ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第912話 常識外れな狩り

「ハチマン兄ちゃん、ただいま!」

「おう、お帰りベル」

「うわ、人がかなり増えてるんだね」

「だな、みんな俺の仲間達だ」

 

 そんな会話を交わしている間にも、人はどんどん増えていく。

サトライザー、リズベット、シリカ、フカ次郎、レヴィ、クライン、エギル、

ユイユイ、ユミー、イロハ、コマチ、リーファ、レコン、クリシュナ、フェイリスの他、

珍しい事にアサギとナタク、スクナもいた。ほぼ全員集合である。

今回はそれほど大規模な狩りになるという事なのだろう。

そしてその場にアスモゼウスも戻ってきた。アスモゼウスは戻ってすぐに、

ACSの便利さを体感した興奮をハチマンにぶつけようとしたのだが、

場の雰囲気が一変していた為に、部屋の隅で縮こまる事となった。

そんなアスモゼウスに話しかける者がいた、シノンである。

 

「ハイ、こんな敵地の真っ只中に放り込まれて、あなたも大変ね」

「ま、まあ確かにそうだけど、私の魅力で何とかしてみせるわ」

「あら、色欲が遂に本領を発揮するの?

ここまでのあなたって、全然色欲っぽくなかったから楽しみだわ」

「あ、あれは敵地だったから遠慮してただけよ」

「そう、もしかしたらさっきまでのあなたが素なんじゃないかと思ってたんだけど、

違ったみたいね」

「も、もちろんよ」

 

 そんな二人の会話を邪魔する者はいない。

というか、今のアスモゼウスはグロス・フェイス・マスクを装着し、

ヴァルハラ・アクトンを着ている為に、誰も部外者だとは思っていないのだ。

他人の出欠を気にしていた者もいない為、

全員が、仲間のうちの誰かだと漠然と思っていただけなのである。

 

「人数も揃ったし、そろそろ出発よ」

「これからどこに行くの?」

「それが笑っちゃうのよ、『瀕死の森』って言うらしいわ、

どうせなら死の森でいいじゃないって思っちゃうわよね」

「あは、本当にね」

 

 ここまでの会話で、アスモゼウスはシノンがいい人だと再認識する事になった。

あくまでもアスモゼウスの主観として、である。

そしてハチマンがベルディアとプリンを伴って前に出た。

ハチマンはアスモゼウスにも手招きしてきた為、

アスモゼウスはおずおずとハチマンの隣に並んだ。

 

「さて、それじゃあ今日のゲストを紹介する。さあ、お前の真の姿を見せてくれ」

 

 ハチマンは茶化すようにそう言い、

それを普段の格好になれと言っているのだと理解したアスモゼウスは、

メニューからワンタッチで装備を戻した。

 

「あら?」

「うちのメンバーじゃなかったんだ」

「っていうかそのマーク………」

「って、敵じゃないですか!先輩、どういう事ですか?」

 

 アスモゼウスの胸には、二次元形状の七芒星のマークが大きく描かれていた。

これは七つの大罪のマークであり、中心には『666』の数字が書かれている。

 

「みんな、驚いたと思うが、こいつは七つの大罪の幹部、

色欲のアスモゼウス、通称エロ姉ちゃんだ」

「ちょ、ちょっと、公の場でそんな呼び方しないでよ!」

「ああん?お前は色欲だろ?むしろそう呼ばれる事を誇るべきなんじゃないのか?」

「う………そ、それはそうなのかもだけど………」

 

 ハチマンはそう言って、アスモゼウスを力技で黙らせた。

突っ込みどころ満載ではあるが、本人が黙ってしまったのだからどうしようもない。

 

「今回参加してもらう事にしたのは、戦いが嫌で仕方がないこいつを多少は鍛えてやる為だ。

今のままじゃ、他の幹部共の抑え役としても弱すぎるからな。

ちなみにこいつにある程度の情報が流れてしまうかもしれないが、

何も心配する事は無いという事を最後に言っておく」

 

 アスモゼウスはその言葉を、自分が弱味を握られているせいだと理解したが、

まさかもうリアル割れしているとまでは想像出来なかった。

先ほどシノンが話しかけてきたのもそれ絡みの情報収集の一環であったが、

さすがにその事から何かを類推するのは不可能だ。

 

「なんたって俺達は、連絡先を交換するくらいの仲のいい友達だからな、ははははは」

 

 その言葉をそのまま受け取る者は誰一人として存在しなかった。

何故なら上機嫌のハチマンの横で、

アスモゼウスが何ともいえない微妙な表情をしていたからである。

 

「ハニートラップに引っかかった………という訳でもなさそうだね」

「というかハチマンの奴、絶対にあの子の弱味を握ってんだろ」

「あの子がちょっとかわいそうになってきたわね」

「まあどんな手段だろうと、ハチマンがあいつを抑えてくれるってなら別にいいさ」

「ちょっと、いじめはそのくらいにしてさっさと出発しましょうよ」

「お、そうだな、それじゃあ行くか」

 

 ハチマンがいじめという言葉をまったく否定しなかった為、

アスモゼウスは落ち込んだような表情をし、

ベルディアとプリンに慰められながら出発する事になったのだった。

今日の目的地は、ヴァルハラが速攻でボスを倒してしまった事で、

ほとんどのプレイヤーが駆け足で通り過ぎる事になってしまった三十二層の奥、

迷宮区とはまったく関係ない方向にある、『瀕死の森』の中央に存在する広場であった。

 

「レコン、コマチ、釣りを頼む」

「ほいほ~い、久々だから張り切っちゃうよ~!」

「ハチマンさん、どのくらい釣ってくればいいですか?」

「その辺りは任せる、まあ好きなだけ釣ってきてくれ」

「分かりました!」

 

