「くそっ、走れ、走れ!」
「むむむむむ」
「スプリンガーさん、何かの魔法でちょっとでも足止め出来ませんかね?」
「む~ん、俺の手持ちの魔法じゃそれっぽいのは無いな」
「ヒルダはどうだ?」
「ブリザードウォールなら使えますけど、とてもヴァルハラのユキノさんのようには………」
「ほんのちょっと時間を稼げるだけでも助かる、試してみてくれ!」
「分かりました」
ヒルダは走りながら呪文の詠唱を開始した。
そんなヒルダが転ばないように、スプリンガーとファーブニルがフォローに入る。
そして呪文が完成し、ヒルダは振り返り、T-REXの足元に向け、魔法を解き放った。
「ブリザードウォール!」
その氷の壁は、丁度敵の腰あたりまでせり上がり、
さすがのT-REXもそれを見てその場に立ち止まる。
「ふう、何とか成功しました」
「よくやった!これで多少時間が稼げるな」
「この後どうします?」
「これを見てくれ」
ファーブニルにそう問われたスプリンガーは、走りながらコンソールを操作し、
可視化した上で地図を見せてきた。
「ここに出口の表示がある、ここまで行ければ脱出出来るはずだ」
「えっ、こんな所に出口が?」
「みたいだな、こっちには来た事がないが、さすがに自動生成の地図に間違いはないだろ」
「まあそうですね」
ALOの地図システムはシンプルである。
よくあるパターンではあるが、プレイヤーが実際に行った事のある場所が表示されるのだ。
その範囲は百メートル、つまりもう少し走ればそこに出口がある事になる。
「よし、みんな、こっちだ!」
スプリンガーは先頭に立ち、三人を出口へと案内していく。
それを逃がすまいと、T-REXは少し下がって振り返り、
助走をつけて氷の壁を飛び越した。
だが既にスプリンガー達との距離は五十メートルほど開いており、
このままなら十分逃げ切る事が可能だと、スプリンガーは地図を見ながら判断していた。
「よしここだ、多分階段か何………か、が………」
スプリンガーはそのまま、あるはずだという言葉を飲み込んだ。
そこはただの行き止まりの小部屋であり、階段は愚か、隠れる場所すらも存在してはいない。
「ど、どういう事だ?地図が間違ってるはずはないのに………」
「あっ、皆さん、見て下さい」
その時ヒルダが上を指差しながらそう言った。
その指の先、部屋の中央付近の天井の、地上十メートルくらいの位置に大穴が開いており、
おそらくそこが、地図に表示された出口なのだと思われた。
「マジかよ………」
「む~ん」
「ここじゃ飛べないし、あそこまで行くのはちょっと無理ですかね………」
「うぅ、まずいです、もうすぐあいつがここに来ます!」
そのヒルダの言葉通り、T-REXはまもなくこの部屋に到着しようとしていた。
「みんなすまん、俺の判断が間違いだった」
スプリンガーは苦渋の表情でそう言った。
「いやいや、あの地図を見たら誰だってそう思いますって」
「そうですよ、気に病む必要なんてないです」
そして最後にラキアが、ふんすっ、と鼻息を荒くしながらスプリンガーの肩に手を置いた。
「あん?倒せば問題ないだって?まあ確かにそうなんだろうけどなぁ………」
そんな会話をしている間に、もうT-REXはすぐそこまで迫ってきていた。
「まあむざむざと全滅させられるのは癪だし、少しは抵抗するか」
「ですね、やれるだけやってみましょう」
一同がそう悲壮な決意を固めたその瞬間に、
T-REXがいきなり立ち止まって上を向いた。
「ん?あいつ、どうしたんだ?」
「さあ………」
その時上の方からプレイヤーの声が聞こえてきた。
「ん、あれは何だ?」
「ここに敵がいるなんて初めてではなくて?」
「あれってトンキーじゃないよな!?」
「うん、違うように見えるね」
「こっちを見てやがるな、あれって………」
「ダイナソー?」
「ああそうか、恐竜か、あれ」
「かなり強そうだぞ、どうする?」
「う~ん、まあ何とかなるだろ、やばそうなら魔法で足止めしてとんずらだ」
上にいる相手はこちらの存在には気付いていないようだ。
それも当然である、こちらからも向こうの姿は見えないのだ。
だがその声は、とても聞き覚えがある声であった。
「おいラキア、今のって」
「んっ」
「そうか、お前もそう思うか、これは何とかなるかもしれないな」
そう希望に満ちた目をした二人に、ファーブニルが話しかけてきた。
「スプリンガーさん、今の声ってもしかして………」
「お、お前にも分かったか、今の声は多分、ヴァルハラの連中の声だな」
「で、ですよね!」
「えっ、そうなんですか?」
どうやらヴァルハラとはあまり接点がないのか、ヒルダはそう驚いたような声を上げた。
