ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第919話 エルザとの約束を果たす

「おい、見たか?ヴァルハラとアルヴヘイム攻略団が、同時に発表を行ったぞ」

「おう、見た見た、これでワンダラーの被害が減ってくれるといいんだが」

 

 ALOは今、新たな事実の発表に沸いていた。

それほどまでに、最近のワンダラーモンスターによる被害が深刻だったという事なのだろう。

実際その理由は簡単である、要はアインクラッドの導入とトラフィックスの出現のせいで、

ヨツンヘイムに行く者が少なくなったせいである。

それでも少し前までは、ヴァルハラがハンターの役目を果たす事により、

その被害が顕在化する事は無かったのだが、

死銃事件やスクワッド・ジャムの開催、トラフィックスのAEへの寄港や、

藍子と木綿季の病気の治療などの事件が重なり、

八幡がとても忙しい状態になるに連れ、状態はどんどん悪くなっていたのであった。

だが今後は各ギルドもその事を意識して動いてくれると思われ、

今後はワンダラーの被害もどんどん減っていく事だろう。

今のALOは、そんな明るい希望に満ちていた。

 

 

 

 一方その功労者の一人である八幡は今、とても憂鬱そうな表情で車を走らせていた。

 

「八幡、ミサキチの店までもうすぐだよ、楽しみだよねぇ」

「………ああ、そうだな」

 

 そう、今日はメカニコラスの歌を作ってくれたお礼に、エルザと食事に行く日なのである。

普通の店に行くには最近のエルザは知名度が上がりすぎている為、

エルザが自分で予約をとり、今二人は『美咲』に向かっている最中なのであった。

 

「いやぁ、たまにこういうご褒美があると、やる気が出るなぁ」

「俺はまったくやる気が出ねえよ」

 

 その瞬間に、エルザの体がビクンとした。

 

「そ、その塩対応、いい………」

 

 八幡は天を仰いだが、約束なのだから仕方がない。

 

(テンションが上がってたせいとはいえ、何で俺はこんな約束をしちまったかな………)

 

 その時八幡はふと、エルザに限りなく優しくしたらどうなるのだろうと思いつき、

後で試してみようと心のメモに記載した。

そして二人は『美咲』に到着し、エルザは一応変装の為なのだろうか、帽子を目深に被った。

 

「お、お前も気を遣えるんだな」

「うん、ミサキチに迷惑かけたくないしね」

「そうだな」

 

 入り口の前に立つと、そこには本日休業の札がかかっており、二人は首を傾げた。

 

「あ、あれ?今日で合ってるんだよな?」

「うん、そのはずだけど」

「いつもは確か、春夏冬中の看板がかかってるよな?」

「うん、まあ鍵はかかってないみたいだし、中に入ってみよ」

「そうするか」

 

 そして二人は美咲の入り口の扉を開けた。

 

「こんばんわ」

「こんばんわ~!」

「あらあら八幡様、今日はようこそお越し下さいました、ささ、こちらへ」

「あ、ど、ども」

 

 そんな二人を美咲が一人で出迎えた。

というか、出迎えたのは八幡だけであり、美咲はエルザの方をまったく見ていなかった。

 

「むぅ、ミサキチ、私もいるんだけど?」

「あら、ピトもいたの?ごめんなさいね、あなたは小さいから、

私の胸の陰に入ってしまって全然気付かなかったわぁ」

 

 美咲はわざとらしくそう言い、エルザは頬を膨らませた。

 

「チッ、ちょっと胸が大きいからっていい気になんな!」

「あら、ただ事実を伝えただけなのだけれど、

大丈夫よピト、殿方の嗜好は人それぞれですからね、うふふ」

 

 このままだと女の戦いが始まってしまいそうだったので、

八幡は店内を見回した後、露骨に話題を変えた。

 

「そういえば表の看板が休業になってましたけど………」

「それで合ってますわぁ、今日は休業ですわよ?」

 

 美咲は満面の笑顔でそう答え、八幡は恐縮した。

 

「えっ、そうなんですか?そんな日にこいつが予約しちゃってすみません」

「いえいえ、そうではなくて、今日は八幡様のお相手だけをするつもりで、

予約が入った時点で店はお休みという事にしましたの」

「えっ?ミサキチ、そうなの?調整とか大変だったんじゃない?」

「大丈夫よ、その日はたまたま嘉納さんからの予約しか入っていなかったから、

事情を説明してキャンセルさせて頂きましたわ」

「え、マジですか、後で閣下に謝っておかないと………」

「必要ありませんわ」

「え、いや、でもですね」

「必要ありませんわ」

「あっ、は、はい………」

 

 八幡は美咲の迫力に負けて頷いた。

 

「さて、それじゃあこちらのお席へどうぞ」

 

 そして二人は座敷に通された。料理は既にある程度用意されており、

美咲は飲み物を準備して、二人の前に置いた。

 

「それじゃあ私は温かい料理を仕上げてきますわね、どうぞごゆっくり」

 

 そう言って美咲は厨房の方に戻っていった。

 

「それじゃあ八幡、乾杯ね!」

「おう、そうだな」

 

 二人はそのまま乾杯を交わし、近況報告に移った。

 

「仕事の調子はどうだ?」

「もちろん真面目にやってるよ!」

「結構忙しいのか?」

「うん、最近名前がどんどん売れてきちゃってて、

もしかしたら今年の紅白にも呼ばれるかもしれない!」

「え、マジかよ、それは凄いな」

「もちろんその時歌うのは、『メカニコラスのテーマ』ね」

「冗談だと思うがそれだけは絶対にやめてくれ」

「え~?駄目~?」

「駄目に決まってるだろ、お前には常識が無いのか」

「………」

 