 その狩りの様子をベルディアとプリン、そしてアスモゼウスは後方で見ていた。

三人はタンクに効果は薄いが持続時間の長い支援魔法を適当にかけるように言われていた。

初心者の二人は簡単な呪文を教えてもらい、多少はステータスが上がった事で、

それを実践出来るようになったからである。

そしてやや緊張しているように見えるベルディアに、横からハチマンが声をかけてきた。

 

「ベル、びびるなよ、落ち着いてな」

「う、うん」

 

 それからしばらくしてレコンが戻ってきた。

その背後には大量の敵の姿が見える、多分三十体くらいだろうか。

 

「エロ姉ちゃん、兄ちゃんがああ言うくらいだから、

どんなにやばいのかと思ったけど、大した事ないね」

「そうね、あれくらいならうちでも余裕だわ」

 

 どうやらアスモゼウスはエロ姉ちゃんと呼ばれる事に抗議するのは諦めたらしい。

そんな呼び方をするのはベルディアとハチマンだけなので、

実害はほぼ無いに等しいと判断したのだろう。

 

「あ、見て、もう次の集団が来たわ」

「え、もう?まだ最初の敵も到着してないのに?」

 

 その瞬間に戦場に轟音が響き渡った、どうやら味方からの遠隔攻撃が始まったようだ。

 

「フレイムランス!」

「気円ニャン!」

「ユキノジャベリン!」

 

 魔法使い三人が選択したのは、

味方を巻き込まないように配慮した直線攻撃が可能な魔法であった。

その魔法は敵集団を真っ直ぐに貫いていく。

 

「イロハさん、あなたまたその名前を………」

「やだなぁ先輩、これは敬意の表れですってば」

「そんな敬意はいらないのだけれど………まあ後でちょっとお話ししましょうか」

「ひっ………ア、アイスジャベリンの間違いでした、ごめんなさい!」

 

 そんな一幕もあったが、敵の数体がその魔法で消滅し、

遠隔攻撃組のシノン、リオン、レヴィが更に数体を倒した。

残る敵をタンク部隊がしっかりと抑え込み、

そこに近接部隊が突撃して第一陣はあっさりと壊滅した。それが延々と繰り返されていく。

レコンとコマチは敵が残っていても、そのターゲットから外れた瞬間に次の釣りに向かう為、

敵が途切れる時間はほぼ無かった。

ちなみにナタクとスクナも三人同様に、近接アタッカーに支援魔法をかけているようだ。

基本暇な為、二人は経験値でどのスキルをとるか、合成談義などを交わしていた。

 

「エロ姉ちゃん、経験値が凄い事になってない?」

「え、ええ」

 

(何よこれ、この人達頭おかしい!それよりも気になるのは………)

 

 そう考えながら、アスモゼウスは自分達の横の高台にいるハチマンとキリトに目を向けた。

何故か二人も適当に支援魔法を使うだけで、まともに戦闘をする気はないように見える。

 

(序列二位と三位を遊ばせておくなんて………)

 

 丁度その時次の釣りが来なくなった。順番で言えばコマチの番である。

 

「むっ、おいキリト、どうする?」

「まだ一回目だし、俺が先だな」

「分かった、任せる」

 

 その会話はアスモゼウスにも聞こえていたが、意味はまったく分からない。

 

(一体何なのかしら)

 

 そしてハチマンが立ち上がり、仲間達にこう叫んだ。

 

「キリトが出る、少し下がってくれ!」

 

(え、ええ~?まさかの単騎突入!?)

 

 まさかとは思ったが、キリトは本当に一人で前に出た。

そして前方から、焦ったようにコマチが全力で走ってきた。

 

「ごめん、ちょっと多くなった!」

「分かってる、キリトがやる」

「お願い!」

 

 そんなコマチの後方には、どう見ても百体くらいの敵が見える。

どうやら敵の数の調整をミスったらしい。

まあいきなり敵が大量に沸く事もあるので、これはよくある事である。

 

「キリト、頼む」

「おう!」

 

 そしてキリトは何かの呪文を唱え始め、直後にその姿がいきなり膨らんだ。

 

「えっ?えっ?」

「うわ、兄貴が巨大化した!」

 

 そこに立っていたのは、懐かしのグリームアイズさんの姿であった。

 

「GWWWWWWAAAAAAAAAA!」

 

 グリームアイズは二つに分けた彗王丸を両手に持ち、そのまま敵へと振り下ろす。

百体はいた敵が、その攻撃によってどんどん塵に変えられていく。

 

「うわ、うわ、兄貴凄えええええええ!」

「これは驚いたわね、アスモちゃん、これはどんな魔法?」

「………え、ええと、確かに闇魔法で姿を変えられるものはあるわ、

あの大きさだと確かにリーチとかは伸びるけど、でも実力は変わらない、みたいな?」

「そう、それじゃあキリト君が本当に強いって事なのね」

 

(確かにそうだけど、これは強いってレベルじゃないでしょう!)

 

 心の中でアスモゼウスがそう突っ込む中、敵はあっさりと殲滅され、

元の姿に戻ったキリトはハチマンの隣に戻り、その場に座り込んだ。

 

「ほれキリト、MP回復薬な」

「おう、サンキュー!」

 

 そして何事も無かったかのように狩りは再開され、アスモゼウスは思わず絶叫した。

 

「あ、あんた達はどうして平然としてるのよ!」

「そう言われても、いつもの事だしなぁ」

「まあ落ち着け、カルシウムが足りてないんじゃないか?小魚食え小魚」

「まあまあエロ姉ちゃん、俺達は言われた通りに支援魔法を頑張ろうぜ」

「も~、本当に意味が分からない!」

 

 そんなアスモゼウスを放置し、尚もヴァルハラの狩りは続く。


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