「おい、見たか?ヴァルハラとアルヴヘイム攻略団が、同時に発表を行ったぞ」
「おう、見た見た、これでワンダラーの被害が減ってくれるといいんだが」
ALOは今、新たな事実の発表に沸いていた。
それほどまでに、最近のワンダラーモンスターによる被害が深刻だったという事なのだろう。
実際その理由は簡単である、要はアインクラッドの導入とトラフィックスの出現のせいで、
ヨツンヘイムに行く者が少なくなったせいである。
それでも少し前までは、ヴァルハラがハンターの役目を果たす事により、
その被害が顕在化する事は無かったのだが、
死銃事件やスクワッド・ジャムの開催、トラフィックスのAEへの寄港や、
藍子と木綿季の病気の治療などの事件が重なり、
八幡がとても忙しい状態になるに連れ、状態はどんどん悪くなっていたのであった。
だが今後は各ギルドもその事を意識して動いてくれると思われ、
今後はワンダラーの被害もどんどん減っていく事だろう。
今のALOは、そんな明るい希望に満ちていた。
一方その功労者の一人である八幡は今、とても憂鬱そうな表情で車を走らせていた。
「八幡、ミサキチの店までもうすぐだよ、楽しみだよねぇ」
「………ああ、そうだな」
そう、今日はメカニコラスの歌を作ってくれたお礼に、エルザと食事に行く日なのである。
普通の店に行くには最近のエルザは知名度が上がりすぎている為、
エルザが自分で予約をとり、今二人は『美咲』に向かっている最中なのであった。
「いやぁ、たまにこういうご褒美があると、やる気が出るなぁ」
「俺はまったくやる気が出ねえよ」
その瞬間に、エルザの体がビクンとした。
「そ、その塩対応、いい………」
八幡は天を仰いだが、約束なのだから仕方がない。
(テンションが上がってたせいとはいえ、何で俺はこんな約束をしちまったかな………)
その時八幡はふと、エルザに限りなく優しくしたらどうなるのだろうと思いつき、
後で試してみようと心のメモに記載した。
そして二人は『美咲』に到着し、エルザは一応変装の為なのだろうか、帽子を目深に被った。
「お、お前も気を遣えるんだな」
「うん、ミサキチに迷惑かけたくないしね」
「そうだな」
入り口の前に立つと、そこには本日休業の札がかかっており、二人は首を傾げた。
「あ、あれ?今日で合ってるんだよな?」
「うん、そのはずだけど」
「いつもは確か、春夏冬中の看板がかかってるよな?」
「うん、まあ鍵はかかってないみたいだし、中に入ってみよ」
「そうするか」
そして二人は美咲の入り口の扉を開けた。
「こんばんわ」
「こんばんわ~!」
「あらあら八幡様、今日はようこそお越し下さいました、ささ、こちらへ」
「あ、ど、ども」
そんな二人を美咲が一人で出迎えた。
というか、出迎えたのは八幡だけであり、美咲はエルザの方をまったく見ていなかった。
「むぅ、ミサキチ、私もいるんだけど?」
「あら、ピトもいたの?ごめんなさいね、あなたは小さいから、
私の胸の陰に入ってしまって全然気付かなかったわぁ」
美咲はわざとらしくそう言い、エルザは頬を膨らませた。
「チッ、ちょっと胸が大きいからっていい気になんな!」
「あら、ただ事実を伝えただけなのだけれど、
大丈夫よピト、殿方の嗜好は人それぞれですからね、うふふ」
このままだと女の戦いが始まってしまいそうだったので、
八幡は店内を見回した後、露骨に話題を変えた。
「そういえば表の看板が休業になってましたけど………」
「それで合ってますわぁ、今日は休業ですわよ?」
美咲は満面の笑顔でそう答え、八幡は恐縮した。
「えっ、そうなんですか?そんな日にこいつが予約しちゃってすみません」
「いえいえ、そうではなくて、今日は八幡様のお相手だけをするつもりで、
予約が入った時点で店はお休みという事にしましたの」
「えっ?ミサキチ、そうなの?調整とか大変だったんじゃない?」
「大丈夫よ、その日はたまたま嘉納さんからの予約しか入っていなかったから、
事情を説明してキャンセルさせて頂きましたわ」
「え、マジですか、後で閣下に謝っておかないと………」
「必要ありませんわ」
「え、いや、でもですね」
「必要ありませんわ」
「あっ、は、はい………」
八幡は美咲の迫力に負けて頷いた。
「さて、それじゃあこちらのお席へどうぞ」
そして二人は座敷に通された。料理は既にある程度用意されており、
美咲は飲み物を準備して、二人の前に置いた。
「それじゃあ私は温かい料理を仕上げてきますわね、どうぞごゆっくり」
そう言って美咲は厨房の方に戻っていった。
「それじゃあ八幡、乾杯ね!」
「おう、そうだな」
二人はそのまま乾杯を交わし、近況報告に移った。
「仕事の調子はどうだ?」
「もちろん真面目にやってるよ!」
「結構忙しいのか?」
「うん、最近名前がどんどん売れてきちゃってて、
もしかしたら今年の紅白にも呼ばれるかもしれない!」
「え、マジかよ、それは凄いな」
「もちろんその時歌うのは、『メカニコラスのテーマ』ね」
「冗談だと思うがそれだけは絶対にやめてくれ」
「え~?駄目~?」
「駄目に決まってるだろ、お前には常識が無いのか」
「………」