 八幡は特にエキサイトするでもなく、淡々とそうお説教をしただけなのだが、

それでもエルザは興奮したようにぶるぶると震えた。

 

「い、いきなりなんて、不意打ちすぎるよぉ………」

「いや、別に大した事は言ってないだろ………」

 

 丁度そこに、美咲が料理を持って戻ってきた。

 

「あらピト、八幡様に罵倒でもしてもらったの?」

「罵ってません、普通に喋ってただけなんですが」

 

 そう言って八幡は、美咲に一連の経緯を説明した。

今日ここに来る理由となった歌の依頼の事や、紅白絡みの事をである。

 

「へぇ、ちょっとそれ、聞いてみたいわね」

「いいよ、今歌ったげる!」

 

 そう言ってエルザはメカニコラスのテーマを二人の前で披露した。

 

「平成初期のロボットアニメの曲みたいね、血が滾るわ」

「お、ミサキチいける口じゃん!」

「まあ丁度世代だもの、子供の頃に見た記憶があるわ」

「こういう事でも全力でやるのが私の主義だから、頑張ったよ!」

「でもこれを紅白でってのはどうかと思うけどね」

「う………や、やっぱりそうかな?」

「当たり前だ」

「当たり前でしょう」

 

 二人にそう言われ、さすがのエルザも諦めたようだ。

 

「それじゃあ別の曲にする、まあまだ選ばれるかどうか分からないんだけどね!」

「候補に上がってるってだけでも凄いわ、ここ最近本当に知名度が上がったのね」

「うん、八幡のおかげでね!」

「それはALOのCM効果とかなのかしら?」

「ううん、私の曲、いくつか著作権フリーにしてあるから、

それが音楽教室で使われたり、何かのイベントの時とかに流してもらったり、

駅前で流れたりしてるせいだね、ミサキチも知ってる曲って、古い曲ばっかりでしょ?」

 

 美咲はその言葉に考え込み、確かに最近の曲の事をまったく知らない事に気が付いた。

 

「え、ええ、そう言われると確かにそうね、そもそも聞く機会がないもの。

昔ならテレビとかでそれなりに耳にしたけど、最近はテレビもほとんど見ないしね」

「だよね、まあそういう事。そのおかげで収入もかなり増えたよ」

「あら、それは良かったじゃない」

「うん!最近の音楽って、それを聴こうと思って自分で探す人の耳にしか入らないじゃない?

でも本当はそういうんじゃなくて、街を歩いている時とかに自然と耳に入るようにするのが、

販促としてはやっぱり最強なんだよね!損して得とれってやつ!

ソレイユ絡みのミュージシャンはみんなそれに賛同してそういう活動をしてるから、

みんな結構収入が増えて、うはうは状態のはずだよ!」

「そう、さすがは八幡様ですわぁ」

「いや、別に俺だけの意見って訳じゃないんで………」

 

 エルザを取り巻く環境も、どうやら良い方に変わっているらしい。

 

「まあ何よりお前が自由に歌えるって事の方が大事だからな」

「うん!私、八幡と出会えて本当に良かった!」

 

 そう嬉しそうに言うエルザは、だが何かを期待するように八幡の目を見ていた。

 

(ここでかよ………)

 

 八幡は心の中でため息をつきながら、エルザに向かって言った。

 

「俺は全然良くない、お前はもっと身の程を弁えろ、この変態が」

 

 その常日頃とは違う乱暴な口調に美咲は一瞬ハッとしたが、

八幡のとても嫌そうな表情と、エルザの恍惚とした表情を見て即座に事情を理解したらしい。

 

「あら、今日はそういう趣向になってますのね、八幡様」

「そうなんですよ、歌のお礼にこいつがどうしてもって言うんで」

「は、八幡、もっと!」

「………俺相手に要求とか、変態が調子に乗ってんじゃねえ」

 

 エルザはその言葉で座ったまま後ろに倒れ、そのままぶつぶつと呟き始めた。

 

「あ、ありがとうございます、ありがとうございます!」

 

 そのエルザの姿にさすがの八幡も引いた、ドン引きである。

 

「美咲さん、俺はこいつの変態度を甘く見ていたかもしれません」

 

 そう美咲に目を向けた八幡は、美咲の頬が上気している事に気が付き、嫌な予感がした。

 

「八幡様、私、ちょっとお願いがありますの」

「………何ですか?」

「試しに私に向かって、

『おい美咲、もういい年のお前なんか俺以外は相手にしてくれないんだから、

これからもちゃんと俺に尽くせよ』って言ってみてもらえませんか?」

「嫌です」

 

 それは取り付く島もない即答であった。

 

「そ、そこを何とか!」

「お断りします」

「試しですから、先っぽだけ、先っぽだけでいいですから!」

 

 そう言いながら美咲が八幡を押し倒す勢いで迫ってきた為、

八幡は嫌々ながら、その頼みを承諾した。

 

「分かりました、言うだけですからね。

『おい美咲、もういい年のお前なんか俺以外は相手にしてくれないんだから、

これからもちゃんと俺に尽くせよ』」

「ぶはっ!」

 

 そう言いながら美咲は、エルザ同様に後ろにどっと倒れた。

 

「ピト、あなたの気持ち、今完全に理解したわ」

「でしょ?尊いよね!」

 

(尊いの意味が違ってませんかね?)

 

 八幡は心の中でそう思ったが、

今の二人に口を挟むのは嫌だったので黙っていた。

そして二人はまるで同士を見つけたかのように固く手を取り合い、起き上がった。

 

「今日は休みだし、料理を出し終わったらミサキチも一緒に参加しなよ」

「そう?それじゃあお言葉に甘えようかしら」

 

 この後二人の相手をさせられるらしい事が目の前で決定し、八幡は頭を抱えた。


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