ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第913話 今後の方針は

(王子の役目って一体何なんだろ………)

 

 キリトが大暴れした後、しばらくは平穏な時間が続き、

完全に落ち着きを取り戻したアスモゼウスは、そんな疑問を抱いていた。

あれから何回か多数の敵が来た事があったのだが、その時もキリトが出撃していたからだ。

 

「よし、この辺りで一旦休憩だ、トイレに行くなら今のうちにな」

 

 ここでハチマンから休憩の指示が出た。

この場所に敵が向こうからやってくる事はないので、

一応他のプレイヤーを警戒して結界コテージが展開されていく。

 

「おいベル、お前もこっちに来いよ、分からない事があったら教えてやるから」

「うん、今行くよ、兄ちゃん!」

 

 こうなるとセット扱いされているアスモゼウスも、当然そちらに足を運ばざるを得ない。

プリンと共にハチマンの結界コテージに入ると、

そこにはハチマンの他に、アスナとシノンがいた。

 

(わっ、朝田さんだ、まあ朝田さんは私とはほぼ面識が無いから大丈夫だと思うけど、

一応バレないように気を付けないと)

 

 当然それは手遅れである。シノンは記憶力は悪くない為、

アスモゼウスのリアルが割れ、その写真を見せられた時、

即座に現代遊戯研究部の受付にいた人物だとハチマンに報告しており、

二人はそれで、あの時の会話が聞かれていた可能性に思い当たっていたのである。

 

 だがシノンの学校でハチマンに対して敵対的な行動をとると、

いじめられはしないものの、学校では非常に生きにくくなるだろうとのシノンの指摘を受け、

文化祭が行われたのが、七つの大罪が反ヴァルハラ色を強める前だった事もあり、

おそらくアスモゼウスには明確な目的がある訳ではなく、

出来るだけハチマンやシノンとは敵対したくないな、

くらいのつもりで動いているのだろうと推測されていた。

 

 こちらについてはもちろん間違いである。

間違えた理由は、これがハチマンの自己評価の低さからくる推測だったからだ。

学校であれだけ持て囃されているにも関わらず、

シノンの学校の女子生徒のほとんどがハチマンとお近づきになりたいと思っており、

アスモゼウスも当然その一人だという事など、ハチマンは思いつきもしなかったのである。

 

 その為正しい推測を出来る可能性があるのはシノンだけであったが、

学校でのシノンの立場は強く、ABCにハチマンを紹介してくれと頼んでくる者はいるが、

直接シノンにそんな事を言ってくる者などは存在せず、

ABCもその事をシノンに報告したりはしない為、

シノンも同様に、そんな事はまったく思いつきもしなかったのである。

この場にABCの誰かがいたら、その事を指摘してくれただろうが、この場に三人はいない。

なのでこの時この場にハチマンとアスナとシノンがいたのは、

単にアスモゼウスがどういう人物か、ちょっと観察してみようと、

ただそれだけの理由なのであった。

 

(さて、さすがにここは色欲っぽい態度をとらないといけない場面よね)

 

 アスモゼウスはそう思い、ことさらに()()を作りながら、ハチマンに向けてお礼を言った。

 

「今日はこんな素敵な集まりにお招き頂き、本当に感謝しておりますわ」

「その割にはお前、さっきは随分と取り乱してたよな」

「あらあらうふふ、言わぬが花という事もありましてよ」

 

 その時ハチマンの顔が少し赤くなり、

アスモゼウスは自分の色気がハチマンにも通用するのだと、内心でガッツポーズをした。

だがハチマンが顔を赤くしていたのは、高校生が頑張って背伸びしてやがると、

必死に笑いを堪えていた為であり、決して色気に惑わされたとかそういう事ではない。

何も知らなければあるいは多少は通用したかもしれないが、

事実を知られてしまった今となってはもう手遅れなのである。

 

「エロ姉ちゃんはやっぱりエロいね!」

 