八幡は特にエキサイトするでもなく、淡々とそうお説教をしただけなのだが、
それでもエルザは興奮したようにぶるぶると震えた。
「い、いきなりなんて、不意打ちすぎるよぉ………」
「いや、別に大した事は言ってないだろ………」
丁度そこに、美咲が料理を持って戻ってきた。
「あらピト、八幡様に罵倒でもしてもらったの?」
「罵ってません、普通に喋ってただけなんですが」
そう言って八幡は、美咲に一連の経緯を説明した。
今日ここに来る理由となった歌の依頼の事や、紅白絡みの事をである。
「へぇ、ちょっとそれ、聞いてみたいわね」
「いいよ、今歌ったげる!」
そう言ってエルザはメカニコラスのテーマを二人の前で披露した。
「平成初期のロボットアニメの曲みたいね、血が滾るわ」
「お、ミサキチいける口じゃん!」
「まあ丁度世代だもの、子供の頃に見た記憶があるわ」
「こういう事でも全力でやるのが私の主義だから、頑張ったよ!」
「でもこれを紅白でってのはどうかと思うけどね」
「う………や、やっぱりそうかな?」
「当たり前だ」
「当たり前でしょう」
二人にそう言われ、さすがのエルザも諦めたようだ。
「それじゃあ別の曲にする、まあまだ選ばれるかどうか分からないんだけどね!」
「候補に上がってるってだけでも凄いわ、ここ最近本当に知名度が上がったのね」
「うん、八幡のおかげでね!」
「それはALOのCM効果とかなのかしら?」
「ううん、私の曲、いくつか著作権フリーにしてあるから、
それが音楽教室で使われたり、何かのイベントの時とかに流してもらったり、
駅前で流れたりしてるせいだね、ミサキチも知ってる曲って、古い曲ばっかりでしょ?」
美咲はその言葉に考え込み、確かに最近の曲の事をまったく知らない事に気が付いた。
「え、ええ、そう言われると確かにそうね、そもそも聞く機会がないもの。
昔ならテレビとかでそれなりに耳にしたけど、最近はテレビもほとんど見ないしね」
「だよね、まあそういう事。そのおかげで収入もかなり増えたよ」
「あら、それは良かったじゃない」
「うん!最近の音楽って、それを聴こうと思って自分で探す人の耳にしか入らないじゃない?
でも本当はそういうんじゃなくて、街を歩いている時とかに自然と耳に入るようにするのが、
販促としてはやっぱり最強なんだよね!損して得とれってやつ!
ソレイユ絡みのミュージシャンはみんなそれに賛同してそういう活動をしてるから、
みんな結構収入が増えて、うはうは状態のはずだよ!」
「そう、さすがは八幡様ですわぁ」
「いや、別に俺だけの意見って訳じゃないんで………」
エルザを取り巻く環境も、どうやら良い方に変わっているらしい。
「まあ何よりお前が自由に歌えるって事の方が大事だからな」
「うん!私、八幡と出会えて本当に良かった!」
そう嬉しそうに言うエルザは、だが何かを期待するように八幡の目を見ていた。
(ここでかよ………)
八幡は心の中でため息をつきながら、エルザに向かって言った。
「俺は全然良くない、お前はもっと身の程を弁えろ、この変態が」
その常日頃とは違う乱暴な口調に美咲は一瞬ハッとしたが、
八幡のとても嫌そうな表情と、エルザの恍惚とした表情を見て即座に事情を理解したらしい。
「あら、今日はそういう趣向になってますのね、八幡様」
「そうなんですよ、歌のお礼にこいつがどうしてもって言うんで」
「は、八幡、もっと!」
「………俺相手に要求とか、変態が調子に乗ってんじゃねえ」
エルザはその言葉で座ったまま後ろに倒れ、そのままぶつぶつと呟き始めた。
「あ、ありがとうございます、ありがとうございます!」
そのエルザの姿にさすがの八幡も引いた、ドン引きである。
「美咲さん、俺はこいつの変態度を甘く見ていたかもしれません」
そう美咲に目を向けた八幡は、美咲の頬が上気している事に気が付き、嫌な予感がした。
「八幡様、私、ちょっとお願いがありますの」
「………何ですか?」
「試しに私に向かって、
『おい美咲、もういい年のお前なんか俺以外は相手にしてくれないんだから、
これからもちゃんと俺に尽くせよ』って言ってみてもらえませんか?」
「嫌です」
それは取り付く島もない即答であった。
「そ、そこを何とか!」
「お断りします」
「試しですから、先っぽだけ、先っぽだけでいいですから!」
そう言いながら美咲が八幡を押し倒す勢いで迫ってきた為、
八幡は嫌々ながら、その頼みを承諾した。
「分かりました、言うだけですからね。
『おい美咲、もういい年のお前なんか俺以外は相手にしてくれないんだから、
これからもちゃんと俺に尽くせよ』」
「ぶはっ!」
そう言いながら美咲は、エルザ同様に後ろにどっと倒れた。
「ピト、あなたの気持ち、今完全に理解したわ」
「でしょ?尊いよね!」
(尊いの意味が違ってませんかね?)
八幡は心の中でそう思ったが、
今の二人に口を挟むのは嫌だったので黙っていた。
そして二人はまるで同士を見つけたかのように固く手を取り合い、起き上がった。
「今日は休みだし、料理を出し終わったらミサキチも一緒に参加しなよ」
「そう?それじゃあお言葉に甘えようかしら」
この後二人の相手をさせられるらしい事が目の前で決定し、八幡は頭を抱えた。