「あ、あ………」
「大丈夫だ、俺の装備は防御力が高いから、見た目ほどダメージは無い」
「で、でも、でも………」
「幸いこいつのおかげで他の敵が俺に攻撃出来ないからな、
しばらくはこのままでいい、むしろ離れられると面倒だ。
横に回り込まれるとやばいんだが、そうしてこないところを見ると、
キリト達からの攻撃を警戒しているんだろう、横なら射線が通っちまうだろうし。
まあ狡猾な奴らだよ、本当に最悪だ。多分さっきのT-REXのビーム連打も、
こいつらの接近を誤魔化す為だったんだろう」
ハチマンは先ほどT-REXと目が合った時の事を思い出し、そう言った。
確証は無いが、結果から見るとそうとしか思えないのである。
「さて、そうは言ってもさすがにやばそうだ、
後ろの奴らがじりじりこっちに近付いてきてる気配がする。
このままだと仲間ごと俺達を仕留めようとしてくるかもしれないな」
そんなハチマンの言葉に、ヒルダはだが無反応であった。
いや、無反応というか、強張った表情でぶつぶつと何かを呟いている。
それを恐怖による反応だと思ったハチマンは、慰めるようにヒルダに声をかけた。
「ああ、まあ怖いよな、でもヒルダだけは何とか守るつもりだ。
最悪このままこの敵を引きずってでもあいつらの所まで行ってみせるさ」
仲間達も、こちらの様子に気付いて向かってきてくれているが、その距離はまだまだ遠い。
そしてハチマンが走り出そうとした瞬間に、
ハチマンの腕の中のヒルダから、突然力ある言葉が紡がれた。
「ブリザード・ウォール!」
直後にハチマンの背後に氷の壁がせり上がり、
ハチマンの肩に噛み付いていたラプトルが、その衝撃で上に跳ね上げられた。
ハチマンはそれを合図とするかのように、弾かれたように走り出す。
「おお、凄いなヒルダ、まさかそう来るとは思ってもいなかったわ」
「ヒール!」
それに対するヒルダの返事は回復魔法であった。
その頃にはもうヒルダの放ったブリザード・ウォールは消滅しており、
背後から敵が殺到してきていたが、
十分に距離がとれたおかげでハチマン達は、仲間達と無事に合流する事が出来た。
ヒルダの大手柄である。
「ハチマン!」
「ハチマン君、後は任せて!」
「ヒルダさん、本当にありがとう」
そのすれ違いざまのアスナの感謝に、ヒルダは弱々しく微笑んだ。
「い、いえ」
「悪い、頼むわ」
そしてハチマンとヒルダはそのまま一旦後方へと下がった。
ハチマンの腕の中のヒルダは激しく震えており、
ハチマンはヒルダの体に回していた腕を離し、その頭に手を乗せた。
「大丈夫、もう大丈夫だ、怖かっただろうに、ありがとうな」
「い、いえ、確かに怖かったですけど、私が怖かったのは、王子が死んじゃう事ですから」
ヒルダは安堵の為か、ハチマンの事を王子と呼び、ハチマンはスッと目を細めた。
「………お前、うちの学校の奴なのか?」
「えっ?違いますけど」
その返事にハチマンはニヤリとした。
「まるで俺が通ってる学校がどこなのか知ってるような口ぶりだな」
「えっ?あっ、ああっ!?」
そしてヒルダはがっくりと肩を落とし、恨みがましい目をハチマンに向けた。
「王子、ずるいです………」
「もう取り繕わなくなったんだな、もしかしてお前、詩乃の学校の生徒か?」
「はい、私とファーブニルさん………先輩は、
「ほうほう、詩乃がシノンだってのも知ってるのか、誰かに聞いたのか?」
「いえ、ALOのプレイヤーなら、
ハチマンさんとシノンさんの事は普通に気付くと思います」
「ああ、やっぱりそうだよな………」
その指摘にハチマンは頭を抱えた。以前から懸念はしていたのだろう。
「まあいいか、そういう事ならお礼は今度飯を奢るって事でいいか?」
「えっ?いいんですか!?」
「いや、まあ今回は助けられたからな」
「で、でもそれを言うならむしろ私の方が………」
「俺の方がヒルダよりも強い、そして強い奴が弱い奴を助けるのは義務だ。
だが弱い奴が強い奴を助けるのは義務じゃない、
でもヒルダは俺の事を必死で助けてくれた、感謝するのは当然だろ」
「あ、えっと、は、はい」
そう答えつつも、ヒルダの顔はにやけていた。
