひそひそと囁き合っていた。

 

「あの態度はいくら何でもおかしくない?」

「違和感ありまくりだね」

「絶対裏があるよねあれ………」

「見ろよ、あの無駄にいい笑顔、あれは絶対何かたくらんでるぞ」

 

 その答えはすぐに判明した。

 

「うん、まあこんなもんか」

「えっ?えっ?」

「お?」

「これでハチマン君の意図が分かるかな?」

 

 ハチマンが何か操作をするような手振りをすると、

一同の目の前に、可視化されたモニターが姿を現した。

そこに先ほどから繰り広げられていた、

ハチマンがアスモゼウスを接待する様子が映し出される。

 

「こ、これは………」

「うん、いい出来だ。俺達が仲良しだって事が一目で分かるな」

「な、仲良し?」

「おう、仲が良さそうだろ?」

「あっ!」

 

 それでアスモゼウスは、先ほどからのハチマンの行動の意味に気が付いた。

 

「ま、まさか………」

「いやぁ、でもお前、七つの大罪のサークルの姫みたいな感じなんだろ?

さすがにこんな映像をあいつらに見られちゃったらまずいよなぁ、

俺達の関係は絶対に秘密にしておかないとだな、お前もそう思うだろ?」

 

 ハチマンはわざとらしくそう言い、アスモゼウスは呆然とした。

 

(嫌ああああああ!もしかして私ってば、朝田さんをいじめてた遠藤って子のポジション?

これっていいの悪いの?何がどうなってるのかさっぱり分からないよ!)

 

 アスナ達は、そんなハチマンの姿を見て若干引いた。

 

「うわ、あそこに悪魔がいるよ」

「完全に弱味を握ったわね」

「悪い顔をしてるわね」

「さすがというか………」

 

 その間ハチマンは、アスモゼウスに対して笑顔を崩す事は無かったが、

自分からは特に何も言おうとはしない。

 

(わ、私が何か言うのを待ってるのかしら………)

 

 アスモゼウスはそう考え、ストレートにこう言った。

 

「あ、あの、私は何をすれば………」

「お、自分からそう言ってくれるならこちらとしても助かるな、

アスモゼウスに頼みたいのはただ一つ、

もしまた今日みたいな事があった時、ベルディアとプリンさんをお前が保護してやってくれ」

 

 アスモゼウスはその言葉にきょとんとしながらも、咄嗟に承諾の言葉が口をついて出た。

 

「あっ、はい」

 

(そういう事か、王子ってば、朝田さんの時と同じで優しい………)

 

 アスモゼウスはそう思いつつ、

同時にここで自分に対しての利益を何か確保出来ないか必死に考えた。

 

(悪く言えば、今のこの状態は、私が王子に道具として利用されてるみたいな感じだよね、

要するに私について、個人的に興味があるとか全くそういうのが無いって事。

せめて人間扱いしてもらえる条件って何か無いかな)

 

「ん?どうした?」

「あ、ううん、えっとね………」

 

(私の役目は保護、う~ん、あっ、保護した後はどうすればいいんだろ?

王子に連絡してもらって二人を迎えに来てもらわないといけない、そう、連絡、連絡手段!)

 

「その為にどうしても必要な物があるんだけど、提供してもらってもいいかしら」

「ん、そうか、分かった、何でも言ってくれ」

 

(よっしゃぁ!言質、とりました!)

 

「ええと、あんたのその、リアルの連絡先を教えて」

 

 そう言われたハチマンは驚いたような顔をし、アスナ達女性陣は盛大に頬をひくつかせた。

 

「それはどうしてだ?」

「だってベル君とプリンさんを私が保護したとして、

すぐに私が街に送っていける状態ならいいけど、

そうじゃない時はあなたに迎えに来てもらわないといけないでしょう?

まあヴァルハラの誰かに連絡してもいいんだけど、

そうなると緊急連絡先が複数ある事になって、

あなたが状況を把握するまでにタイムラグが発生してしまう事になるわ。

もしそれで何か問題が発生したら目も当てられないし、

いくらヴァルハラとはいえ、ギルメンが数人迎えに来たとして、

そこでまたうちの馬鹿どもと揉め事が起こってしまったら、

さすがの私もあなたの仲間をかばいきれないわ。

でもあなたなら、例え一人でうちの馬鹿どもを相手にしても、どうとでも出来るでしょう?

なので私があなたの連絡先を知っておく事は、あなたにとって有益だと思うの、違う?」

「ふむ」

 

 そう言って少し考え込んだ後、ハチマンはアスモゼウスに頷いた。

 

「いや、違わない、分かった、俺の連絡先を教える」

 

(よっしゃあああああああああ!)

