「八幡、それじゃあ上がって上がって」
「おお、それじゃあお邪魔します」
八幡は初めてエルザの家に上がる事になり、若干緊張していた。
(まあ何かあっても俺の方が力が強いから問題ないだろう)
ちなみに家に上がる前に、玄関前でカメラマンが張り込んでいないか確かめたりもした。
というかそちらの方が気になっていた。
「あはははは、まったくもう、気にしすぎだってば」
「いや、そうは言ってもな………」
「別に写真に撮られても問題ないでしょ、むしろ知名度が上がって万々歳みたいな?」
「う~ん、まあ明日奈も気にしたりはしないだろうし、問題ないといえばないか」
「そうそう、ちょっとは話題になるかもだけど、みんなすぐに忘れちゃうって」
「そういうもんか」
「うん、そういうもん!」
そのまま八幡は居間に通された。室内は散らかっているだろうと思われたが、
まったくそんな事はなく綺麗に整えられていた。
「随分綺麗にしてるんだな」
「うん、これでも女の子だしね!」
「え、お前、自分で掃除とか出来たのか?」
そのいかにも疑ってます風な八幡の言い方に、エルザはビクンとした。
「ハァハァ………あ、当たり前、じゃない、それくらい余裕だよ余裕!」
「そ、そうか」
(この程度でも駄目かぁ)
八幡、この話題から即座に撤退である。
「とりあえずお茶を入れてくるから待ってて、それまで私のアルバムでも見ててよ」
「アルバム?今時珍しくないか?」
「私の両親、まあもう死んじゃってるんだけど、
両親がそういうのが好きだったからさ、子供の頃からの写真がいっぱいあるんだよね。
だから自分でアルバムに纏めたの」
八幡はその事は初耳だったらしく、驚いたような顔をした。
「何だと、お前、ご両親はもう亡くなってるのか?」
「うん、まあ事故でね。私が初期のGGOで荒れてたのは、そういう側面もあるんだよね」
「そうだったのか………」
「私が未成年だったら、優里奈やしのノンやフェイリスみたいに、
八幡に保護者になってもらってたかもしれないね」
「ああ、まあそうなってた可能性は高そうだな」
「ふふっ、やっぱり優しいんだ」
エルザはそうとてもエルザらしくない事を言い、キッチンへと消えていった。
「アルバム、か………」
八幡はそう言ってアルバムを手に取り、ページをめくった。
「はいはいお約束お約束」
最初は赤ん坊の頃のヌード写真である。八幡はそれをスルーしてページをめくっていった。
「………小学校の頃のエルザは今と変わらない気がする」
身長こそ低かったが、そこには今のエルザを縮めただけのエルザが写っていた。
この頃からエルザは美少女だったようだ。
「………それがどうしてこうなった」
だが中学の頃のエルザは、三つ編み眼鏡状態になっていた。
「で、こうなったのか、高校の時は髪が短かったんだな」
高校の時のエルザの髪型は、GGOのピトフーイと同じ感じになっていた。
その服装もかなりラフで、ショートパンツにタンクトップという格好である。
「で、これか………卒業式の制服姿が落ち着いて真面目な感じになってるのは、
もしかしてこの間にご両親がお亡くなりになったのかな」
八幡はそう言って目を伏せた。
高校の写真はかなり少なく、途中から撮影者がいなくなったのは間違いないと思われた。
「あいつも苦労してるんだな………後でちょっとは優しくしてやるか」
八幡は夕方に思いついた事をここで実行してみようと考え、そこにエルザが戻ってきた。
「お待たせ~!それじゃあはい、これ」
八幡の前に置かれたのは、ピンク色の液体であった。
「何これ?」
「イチゴミルクティー!」
「ほう?」
八幡は興味津々な様子でそれを口に含んだ。
「ん、美味いなこれ」
「でしょう?」
「俺の好みにピタリとはまるな、これは普通にスーパーとかで売ってるのか?」
「場所によっては無いかもだけど、まああるはずだよ」
「そうか、今度優里奈に頼んでストックしておいてもらおう。
しかしこれ、レンの色っぽいよな」
「あはははは、そうだね」
そしてエルザは八幡の隣に腰を下ろし、アルバムをチラリと見た。
「高校まで見たんだ、どう?私のヌードに興奮した?」