「間違いない、おっ………来るぞ」
そして上から五人のプレイヤーが下に降りてきた。
十メートルくらいの高さから飛び降りたはずなのだが、その着地する姿は実に軽やかだ。
「ハチマン君!」
「え?あれ、スプリンガーさん、ラキアさん、どうしてここに?」
「いや、狩りの最中にそのワンダラーモンスターに襲われてよ、
他にも細かいのが沢山いて、そいつだけ俺達がここに引っ張ってきたんだ」
「ああ、そういう事ですか、それじゃあ一緒にこいつを退治しちゃいましょう、
今はうちの幹部連が全員いるので、まあ何とかなると思います」
その言葉にファーブニルとヒルダは目を見開いた。
「うわ、本当だ………」
「凄い、ALOの最高戦力だ」
そしてスプリンガーは、笑顔でハチマンにお礼を言った。
「おお、助かるぜ、頼む!」
「それでそっちは………ああ、アル冒のファーブニルか、あと確かヒルダだったか」
「えっ?」
「私達の事を知ってるんですか?」
「ああ、まあ有望そうなプレイヤーの情報収集はしてるからな」
その言葉に二人は気分が高揚するのを感じた。
尊敬するプレイヤーに認められていると理解したからだ。
「よし、タンクがいないから少し大変だが、全員で囲めば何とかなるだろ、
アスナ、キリト、やるぞ」
「うん!」
「久々の強敵だな」
「ラキアさんはどう考えても前衛ですよね、俺の隣にお願いします。
スプリンガーさんとサトライザー、それにファーブニルは前衛のフォローを、
ユキノとヒルダは後方支援な」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
「むが~!」
ラキアがやる気満々でそう叫び、こうしてヴァルハラとソニック・ドライバー、
そしてアルン冒険者の会の共闘が始まった。
最初に突撃したのは、ヴァルハラの特攻隊長を自認するキリトである。
「うおおおおお!」
キリトは二刀に構えた彗王丸を敵に叩きつけるが、
その攻撃は、相手の皮膚に薄っすらと傷をつけるだけであった。
「ハチマン、こいつ、意外と硬いぞ」
「二刀じゃ無理か、剣を一本にしたらどうだ?」
「やってみる」
そしてキリトは二本に別れていた彗王丸を一つにし、彗王丸は巨大な剣へと変化した。
「これならどうだ!」
キリトの裂帛の気合いを込めたその一撃は、見事に敵の肌を切り裂いた。
T-REXはすぐに噛みつきで反撃に出るが、キリトはその攻撃をひらりと交わした。
「少し浅いけど、いけるぜ!」
「カウンターからならもっといけそうだな、難しいがやってみる。
みんな、攻撃は基本、相手の体勢が崩れた時を狙ってやってみてくれ」
そしてハチマンは敵の正面に立ち、T-REXにカウンターを決めようと、
その顔の動きを注視した。だが攻撃は、予想もしない方向からやってきた。
「ハチマン、尻尾!」
「おう、見えてる見えてる」
いきなりT-REXが体を捻り、ハチマンに尻尾で攻撃してきたのだ。
だがその言葉通り、ハチマンにはちゃんと見えていたのか、
その攻撃をヒラリと飛び上がって回避する。
「ハチマン、尻尾が戻ってくるんじゃないか?」
「おう、だろうな」
キリトからそう声が飛ぶか飛ばないかという時には既に、
ハチマンは尻尾を追いかけてダッシュしていた。
そして尻尾のしなりが限界点に達した直後に、ハチマンはその根元を思いっきり殴りつけた。
それでT-REXの体がぐらりと揺れる。
「今だ!」
そのハチマンの声を受け、ラキアがハチマンごと真っ二つにする勢いで斧を振るう。
キリトはT-REXの足を狙ってその剣を振り下ろし、
アスナは敵の喉元にいきなり大技を放った。
「スターリィ・ティアー!」
そしてサトライザーが、相手の目を狙って魔法銃の銃撃を浴びせかける。
ユキノもアイスジャベリンを使って敵の顔付近に攻撃し、
ファーブニルとスプリンガーは、仲間に思わぬ反撃が来ないように、
すぐ後ろでT-REXがおかしな動きをしないかじっとそれを観察していた。
「一旦後退!」
そこでハチマンがそう指示を出した、その言葉に従って、仲間達は敵から一旦距離をとる。
「GGYYYAAAAOOOOOO!」
その瞬間に、T-REXは凄まじい咆哮を上げ、こちらへと向き直った。
どうやらサトライザーの攻撃が功を奏したらしく、その右目が潰れている。
だが出血こそしているが、他に失った部位は一つもなく、
その動きも攻撃前とまったく変わらない。
肝心のHPゲージの減り方は、五パーセントといったところであろうか。
「中々タフだな」
「みたいだな」
「まあいかにもボスっぽいし、これくらいはやってくれないとな」
「だな!」
そして一同は、この強敵を倒すべく、剣を握りなおした。