 その時ベルディアがいきなりそう言った。

プリンの教育の成果なのだろうが、素直すぎるのも困り物である。

だがそんなベルディアに対し、アスモゼウスは余裕な態度を見せた。

 

「ふふっ、これが本当の私の姿なのよ、ベル君」

 

 それを見たアスナが、ひそひそとシノンに囁いた。

 

「シノノン、同級生なんでしょ?完全に色気で負けてない?」

「し、失礼ね、私だって本気を出せばあれくらいの事は出来るわよ、

私はハチマンと二人きりの時以外はあんな姿を見せないだけよ」

「そうなんだ、ふふっ」

 

 このシノンの返しは、アスナ的には多少の不愉快さを感じてもいい場面である。

だがここでアスナは一切そんなそぶりを見せなかった、

シノンもアスモゼウス同様に背伸びをしていると分かっているからである。

むしろそんなシノンを、アスナは微笑ましく思っていた。

 

「もう、シノノンはかわいいなぁ」

「ぐっ、い、今に見てなさいよ」

 

 シノンは悔しそうにそう言ったが、それは敗北宣言をしたようなものである。

そしてその事に本人は全く気付いていない。

シノンはもう少し恋愛経験を積む必要があるようだ。

 

「さて、ここまで得た経験値をステータスなりスキルなりに振るといい、

基本好きにしてもらえばいいと思うが、分からない事があったら何でも質問してくれ」

「うん、分かった、やってみるよ兄ちゃん!」

「たまには二人で冒険する事もあるだろうし、私はベルにあわせた方がいいわよねぇ」

「いや、まあどっちかが回復魔法さえ使えれば何とでもなりますし、

好きなようにすればいいと思いますよ、プリンさん」

「そう?ちなみにラキアの戦闘スタイルはどんな感じなの?」

「詳しくは知りませんが、あの体でごつい武器を振り回すらしいですよ」

「そうなんだ、それはあの子らしいわね」

 

 そう言いながら、プリンはどうしようかと、

自分がかつてやっていたゲームを参考にしようと考察を始めた。

 

(私、女性キャラってそこまで使ってないからなぁ………

武器で戦うならソウルエッチ………じゃない、ソウルエッジだけど、

相手がごつい武器を使うってなら、私もそれなりの武器を使わないとだし、

そうすると成美那辺りになるのかなぁ………うん、それでいいや、問題は斬馬刀かぁ)

 

「ねぇハチマン君、斬馬刀って作ってもらえたりしないかな?」

「斬馬刀ですか!?え、ええ、まあ大丈夫だと思います、後でナタクに相談してみて下さい」

「うん、そうしてみるね!」

 

 ハチマンは、ラキアとプリンがお互いにごつい武器で殴りあう光景を想像し、

少し呆気にとられていたが、二人は多分昔からそんな感じなんだろうと思い直し、

ナタクにメッセージを送り、プリンの話を聞いてやってくれと頼んでおいた。

 

「で、ベルはどうするんだ?」

「回復魔法も使えるタンク!セラフィム姉ちゃんみたいになりたいから!」

「そうか、あいつに色々教えてもらうといい」

「うん!」

 

 二人の育成方針が決まったところで、ハチマンはアスモゼウスに目を向けた。

 

「ちなみにお前、戦いは苦手だって言ってたけど、どんなスタイルなのか聞いてもいいか?」

「あ、うん、上から八十………」

 

 そう言いかけたアスモゼウスをハチマンは慌てて遮った。

 

「そんな事は聞いてねえよ、っていうか答えるなよ!?

しかもその数値、リアルのだろ?どう見てもお前のその胸、九十以上ありそうだし」

「ハチマン君、よく止めたと褒めたいところだけど、

あの一瞬でよくそこまで気が回ったよね、

もしかしてこっちでのアスモちゃんの胸のサイズがどのくらいか、

ずっと観察してたのかな?かな?」

 

 そう言いながらアスナがハチマンの肩を掴んだ。その肩がギリリと締め付けられる。

 

「ち、違う、これはあくまでこいつの戦闘力を分析する過程でだな………」

「へぇ、戦闘力って何の戦闘力かなぁ?

