ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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昨日の展開から何故こんなタイトルに………


第914話 神崎エルザの歌声

 再開された後も、ヴァルハラの狩りは先ほどまでとそう変わらずに進んでいった。

だがアスモゼウスにとっては大きな変化があった。

アスモゼウスがシノンとリオンの近くに呼ばれ、一緒に攻撃する事になったのである。

当初は一緒に遠隔攻撃を行っていたレヴィは飽きたのか、今は近接攻撃陣に混じっている。

 

「ハイ、宜しくね」

「よ、宜しく」

 

 シノンとリオンはアスモゼウスに手を差し出し、

アスモゼウスもその手を柔らかく握り返した。

 

「不慣れなのだけれど、こちらこそ宜しくね」

 

 実に友好的に話は進み、アスモゼウスは二人の横で久しぶりに弓を使い、

敵に向かって攻撃を加え続けた。

 

(はぁ、久々だったけど、結構当たるものよね)

 

 アスモゼウスはそう思いながら、ストレス解消とばかりに矢を放ちまくっていた。

 

「あなた、中々やるわね、弓道でもやってたの?」

「ううん、今まで色々なゲームをやってきたけど、ずっと遠隔武器を使ってたってだけよ」

「へぇ、ゲーム歴、長いんだ」

「え、ええ、まあそれなりにね」

「いいなぁ、私ももっと色々なゲームをやってみたいのよね、

でもバイトとかもあるし、中々その機会がないのよ。

そうだ、この前うちの学校の文化祭で見たんだけど、

学校に現代遊戯研究部ってのがあったのよね、

あそこって学校でゲームとか出来ないのかしら、今度調べてみよっと」

 

 シノンがそう言った瞬間に、アスモゼウスは息を飲んだ。

 

(そ、それは勘弁して欲しいけど、迂闊な事は言えないし、どうしよう………)

 

 アスモゼウスは困り果て、咄嗟に先ほどシノンが口にしていた事を活用する事にした。

 

「でもバイトをしているのなら、そんな余裕は無いのではなくて?

だってそういう部活の活動時間って大体放課後でしょう?」

「う~ん、確かにそうなんだよね、とりあえず話を聞くだけ聞いてみて判断しよっと」

「そ、そうね、話くらいはいいんじゃないかしら」

 

 アスモゼウスはそう言う他はなく、密かに胃を痛める事となった。

そんな中、特に会話に参加してこなかった理央が、素っ頓狂な声を上げた。

 

「あれ、ねぇ、釣りが止まったみたい」

「ああ、まあ確かにそろそろ予定してた終了時間だし、

今日はここまでって感じなんじゃない?」

「でも釣りの二人とも、まだ戻ってないんだよね」

「あれ、そういえばそうね」

 

 三人は示し合わせるでもなく、チラリとハチマンの方を見た。

丁度ハチマンは立ち上がるところであり、そのまま仲間達に大声で呼びかけた。

 

「よし、それじゃあ戦闘はここまで、多分次が最後の釣りになるだろうが、

それは俺がやるからみんなは俺に適当な強化魔法でもかけておいてくれ、

実戦レベルに達していなくても、

まあ短い音節の簡単な魔法をかけてくれれば経験値は入るから、

分からない奴はクリシュナにでも聞いて唱えてくれればいい」

 

 三人もその言葉を受けて言われた通りにしようと動き出したが、

それは何故かハチマンに止められた。

 

「シノン、リオン、それにアスモゼウスはそこで待機して、俺を手伝ってくれ」

「て、手伝い?」

 

 アスモゼウスは自分に何か出来る事はあったかと首を傾げた。

その横でシノンとリオンはやや顔を青くしている。

 

「凄く嫌な予感がするんだけど」

「わ、私も………」

「えっ?」

 

 自分でも出来る程度のただの手伝いだと思うが、そんなに大変なんだろうか、

アスモゼウスはそう思いながら、再びハチマンの方を見た。

 

「お、来たみたいだな」

「おお、凄い大群だな!」

 