これは要するにハチマンと二人でデートが出来るという事に他ならないからである。
ハチマンはそれに苦笑しつつも、立ち上がって近くに転がっていた雷丸を拾い上げた。
「それで連絡方法だが………」
「あ、私、岡田です、なのでヒルダです」
「なるほど」
「あとこれ、私の連絡先です!」
そう言ってヒルダはハチマンに、すぐにメッセージを送った。
それは事前に準備していないと不可能な早さであり、
こういう機会が訪れた時の為に予め用意していたのだと気付いたハチマンは苦笑した。
「さて、それじゃあ俺はあいつらを手伝ってくるわ」
いつの間にかハチマンの腕は復活しており、もう十分にHPも回復している。
「それじゃあ私も行きます!」
「MPは大丈夫なのか?」
「はい、回復薬をちゃんと持ってますから!」
「それならこれを使うといい」
「あ、ありがとうございます!」
そう言ってハチマンが差し出してくれたMP回復薬を、ヒルダは一気に飲み干した。
「それじゃあ行きましょう、ハチマンさん!」
「お、おう」
そして二人は戦場へと駆け出していった。
「おいおい、ラプトルかよ」
「そういえば最近ラプトル広場の掃除を怠っていたわね」
「ラプトル広場?何だそれ?」
そのスプリンガーの疑問をもっともである、
この情報を持っているのはヴァルハラだけだったからだ。
「ワンダラーモンスターには決まった定住地があって、
そこが溢れると迷宮内に散らばるんです」
「えっ?そうなのか?」
「はい、この情報をもっと早くに公開しておけば、
あるいはこういった被害も減るかもしれませんね、
これは完全にうちの怠慢です、反省しないとですね」
そうしょげるアスナに、スプリンガーが諭すように言った。
「いやいや、まあ情報を拡散してくれるのは有難いが、
本来なら他の大手ギルドだって、そういった情報を自力で得ていないと駄目だからな、
まったく気に病む事じゃないさ、気にせずもっとゲームを楽しもうぜ」
「は、はい、ありがとうございます」
そんな会話を交わしながら、ラプトルの殲滅は続いていた。
だが例えここで全滅させようと、まだどこかに潜んでいるかもしれない。
それが他のモンスターと違い、ラプトルの性質の悪い特性であった。
「よし、こっちは大体オーケーだな」
「こっちも大丈夫」
「あれ、もう終わっちまったのか?思ったより少なかったか?」
そこにハチマンとヒルダが合流してきた。
「うん、まあそんな感じかな」
「スプリンガーさん、アルヴヘイム攻略団を襲ったラプトルって何匹くらいでした?」
「百くらいはいたと思うぞ、まああっちは味方も多かったし、大丈夫だろ」
「こっちは何匹だ?」
「う~ん、二十くらいかな?」
「って事は、残りはもうほとんどいないか、
一度ラプトル広場を見にいくべきか、どうするかな」
ハチマンはそう言って考え込んだ。その後ろではヒルダが、
ラプトル広場って何ですか?とファーブニルに質問している。
ファーブニルは今聞いたばかりの知識をヒルダに伝え、
それが終わったのを確認した後、アスナとユキノが興奮した様子でヒルダに話しかけた。
「ヒルダさん、あなた、凄かったわね」
「えっ?えっ?」
「さっきは本気でまずいって思ったんだけど、あのブリザード・ウォールはしびれたよ」
「あ、は、はい、あの時はもう必死でした」
そんなヒルダをラキアがいいこいいこと撫で始めた。
どうやらラキアもヒルダの働きには感心したのだろう。
「当面は敵って事になると思うけど、直接やり合うとかじゃない時は仲良くしてね」
「は、はい、光栄です!」
「本当なら何かお礼をしたいところだけど………」
「ああ、それなら俺が飯を奢ってやる事にしたから大丈夫だ」
「ハチマン君が?」
「ご飯を?」
二人はその言葉にきょとんとした。
「ああ、実はヒルダとファーブニルは多分俺と面識があったっぽい、だよな?」
ヒルダはコクリと、そしてファーブニルは仰天した様子で頷いた。
「後はシノンがぶつぶつ言わないように、色々言い含めればまあ、何の問題もない」
「ああ、そういう事なのね」
「なるほど、シノノンがね」