これは今夜、ベッドの中できちんと説明してもらわないとだね」

「ア、アスナ!?」

 

 どうやらアスナは最初が肝心とばかりにアスモゼウス相手にマウントをとりにきたようだ。

その直接的な言葉にシノンも赤面し、当のアスモゼウスも赤面した為、

アスナは満足そうにハチマンの肩から手を離した。

 

「それじゃあハチマン君、話の続きをどうぞ」

「お、おう………で、お前の戦闘スタイルってどんな感じなんだ?」

「え、ええ、私は基本ヒーラーよ、この胸で殿方の傷を癒す感じかしら。

ご希望とあらば、あなた相手に試してみてもいいのだけれど?」

 

 その言葉にアスナは一瞬ピクリとした。

内心ではやり返してきたアスモゼウスの根性を賞賛していたのだが、

その事を口に出す事はない。

 

「そんなのはいらん、それじゃあ攻撃は出来ないのか?」

「いいえ、一応弓を使っているわ、ヒーラーとしては珍しいのかもしれないけど」

「いや、まあ無くはないだろ、

うちにはヒーラーなのに、前線に突っ込んでく奴がここにいるしな」

 

 そう言いながらハチマンは、アスナの頭を抱き寄せた。

それはアスナの機嫌をとる為であったが、

その行動に、アスモゼウスだけじゃなくシノンも顔色を変えた。

ハチマンは気付いていなかったが、完全に修羅場である。

 

「へぇ、そうなんだ、弓を使うんだ、それなら私と一緒ね」

 

 シノンはそう言いながら、さりげなくハチマンに体をもたれかけさせた。

アスナは怒るでもなく、ここからどうなるのか興味津々で二人を見守っている。

ハチマンに抱き寄せられた事で余裕が出たというのもその理由の一つであろう。

 

「そ、そうね」

「そうだ、私今度、ハチマンに新しい弓をねだるつもりなんだけど、

そうなったら今の無矢の弓は必要なくなるから、あなたにあげましょうか?」

「えっ?あ、あれを?」

 

 さすがのアスモゼウスも、その申し出を感情に任せて断る事は出来なかった。

今自分が使っている量産品の弓と比べると、性能が桁違いだからである。

そしてすぐに断らなかった事で、シノンとアスモゼウスの上下関係もまた確定した。

シノンは上機嫌になり、アスナはやるなぁと、内心でシノンに賞賛を送った。

ハチマンは弓の材料を集めないといけないのかと肩を落とし、

アスモゼウスは悔しさを感じながらも、

そもそもシノンの方が学内ヒエラルキーは上なのだから、

今までと比べて何かが変わる訳ではないと即座に割り切り、

素直にその申し出を受ける事にした。

 

「それは非常に助かりますわ、宜しくお願いします。

製作過程で私に手伝える事があったら何でも手伝いますわ」

 

 アスモゼウスはそう言ってシノンに頭を下げた。

とはいえ七つの大罪の仲間達の前で無矢の弓を使ったら、

下手をすれば裏切り者扱いをされる事になるかもしれないのだが、

アスモゼウスはそこまで思い至ってはいない。

 

「それじゃあ何かあったら誘うわ、リアルの連絡先を、私にも教えてもらっていい?」

「え………………ええ」

 

 アスモゼウスはかなり迷ったが、その申し出を承諾した。

ともあれそれで話は纏まり、今後の活動方針は定まった。

 

「さて、それじゃあそろそろ狩りを再開するか」

「そうだね、みんなももう戻ってきてるみたいだしね」

 

 こうして狩りが再開される事になったが、

その最後があんな事になるとは、アスモゼウスは想像もしていなかった。


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