 

 アスモゼウスの必死の説得は、こうして報われた。

 

「うわ、なんかあの子凄くない?」

「確かに説得力のある言葉ではあるけれど」

「これはハチマンがしてやられた格好ね」

「正妻としてはどうするの?」

「う~ん、まあ二人の安全が優先だし、黙認かなぁ。

さすがのあの子も本名を晒したりはしないだろうし、

リアルで深い関係になる事も無いだろうからまあいいんじゃないかな」

 

 そう囁き合う一同の目の前で、ハチマンはウィンドウを可視化し、

アスモゼウスにも操作出来るようにした後、それを差し出してきた。

 

「こ、これは?」

「連絡先を自分で入力してくれ、さすがに口頭でって訳にはいかないだろ」

「私が入れるんだ!?」

 

 そのアスモゼウスの言葉にハチマンはクスッと笑った。

どうやら高校時代に結衣と交わした会話を思い出したらしい。

そしてアスモゼウスは自分の電話番号とメールアドレスをそこに入力し、

IDの入力欄が無い事に気が付き、首を傾げた。

 

「えっと、IDとかは入れなくていい?」

「ああ、うちじゃそういうのは使ってないんだ、

今世の中にはびこってるSNSじゃ、情報がだだ漏れになって安全性が確保出来ないからな。

代わりに後でACSを提供するからまあ好きに使ってくれ」

「ACS?」

「AI・コミュニケーション・システムだ、使い方も聞けば教えてくれる。

ちなみに俺のACSのアドレスはH0808Hだ」

「なるほど、了解よ」

 

 アスモゼウスは意味が分からなかったが、とりあえずそう答えておく事にした。

そして入力欄に向き直ったアスモゼウスは、

名前の入力欄を前に、どうすればいいか悩んでいた。

 

(むむむ、さすがに本名はまずいよね、いや、逆にそれもありかな?

王子ならきっと、名前だけで私の身元を割り出しちゃうと思うし、

知り合うチャンスではあるよね。

でもセキュリティの意識が低いのは、王子的にマイナスかもしれないしなぁ、う~ん)

 

 アスモゼウスの悩みは実はまったく意味がない。

何故なら番号だけで、ハチマンはアスモゼウスの身元を割り出せてしまうからだ。

メアドまであればもう鉄板である。

 

(まあニックネームにしとけばいいか、学校じゃ『でっちゃん』だけど、ここは一つ………)

 

 そしてアスモゼウスは、名前の欄に『IS』と入力した。

これならイニシャルだと誤認してくれるだろうと思ったからだが、

前述した理由でまったく無意味な行いである。

 

「これでよしっと」

「それじゃあお前のメアド相手にACSの案内を送っておくから、使ってみるといい」

「ええ」

 

 そしてハチマンは、アスモゼウスの目の前でどこかに連絡を入れた。

 

「お、アルゴか?ACSの使用許可を頼む。名前は『IS』電話番号とメアドは………」

 

 アスモゼウスは知らなかったが、ACSの使用許可を頼むというのは、

ハチマンがアルゴに該当人物の身元を洗わせる為の隠語である。

元々ACSには使用許可など必要なく、ただ指定の場所にアプリが置いてあるだけなのだ。

ちなみに周りの者達もその事を知っているが、当然その事を指摘するような馬鹿はいない。

 

「それじゃあそういう事で、これから宜しくな」

「分かったわ、宜しくね」

 

 こうしてハチマンとアスモゼウスとの間に契約が成立した。

その直後にハチマンにどこかからメッセージが入り、

ハチマンはそれを見てアスモゼウスに言った。

 

「使用準備が整ったらしい、一旦落ちて確認してくれてもいいぞ」

「そうね、お花摘みにも行きたいし、そうさせてもらおうかしら」

「三十分くらいゆっくりしてきてくれてもいいぞ、

その頃には他の参加者も揃うだろうから、狩りに行く準備も出来てるだろう」

「分かった、それじゃあ行ってくるわね」

 

 そしてアスモゼウスがログアウトした後、アスナ達はハチマンを囲んだ。

 

「ハチマン君、さっきのメッセージってあれだよね、あの子の素性に関する連絡だよね?」

「さすがだなアスナ、よく分かったな」

「ACSを使うのに審査なんか無いはずだもん、まあそれくらいはね」

「まあそういう事だ、そんな訳で、おい詩乃」

「何?」

「お前の同級生に、山花出海ってのがいるから、一応マークしとけ」

「えっ、あの子、うちの学校の生徒なの?」

「そんな訳であいつの担当はお前だ。とはいえまあ別に何もする必要は無いからな」

「わ、分かったわ、夜にでも調べてみる」

 

 こうしてアスモゼウスの身元は丸裸にされた。知らぬは本人ばかりなり、である。


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