ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第915話 ワンダラー

 一方こちらはハチマンらと別れて、

アルヴヘイム攻略団と狩りに来たソニック・ドライバーの二人である。

 

「思ったよりしっかり仕切ってるみたいじゃないかよ、ラキア」

 

 スプリンガーにそう言われたラキアは、うんうんと頷いた。

七つの大罪のメンバーによる狩りの仕切りは、よく言えば堅実、悪く言えば平凡であった。

詳しく後述するが、基本は釣り役が八匹くらいの敵を釣り、

それを十一に分けたチームのうちの八チームが相手をし、一チームが釣りを行う。

そしてローテーションで残りの二チームが休むという流れである。

ローテーション故に、一つのチームが休めるのは戦闘二回分の時間という事になる。

確かにヴァルハラの狩りと比べると効率が悪い事この上ないが、これは仕方がないのである。

何故なら複数の敵を相手にターゲットを維持出来る高レベルのタンクは、

今のALOには数える程しかいないからである。

必然的に敵のターゲットはアタッカーが持ち回りで引き受ける事になり、

敵が強い程無理は出来ないという事になるのだ。

 

 ヴァルハラが登場するまでは、ALOは完全なる剣と魔法()()の世界であった。

更に言うと、ソードスキルが導入されるまでは、

どちらかというと魔法偏重なバランスだった為、

魔法使い及び魔法剣士としてプレイしていた者がほとんどであった。

だがその流れをヴァルハラが劇的に断ち切った。

ユキノ達が少数ながらも名を轟かせていた理由の一つはユイユイの存在であった。

その頃から一部の者にはタンク職としてスキルを構成した場合の有用性が知られていたが、

そのユキノ達のパーティを丸ごと取り込み、

更にセラフィムを加えたヴァルハラが無敵の強さを誇った事で、

今やどのギルドでも、タンクの育成は急務とされているのであった。

 

 だがタンクのなり手は今でも驚くほど少ない、

理由は一つ、いなくても戦闘に関しては何とかなってしまうからである。

ついでに言うと装備もまだ充実しているとは言い難い。

何故ならタンク用装備の設計に携わる職人が少ないからだ。

それは偏にタンク人口が少ないが故の、装備需要の少なさに由来する。

ギルドの戦闘力を高める為にも貴重な資源は最初にアタッカーに回されるのが常であり、

タンクに回ってくるのはかなり後となる為、そもそも需要が発生せず、

アタッカー相手に商売をしていれば、職人としてはそれで十分稼げてしまうのだ。

なので本気でタンク用装備を研究する者はとても少なく、

それらの要因を総合した結果、タンク人口があまり増えないという悪循環に陥っているのだ。

 

 今回の狩りに参加していたのは、七つの大罪が三十八名、

アルン冒険者の会が十名、ALO攻略軍が二十二名、

ソニック・ドライバーが二名、チルドレン・オブ・グリークスが十四名な為、

八名を一パーティとして、十一パーティ編成で狩りが行われている。

それぞれのギルドは交流を深める為に、出来るだけ各パーティに均等に分けられており、

唯一の例外がソニック・ドライバーを含むパーティで、六人編成となっていた。

その代わりこのパーティには、ステータスが高い者が集められている。

具体的にはスプリンガーとラキアに加え、ベルフェノールとベゼルバブーン、

そしてアルン冒険者の会のリーダーのファーブニルと、紅一点のヒーラーのヒルダであった。

 

「しかしあんたも貧乏クジだな、俺達のお守りをさせられるなんてよ」

 

 スプリンガーが冗談めかしてそう言い、ファーブニルは苦笑した。

 

「それはみんながちゃんと指示に従ってくれるからですよ」

「それにしてもよ、うちのラキアなんか凄く扱いづらいだろ?ちっとも喋らないしよ」

「いやいや、ラキアさんの攻撃力は凄いですから、そんな大した問題じゃないです」

「そうか、ならまあいいんだが………」

 

 パーティのリーダー役は、ファーブニルに任されていた。

スプリンガーはラキアのお守りで精一杯だし、

ベルフェノールとベゼルバブーンはコミュ障の毛があるせいだったが、

根が真面目なのだろう、ファーブニルは大人しくその役を引き受け、

最初はまとまりが無かった六人も、次第に連携を高め、

人数が多い他のパーティよりも早く敵を倒せていた。

 

「ベルフェノールとベゼルバブーンは随分大人しいが、大丈夫か?」

「………さすがの俺もだるいとか言ってられん」

「飯は戦いが終わった後にラキアさんと食うさ、

やはり戦友とは同じ釜の飯を食わないとだしな」

 

 そんな二人はラキアの方を見て、圧倒されたようにそう答えた。

それほどまでに、今日のラキアの戦闘は凄まじい。

 