「あの赤ん坊の奴か、する訳ないだろ。それより中学でいきなり変わったのは何でだ?」
「あ~、うん、中高一貫の私立だったんだけど、結構な進学校でね、
ちょっと真面目ぶってみました、みたいな?」
「へぇ、そうだったのか」
「で、高校二年になったばっかりの時に、親が死んじゃってさ、
高校に入ってから始めた音楽は卒業まで続けたけど、
さすがにそれ以降は派手な格好をする気にはなれなかったんだよね」
エルザは卒業式の写真を見ながらそう説明した。
「そうか………」
八幡はそのままエルザの頭を撫で、エルザもされるままになっていた。
「まあ私の保護者をやってくれた親戚がいい人でさ、
大した金額じゃなかったけど親の遺産を誤魔化す事なく全部私に渡してくれて、
家を売るのも私の代わりにやってくれてさ、
高校の間は気兼ねしないようにって、そのお金で一人暮らしをさせてもらって、
で、高校三年の時に街角で歌ってた所をスカウトされて、そのままこの業界に入った訳」
「ああ、だから家事も普通に出来るんだな」
「ふふん、どう?惚れ直した?」
「直したも何も、元々惚れてないんだが………」
「ぶ~、まあいいや、高校を卒業してからの写真は、
ほとんどマネージャーさんに撮ってもらった奴かなぁ」
そう言われた八幡はページをめくり、そこに桜島麻衣の姿を見つけた。
「おお、これ、麻衣さんだよな?中学くらいか?小さくてかわいいな」
「どれどれ?ああ、それ、麻衣ちゃんが初めてうちの事務所に来た時の写真だわ、
確かこの時中学二年生って言ってたかな」
「五年前か、お前は今と全然変わらないんだな」
「むぅ、もうちょっと胸とか育つと思ってたんだけどね」
「おいエルザ、この写真のデータがあったらくれ、今度麻衣さんをからかうのに使いたい」
「うんいいよ、後で送っとくね」
そしてページをめくった八幡は、顔をしかめた。
「って、クラディールじゃないかよ、相変わらず目付きが気持ち悪いな」
そこには懐かしのクラディールが写っていた。
当然二人きりではなく、何かのイベントの撮影のひとコマのように見える。
「そういえばこいつ、あれからどうなったの?」
「さあ、結城塾に叩き込まれてからの事はサッパリだな」
「多少は真人間になったのかな?」
「なったかもしれないな、相当厳しい所らしいしな」
「ふ~ん、まあいっかぁ、この写真も捨てちゃおっと」
「だな、もう俺達が関わる事は無いだろう」
更にページをめくると、そこからはGGOのSSが並んでいた。
「お前、結構撮影とかしてるんだな」
「ふふん、懐かしいでしょ」
「ん、あれ?これってマックスじゃないか?」
そう言って八幡が指差す先には、確かに銃士Xが写っていた。
「え?あ、本当だ、シャナの方を見てるように見えるけど………」
「これっていつくらいの写真だ?」
「え~っと、確かこのくらいの時に、八幡の同窓会があった気がした。
うん、絶対そう、私も乱入したから覚えてる」
「そんな昔からあいつは俺と知り合おうと努力してたのか………」
更にページをめくると、その辺りから、再びリアルエルザの写真が増えていた。
「この辺りはお前しか写ってないんだな、しかも部屋の中ばっかりだ」
「うん、自撮りだもん。新しい服を買ったら撮ってたの」
「ほう?そういう趣味に目覚めたのか?」
「ううん、明日奈に送って八幡の趣味に合うかどうか聞いてたの」
そのエルザの言葉に八幡は苦笑した。
「なるほどな、って、おい!」
八幡はそう言って、慌ててページをめくる手を早めた。
そこには下着姿のエルザの写真が沢山並んでおり、八幡は天を仰いだ。
「これも明日奈に送ってたのか?」
「うん、逆に明日奈が同じのを買ったケースもあるよ」
「………マジで?」
「うん、八幡は見るのが恥ずかしいかもしれないけど、これとか」
そう言ってエルザが指差した写真に、八幡はチラリと視線を走らせた。
「むっ」
「どう?見覚えがあった?」
「確信は無いが、確かにそれと同じのを、
明日奈が寝起きでだらしない格好になってた時に見た気がする」
「ちなみに今私も着てるんだよね、それ」
「え?」
八幡はその言葉でうっかりエルザの方を見た。
エルザはモロにスカートをまくりあげており、