 そんなハチマンの言葉を受け、キリトが興奮したようにそう言った。

アスモゼウスが慌てて振り向くと、そこには見渡す限りの敵、敵、敵の姿があった。

 

「ちょ、ちょっと多すぎない?」

「何よ、敵が九、地面が一じゃない!」

「お、落ち着いてシノン、ハチマンがこっちに歩いてきてるよ」

 

 そのリオンの言葉通り、いつの間にかハチマンがこちらのすぐ傍まで来ていた。

 

「おいシノン、リオン、お前達は見た事があるからこれからどうなるか分かってるよな」

「や、やっぱりアレ?」

「おう、他にどうしようもないだろこんなの」

「わ、分かったわ」

 

 その言葉の意味が、アスモゼウスにはまったく分からない。

だが遠くにいるヴァルハラのメンバー達がリラックス状態になっている事からして、

この状況をひっくり返せる何かがあるのだろうと判断し、

アスモゼウスは大人しくハチマンの言葉を待った。

 

「よし、とりあえずアスモゼウスは俺の背中に触れろ、

リオンとシノンは俺の両腕に触れていればいい」

「え、ええっ!?」

「ほら早くしろ、敵が来ちまう」

「わ、分かったわ」

 

 そしてハチマンは、三人の目の前で両腕を広げ、中腰になった。

まるで『イーグルのポーズ!』と言わんばかりの格好であり、

それを見た他の者達は、遠くで腹を抱えて笑っていた。

だがハチマンはいたく真面目な表情をしており、アスモゼウスは言われた通り、

ハチマンの後ろに近付いていった。

そんなアスモゼウスの目の前で、シノンとリオンはハチマンの両腕をその腕で抱きしめた。

 

「おいお前ら、集中が削がれるだろうが、触るだけでいい」

「「い・や・よ」」

 

 シノンとリオンはそのハチマンの警告に同時にこう答えた、実に仲がいい。

 

「はぁ、まあいい、時間がないからアスモゼウスも早く」

「う、うん」

 

 そう言ってアスモゼウスは、目の前で両手を広げるハチマンの背中におぶさった。

 

「………おい、何故おぶさる、触るだけでいいって言っただろ」

「え?あ、いや、だってその格好、いかにもこうしろって感じだったから………」

「くっ、もう本当に時間がないからこのままでいい、いいか、何が起こっても冷静でいろよ」

「わ、分かった」

 

 そしてハチマンは、呪文のような物を唱え始めた。

 

(あっ、これってさっき剣王が唱えてたのと同じ呪文?)

 

 そう思う間もなく、アスモゼウスの意識は光に飲まれ、

次の瞬間にアスモゼウスは、シノンとリオンと一緒にコクピットのような部屋の中にいた。

 

「え………ここどこ?」

「メカニコラスの中だよ」

「メ、メカニコラス?」

 

 どうやらアスモゼウスはトラフィックスでメカニコラスが暴れた事を知らないらしく、

きょとんとした表情でこう言った。

 

「ハチマンが私達を巻き込んで変身したのよ、そこのモニターから外の様子が見られるわ」

「え?きゃっ、目の前に敵がこんなに………」

 

 次の瞬間に、モニターの中に銃口のような物が現れた。

よく見るとそれは、人の腕の先が銃口になったような作りに見える。

 

「あ、あれは?」

「私達を取り込んだんだから、マシンガンか何かなんでしょうね」

「まさか自分がこの立場になるなんて………」

 

 シノンとリオンはどこか楽しそうにそう言い、そして三人の目の前で、殺戮が始まった。

 

 

 

 その少し前、残りのメンバー達は、ハチマンが何をするのか察し、

その事を気楽そうに話していた。

 

「おいアスナ、やっぱりハチマンはあれをやるつもりなんだよな?」

「うん、多分そうだと思う、メカニコラス再び、みたいな?」

「で、今回選ばれたのがあの三人か」

「そうね、今回は一体どんな姿になるんだろ」

 

 クラインとエギルとそんな会話を交わしながら、

アスナはハチマンがイーグルのポーズをとるのを見た。

 