「悪いな、あいつ、宿命のライバルの登場で燃えちまってるみたいなんだよ」

「そ、そうなのか………」

「さすがにいつもこうって訳じゃないんだな」

 

 そんな二人の横で、敵がまた一体、ぐしゃっと潰れた。

その手に持つ巨大な斧で、ラキアが叩き潰したのである。

 

「よし、次は………邪神族か、ラキア、気を抜くなよ」

「ふんぬ」

 

 ラキアは鼻息も荒くそう答え、任せろという風にドンと胸を叩いた。

その姿は体は小さいのに、実に頼もしい。そして釣り役が必死でこちらに走ってきた。

邪神族はヨツンヘイムでも空中を移動出来る為、

その鈍重そうな見た目に反して移動速度は速いのである。

 

「大丈夫か?」

「すまない、大丈夫だ、敵を頼む!」

「おう、任せろい!」

 

 要所要所でそう声をかける、これがスプリンガーの真骨頂であった。

それによって場の雰囲気を良くするのに多大な貢献をしているスプリンガーは、

ムードメーカーとして、アルヴヘイム攻略団にとっての潤滑油のような役割を果たしていた。

そんな感じで狩りが続く中、ファーブニルは訝しげな表情で遠くを眺めた。

 

「おかしい、釣り役の背後にもやのような物が見える」

「何かあったか?」

「スプリンガーさん、見て下さいあれ、おかしくないですか?」

「確かに釣り役の姿が少ないな、おいラキア、あれがどうなってるか分かるか?」

 

 そう言われたラキアは目を凝らし、慌てたような表情でスプリンガーに振り返り、

その口が何かを伝えるように動いた。

 

「ふんふん、えっ?ワンダラーモンスターの大群だぁ?」

 

 ワンダラーモンスターとは、定点モンスターとは違い、

ランダムな位置に沸く敵の事である。

今回のようにいきなり大量のモンスターが沸く事もあり、

過去にはそれで、あの連合が全盛期に壊滅した事もあるのだ。

 

「まずいぞファブ、どうやら釣り役が、

ワンダラーモンスターの大群に引っかかっちまったらしい。

あの感じだと半分くらいはそれで轢き殺されてるな、

多分こちらに連絡する暇も無かったんだろうよ」

「それはまずいですね、ゼルとノールはヒルダを連れて、釣り役を拾ってやってくれ。

合流したら即時撤退で、通路側に避難だ」

「はい、行ってきます」

「分かった」

「任せてくれ」

 

 さすがに緊迫した場面でロールプレイをする事もなく、

ベゼルバブーンとベルフェノールは、全力で前線へと走った。

 

「スプリンガーさん、ラキアさん、

他のパーティが相手をしているモンスターを片っ端から叩き潰して下さい。

その上で状況を説明してきてもらえますか?」

「分かった、最初にルシパーの所に行って手伝ってもらうわ」

「お願いします」

 

 そしてファーブニルは通路へと向かい、陣地がすぐ構築出来るように準備を始めた。

場所の選定から安全地帯の見極めまで、やる事は沢山あるのだ。

ファーブニルはアルン冒険者の会を主催しているだけの事はあり、

そういった技能を日々磨いているのである。

そしてファーブニルに言われた役割を果たすべく、

スプリンガーとラキアはルシパー達が戦っているモンスターに突撃し、

ラキアがその斧で敵を頭から真っ二つにした。

 

「むおっ、何事だ?」

「ルシパー、ワンダラーモンスターだ、直ぐに今戦闘中のモンスターを殲滅して、

一旦後方に下がって陣地を構築しないとまずい」

「何っ!?………あれか、分かった、お前らは、直ぐに後退、サッタン、手伝え!」

「ふんぬっ、任せろ!」

 

 サッタンは鼻息も荒く他のパーティの所へと走っていき、

ルシパーとスプリンガー、それにラキアも各パーティが相手をしていたモンスターを倒し、

無事に釣り役を拾ったベゼルバブーンとベルフェノールと共に、

後方の通路へと後退していった。

 

「ルシパー、まずい、あれはラプトルの群れだ」

 

 合流して直ぐにベルフェノールがルシパーにそう報告をした。

 

「それは最悪だな………」

 

 過去に連合を壊滅させたのが、まさにそのラプトルタイプのモンスターの群れであった。

奴らはとても素早く、狡猾で連携してこちらに攻撃してくる為、

プレイヤーの手によって、集団としては危険度Sクラスに分類されていた。

 

「それだけじゃねえ、背後にボスっぽい巨大な敵がいやがる、

邪神タイプの、多分あれは、T-REXって奴だ」

 

 続けてベゼルバブーンがそう言い、場は驚愕に包まれた。

 