八幡は慌てて視線を逸らし、エルザの頭をガシッと掴み、ギリギリと力を込めた。
「だからお前はそういう事をするなっての」
だがその言葉に返事は無く、エルザの方からハァハァと荒い息遣いが聞こえた為、
八幡は慌ててエルザの頭から手を離した。
「まあ貴重な物を見せてもらって感謝する、最後はともかく案外興味深かったわ」
「これを見たのは八幡が最初だよ!」
「ん、そうなのか」
八幡は極力余計な事は言わないように、短くそう言った。
「それで店の写真だけど、それはこっちかな」
そう言ってエルザは別のアルバムを持ち出してきた。
ページをめくるとそこには、ヴァルハラの女性陣と色々な店に行った写真が飾られていた。
「お前、結構みんなと色々な所に行ってるんだな」
「うん!私、仕事以外で友達ってほとんどいないからさ、
必然的にこうなっちゃうみたいな?」
「………まあ気持ちは分かる」
八幡もリアル友達が少なかった為、エルザに感情移入してしまったようだ。
エルザと八幡の違いは、今はエルザは同姓と、八幡は異性と出かける事が多い点だろうか。
「それじゃあ写真を見ながら説明するね、いつどこに行ったかもちゃんとメモってあるから」
「おお、意外とまめなんだな」
「えへへ、大切な思い出だからね」
「………そうか、確かにそうだな」
「それじゃあええと………」
説明を始めようとしたエルザを、だが八幡が止めた。
「ちょっと待ってくれ、今キットに電話をかける。
直接ナビに印を入れてもらった方が楽そうだ」
「ああ、それはいいアイデアだね、さっすが八幡!」
エルザはそのまま八幡のスマホに向けて店の名前と大雑把な位置を告げ、
それを元にキットが全ての店の位置を特定していった。
同時にどんな店かの情報も、キットが記憶していく。
「ふう、こんなもんかな」
「キットはやっぱり凄いね」
「そうだな、世界に三台しかないからな」
「え、むしろ三台もあるの?」
「おう、嘉納さんのカットだろ、それと大野財閥の会長の所のサガットだ」
そう自分で言いながら、八幡は思わず噴き出した。
「い、いきなりどうしたの?」
「悪い悪い、サガットってのはな、古い格闘ゲームに出てくるキャラの名前なんだよ。
あの二人はかなりの廃格ゲーマーだったらしくてな、実に
「そうなんだ!検索検索っと」
エルザは直ぐに対象のキャラを見つけたらしく、八幡に見せてきた。
「このハゲ?」
「ぶっ………」
八幡は再び噴き出した。どうやらエルザの言い方がツボに入ったようだ。
「おいエルザ、あまり俺を笑わせるんじゃねえ」
「最初に笑ったのは私のせいじゃないと思うけど」
「た、確かにそうだな、すまん」
そんな八幡に、エルザは何故か抱き付いてきた。
「おわっ、いきなり何だよ」
「ううん、楽しいなって思ってさ」
「ん、まあそうだな、俺もお前といると飽きないよ」
確かに手は焼かされるが、それは八幡の本心だった。
「ねぇ八幡、あのさ、良かったら私と一緒の写真を撮らない?
このアルバムに、八幡と一緒の写真も飾りたいの」
「そのくらいなら別に構わないぞ、
まあしかし明日奈の了解は事後報告でもいいからとっておけよ」
「うん!」
そしてエルザはタイマーらしき物をセットし、
見た事の無いスマホを固定する道具を使ってテーブルの上に置いた。
「慣れてるんだな」
「いつもこうやって撮ってるからね。十秒後に撮れるよ」
エルザはそう言って、甘えるように八幡に体を擦りつけてきた。
八幡は八幡で、エルザに優しくしてみようと思っていた為、
思い切ってエルザの肩を抱く事にした。明日奈に怒られるかもしれないが、
エルザの身の上話を聞いてしまった事で、今はそうするべきだろうと思ったのである。
エルザは一瞬ビクッとしたが、直後に幸せそうな表情になった。
パシャッ
そんな音と共に撮影は終了し、八幡はそのままエルザの家を後にした。
エルザは一人でその写真を眺めていたが、孤独感はまったく無かった。
何故ならそこには満面の笑みを浮かべる自分の顔が写っていたからである。
「おいこら私、そんな幸せそうな表情をしやがって」
エルザはそう言って画面をちょこんと指で弾き、それを一生の宝物にする事にした。