「ぷっ………」

「お、おいアスナ、笑っちゃ失礼………ぷっ、ぷぷっ………」

 

 見ると周囲では全員が笑い転げており、遂にアスナも堪えきれなくなったのか、

声を出して笑い始めた。

 

「あはははは、ハチマン君、どうしてそのポーズを選んだの?」

「何でなんだろうな、ハチマンってたまに謎だよな」

「しかも凛々しい表情をしてるのが何とも絶妙な………」

 

 その横では、サトライザーが興奮した様子でレヴィに質問をしていた。

 

「おいレヴィ、一体何が起こるんです?」

「おい兄貴、何だよその喋り方………」

「これがこういう時のヨウシキビなんだって、前にハチマンに教わったんだ」

「ハチマンの差し金か、まあいい、

これから兄貴の大好きなヒーローロボットショーが始まるからよく見てなって」

「おお、ダイマジ~ン!」

 

 微妙に間違った事を言いながら、サトライザーはわくわくとそう叫んだ。

アスモゼウスがハチマンにおぶさった時点で一瞬アスナの機嫌が急降下したが、

その直後にハチマンの姿が変化し、そこには両腕が銃となり、

更にまるでガンキャノンのように肩に大砲を背負ったメカニコラスの姿があった。

 

「おおう、これはまた派手な姿になったな」

「見て、モブがメカニコラスに殺到していくよ」

 

 そこから蹂躙戦が始まった。

メカニコラスは敵に照準を付ける事もなく、全ての砲門を開いて敵に銃撃を浴びせ続けた。

 

「あ、あれ、何か聞こえない?」

「これは、歌………?」

「神崎エルザの声に聞こえるんだけど………」

 

 そして戦場に、神崎エルザのノリノリな歌声が響き渡った。

 

 

 

 コクピットの中の三人は、メカニコラスが攻撃を始めると、

その無敵さに大盛り上がりとなっていた。

 

「うわ、何これ、無双ゲー?」

「前もきっとこんな感じだったんだろうね」

「あはははは、本当に意味が分からないわね、あはははははは!」

 

 そんな中、コクピット内にいきなりハチマンの声が響き渡った。

 

『おいシノン、そこのボタンを押せ、それで更にパワーアップする』

 

 そう言われたシノンは咄嗟にそのボタンを押し、その瞬間に戦場全体に、

凄まじい音量で戦隊ものの歌を思わせるような、ノリのいい曲が流れ始めた。

 

「こ、これは?」

「神崎エルザに作詞作曲してもらった、『戦え、メカニコラス』って歌だ」

「あ、あんた、何考えてるのよ!」

「ふふん、いいだろ?やっぱりこういうノリは必要だからな」

 

 ハチマンは得意げにそう言い、

二人は思わずクックロビンの名前を口に出しそうになったが、

その瞬間にハチマンが、続けてこう言った。

 

『いやぁ、ロビンは神崎エルザのファンだから、これを聞かせてやれなかったのは残念だ』

 

 それで二人はハッとした、部外者のアスモゼウスの前で、

神崎エルザとクックロビンが同一人物だと示唆するような事を、

うっかり言いそうになっていた事に気が付いたからだ。

そんなアスモゼウスはぽかんとした顔をしていたが、すぐに真顔になり、ハチマンに言った。

 

「えっ、嘘、あなたって神崎エルザと知り合いなの?」

『おう、まあそんな感じだ』

「サ、サイン!私、サインが欲しいんだけど!」

 

 アスモゼウスは色欲の演技をする事も忘れ、必死な顔でそう言った。

 

『そうだな、お前が俺を裏切らないと分かったら、考えてやらないでもない』

「ほ、本当ね、約束よ!」

『ああ、約束だ』

 

 その会話を横で聞いていたシノンとリオンは、

これでアスモゼウスがヴァルハラを裏切る事は無さそうだと安心した。

 

『さて、それじゃあ全開ノリノリで敵を殲滅だ!』

 

 

 