「何だと?そんな話は聞いた事が………」

「まあヨツンヘイムに関しては、まだまだ未知な部分が多いエリアだから、

そういう事もあるかもしれないな」

 

 ファーブニルが冷静にそう意見をし、ルシパーは考え込んだ。

 

「連合の雑魚どもと俺達は違う、違うが、戦う場所をきっちり選ばないと危険だろうな」

「ああ、少なくともラプトル共と戦っている時にボスに襲われるのは勘弁だな」

「一応この通路なら、ラプトルだけを相手にする事が出来ると思う」

「よし、タンクの四人に並んでもらってそれぞれにヒーラーがついてくれ、

アタッカー陣はその隙間から隙を見て攻撃だ!」

 

 その指示を受け、数は少なくレベルも心もとないが、タンク陣が前に出て横並びになった。

その後ろに近接アタッカー、そして後方の高台に魔法使い達が並ぶ。

 

「これなら何とかなるか?」

「ボスの相手をしなくてもいいならいけるかもしれねえな、

ラプトル共も、全部は入ってこれないだろ」

 

 その作戦は一定の成果をあげた。タンクが必死にラプトルの足止めをし、

アタッカー陣が確実にラプトルの息の根を止めていく。

ボスは通路の入り口にガツンガツンと体当たりをしていたが、

諦めたのだろうか、やがてその音も聞こえなくなった。

ラプトルも急激にその数を減らし、やがてその姿を消した。

 

「終わった………のか?」

「斥候、様子を見てきてくれ、くれぐれも慎重にな」

 

 そして警戒は解かないまま斥候が放たれ、

やがて報告に戻ってきた彼らは、敵の姿が一切見えないと報告してきた。

 

「誰か、倒したラプトルの数を把握してる奴はいるか?」

 

 その問いに、タンクから曖昧な数字が返ってきたが、斥候はその言葉に首を捻った。

 

「もっと沢山いたと思うんだが………」

「って事はどこかに移動したのか?」

「それならいいんだけどよ………」

「ふむ、まあいい、とりあえず死んだ斥候達の蘇生を行おう、何か知っているかもしれん」

 

 全員は慎重に奥へと歩を進め、最初に斥候達が倒された辺りへと移動した。

そこには四つのリメインライトがあり、ヒーラー達が長い詠唱を唱え、斥候達は蘇生された。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫だが、やばい、やばいんだ!」

 

 だが蘇生された斥候達は、顔色を変えて大声を上げた。

 

「ど、どうした?」

「今はそれどころじゃない、ここはやばい、後方に警戒を!」

「こ、後方?向こうには何もいなかったが、いきなりどうした?何があった?」

「あいつら、岩に擬態してやがった!すぐそこに敵がいるぞ!」

「何っ!?」

 

 その瞬間に、後方から魔法使い達の悲鳴が聞こえた。

その後ろには多くの敵がいきなり姿を現しており、更に後方にはT-REXの姿もある。

今や先ほどまで戦っていた通路への道は、完全に塞がれていた。

 

「くっ、悪辣な!」

「どうする?」

「どうするも何も、やるしかないだろ!」

「ルシパー、ラプトルだけなら何とかならないか?」

 

 その時スプリンガーがルシパーにそう声をかけてきた。

 

「あ、ああ、犠牲も出るだろうが、あれくらいなら何とでもしてやるさ、

見た感じ、数はそれなりに減ってはいるからな」

「そうか………」

 

 そう言ってスプリンガーは、ドンと胸を叩きながら言った。

 

「ならボスは俺とラキアに任せろ、俺達があいつを引っ張って、とにかく奥へと誘導する、

まあ俺達は死ぬかもしれないが、

その間にお前達はラプトルを殲滅して、街の方へと後退するんだ」

「し、しかしそれは………」

 

 苦渋の表情を浮かべるルシパーの肩を、スプリンガーはポンと叩いた。

 

「それなりに経験値も稼げたし、マイナスにはならないさ。

それよりも若い奴の育成を優先させた方がいい。

ほらルシパー、敵が来るぞ、早く指揮をとれ」

「くっ、分かった、た、頼む!」

「おう、任せろい」

 

 そしてスプリンガーとラキアはボスに攻撃を仕掛け、単独で奥へと誘導を始めた。

 

「ラキア、すまないが付き合ってくれよな」

 

 ラキアはそんなスプリンガーに、うんうんと頷いた。

そんな二人の隣にファーブニルとヒルダが並ぶ。

 

「俺達もお付き合いします」

「ヒーラーがいた方が長持ちするでしょうしね」

「お前ら………」

「おっと、話してる余裕はないですよ、さあ、逃げましょう!」

「悪いな、貧乏くじを引かせちまって」

「いえ、好きでやってる事ですから」

 

 そして四人は一斉に走り出し、ボスがその後を追いかけ始めた。


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