それで二人はヒルダがシノンと同じ学校に通っているのだとすぐに理解し、
面識があるというのもハチマンを囲む生徒の中に二人がいたという事なのだろうと推測した。
「シ、シノンさんの承諾は私がとります、せめてそれくらいはさせて下さい!」
「お、そうか?それは助かるわ、あいつは本当に色々と手を焼かせてくれるからな」
ハチマンはほっとしたようにそう言い、一同は苦笑した。
「さてファーブニル、はからずもリアル割れしちまった事になるんだが、
ヒルダをあんまり責めないでやってくれな。
俺の事をうっかり王子とか呼んじまったのは確かに問題だが、
まああの切羽詰った状況じゃ仕方がないと思うしな」
「ああ、別に何の問題もないですよ、俺は王子の事を尊敬していますし、
むしろリアルでも接点が持てて、とても嬉しいです」
「お、そうか?かわいい事を言ってくれるな、この、この!」
ハチマンはファーブニルの事も気に入ったらしく、
そう言いながら肘でつんつんつついた。どうやら弟分認定したようである。
「さて、とりあえずそっちは本隊と合流した方がいいな、
ラプトルが相手だと苦戦してるかもしれん」
「俺達はどうする?」
「アルヴヘイム攻略団の経験値稼ぎの見学は今日は中止だな、
ラプトル広場を見に行きたいが、タンクが欲しいところだな、誰か残ってるか?」
「ユイユイがまだいるみたい、どうする?呼ぶ?」
「そうだな、他の奴も呼んで、しばらくは大丈夫なように掃除してくるか。
スプリンガーさん、ワンダラーになりうる敵がいる場所の情報を後で送りますから、
そっちで情報共有してもらってもいいですか?」
「あはははは、本当はうちの見学に来るつもりだったのか、
まあそういう折衝は俺に任せてくれ。
T-REXを倒すのに共闘した事も言っちゃっていいよな?」
「はい、もちろんです、あいつらはプレイヤー全体の敵ですからね」
こうして方針は決まり、ヴァルハラの五人はこの場で待機する事になった。
スプリンガー達は来た道を戻り、無事にアルヴヘイム攻略団と合流を果たす事が出来た。
「おお、無事だったのか!今丁度ラプトルの殲滅が終わって、蘇生を行ってる所だ」
どうやらかなり被害が出たらしく、ルシパーは疲れた顔でそう言った。
「ルシパーさんよ、それ絡みで報告があるんだが」
「ふむ、聞こう」
「あのT-REXを倒すのを、
たまたま通りかかったヴァルハラの幹部連に手伝ってもらったんだ、
それ自体は問題ないよな?」
「ああ、もちろんだ、だが次にカチ合った時に、お礼は言っても手加減をするつもりはない」
「そりゃ当然だ。で、その時に興味深い話が聞けたんだよ」
「ほほう?」
「実はワンダラーモンスターってのはな………」
そしてスプリンガーの報告を聞いたルシパーは、腕組みをして考え込んだ。
「そうだったのか、そう言われると確かに俺にも何ヶ所か心当たりがある」
「そうなのか?」
「ああ、だがそれがワンダラーの元凶とまでは気付かなかった、
ヴァルハラはいい斥候を持っているようだな」
「ああ、確かにそうだよな、敵が溢れる瞬間を確認したって事なんだろうしな」
そこで二人は何かに気付いたように顔を見合わせた。
「………まさか連合が壊滅したのって、そのせいじゃないよな?」
「俺も今同じ事を考えていた。だがその事でヴァルハラを責めるのは違うだろう、
T-REXの件は知らなかったようだし、現に連合より少ない人数だった俺達が、
ラプトルの殲滅に成功しているからな」
「確かにそうだな、要するに連合の劣化がどうしようもなかったってこった」
「だが小規模ギルドが巻き込まれたらさすがに気の毒ではあるな、
今後はうちも、対象の部屋での狩りを行う事にしよう」
「いいアイデアだ、競い合いつつも、協力出来るとこでは協力していこうぜ」
「ああ」
この時点では、ヴァルハラとアルヴヘイム攻略団、というか七つの大罪の関係は、
例えお互いを敵と認識していたとしても、比較敵良好だったと言える。
だがその関係が、多くの伝説級の武器が実装された次のバージョンアップから、
急激に悪化する事になるとはこの時点では誰にも予想出来なかったのであった。