 神崎エルザの歌声をバックに、メカニコラスは敵を蜂の巣にし、

凄まじい速度で経験値が全員に加算されていく。

 

「あはははは、ハチマンの奴、ここまでするのか」

「エルザの好きそうな仕事よね」

「仕事じゃなくタダでやってそうだけどな」

「どうかな、ハチマンに飯でも奢らせて、ついでに罵って欲しいとか、

それくらいの条件は出したんじゃないか?」

 

 実はそれは事実であった。その約束は、後日履行される事になっているのだ。

 

 

『大地を震わせ立ち上が~れ、メカニコラスよ~、三人の仲間と共に、敵を倒すのだ~!

仲間によって姿を変える、我らがメカニコラ~ス、だだだだだっ、

(ニコラス・ソード!)(ニコラス・ビーム!)(ニコラス・ビッグバアアアアアン!)

向かう所敵なし~、我らがメカニコラ~ス、奴の通った所には死があるのみさ~、

正義じゃないが悪の天敵、最強ロボ、メカニコラ~ス、メカニコラ~ス、メカニコラ~ス!』

 

 

 そしてノリノリなメカニコラスによって全ての敵が殲滅され、辺りに静寂が訪れた。

ハチマンはそれで変身を解き、三人と共に空中に姿を現したが、

アスモゼウスが背中に張り付いている為に羽ばたく事が出来ない。

 

「うおっ、落ちる!お前ら、とにかく飛べ!」

 

 それでシノンとリオン、アスモゼウスは羽根を広げ、落下していた四人はそこで安定した。

そして四人はふよふよと仲間達の所に飛んできて、ペタン、といった感じで無事に着地した。

 

「ふう、さすがに疲れた、しばらく動けん」

 

 そう言ってハチマンはその場に座り込み、

三人が離れたのを見計らってその場に大の字になった。

 

「ハチマン君、大丈夫?」

「悪いアスナ、自力じゃ起きれそうにない、会を解散して、帰る時に起こしにきてくれ」

「うん、分かった!」

 

 そしてアスナの手によって今日の狩りは終了し、他の者達はそのまま街に戻った。

ベルディアとプリンはセラフィムが案内し、今日の狩りで沢山流れてきた素材を売った後、

ナタクを交えて装備について相談するらしい。

アスモゼウスは経験値の扱いは後日にして、今日はこのまま落ちるそうだ。

戻ってきた七つの大罪のメンバーと鉢合わせをするのが嫌なのだろう。

 

「ハチマン君、終わったよ」

「おう、悪いな、それじゃあ俺達は行くとするか」

「あ、やっぱりそういう事だったんだ、で、どこに行くの?」

「ヨツンヘイムだ」

「って事は、アルヴヘイム攻略団の偵察だね」

「そういう事だ、少数で行きたかったからな」

 

 アスナはハチマンの様子から、自分に何か用事があるのだろうと悟っていたようだ。

同時に目的地を告げられただけでその意図をすぐに理解するところは、

さすがは正妻といった感じである。

 

「待てよハチマン、それなら俺達も連れてけよ」

「そうそう、私達もいた方が安全でしょ?」

「だね、みんなでそのコウリャクダンとやらを見に行こうじゃないか」

 

 そんなハチマンに声をかけてきたのは、

どこからか姿を現した残りの三人の副長であった。

 

「おっと、お前らにもバレてたか」

「もし二人でデートとかだったら遠慮したけどな、偵察なら問題ないだろ」

「この五人がいれば、何が相手でもとりあえず問題ないでしょうしね」

「はぁ、仕方ない、それじゃあみんなで行くか」

「それよりもアルヴヘイム攻略団はまだ狩りを続けているのかしら」

「当分狩りは続行だとスプリンガーさんに確認はとってあるから大丈夫だ」

「あら、頑張るのね」

「うちの効率が良すぎなだけなんだけどね」

「まあそんな訳で、とりあえず出発だ」

「「「「了解!」」」」

 

 こうして五人はそのままヨツンヘイムへと向かう事になったのだった。


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